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セシリアの捨てた物


 かつて、テンプル騎士団陸軍には『陸上艦隊ランドフリート構想』という構想があった。


 従来の戦車よりも遥かに巨大で、圧倒的な攻撃力と防御力を兼ね備えた”超重戦車”を大量生産して”陸上艦隊ランドフリート”を編成し、進撃する味方を支援させるという計画である。タクヤ・ハヤカワによってこの計画は承認され、信じ難い事にその構想は実現した。


 私の執務室にあるファイルの中には当時の白黒写真が何枚も残っている。その中に、その”陸上艦隊ランドフリート”の姿もしっかりと記録されているのだ。まだ花畑で覆われる前のカルガニスタンの砂漠に履帯の跡をこれ見よがしに刻み付け、巨大な砂煙を十重二十重に噴き上げながら進撃する超重戦車の車列が。


 当時と比べれば規模は小さくなってしまったが、今のテンプル騎士団もその陸上艦隊ランドフリートを運用できるほどの力を取り戻しつつある。


 検問所を通過していく巨大な戦車たちを岩山の上から見下ろしながら、水筒を口へと運んだ。


 検問所から外へと出ていくのは、3両のシャール2Cたちだ。力也がいた世界で大昔に製造された旧式の戦車らしいのだが、テンプル騎士団仕様のシャール2Cは装甲を複合装甲に換装されている上に、エンジンを高出力のフィオナ機関に換装している事で機動力がアップしている。陸軍の兵士の報告では、T-55ですら全力力で走らなければ追い抜かれてしまうほどだそうだ。


 砲塔も原型となったシャール2Cよりも巨大化している。砲塔から突き出ているのは、巨大な305mm榴弾砲の砲身だ。砲身は短いので小ぢんまりとしているように見えるが、その砲身は他の戦車と比べるとかなり太い。あれから放たれた榴弾であれば、分厚い装甲を持つ戦車だろうと吹き飛ばしてくれることだろう。


 主砲同軸には23mm機関砲が搭載されているし、砲塔の上には14.5mm重機関銃も搭載されている。車体後部には副砲の85mm砲も搭載されているので、背後に回り込んだ敵も砲撃する事ができるだろう。車体の左右にも37mm砲と14.5mm重機関銃を搭載したスポンソンがある。


 乗組員の人数は24名だ。大昔は無人型に改造して運用していたらしいが、暴走する事がしばしばあったという記録があるし、ウラル教官も暴走した戦車の鎮圧を何度か経験したことがあるらしいので、無人型ではなく有人型を運用する事にした。まあ、あれに乗る戦車兵も確保しなければならなくなってしまったが、ホムンクルス兵を大量生産すればシャール2Cの大量生産にも対応できるだろう。


 今ではまだ陸軍に30両だけ配備されているが、最終的には海兵隊、特殊作戦軍にも支給する予定である。空軍もあれを輸送機から投下できるように改造したものをテストしようとしているらしいが、テンプル騎士団仕様のシャール2Cは全長14mほどだ。そんなのを搭載できる輸送機は存在するのだろうか。


 来月にはアルカディウス市内で”開放1周年記念パレード”がある。そう、ヴァルツのクソッタレ共からこのクレイデリアの大地を取り戻してから、もう1年も経つのだ。


 持ってきた椅子に腰を下ろし、傍らに置いておいたラジオのスイッチを入れた。ラジオから流れてくる女性の歌声を聞きながら息を吐き、水筒の中のアイスティーを口へと運ぶ。


 この歌を歌っているのは誰なのだろうか。


「同志団長」


「む」


 後ろを振り向くと、腕に赤い腕章を付けた憲兵が立っていた。


「海軍総司令部よりご報告です。ジャック・ド・モレーは先ほど倭国を出港したそうです」


「そうか」


 それならば、来月のパレードには間に合いそうだ。確か、倭国の次はジャングオだったか。


「報告ご苦労。下がっていいぞ、同志」


「はっ、失礼します」


 今の私たちがこの軍事力を取り戻す事ができたのは、あの男のおかげだな。


 強制収容所の中で、手足を失った状態で私に「殺せ」と言ってきた転生者の少年の事を思い出しながら、私は微笑んだ。彼をあの時殺していれば、きっと我々はあのまま滅んでいたかもしれない。忌々しい勇者を打ち倒すどころか、一矢報いる事すらできずに全滅していただろう。


 だが、彼のおかげで私たちは勝った。世界大戦に勝利し、あの男に一矢報いる事ができた。あそこで私を取り逃がし、復讐を誓わせてしまったのが間違いだという事を思い知らせてやった。


 ああ、彼のおかげだ。


 力也のおかげだ。


 だから私は、彼が好きだ。気に入っている。


 我らを勝利に導いてくれた彼をな。


 それに、毎日油揚げ食べさせてくれるし。


 唐突に、ラジオの音が聞こえなくなった。大地の向こう側から轟いてきた轟音が、ラジオから聞こえて来ていた少女の美しい歌声を呑み込んだのだ。


 轟音の正体は、先ほど出撃していったシャール2Cたちの主砲である305mm榴弾砲の一斉砲撃の音らしかった。ぎょっとしながら花畑の向こうを見てみると、モスグリーン、ブラウン、ブラックの迷彩模様で塗装された3両のシャール2Cたちに搭載された305mm榴弾砲の砲口から煙が噴き出ている。一列に並んだ彼らが照準を合わせているのは、花畑の真ん中に置かれたM1菱形突撃戦車。内戦の際に鹵獲したものを、クレイデリアまで船で運んできたのだ。


 戦車の性能ではこちらが勝っていることは分かっているのだが、私は念のためM1菱形突撃戦車を調べるように命じた。もしかしたらこちらの兵器には存在しない技術があるかもしれないし、M1菱形突撃戦車の設計が、今後の戦車の改造に役立つかもしれないと思ったからである。


 まあ、あまり参考になるような技術は発見されなかったらしいがな。だが、こちらの兵器がどれ程優れているかという事が分かったのは喜ばしい事だろう。


 305mm砲の砲撃で車体の半分が消し飛ばされた残骸を見つめていると、後ろにあるタラップを誰かが駆け上がってくる足音が聞こえた。


「あら、ここが気に入ってるの?」


「やあ、姉さん」


 やってきたのは姉さんだった。新しい制服を作ってもらったのか、ドレスと軍服を融合させたようなデザインの制服ではなく、違うデザインの制服を身に纏っている。スカートは随分と短くなったし、上着の上には真っ黒なケープを身に着けている。


「制服変えたのか?」


「こっちの方が動きやすいのよ。セシリアも変えてもらったら?」


「いや、私はこれでいい」


「そう? スカートは嫌?」


「うむ……ズボンの方が良い」


 そう言いながら、上着の上に羽織っているボロボロのコートを見た。このコートは、ハヤカワ家の初代当主『リキヤ・ハヤカワ』が身に着けていた物と同じ物だ。それを息子のタクヤ・ハヤカワが受け継ぎ、子孫たちへと受け継がせていったという。


 このコートは、転生者ハンターの証でもあるのだ。フードには真っ黒に変色してしまったハーピーの羽根がまだ残っているが、元々これは赤かったらしく、あのモリガンの傭兵たちが身に着けていたハーピーの羽根は転生者ハンターの象徴となっていった。


 何度かこのコートを着てみようと思ったのだが、どうやらご先祖様はかなりがっちりした体格の巨漢だったらしく、私にはこのコートは大き過ぎた。袖は長すぎる上に大きいし、動き辛くなってしまう。だから、身に着ける代わりにこうしてマントの代わりに羽織っているのだ。


「あ、そろそろお昼ね」


 懐中時計を見ながら姉さんが言う。確かに、そろそろお昼だ。確か、今日の昼食は力也が作ってくれることになっていた筈である。


「そういえば、力也くんがさっきいっぱい油揚げ買ってきてたわよ? 今日は稲荷寿司じゃないかしら」


「わーいっ♪」


 こんなところで休んでる場合じゃないな! 早く部屋に戻らなければ!


 持ってきた椅子を折り畳み、ラジオの電源を切ってから、私は姉さんと一緒に部屋に戻る事にした。













 私の存在意義は、勇者のクソッタレを打ち倒して一族の仇を討つ事だ。この復讐が果たせないというのであれば、私が存在する意味はない。


 だからこそ、復讐を誓った日からずっと訓練を続けてきた。特殊部隊の隊員のために用意された厳しい訓練を受け、ボロボロになりながら耐えた。


 きっと平和な国に住んでいる同い年の女の子であれば、可愛い服を着て、友達と遊んで、恋をして幸せに暮らしていた事だろう。だが、私はそんな事を経験したことは一度もない。いつも身に纏っていたのは軍服かボロボロの制服だったし、友達というよりは戦友や同志が多かった。一緒に敵兵と戦う仲間ばかりだったからなのか、”恋”とか”愛”という概念もよく理解できない。


 だからこそ強くなれたのだとは思うのだが――――――少しはそういう概念も学んでおけばよかったと、ちょっとだけ後悔することがある。


「むー………」


 パタン、と他の女性の兵士から借りた恋愛小説を閉じ、ベッドの上に転がった。


 こうやって恋愛小説を読んだり、恋愛経験のある他の兵士から経験談を聞いて勉強するようにしているのだが、なかなか”恋”というものが理解できない。


 今しがた読んでいた小説の内容は、『別の世界からやってきた不思議な少年と、騎士団の少女が出会って恋をする』という内容だった。少女が許婚を拒み、少年と共に隣国へ駆け落ちするところで終わったのだが、どうして彼女は少年についていこうと思ったのか分からない………。


 許婚は貴族の息子だ。結婚すれば権力は強くなるし、資金も確保できる。生まれてくる子供も一流の教育と訓練を受けられるではないか。なのに、なぜ何も持っていない正体不明の少年と逃げることを選んでしまったのだろう?


「あら、セシリアもそれ読んだの?」


「うむ」


 ベッドに横になっていると、髪を魔術で乾かしながら姉さんがやってきた。姉さんもこれを読んだらしい。


 意外だな。姉さんは推理小説とかラノベをよく読んでいるから、こういうのはあまり読まないと思っていたのだが。


「どうだった? 結構面白いと思わない?」


「むぅー………理解できん。なぜ許婚の元から逃げたのだ?」


「え、だって嫌じゃない? 親が結婚する相手まで勝手に決めてるのよ?」


「だが、相手は貴族の息子なのだろう? 金は持っているだろうし、権力だって手に入る。変な少年についていくよりはマシではないか?」


「何言ってるのよセシリア。確かにそうかもしれないけれど、それであなたは幸せ?」


「………よく分からん」


「そ、そう………」


 傍らに腰を下ろし、小さい頃のように私の頭を撫でてくれる姉さん。当たり前だけど、あの頃よりも姉さんの手は大きい。


「ねえ、それじゃあもし父上が結婚する相手を決めたら、セシリアはどう思う?」


「む? 父上の命令ならば仕方あるまい」


「え、ええと………その、自分の意志はあるでしょ?」


「うむっ」


「じゃあ、もしその相手がお金持ちだけど、凄く意地悪だったらどうする?」


「意地悪できんようにボコボコにするか殺す」


「え………。そ、それじゃ、相手の親族が貴族だったら? そんなことしたらとんでもないことになるわよ?」


「報復される前に一族ごと滅ぼせば良かろう?」


「………」


 え、私はおかしいのか?


「あの……それじゃ、分かりやすい例えにするわね? セシリアの許婚が勇者クソッタレで、異世界からやってきた少年が力也くんだとしたらどっちを選ぶ?」


「力也に決まってるだろう? あと勇者は殺す」


「そうでしょう? じゃあ、父上に命令されたら勇者と結婚する?」


「するわけがなかろう? あと勇者は殺す」


「そうよね。そういう事よ」


 ふむ、確かに分かりやすい。姉さんは頭が良いのだな。………あと勇者は殺す。


「きっと、その小説に出てきた女の子はそういう気持ちだったと思うわ。自分が恋する相手を自分で選べないのって、とっても辛い事なのよ。今では許されないわ」


「む………確かに……やだな、そういうの」


 もし本当に父上が私を勇者と結婚させようとしていたなら、きっと私も力也と一緒に駆け落ちしていたかもしれない。


 姉さんのおかげで、あの小説に出てきた少女の気持ちが理解できた気がする。


「ち、ちなみに………その、セシリアは力也くんの事が好きなの?」


「む? ”好き”というのがどういう感情なのかは分からんが………うむ、好きだぞ。あいつのことは」


 答えると、ベッドに座っていた姉さんは顔を真っ赤にしながら俯いた。


 ちなみに、今は力也はいない。今頃は訓練区画で新兵たちと共に暗所での戦闘訓練を行っている筈だ。多分、明日の朝までは戻って来ないのではないだろうか。


 寂しいな………。


「そうなんだ………」


「うむ。いつも美味しいご飯作ってくれるし、優しくて強いからな。やはりオスは強い奴でなければ」


「強い人が好みのタイプなの?」


「む? 強い方が良かろう? その方が生まれてくる子供も強い筈だ」


「えぇっ!?」


「!?」


 そう答えると、姉さんは更に顔を真っ赤にしながらベッドの上に倒れた。右目の片眼鏡が外れ、ピンク色の毛布の上に転がり落ちる。


 ちなみに彼女の片眼鏡は単なるファッションらしく、右目だけ視力が悪いというわけではないらしい。


「ちょ、ちょ、ちょっと!? 何考えてるのよ貴女!?」


「え? いや、力也と子供を作ったらきっと強い子が――――――」


「待ちなさい待ちなさい、ちょっと待ちなさい。………セシリア、ちなみに子供の作り方は?」


「わからん」


 いつの間にか出来るのではないのか?


「………セシリア、あなたもう少し一般常識を勉強した方が良いわ」


「ふむ」


「と、とりあえず、私の持ってる恋愛小説とかラノベとか貸してあげるから読みなさい、来週までに」


 そう言いながら、ベッドの下にある箱から大量のラノベを取り出す姉さん。殆ど恋愛小説のようだ。というか、何でこんなに持ってるんだ? 多過ぎではないか?


 とりあえず、勉強しておこう。復讐のためだけに、いろいろな物を捨ててきたからな………。


 少しくらいは、取り戻してもよかろう。




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