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タンプル・コマンドス


 テンプル騎士団の特殊部隊スペツナズは3種類ある。


 少数の兵士で敵の拠点に潜入し、敵の将校の暗殺や拉致などを行うのが俺たちの所属する”陸軍スペツナズ”。再興後のテンプル騎士団で一番最初に設立された特殊部隊であり、スペツナズの中では一番歴史は長い。


 もう1つは、艦艇から小型のボートを使ったり、海中を泳いで敵の軍港などに潜入して破壊工作を行う”海軍スペツナズ”。こちらは海軍が元々設立する予定だった部隊を、特殊作戦軍の設立に伴ってそのまま吸収して編成した部隊だ。水中用の特殊なアサルトライフルなどを装備しているので、スペツナズの中では最も装備品が特異な部署である。


 今回の任務で協力することになるのは、”空軍スペツナズ”だ。


 大型の輸送機で敵陣や敵国の上空から侵入し、そこからパラシュートで降下して潜入任務を行う部隊である。こちらも空軍がテンプル騎士団壊滅前に設立されていた空挺部隊をモデルにして編成しようとしていた部隊であり、特殊作戦軍の設立に伴って吸収された。『タンプル・コマンドス』とも呼ばれている。


 もちろん、俺たちもパラシュート降下の訓練は受けている。だが、彼らはパラシュートで輸送機のハッチから飛び降りるのが専門の連中だ。パラシュート降下の技術では彼らの方が上だろう。


 格納庫には既に陸軍スペツナズの隊員たちや、タンプル・コマンドスの隊員たちが集合していた。黒い制服の上にマガジンの入ったポーチやボディアーマーを身に着け、腰にはハンドガンの収まったホルスターやスコップのホルダーを下げている奴もいる。


「全員いるな?」


「おう」


 第一分隊と第二分隊の奴らの顔を見渡しながらチェックする。


 革命が終わった後、陸軍スペツナズの増員に伴い、分隊の人数が6人から8人に増えた。ライフルマンと通信兵が増えたので、これからは支援要請等は通信兵に任せる事になるだろう。ライフルマンも1人増えたので、戦力が強化されたことになる。


 まあ、増員されたのは新人の中で訓練での成績が優秀だった2人なんだが。


 兵士の質が1つの分隊に偏るのも好ましくない、という理由でウラルが強引に推薦してきた奴らだ。確かに訓練での動きは良いが、第一分隊や第二分隊の奴らと比べると質は一回りくらいは劣っているように見えてしまう。


 とはいっても、元の部隊に”返却”するわけにはいかない。あいつらも訓練を受けて実力を上げているのだから、俺たちがカバーしてやらなければ。


「だ、大丈夫よ、キール。訓練を思い出して」


「で、でも、これが実戦……特殊部隊ではこれが実戦なんだよ、ロザリー」


「おいお前ら」


「「は、はいっ!!」」


 声をかけると、呼吸を整えていた2人のハーフエルフの新入りが返事をした。


 背中に大きな無線機を背負い、AKMSUを持っているのはキール伍長。元海兵隊の兵士で、歩兵部隊では通信兵を担当していたという。無線機を使って支援要請を行う事に慣れているのであれば、通信兵は彼が適任だろう。


 彼の隣でAKMを抱えているのは同じくハーフエルフのロザリー伍長。彼女も元海兵隊所属で、キールと同じ分隊に所属していたという。彼と共に行動し、支援要請を行う彼の護衛を行う事が多かったらしいので、ウラルがキールと一緒に引き抜いてきたというわけだ。魔術も得意らしいので、場合によっては魔術で支援してもらうことになるかもしれない。


 ちなみに、ハーフエルフにはファミリーネームやミドルネームという概念が存在しない。何故かと言うと、ハーフエルフの起源は人間とエルフとの間に生まれてしまった、”存在してはならない混血の存在”であったため、ファミリーネームを名乗ることが許されなかったという説がある。他にも奴隷として売られていた種族だからファミリーネームがない、というシンプルな説もあるらしいが。まあ、中には人間とかエルフと結婚してファミリーネームを貰ったハーフエルフもいるんだがな。ハーフエルフの英雄と言われている『ギュンター・ドルレアン』みたいに。


「そんなに緊張するな。今回は空からジャンプして、クソ野郎に捕まってる女の子を助け出すだけだ。俺の訓練と比べればマシだろ」


「え、ええ……あはは」


「戻ったらラーメン奢ってやる。アルカディウスにおすすめの店があってな」


「隊長、まさか新入りに”激辛ナパームラーメン”食わせるつもりじゃないでしょうね?」


「なんだよヴラジーミル、美味いじゃねえか」


「口の中が焼けちまいますよ………」


 あれ美味いんだぞ……なんでいつもみんな普通のラーメンばっかり頼むんだ。


 唐辛子がたっぷり乗ったラーメンの事を想像していると、タンプル・コマンドスの兵士たちが並んでいる方から紅茶の香りが漂ってきた。


 オイルや金属の臭いがする格納庫の中でも、他の臭いすら掻き消してしまうほど強烈な匂いがする。おそらく、オルトバルカ産の紅茶ではなくヴリシア産の紅茶だろう。ヴリシア産の紅茶は味と香りが強烈なのが特徴である。


 テンプル騎士団どころかクレイデリアで流通しているのはオルトバルカ産の紅茶だ。最近では味と香りがさっぱりしているクレイデリア産の紅茶も流通し始めているらしいが。


 わざわざヴリシアから紅茶を取り寄せて飲んでいるのは、あの男しかいない。


 苦笑いしながらタンプル・コマンドスの方を見てみると、陸軍スペツナズに支給されているヘルメットよりも小型のヘルメット――――――テンプル騎士団空挺部隊向けの代物だ――――――を頭にかぶった兵士たちの中に、真っ白なティーカップを持っている奴が1人だけいる。


 この香りの発生源は、そいつだ。


「相変わらずだな、リチャード」


「この香りを嗅ぐと落ち着くんですよ、大佐殿」


 彼の名は『リチャード・バークレイ』中佐。ヴリシア人とオルトバルカ人のハーフで、母親がヴリシアの貴族の分家の末裔だったらしい。だからなのか、貴族ではないにもかかわらず口調は貴族のように上品なので、よく貴族出身の兵士だと勘違いされる。


 リチャードは俺と同じく18歳の人間の少年だ。紅茶が大好物らしく、訓練中だろうと戦闘中だろうとどこからかティーカップを取り出して、1人でアフタヌーンティーを楽しむ変な男である。何度か上官からティーカップを没収されたことがあるそうだが、部下の証言では『平然とティータイムを満喫してた』という。没収された筈のティーカップをどこから取り出したのだろうか。


「隊長、俺スコーン焼いてきました」


「素晴らしい! では、目的地に到着するまでお茶にしましょう。大佐殿もどうです?」


「そうだな、悪くないかも―――――――」


「―――――――お前ら、遊びに行くんじゃないんだぞ」


 格納庫の中に、低い声が響き渡った。


 顔をしかめながら舌打ちをしつつ、ジェイコブの隣に整列する。格納庫の隅にあるエレベーターの方から護衛の兵士とともに歩いてきたのは、やはり特殊作戦軍の最高司令官であるウラル・ブリスカヴィカ大将だ。今ではもう採用されていない古いタイプの制服に身を包み、頭には赤いベレー帽をかぶっている。


 ウラルは俺たちを睨みつけながら前にやって来ると、腕を組みながら大きな声で言った。


「同志諸君、これは我が特殊作戦軍の最初の任務である。失敗は絶対に許されん。いいな?」


『『『『『はっ(ダー)!!』』』』』


「よろしい。では、作戦を確認しておく。………諸君らはオルトバルカ北方のマクファーレン領へと輸送機で侵入し、そこからパラシュートで降下。赤軍の収容所に拘束されているエージェント『カスミ』を救出し、回収予定ポイントまで連れ帰る事である。なお、諸君らの回収は戦艦『ネイリンゲン』のヘリが行う。いいか、1人も欠けずに戻れ。以上!」


 ほう、ネイリンゲンか。ということはリョウの奴のお世話になるという事だな。


 場合によっては艦砲射撃の支援も要請できるだろうか?


「よし、俺は別の輸送機に乗り、空中から指揮を執る。降下する部隊の指揮はお前に一任するぞ、力也」


「了解。………よーし、各員直ちに輸送機に搭乗せよ!」


 命令すると、陸軍スペツナズやタンプル・コマンドスの隊員たちが格納庫の奥へと整列したまま走り出した。


 既に、俺たちが乗る予定の機体はそこにある。


 今回の任務で使うAKMを背負いながら、ウラルに「指揮は頼みます、ちゃんと記録しておいてくださいよ」と言い、格納庫の中に鎮座する超大型の輸送機を見上げながら走り出した。


 格納庫の奥には、巨大な胴体と翼を持つ怪物が眠っている。大型の爆撃機すら踏み潰してしまう事ができるのではないかと思ってしまうほど巨大な胴体から伸びる主翼には、強力なエンジンが3基ずつぶら下がっている。パイロットがいるコクピットは機首が大き過ぎるせいで見えない。


 これから乗る事になる輸送機は、ソ連で開発された『An-225ムリーヤ』という超大型の輸送機だ。


 後部にハッチを追加し、機体上部、機体後部に23mm連装機関砲を装備したテンプル騎士団仕様のAn-225を見上げながら、後部のハッチまで移動する。今のテンプル騎士団は、こんな超大型輸送機を合計で50機も保有しているという。一部は”ある爆弾”を大量に搭載した爆撃機に改造するらしい。


 真っ黒に塗装されたAn-225の後部ハッチから機内へと乗り込むと、既に機内は紅茶の香りで満たされていた。苦笑いしながらリチャードの方を見ると、彼は平然とティーカップを片手に持ってヴリシア産の紅茶を飲みながらティータイムを満喫してやがる。


 格納庫の反対側には、もう1機のAn-225が鎮座している。巨大な輸送機の機内に作戦を指揮するための設備をこれでもかというほど積み込んだ『指揮用』の機体なのだろう。あっちは機首のハッチが開いていて、まるで要塞の指令室のように改造された機内とオペレーターのホムンクルスたちの姿があらわになっている。


《ハッチを閉鎖します》


 警報が鳴り、点滅する黄色いランプに照らされながら分厚いハッチが閉まり始める。ハッチの閉まる音が機内に反響したかと思いきや、今度はスピーカーから低い男性の声が聞こえてきた。


『えー、本日は”タンプル航空”をご利用いただき、誠にありがとうございます。この機体はタンプル搭発、オルトバルカ連邦マクファーレン領行きとなっております。また、機内での飲食、ティータイム等は自由となっています。聞きたい音楽がありましたら、リクエストを機長までどうぞ』


「ティータイムは自由だとさ」


「素晴らしい。ウラル大将はこの寛大さを見習うべきだ」


 はははっ、確かに。


 機体が離陸するまでまだ時間がありそうだ。飛び立つ前に、装備の点検を済ませておくとしよう。













 窓の外は暗い。


 辛うじて巨大な翼は見えるが、空に浮かんでいる筈の雲すら見えない。月とか星は見えないだろうかと思って窓の上を見てみるけれど、An-225の巨大な翼とエンジンが邪魔で空は見えない。だが、きっと星と月は見えないだろう。


《オルトバルカ国境上空を通過、マクファーレン領に侵入》


 支給されたスコーンを口の中へと放り込み、マカロフとスチェッキンをチェック。他の隊員たちもサイドアームの点検を素早く済ませる。メインアームは降下したら改めて支給するので、どの隊員たちもメインアームは持っていない。


 An-225が高度を落とし始めたらしく、機体が揺れた。降下予定ポイントに近づいているのだ、という事を察すると同時に、ヘルメットとマスクを装備したジャンプマスターがやって来て、『まもなく降下予定ポイント! ハッチ解放する!!』と告げた。


 片手でヘルメットを押さえると同時に、ゴン、と大きな音が機内に響き渡る。巨大なハッチがゆっくりと開き始め、漆黒に呑み込まれたオルトバルカの大地があらわになった。


 きっと、革命さえなければこの真下には麦畑が広がっていたに違いない。あの革命はオルトバルカ全土で勃発したから、このマクファーレン領も巻き込まれたのだろう。広い麦畑は戦車の履帯に踏みしめられ、農村は兵士たちの死体で埋め尽くされたのだ。


 だが、その禍々しい大地はまだ見えない。


 これから、そこへと降りていく。


 かつての地獄に。


 死者たちの大地に。


『バークレイ中佐! ティータイムは終わりです!!』


「何を言う。ティーカップと余裕があればいつでもティータイムだよ、同志」


 あいつまだ紅茶飲んでるのかと思いながらタンプル・コマンドスの方を見ると、やっぱりリチャードはまだ紅茶を飲んでいた。解放されたハッチから冷たい風が入り込んできているというのに、あいつの持つティーカップは微動だにしないし紅茶も零れていない。どうなってんだアレ。


 呆れながら、ジャンプマスターが『降下準備! 各自、パラシュートの最終チェック!』と命じる。俺ももう一度パラシュートを確認した。飛び降りた後にワイヤーを引っ張ってもパラシュートが出てこないのは笑えない。


 チェックを終えてから呼吸を整える。高所恐怖症というわけじゃないんだが、パラシュートで降下する直前は緊張してしまう。


 大地がはっきりと見えたらもっと緊張しただろうか、と考えていると、ジャンプマスターが大きく手を振りながら告げた。


『降下開始! 同志諸君に神のご加護があらんことを!』


 神のご加護、か。


 ハッチの近くにいたマリウスが先陣を切る。コレット、ジュリア、エレナが立て続けに飛び降り、ビビっていたキールとロザリーも無事にジャンプした。


 ジェイコブが肩を叩き、先に行くぞ相棒、と言ってからハッチに向かってダッシュする。彼が暗闇の中へとジャンプしていったのを確認してから、ジャンプマスターに向かって親指を立て、俺もハッチへと向かって走ってからジャンプする。


 床を踏みしめていた安心感が、大地へと落ちていく恐怖へと変わる。まだ夏だというのに冷たい風を浴びながら、訓練通りにパラシュートを開いて真下を凝視した。


 革命が終わった後は訓練ばかりだったからな。久々に血の臭いを堪能するとしようか。






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