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魔王様の外出


 次々に、子供たちが生まれてくる。


 製造区画の中を満たす赤子の鳴き声を聞きながら、ガラスの柱の中で眠るホムンクルスの赤子たちを見渡した。


 タクヤ・ハヤカワの遺伝子をベースにして生まれてくる彼女たちには、”親”という概念が存在しない。自分たちの原型オリジナルとなったタクヤ・ハヤカワがホムンクルスたちの親と言えるのかもしれないけれど、彼女たちは人間の子供と違って、あの装置の中でへその緒の代わりにケーブルをお腹に繋がれた状態で生まれてくる。


 錬金術師たちが装置を操作し、培養液を排出する。空になった装置のハッチを開け、中で泣き声を上げるホムンクルスの赤子を、その子供の育成を担当するホムンクルスの女性が微笑みながら抱き抱えた。


 ホムンクルスの製造は、大人になったホムンクルスたちが行う。


 何故かと言うと、もし仮にテンプル騎士団がまた全滅したとしても、ホムンクルスたちだけで同胞の製造、育成、訓練を継続し、テンプル騎士団という組織そのものと理想を維持するためだ。もし私や姉さんが戦死してしまったとしてもホムンクルス兵の生産は続くし、場合によっては私の細胞を使って新型ホムンクルスの製造を行う事も許可している。


 私に挨拶したホムンクルスの女性が、まだ泣き続ける赤子を抱き抱えながら隣を通り過ぎていった。ホムンクルスに親という概念は無いが、傍から見れば生まれたばかりの我が子を抱き抱えて微笑む母親のようにも見える。


 親という概念が存在しないからこそ、ホムンクルスたちは親がいる他の種族たちの事を羨ましがるという。


「主任、お疲れ様」


「ああ、団長」


 ホムンクルス兵の製造を指揮する主任も、ホムンクルスの1人である。正確には彼女はタクヤ・ハヤカワのホムンクルスではなく、伝説の錬金術師と言われている『ナタリア・ブラスベルグ』のホムンクルスなのだが。


 習得の難易度が高く、廃れそうになっていた錬金術を簡略化させて普及させた錬金術師の細胞がベースなのだから、彼女たちも原型オリジナルの才能を受け継いでいる。ホムンクルスの製造を担当させるにはうってつけと言っていいだろう。


 主任の目の下には。クマがある。最近は製造区画の拡張が行われたことによってホムンクルスの生産量が増えたため、忙しいのだろう。


「疲れているのではないか? 休暇を申請してもいいのだぞ?」


「ええ、今度そうします」


「うむ、無理はしないでくれ。………それより、最近の状況はどうだ?」


「今月はもう60000人生まれてます。今週には2000人のホムンクルスが生まれる予定ですね」


「男女比は?」


「やはり殆ど女性ばかりですね。先月は3人ほど男の娘が混じってましたが」


「うむ………」


 ホムンクルス兵を増やす方法はここで製造するだけではない。輪廻の大災厄で天城輪廻が製造していたホムンクルスと異なり、テンプル騎士団が製造するホムンクルスには生殖能力もあるので、他の種族と結婚して子供を産むことも可能だ。


 実際に、クレイデリア国内では他の種族と結婚して子育てをしているホムンクルスもいるし、ホムンクルスと他の種族のハーフの兵士もこの組織に所属している。


 今のテンプル騎士団が急激な軍拡を行う事ができるのは、ホムンクルス兵たちのおかげで人手不足ではなくなっているからだ。乗組員を何百人も用意しなければならない戦艦も大量生産できるし、空母や艦載機もいくらでも用意できる。


 来月になれば、全盛期のオルトバルカ連合王国軍の物量を凌駕するという。


「………主任、休暇はいつでも申請してくれ。いいな?」


「ええ。では来週にでも」


「分かった、書類を出しておく」


 そう言ってから踵を返す。


 ここで生まれたホムンクルスたちが全員兵士になるわけではない。彼女たちにも人権があるので、テンプル騎士団や国防軍に入隊して兵士になるか、それ以外の職業に就職するか選ぶ事ができる。


 別の装置の近くでも、錬金術師たちが装置を操作して赤子を取り出しているところだった。へそに繋がっているケーブルを外し、育成を担当するホムンクルスに預けているのを見た私は、目を細めながら製造区画を出てエレベーターに乗った。













 復讐を果たすという事は、こういう事なのだろうか。


 目の前にある墓に花束を置き、墓石を見つめる。ここに眠っているのは父上だ。隣の墓には、母上と弟が眠っている。以前までは姉さんも一緒に眠っていたし、遺骨もこの墓石の下に埋葬されているんだが、彼女はホムンクルスとして復活したから、隣の墓石に刻まれていた姉さんの名前は消されている。


 こちらの墓石に花束を供えるのは、勇者への復讐が終わってからだ。


 終わったよ、父上。あなたの仇はとった。


 王族は皆殺しにした。あなたに濡れ衣を着せて処刑を命じた忌々しい女王も、業火で焼き殺してやった。今度は母上と弟の仇をとるから、どうか天国で見守っていてほしい。


「………」


 次は、勇者の番だ。


 あの忌々しい転生者の首を撥ね飛ばし、必ず一族の復讐を果たす。復讐が終わったらまた花束を持ってきて、隣の墓石の近くに供えるとしよう。


 父上たちの墓は、クレイデリアの首都『アルカディウス』郊外にある花畑のど真ん中にある。周囲には9年前のタンプル搭陥落の犠牲になった人々の墓がずらりと並んでいて、その墓石の周囲には様々な色の花が伸びている。ここにあるのが墓石じゃなかったら、きっと貴族が所有する広大な庭園に見えたに違いない。


 庭園を思わせる墓地の出口で、バイクに乗った私服姿の力也が待っていた。


 今日は休日だそうだが、予定がないらしいのでちょっとばかり墓参りに付き合ってもらったのだ。


「終わったか、ボス」


「………」


 頬を膨らませながら力也の顔を見上げる。彼は目を丸くしながら私を見下ろしてきたが、約束を思い出してくれたらしく、義手で頭を掻きながら「あぁ、すまんすまん。慣れなくて……」と言った。


「それじゃあ行こうか、セシリア」


「うむっ」


 まったく、約束したばかりではないか。2人きりの時は”ボス”ではなく、名前で呼ぶと。


 微笑みながら力也の後ろに乗る。ウラル教官ほどではないが、力也は身長が高いし体格もがっちりしているので、彼の後ろに乗ると前が見えない。


「で、どうする。このまま帰るか? それとも買い物でもするか?」


「うむ………せっかくの休日だ、買い物でもするとしよう」


「了解だ」


 そう言ってから、力也はバイクを走らせた。


 アルカディウスの周囲は花畑や森で囲まれている。道路の周囲には様々な種類の花が咲いているのが見えるが、よく見るとその花畑のど真ん中にヴァルツ軍の装甲車の残骸が放置されているのが分かる。対戦車ライフルか対戦車砲で正面装甲を撃ち抜かれたのか、真正面には大穴が開いていて、ひしゃげた上に錆び付いている装甲は蔦や花に覆われつつある。


 傍から見れば、奇妙な形の岩にも見えるだろう。


 ここも戦場だった。この国を奪還するために、数多くの同志たちが犠牲になった。


 花畑の中に放置された装甲車を見つめている内に、力也がバイクを一旦停車させた。何があったのだろうかと思いながら脇から身を乗り出すと、正面にある信号機が赤い光を放っているのが見えた。やがて、正面を無数の自動車やトラックたちが走り始める。


 目の前を通過していく車両の中には、クレイデリア国防軍のトラックや装甲車も混じっていた。


 信号機が発する光が青に変わってから、力也は再びバイクを走らせ始める。


 普段ならば外出すると言ったら憲兵たちが護衛を付けるって言い出すし、断っても装甲車を用意すると言い出すから面倒なのだ………。だが、たまにはこういう外出も悪くない。


 バイクを駐車場に止めた力也は、エンジンを切ってからゆっくりとバイクから降りた。私もバイクから降り、アルカディウスの街並みを見渡す。


 周囲には巨大なビルがいくつもある。中には建設途中のビルもあるし、首都奪還時に破壊されたままになっているビルも見受けられる。先進国の首都と言っても過言ではないが、まだ奪還作戦時の痕跡は大都市の中にいくつか残っているようだった。


「で、どこを見る?」


「うむ………まずは昼食だな」


「分かった。セシリア、何が食べたい?」


「む………普段食べていないものがいいな」


「うーん………ラーメンとか?」


「らーめん?」


 何だそれは?


「力也、らーめんとは何だ?」


「え、知らなかったっけ?」


「うむ………分からん」


「ええと………」


 食堂で食べてる奴がいただろうか?


 力也は目を細めながら義手で頭を掻いた。


「ええと………スープの中に黄色い麺が入ってるやつ。あとチャーシューとか野菜とかも入ってる」


「うどんみたいなやつか?」


「ま、まあ、近いな」


「ああ、それなら見たことがある。前に姉さんが食べてた」


 変わったうどんだなと思っていたのだが、あれがラーメンだったのか。


「……セシリア、ちなみに普段はうどん以外に何食べてるっけ?」


「む? 稲荷寿司とか天ぷらとか刺身とか」


「和食か………」


「美味いではないか」


「うん、健康にも良いからな………でもたまには他のも食べてみようぜ?」


 うむ、それもそうだな。前に食べた”はんばーがー”とやらもなかなか美味しかったからな。肉とチーズが最高だった。


 たまには普段食べていないものを食べてみるのも悪くないだろう。


 私の手を握りながら、力也は街中を歩き始めた。彼は義手の上に手袋をしているので傍から見れば普通の手にしか見えないが、私の手を握ってくれているのはひんやりとした機械の手だ。


 アルカディウス市内は、戦車の残骸や倒壊したビルさえ見つけなければ戦闘があった場所とは思えないほど復興している。高いビルがいくつも建っているし、喫茶店やレストランでは様々な種族の住民たちが食事をしている。公園で遊んでいるのは、同じく様々な種族の子供たちだ。他の国では差別されているのが当たり前の種族の子供たちと一緒に、人間の子供たちがサッカーをしているのが見える。


 大昔は、人間以外の種族は奴隷として街で売られているのが一般的だったという。さすがに現代では奴隷の売買を違法化している国が多いのでそのようなことは殆どないが、ヴァルツ帝国では未だに奴隷の売買が行われていたらしい。まあ、もう二度と奴隷の売買はできなくなるだろうが。


 しばらくすると、良い匂いがしてきた。味噌のような香りもするが、これは何の料理の匂いなのだろうか?


「あー、あそこだ」


「む、あれか」


 力也がニコニコしながら指差したのは、書店の隣にある店だった。先ほど通過してきたレストランほど大きな店ではないらしく、大通りにあった喫茶店よりも小ぢんまりとしている。


 カウンターにある席では、既に何人かの客が大きな丼で何かを食べていた。うどんだろうかと思ったが、うどんと比べると麺が細いし黄色い。具は肉と野菜なのだろうか。


 あれがラーメンか。姉さんが食べていたのとはスープの色が違うようだ。


 力也は私の手を引きながら店の扉を開けた。中に入った途端、濃密なスープの匂いと麺を啜る音が周囲を満たす。小さな店の中には少ししか客席がなく、カウンターも小さい。そのカウンターの向こうには厨房があって、向こうでは初老のドワーフと若いドワーフの店員が麺を茹でたり、大きな肉を切っていた。


「よう、親父さん!」


「おー、力也じゃねえか! 今日は訓練帰りかい!?」


「いや、今日は休日でな」


「ほぉー、そうかそうか。で、その子は?」


「あー………」


 さすがにここで「俺の上官だ」と言うわけにはいかないのだろう。テンプル騎士団の団長が、たった一人の男と共に護衛なしでここにやって来ていたというのがバレると面倒なことになる。


 む、仕方ないな。こいつのために助け舟を出してやるとしよう。


「恋人だっ!」


「!?」


「ほぉー!」


「ちょ、ちょっと、セシリア!?」


「む? どうしたのだ?」


「ガッハッハッハッハッ、そうかそうか! デート中だったか!」


 大笑いしながら、初老のドワーフの店主は腰に手を当てた。


「なんだよ、ここよりも洒落た店はたくさんあるぜ? わざわざここを選んでくれたってか、そりゃ嬉しいねぇ!!」


「あ、ああ………とりあえず、俺はいつもの。セシリアは?」


「む、これがメニューか」


 なぜ力也はあんなに慌てていたのだろうと思いながら、メニューを受け取る。


 ふむ、ラーメンには様々な種類があるようだ。姉さんが前に食べていたのはこのチャーシューとかいう肉がたっぷり入ったやつだったな。


「むー………では、私はこの味噌ラーメンで」


「はいよ、激辛ナパームラーメンと味噌ラーメンね!」


 げ、激辛ナパームラーメン………?


 店主が大きな声で言ったのを聞いてぎょっとしながら、メニューの隅の方をちらりと見る。力也が注文した激辛ナパームラーメンとは、この大量の唐辛子がどっさりと入った真っ赤なラーメンの事なのだろうか。よく見ると野菜と一緒に切った唐辛子がこれでもかというほど入っている。こんなのを食べたら水しか飲めなくなってしまうのではないだろうか。


「お、お前、本当にこんなの食うのか」


 席に座りながら恐る恐る聞くと、近くにある本棚からマンガを取り出した力也が微笑みながら答えた。


「口の中が火炎放射器で焼かれてるような刺激が気に入ってさ」


 どんな刺激だ。


「というか、その、セシリア………」


「む?」


「なんでさっき恋人って言ったんだ?」


「うむ、男と女で一緒に街中を歩いているのは恋人同士みたいだったからな!」


 友達におすすめされたラノベを読んで知識を付けたのだ。役に立っただろう? ニヤリと笑いながら胸を張ると、力也は義手で頭を掻きながら苦笑いし、「あ、ああ、確かにな………」と言いながらマンガを読み始めた。


 なぜ顔を赤くしているのだろうか。理解できん。


 しばらくすると、若いドワーフの店員―――――あの店主の弟子なのだろうか――――――がラーメンを運んできた。私の前に味噌ラーメンを置いた彼は、力也の前に大量の唐辛子が入った匂いがヤバいラーメンを置き、厨房の方へと戻っていく。


 ラーメンを食べるのはこれが人生初だ。美味しい料理だと聞いているから口にするのがこれ以上ないほど楽しみなのだが、その楽しみを隣の巨漢が食おうとしているヤバいラーメンが掻き消してしまっている。何だあれは。


「いただきまーす」


「い、いただきます」


 本当にそれ食べるのか………?


 ちらりと力也の方を見ながら、自分のラーメンを口へと運ぶ。


 うどんよりも細いラーメンの啜った瞬間、濃厚な香りと味が口の中を支配した。味噌味だから味噌汁みたいなものかと思っていたのだが、全く違う。


「!」


「美味いだろ」


「あ、ああ………って、お前本当に大丈夫か!?」


 隣にいる力也は真っ赤な面を美味しそうに啜っていた。麺にはびっしりと赤い唐辛子がこびり付いているし、スープの上にも真っ赤な唐辛子が丸ごと浮かんでいる。


 こいつはそんなに辛い物が好きだったのか………。


 苦笑いしながら、私はラーメンを啜った。


 うん、悪くない。今度からはラーメンも食べるとしよう。


 

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