鋼鉄の漁師たち
彼らのようなテロ組織が本格的な活動を開始したのは、世界大戦が終結してからだった。何万人もの兵士が命を落とした世界大戦によって列強国の大半が疲弊したことと、その大戦で使われた兵器たちが大量に横流しされたことにより、大国に弾圧されていた武装組織たちが”活動しやすい環境”となってしまったためである。
彼らが手にしている”ゲーヴァ102”も、ヴァルツ帝国が敗戦後に大量の銃を売却したものだ。5発の8mm弾を装填可能なボルトアクションライフルで、銃剣を装着することも出来る。更に銃口にアダプターを装着し、空砲を用意することでライフルグレネードを発射することも可能だ。
ボルトアクション式であるため、さすがにセミオートマチック式ライフルよりも連射速度は遅い。だが、8mm弾のストッピングパワーは強烈である上に、他の列強国の銃よりも優れた命中精度を誇るため、戦時中は連合国軍から恐れられていたという。
「おい、交代だ」
「おう」
ゲーヴァ102を背負いながら煙草に火をつけた見張りに、別の見張りが声をかけた。腕時計を見て自国を確認した兵士は、交代するためにやってきた仲間に煙草を1本渡すと、それに火をつけてから煙を吐く。
「なあ、アスマンへの要求はどうなったか聞いてないか?」
「サハミールは議会の重要人物だ。要求は呑むだろ」
彼らは、アスマン帝国による統治を拒否した武装勢力だった。
アスマン帝国は、元々はクレイデリア連邦の一部だった国だ。クレイデリアがまだ”カルガニスタン”と呼ばれていて、フランセン共和国に支配されるよりも前のように、皇帝による統治を復活させるべきだと主張する者たちによって建国されたのである。
それにより、大昔の伝統を復活させようとする者たちがアスマン帝国へと移住し、民主主義を選んだ者たちはクレイデリアという揺り籠の中へ残った。
だが、アスマン帝国領の中には建国に反対する者たちも存在した。
建国の際に問題になった事の1つが、『どこに国を作るか』という事だ。クレイデリアの領土をただ単に半分に割るわけにもいかなかったため、当時のクレイデリア大統領とムスタファ・ケマル中将によって何度も議論が行われ、最終的に大昔のアスマン帝国の首都があったブランガルド・ノープル州が選ばれたのである。
しかし、ブランガルド・ノープル州に住む部族たちは猛反発した。クレイデリアは自由を重んじる国家だ。先進的な暮らしがしたいのであれば都市へ引っ越せばいいし、今まで通りの暮らしがしたいのであれば砂漠で家畜や野菜を育てる暮らしを選べばいい。信仰する神も自由に選べる。国を統治する者たちからの弾圧はなく、侵略を目論む者たちは最強の軍隊によって排除される。まさに揺り籠の中にいるかのような安寧があった。
だが、そこが帝国によって統治されるとなればその自由は消え去る。皇帝が命じればあらゆる自由が無くなってしまうのだ。
だからといって、クレイデリア側に移住するのも難しい事であった。彼らにとって、彼らの住む場所は祖先の時代からずっと受け継いできた場所である。自分たちの祖先が必死に働いて畑を作り、家畜を育ててきた大地を捨てる事を選ぶわけにはいかない。
テロ組織となってしまったのは、その土地に残った住民たちであった。アスマン帝国建国後、帝国からの強烈な弾圧を受け続けた彼らは密かに様々な国から武器を購入し、帝国への反撃のチャンスを待っていたのである。
そう、彼らはアスマン帝国建国の際に刻まれた傷跡から溢れ出た膿だ。
煙草を海に投げ捨てた兵士が、「それじゃ後は頼むぞ」と言い残して立ち去ろうとしたその時だった。ドスッ、と何かが肉に突き刺さるような音がしたかと思いきや、一緒に煙草を吸っていた仲間が倒れたのである。
「!?」
目を見開きながら倒れた仲間の胸板には、巨大な”銛”が突き刺さっていた。
巨大な鯨を仕留めるための、鉄製の銛だ。それを思い切り人間に投げつければどうなるかは言うまでもないだろう。
「なっ………!?」
慌てて背中の銃を手に取り、安全装置を解除しようとしたが、安全装置に触れるよりも先にその兵士の首に2本の腕が絡みついた。海水で湿った潜水服で覆われた腕は、兵士が叫ぼうとするよりも先に彼の首の骨をあっさりとへし折ってしまう。
動かなくなった兵士の死体を海へと蹴落としたのは、真っ黒な潜水服に身を包んだテンプル騎士団の兵士だった。頭を覆うマスクはガスマスクのようなデザインとなっているが、フィルターは存在しない。フィルターの代わりに取り付けられた灰色のホースは背中にある酸素タンクへと繋がっている。
海に落下した死体が浮かんでいるのを見下ろしながら、その兵士は隠れている仲間に向かって親指を立てた。
見張りの兵士が排除されたのを確認した他の兵士たちが、足音を立てずに遮蔽物の陰から出てくる。その兵士たちも、今しがた見張りの首をへし折った兵士と全く同じ服装だった。装備も同じだが、1人だけ背中に大量の銛が収まったバックパックを背負った兵士がいる。
最初に銛を放り投げ、見張りの兵士を串刺しにした兵士だ。
「相変わらず凄いですよね、隊長」
「………経験だ」
投擲した銛を命中させたことを称賛する部下に低い声でそう言ってから、海軍スペツナズの第一分隊を指揮する『エンリコ・ボルローニ』中佐は死体から銛を引き抜き、その死体も海へと蹴落とした。
姿勢を低くしながらAPSを構え、部下たちに合図する。目的はここにいるテロ組織の撃滅だ。既に報告では陸軍スペツナズが人質の救出と爆弾の解除に成功しているという。もし要求を呑ませる事ができなかったという事をテロリストのリーダーが知れば、すぐに別の作戦が始まってしまうだろう。
そうなる前にここで皆殺しにし、終止符を打つ。後片付けが彼らの仕事だ。
祖先から受け継いだ土地を捨てず、帝国からの弾圧に抵抗を続けている彼らを出来るならば救いたいところだが、武装して無関係な人々まで巻き込んだ攻撃を続けるテロリストとなってしまった以上、根絶やしにしなければならない。
もちろん、エンリコは一切躊躇していなかった。フェルデーニャ人の人間の父と、オルトバルカ出身のエルフの母の間にハーフエルフとして生まれた彼は、生まれた時からクレイデリアで育った。だからクレイデリアがまだカルガニスタンと呼ばれていた頃からの伝統はよく理解しているし、帝国からの弾圧を受けて苦しんでいる人々がいる事も知っている。
だが、祖先から受け継いだ大地を守るという彼らの大義により、無関係な民間人も犠牲になっているのだ。クレイデリア人も巻き込まれたこともある。
だから、容赦はしない。牙を剥くというのならば、それを全てへし折って根絶やしにするまでだ。
「………カルロ、イザッコ、ルカ、お前らの分隊で船に爆弾を仕掛けておけ」
「了解、いつもの手ですね」
「ああ、いつもの手でやる」
エンリコは、陸軍スペツナズの力也や空軍スペツナズのリチャードと比べると口数が少ない。基本的に黙っていることが多いため、海軍スペツナズに入隊する事になった新兵たちは全員彼の事を恐れるという。
そのため、隊長が怖い陸軍スペツナズと海軍スペツナズは空軍スペツナズと比べると志願者が少ないのだ。
もちろん、海軍スペツナズの訓練も厳しい。だが、この作戦に参加しているのはその厳しい訓練を受けて鍛え上げられた、錬度の高い兵士たちばかりだ。だからこそエンリコは彼らを信じ、別行動を命じたのである。
仲間に合図し、移動を開始する。
この拠点は沿岸部にある。そのため、もし内陸側から敵の攻撃を受けることになれば、必然的に海へと船で逃げるしかない。
それを利用するのだ。エンリコ率いる第一分隊と第二分隊が内陸側から攻撃を仕掛け、意図的にテロリストを逃走させる。そして、彼らが船に乗って逃げようとした瞬間に、第三、第四、第五分隊が設置していた爆薬を起爆させ、テロリスト全員を海の藻屑にしてしまうのだ。
かつて、エンリコの父もこのような作戦で鯨の漁をしていた。
逃走用の船はそれほど多くはないし、船とは言っても小型艇やボートばかりだ。それに、もし逃げられたとしても沖に戦艦ネイリンゲンがいる。ネイリンゲンの武装を使わずに済むのが理想的だが、取り逃がしそうになった場合は素直に支援を要請することになるだろう。
正門の前にはやはり見張りがいた。ヴァルツ製の武器を購入したとはいえ、どうやら全員に行き渡ってはいないらしく、正門にいる見張りが持っているのは手榴弾と棍棒だけだ。接近戦を挑むことになればそれなりに脅威にはなるが、こっちが銃を持っている以上は有利なのはこちらである。
しかし、まだ気付かれるには早い。他の分隊たちはまだ爆弾を仕掛けている最中の筈だ。
APSを下げ、バックパックから銛を引き抜く。呼吸を整えながら構えたエンリコは、銛を握る手から一時的に力を抜き――――――放り投げる瞬間に、思い切り力を入れて投擲した。
人間よりも強靭なハーフエルフの腕力と瞬発力だけでなく、幼少の頃から父に教わったエンリコの技術によって加速した銛は、見張りの兵士の側頭部を直撃した。弾丸のような弾速ではなかったものの、弾丸よりも遥かに重い金属製の銛は頭皮を貫き、頭蓋骨を容易く蹂躙した。先端部はそのまま脳味噌を滅茶苦茶にしながら反対側の頭蓋骨を突き破り、ひしゃげることなく血まみれの先端部が反対側から突き出る。
他に見張りはいない。シュタージの情報では、テロリストの人数はそれほど多くないという。このテロリストはそれほど規模が大きくないのだ。
(自分たちの土地を守るためとはいえ、わざわざ本拠地をフランセンなんぞに作るとは………)
倒れた死体から銛を引き抜き、バックパックに収めてからAPSを構える。姿勢を低くしながら庭へと侵入し、窓から中を覗き込んだ。
薄汚れた建物の中には、数名の男性がいるのが見える。アスマン帝国に向かった同胞からの報告を待っているらしく、テーブルの真ん中には無線機らしきものが置かれているのが見える。
扉の前に移動し、ライフルのセレクターレバーをフルオートに切り替えた。
海軍スペツナズは他のスペツナズとは異なり、3人で1個分隊となる。あくまでも沿岸部にある敵の拠点への潜入や破壊工作が目的であるため、分隊支援火器を装備した兵士や狙撃手を編入する必要がないからだ。
扉のドアノブを握ると、エンリコの部下たちが手榴弾を取り出した。2個分隊のうちの5人が手榴弾の安全ピンに手をかけている。彼がドアを開ければ、合計で5つの手榴弾が部屋の中に放り込まれることになる。
オーバーキルだ。
「………」
ドアノブを捻り、扉を開けた。
安全ピンを抜かれた手榴弾たちが、立て続けに部屋の中に放り込まれる。コン、と床に手榴弾が落下し、物騒なノックを奏でる。
それにテロリストたちが気付くよりも先に、投げ込まれた手榴弾たちが爆発した。爆風と破片が部屋の中で荒れ狂い、凄まじい衝撃波がテロリストたちの肉体をズタズタにする。テーブルの上に置かれていた無線機が吹き飛び、破片であっという間にボロボロになった。
「GO! GO! GO!!」
海軍スペツナズの兵士たちが部屋の中へと突入した。とはいっても、既に敵は先ほど投げ込んだ手榴弾でバラバラになっている。爆風で手足を吹き飛ばされたり、内臓があらわになっている死体を踏みつけながら突入した兵士たちは、廊下や階段から大慌てで駆け下りてきた”敵兵”に容赦なく銃弾を叩き込んだ。
人質がいれば、突入作戦の難易度は一気に上がる。敵兵を皆殺しにするという任務に、人質の救出という任務も自動的に追加されてしまうからだ。だが、今回の作戦では既にシュタージが人質は存在しないという事を暴いている。つまり、自分たち以外の”人”を射殺すればいい。
作戦はシンプルであればあるほど成功率は高くなるし、難易度も下がる。今回の作戦は、海軍スペツナズの隊員たちからすれば楽勝だろう。
弾丸に撃ち抜かれたテロリストが崩れ落ちる。武装していないテロリストだろうと、海軍スペツナズの兵士たちは容赦なく撃ち殺した。命乞いする者も蜂の巣にし、まだ若いテロリストの構成員も顔面に弾丸を叩き込んで撃ち殺す。
敵を生かす必要はないし、人質もいない。
ゲーヴァ102を持ってきた敵兵にAPSのフルオート射撃を叩き込んだエンリコは、マガジンを交換しながらちらりと窓を見た。さすがに手榴弾の爆音や銃声が轟き、仲間の悲鳴が聞こえたのだから、テロリストたちも敵襲だという事を理解したらしい。窓の向こうではライフルを抱えた構成員や丸腰の構成員が、大急ぎで桟橋の方へと走っていくのが見える。
「アルファ1より各分隊、仕事は済んだか」
『チャーリー、準備完了』
『デルタ、準備よし』
『エコー、いつでもいけます』
部下たちの返事を聞いたエンリコは、少しだけ笑った。
返事を返した部下たちは、入隊したばかりの頃は無口なエンリコを恐れていた隊員たちだ。訓練の時以外はなかなか彼に近寄ろうとしなかったが、今ではやっと慣れてくれたのか、任務が終わると夕食に誘ってくれるようになった。
いつもは断っているが、今夜くらいは付き合おう、と思ったエンリコは、無線機に向かって淡々と命じた。
「――――――やれ」
ドン、と小型艇が吹き飛んだ。船体が真っ二つになり、噴き上がった火柱が乗っていたテロリストたちを焼き尽くす。高圧魔力が誘爆したことによって爆炎は更に肥大化し、海へと飛び込もうとしていた乗組員たちを無慈悲に火達磨にする。
隣に停泊していたボートや、一足先に沖へと向かった他の小型艇も次々に爆発した。まだ暗い海の上を、高圧魔力と爆薬が生んだ禍々しい灯が照らし出す。
「………任務完了。生存者を掃討し、帰還する」
これが、”鋼鉄の漁師”と呼ばれる彼らの任務だ。




