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支援砲撃


 痛い。


 血が止まらない。


 何で俺は血を流しているんだろうか、と思いながら、傍らで鳴り響く銃声に耳を傾ける。


 倒れている俺の傍らで、必死に「死ぬな、頑張れ」と呼び掛けてくれているのは仲間たちだ。どうやら俺は敵の攻撃に被弾して、血まみれになってしまったらしい。


 さっきまで何をやってたんだっけ、と思いながら、装甲車の中に銃声を反響させ続けている喧しい機関銃の方を見た。


 そこにいた射手は、隊長だった。


 速河力也大佐。”勇者”と呼ばれているヴァルツの転生者に手足と妹を奪われ、復讐を誓った元転生者。今はこの特殊作戦軍に所属する大佐で、部屋には勲章がいくつも飾ってあるという。そんなに高い階級の人ならば参謀本部とか司令部で指揮を執るべきではないのだろうかと思うけれど、信じられないことに彼も銃を手に取り、俺たちと一緒に戦っている。


 訓練の時は、スペツナズの他の新人たちにも「鬼だ」とか「悪魔だ」って言われてる。確かに、あの人の訓練はかなりキツい。テンプル騎士団に志願した後、厳しい訓練を受けて1人の兵士になったつもりだったのに、その時受けた苦痛を”厳しい”という概念に含めることすら許さないほど、スペツナズの訓練は厳しかった。


 脱落した者たちも大勢いた。


 その厳しい訓練を俺たちに受けさせた大佐殿が――――――怒り狂っていた。


 誰に怒っているのかは、分かる。


 敵だ。


 俺を撃った敵に弾丸をぶち込みながら、怒り狂っているのだ。


 訓練がすべて終わって入隊許可を貰った時は淡々と労われただけだったから冷たい人なんじゃないかと思ってたが―――――誤解だったみたいだ。


 この人は、自分の部下を傷つけた敵に怒り狂う事ができる、仲間想いの人なのだ。












 プロペラの付け根から緋色の炎を発しながら、赤軍の複葉機が装甲車の頭上を通過していく。火を噴いた敵機はそのまま高度を上げて旋回を試みるかと思いきや、ぼろり、と片方の主翼が捥げ、ぐるぐると回転しながら麦畑に墜落して火柱を噴き上げる。


 撃墜した。


 だが、まだ空からのプロペラの音は消えない。


『アクーラ1、5時方向!』


 後方を走る装甲車の上で重機関銃を構えていたコレットが無線で教えてくれた。ぐるりと機関銃を旋回させるが、紺色の空から急降下してきた敵機の方が先に攻撃を始めたらしく、ガン、と立て続けに銃弾が装甲車を打ち据える。義手で機関銃を掴んだまま装甲車の影へと隠れつつ、敵機が頭上を通過するのを確認してから照準を敵機に向けた。


 既にコレットが一足先に射撃しているらしく、後方の装甲車に搭載されている機関銃は火を噴いている。俺も弾幕を張って支援してやろうと思ったが、発射スイッチを押すよりも先にコレットの放った銃弾が旋回しようとしていた敵機の尾翼を吹き飛ばした。木製の破片と共に尾翼が弾け飛び、旋回中の複葉機がふらつき始める。


 彼女は無慈悲に弾丸を放ち続けた。俺たちが使ってる重機関銃とは比べ物にならないほど命中精度の悪い機関銃だが、尾翼を吹っ飛ばされた敵機はふらついていたし、パイロットの質もそれほど良くないようだった。敵の弱さが、こっちの機関銃の性能の悪さを希釈してくれたと言ってもいいだろう。


 ふらついていた複葉機の主翼に穴が開く。やがて、エンジンの付け根に数発の弾丸が命中した。プロペラの回転速度が落ち始め、風穴から炎が噴き出す。機体が操縦不能になったのか、パイロットは操縦桿から手を離して立ち上がると、コクピットから飛び降りてパラシュートを開いた。


 コレットは脱出したパイロットに撃ち続けたが、さすがに弾丸は命中しない。真っ白なパラシュートが地面に落ちたのを見た彼女は、残念そうに射撃を止めた。


『アクーラ4よりアクーラ1、まもなく回収予定ポイント』


 装甲車を運転するマリウスが教えてくれた。


 そういえば、潮風の匂いがする。マクファーレン領の南東部には海があり、昔はそこを軍港に使っていたこともあったらしい。まあ、軍港として使われていたのは大昔である。この世界で産業革命が起こるよりも前だ。セシリアの祖先の時代ではないだろうか。


 今では当時の帆船よりも遥かに巨大な鋼鉄の軍艦が海の主役だ。現代の戦艦ではその軍港に何隻も停泊させるのは難しくなったらしく、軍港は別の場所へと移転しており、そこは漁師たちのために解放されているという。


 そう、海の近くだ。ジャック・ド・モレー級戦艦に搭載されている、60口径44cm4連装砲の射程距離内である。回収にやって来るヘリは戦艦ネイリンゲンに搭載されているヘリたちらしいので、ネイリンゲンも沖で待機している筈だ。要請すればすぐに強力な榴弾が飛んでくるだろう。


『スピア1-1よりアクーラ1、無事か?』


「こちらアクーラ1、救出目標は無事だが負傷者1名。キールが撃たれた」


『了解、全速力で向かってる。到着まで21分』


「分かった、急いでくれ」


 機関銃から手を離し、車内へと降りた。


 被弾したキールが心配だったんだが、彼の傷はもう塞がっているようだった。輸血用のブラッド・エリクサーを受け取ったキールは、ハンカチで顔に付着した自分の血を拭き取りながらこっちに向かって親指を立てている。


 本当に頑丈だな、ハーフエルフの肉体は。


 人間の兵士だったら死んでいた。


 大昔の戦争でも、ハーフエルフやオークの兵士は大活躍している。テンプル騎士団創設時に勃発した戦闘でも、敵兵たちが「ハーフエルフの兵士が何発も被弾しているのに血まみれになりながら突っ込んできた」、「12.7mm弾で弾幕を張らなければオークの突撃は止まらなかった」と証言していたという。


 中には、「テンプル騎士団に肉薄されたら死を覚悟せよ」と指揮官に言われた兵士もいたらしい。昔の戦闘はそれほど熾烈だったらしいな。まあ、俺たちに喧嘩を売ることが大間違いなんだが。


 マリウスが装甲車を停車させる。ジュリアも装甲車を後方に停車させ、乗っていた仲間たちを下ろし始めた。


「戦えるか?」


「な、何とか」


 問いかけると、キールはニヤリと笑いながら立ち上がった。


 回収部隊がやって来るまであと11分。そんな短時間で攻撃を仕掛けてくるとは思えないが、念のために敵の攻撃は警戒しておいた方が良い。


 キールに彼のAKMを渡し、いくつか俺の分のエリクサーを分けておく。


「い、良いんですか?」


「持っておけ。俺は嫌われ者らしくてな、弾丸に避けられちまう」


 現在では、テンプル騎士団が採用しているエリクサーは2種類ある。錠剤と液体だ。


 錠剤はそのまま口に放り込んで呑み込めばいい。液体にも口から摂取するタイプのものはあるが、今では注射器を使って首筋や腕に投与するタイプの奴の方が多いのだ。ただ、液体のタイプは容器が破損することで使用不能になることが多いので、そういった代物は衛生兵しか持っていない。


 ライフルを抱えて外に出ると、冷たい風が身体を包み込んだ。


 近くにはここが農村だった頃の納屋の残骸が残っている。その隣にあるのは家畜用の建物なのだろうか?


『クレイモアよりアクーラ1』


「こちらアクーラ1」


『素敵なお知らせだ、赤軍の連中がそっちに向かってる』


「………ああ、確かに素敵なプレゼントだ」


『直ちに迎撃準備をしろ。あの連中、死に物狂いでカスミを奪い返そうとしているぞ』


「了解、準備します。回収部隊は?」


『あと20分。対戦車ミサイル装備のハインド4機だ』


「了解、持ちこたえます」


 通信を終え、銃をチェックする。弾薬はまだまだ残っているし、グレネード弾もある。


 RGS-50の砲身を銃口側へとスライドさせると、巨大な50mmグレネード弾の薬莢が躍り出た。代わりに新しい対人榴弾―――――もちろん時限信管だ―――――を砲身内部へ装填してからハッチを閉じ、砲身を元の位置に戻してロック。照準器も壊れていないことを確認しつつ、他の仲間たちに「迎撃準備、奴らが来るぞ」と指示を出す。


 あと20分持ちこたえれば、世界最強の戦闘ヘリたちが助けに来てくれる。それまで是が非でも持ちこたえなければならない。


『ボレイ1よりアクーラ1、今から合流する。2時方向から接近中だ、撃つなよ』


「了解。各員、2時方向から来るのは味方だ。誤射フレンドリーファイアに注意」


 がさり、と草むらが揺れる。その中から姿を現したのは薄汚れた制服に身を包んだ赤軍の兵士ではなく、黒と灰色の迷彩模様の制服に身を包んだスペツナズの兵士たちだった。BM-37の砲身と弾薬がたっぷり入った箱を抱えながら合流した彼らは、すぐに装甲車から離れたところに迫撃砲の砲身を設置して照準器を調整し、砲撃の準備を始める。


 彼らの傍らに三脚を立て、その上に大型の潜望鏡を設置する。周囲は草むらになっているが、これならばしゃがんだ状態でも向こうが良く見えるだろう。


 準備を終えてから、ちらりとリチャードの方を見た。既に戦闘準備を終えているのはベテランの兵士だという証と言ってもいいんだが、だからと言って戦闘前に紅茶を飲むのは油断し過ぎではないだろうか。


「………」


「私が見張ります」


「分かった、頼む」


 索敵はエレナに任せておこう。


 エレナはホムンクルス兵だが、他のホムンクルス兵とは異なり、”戦闘向き”に調整が施されている。ジェイコブやカスミのように感情豊かではないが、その分五感が発達しているので索敵はお家芸と言ってもいいほど得意なのだ。


 もちろん、人権のあるホムンクルスにそのような調整を施して”戦闘用の兵器”としてしまうのはテンプル騎士団の規則に反する重罪である。


「………敵部隊が接近。距離、3700m」


 淡々と報告する彼女の声を聞くと同時に、仲間たちの目つきが鋭くなる。装甲車の運転席から降りたマリウスもKPV重機関銃のバイポッドを展開して、14.5mm弾がたっぷりと入った箱を傍らに準備している。


「戦車もいます。旧オルトバルカ軍のM1菱形突撃戦車をベースに、装甲を追加した改良型の模様。後は随伴歩兵とトラックです」


 戦車か………。


 M1菱形突撃戦車の装甲はそれほど厚くはない。その気になれば、ボルトアクションライフル用の弾薬でも貫通は可能だ。だが、装甲を追加して防御力を底上げしたものが突っ込んでくると言うのであれば、もしかしたら対戦車ライフルは必要になるかもしれない。


 まあ、まだ必要はない。


 海の向こうにいる”巨人”に、鉄槌を振り下ろしてもらうとしよう。


「キール」


「はっ」


「至急、ネイリンゲンに支援砲撃を要請」


「了解です」


 頼むぞ、リョウ。













「アクーラ7より支援砲撃要請」


 オペレーターが報告した瞬間、CIC内部のモニターや魔法陣が発する蒼黒い照明を浴びていた乗組員たちが一斉に手を動かし始めた。素早く魔法陣や画面をタッチしたり、傍らにある伝声管に向かって命令を下したりしている。


 僕も顔を上げながら、報告してくれたオペレーターの方を見た。


「回収予定ポイントに接近中の敵を砲撃してほしいとのことです」


「了解、受諾した」


「………こちらネイリンゲンCIC、支援要請を受諾。これより砲撃体勢に入る」


「第一、第二、第三砲塔、砲撃用意。目標、敵地上部隊。全砲塔に榴弾を装填」


「座標データを受信。ポイント”Ш-6-8”。繰り返す、ポイント”Ш-6-8”」


『全砲塔、榴弾装填完了』


「目標、左70度。仰角50度。斉射用意」


『左70度、仰角50度。斉射用意!』


 ネイリンゲンにもCICが追加されたのは喜ばしい事だ。でも、艦橋から前部甲板で巨大な砲塔が鳴動するのを見る事ができないのはちょっとだけ残念である。


 まあ、CICにあるモニターに艦橋からの映像が映し出されているので、砲塔が旋回を始めている姿はここからでもわかる。けれども、潮風が流れ込んでくる高い艦橋の上から、敵を穿つために目を覚ました砲塔たちがゆっくりと旋回していく姿を見るわけではないので、随分と物足りない。


 ここで感じ取るのは、砲撃準備が整った事や砲弾がどこに命中したかという、合理的ではない要素を全て削ぎ落とした無機質な情報だけだ。戦争に必要なのはそれかもしれないけれど、それでは寂しすぎる。


 そういう余計なものまで追い求めてしまうからこそ、僕たちは人間なんだろうな………。


「艦長、砲撃準備完了しました」


「………撃てぇッ!!」


 ドォン、とCICの中にまで轟音が浸透してくる。


 前部甲板に搭載された、3基の60口径44cm4連装砲が一斉に火を噴いたのだ。戦艦大和の主砲と比べると一回り小さいけれど、連射速度、弾速、射程距離ではこちらが上と言っていいだろう。


 艦橋で見れればすごい光景だったに違いない。砲口から迸る閃光が、艦の左舷を捥ぎ取ってしまうのではないかと思ってしまうほどの光景なのだから。


 まあ、戦争をするのであればそれは不要な要素だ。戦争に必要なのは、敵を殺す手段と情報。兵器が動くところを見るのは二の次で良い。不要な要素を削ぎ落とせば削ぎ落とすほど、人間の思考は機械に近くなっていく。


「………悲しいな、なんだか」


 小さな声で呟きながら、僕は軍帽をかぶり直した。











「ネイリンゲン、主砲を発射。弾着まであと40秒」


 姿勢を低くしたまま、空を見上げた。もしかしたら海の上から飛んできた砲弾が見えるのではないかと思ったけれど、複合装薬で飛んでくる砲弾が見えるわけがない。


 ネイリンゲンの砲手たちが、砲撃を外さないことを祈るとしよう。


「あと20秒」


 自分の双眼鏡を使って草むらの向こうを確認する。接近してくる菱形突撃戦車には、確かに装甲が追加されていた。車体正面、車体上部、スポンソン側面に分厚い鉄板が張り付けられているのが見える。表面には赤い星が描かれているが、あの赤い星は正直に言うと大嫌いである。


 ソビエトならば大好きだが、こっちの世界の共産主義者共は単なるクソッタレだ。


「………10秒前」


「衝撃に備えろ」


 いよいよ、合計12発の砲弾が降り注ぐ。


 ネイリンゲンから解き放たれた、12発の榴弾が忌々しい大地を穿つのだ。


「5、4、3、2、1………弾着、今」


 エレナが淡々とした声で告げた瞬間、一瞬だけ黒い物体が見えた。まるでライフルに装填する弾丸を、戦車を叩き潰せるほどのサイズに大型化させたかのような12発の鉄槌。かつて装填されていた砲身の中から引き連れていた陽炎を纏いながらここへとやってきたその物体は、空から響いてきた轟音に違和感を感じた数名の赤軍の兵士を押し潰し、地面を直撃してから起爆した。


 爆風が兵士たちをあっさりとバラバラにする。右半身を衝撃波で抉られ、肋骨や内臓をばら撒きながら吹っ飛んで行った兵士が見えたが、別の爆風に呑み込まれて見えなくなってしまう。


 菱形突撃戦車に追加されていた装甲が剝がれ、車体側面の装甲までスポンソンもろとも抉り取られていく。まるで竜巻の中に突入してしまった飛行機が空中分解していくかのように、戦車がバラバラになっていった。


 44cm砲の榴弾が生み出した爆風は、竜巻のように慈悲深くはない。装甲が剥がれた場所から爆炎と破片が車内へ殺到し、戦車兵たちを無慈悲に焼き殺していく。


 後方のトラックは爆風を浴びて横転し、荷台に乗っていた兵士たちもろともそのまま炎上してしまった。中には脱出しようとした兵士もいたが、衝撃波で押し出されてギロチンと化した破片に捥ぎ取られたのか、下半身がない。血まみれになりながらトラックから這い出たその兵士は、ちらりと自分の足を見て、下半身が無くなっていることに気付いてから動かなくなった。


 やがて、砲撃の爆音をヘリのエンジン音が掻き消し始める。


 ちらりと後ろを見ると、もう朝日が昇り始めていた。


 その朝日の中からやってきたのは、4機のヘリたちだった。



 


 

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