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異世界で復讐者が現代兵器を使うとこうなる   作者: 往復ミサイル
第十六章 オルトバルカ革命
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トロツキー暗殺命令


「革命軍からの報酬の支払いを確認したわ」


 右目に片眼鏡をかけたサクヤさんが、淡々と報告しながらセシリアの机の上に金額が記載された書類を置く。ちゃんと赤軍の連中が国家予算並みの金額を支払ってくれたことを確認したセシリアは、腕を組んだまま頷くと、愛用している扇子を広げた。


 報酬を先払いにしてもらったのは、スターリンが信用できなかったからだろう。トロツキーを消した後に報酬を要求しても、彼女は支払いを拒否していた可能性がある。まあ、そんな事になれば俺たちがオルトバルカに潜入し、あの女の首を討ち取ってもよかったのだが。


「では、約束を果たすとしよう」


「ああ」


 マカロフPBにサプレッサーを装着しながら返事をする。彼女はちゃんと報酬を支払ってくれたのだから、こちらも約束を果たさなければならない。


 トロツキーを消す。


「力也、これを持って行け。メリレゴのパスポートだ」


「………ちゃんと申請したやつなのか、ボス?」


「いや、シュタージが偽装した」


「だと思った」


 やけに早過ぎるからな、パスポートが用意されるのが。


「心配するな、メリレゴの政府内にもシュタージのエージェントはいる。偽装がバレることはない」


「いつも思うんだが、この組織の諜報部隊は本当に優秀だよな」


 シュタージのエージェントはあらゆる組織や政府に潜伏している。第一次世界大戦では、苦労していたらしいが辛うじてヴァルツ帝国の総司令部への潜伏にも成功したらしく、ヴァルツ軍の作戦の殆どは筒抜けだった。


 テンプル騎士団が9年前に壊滅した後もエージェントたちをあらゆる場所へと派遣し、貴重な情報を入手して騎士団の完全な崩壊を防ぎ続けた奴らなのだ。テンプル騎士団が壊滅を回避し、息を吹き返したのもあの諜報部隊シュタージのおかげと言ってもいいだろう。


 クラリッサには後で礼を言わなければ。


「まあ、クラリッサ(あの女)が指揮を執っているからな」


 セシリアもクラリッサの実力は認めているのだろう。あの2人は犬猿の仲だが。


 そう思いながらちらりとパスポートを見る。よく見るとメリレゴのパスポートは2枚用意されているようだった。


「ん? もう1人メリレゴに行くのか?」


「ああ、私が行くわ」


「サクヤさんも?」


「うむ。今回の仕事はその制服姿で行くよりも、民間人のふりをした方が標的ターゲットに近付きやすいだろうからな」


 確かにな。


 この黒い制服を身に纏い、サプレッサー付きのライフルを抱えて暗殺するよりも、民間人に変装してトロツキーに近づき、隙を突いてナイフを突き立てる方が楽だ。


「報酬は支払ってもらっているのだ。こちらも”ちゃんとした結果”を返してやろう」


了解ダー


 ちゃんとした結果か。


 スターリンは満足するだろうな。”本当の結果”を知るまでは。













 窓の向こうは、真っ白な雲で埋め尽くされている。


 主翼に取り付けられたプロペラが凄まじい速度で回転を続け、この巨大な飛行機――――――退役したヴァルツの爆撃機を改造した旅客機だそうだ――――――を飛ばせ続けている。


 機内の天井には塞がれたような跡がいくつも残っているのが分かる。おそらく、元々はあそこに敵機を迎撃するための機関銃の砲台が設置されていたのだろう。当たり前だが、爆弾ではなく民間人を運ぶための飛行機にそんな物騒なものは必要ない。


 座席に寄り掛かりながら、窓の向こうを眺める。


 こういったちゃんとした旅客機に乗るのは、人生初である。前世の世界では飛行機に乗った事はなかったからな。


 もちろん、戦闘ヘリとか輸送機には乗ったので空を飛ぶのは経験済みだが、あの時はこれから戦闘に行くという緊張感に支配されていたから、リラックスする事は許されなかった。これから暗殺に行くことになるんだが、民間人に変装するように命令を受けているし、銃を持った敵と銃撃戦をしに行くわけではないのだからリラックスしても問題はないだろう。


 先ほど購入したコーヒーを口へと運ぶ。アナリアやメリレゴでは信じ難いことに紅茶よりもコーヒーが人気だそうだ。なので、紅茶を飲むためには少しばかり苦労することになる。オルトバルカやクレイデリアでは当たり前のように紅茶が飲めるというのに。


 そう思いながら、ちらりと隣を見た。


 隣の座席には、私服に身を包んだサクヤさんが座ったまま眠っている。さっきまでは窓の向こうの雲を見つめてはしゃいだり、私物の小説――――――どうやら恋愛小説らしい――――――を読んでいたのだが、気が付いたら俺の肩に寄り掛かりながら寝てた。


 飛行機が高度を下げ始めると、天井にぶら下げられたスピーカーから機長の声が聞こえてきた。


『ただいまアナリアとメリレゴの国境を通過いたしました。まもなく到着いたします。機体が揺れることがありますので、ご注意ください』


 放送が終わると同時に、機体が大きく揺れる。乗客たちが座席にしがみつきながら声を発したけれど、隣で爆睡しているサクヤさんは意に介さない。


 コーヒーをぶちまける前に飲み干し、溜息をつく。


 しばらくすると、窓の向こうに空港が見えてきた。クレイデリアの空港と比べると小ぢんまりとしている。クレイデリアのユートピウス国際空港は長大な滑走路がいくつもあり、格納庫が所狭しと並んでいるので傍から見れば空軍基地のようにも見えてしまうが、メリレゴの空港はそれほど大きくはない。大きな滑走路が2つあり、その奥に旅客機用の格納庫が5つ並んでいる。


 機体が減速しながら滑走路へと舞い降りる。管制塔を見上げている内に機体が滑走路の上で静止して、スピーカーから機長の声が聞こえてくる。


 シートベルトを外し、サクヤさんの肩を揺すった。


「サクヤさん、起きてください。メリレゴですよ」


「ふにゅう………」


「サクヤさーん」


「ふにゃあ………」


「サクヤさーん、起きてくださーい」


「ん………あれ、もう着いたの?」


「ほら、荷物持ってさっさと降りますよ。観光行くんでしょ?」


 そう、俺とサクヤさんはメリレゴまで観光に来たことになっている。テンプル騎士団の制服を身に纏ったままメリレゴに入国すれば、トロツキーの”同志”たちに警戒されてしまう恐れがあるからだ。なので、私服姿で観光客のふりをしながら入国する方が目立たない。


 荷物を持ってタラップを駆け下りる。


 スターリンから引き受けた依頼はトロツキーの抹殺。あいつを消さなければ、スターリンは赤軍の指導者にはなれないし、下手をすれば自分がレーニンを消したという事をトロツキーに糾弾され、逆に粛清される恐れがある。


 そう、レーニンを殺したのはトロツキーではなく、スターリンである可能性が高い。


 赤軍上層部に潜伏中のエージェントによると、レーニンの死亡が確認される数時間前にスターリンがレーニンの執務室に出入りしており、外から鍵をかけていたという。その時に彼を毒殺した可能性がある。


 あの女の汚れ仕事に加担することになるのはこれ以上ないほど嫌な事だが、ボスの命令だ。それに、ボスの計画通りになれば、テンプル騎士団はスターリン率いる赤軍を解体するための切り札を手に入れることになるだろう。


 既に国家予算並みの報酬は受け取っているし、成功すればこっちは切り札も手に入れられる。最終的に損をするのは権力を手にする筈のスターリン1人だ。


 それならば、意味のある任務と言える。


 支払ってもらった報酬と、この作戦で手に入れる予定の”切り札”は利用させてもらうとしよう。


 感謝するぞ、同志スターリン。













 シュタージのエージェントが団員の目の前に姿を現すことは全くと言っていいほどない。情報を提供する際はシュタージの司令部を経由した情報が送られてくるか、合流予定の場所に情報が書かれた書類が隠してある。


 もちろん、エージェントの正体やどこに潜伏しているかはテンプル騎士団の重要機密の1つだし、情報収集や隠匿を得意とするシュタージがしっかりと情報を確保しているので、その機密情報を知っているのは上層部の団員くらいだ。


 ちなみに、俺はその”上層部”にギリギリ含まれていないらしく、エージェントに関しては教えてもらっていない。サクヤさんは知っているのだろうか。


 そう思いながら、路地の近くにある錆だらけのポストの中に手を突っ込んだ。中に入っている封筒を取り出して中身をチェックする。


 中身はトロツキーの白黒写真と、彼が潜伏しているセーフハウスの住所が記載されたメモ用紙だった。トロツキーが潜伏しているのはメリレゴ連邦首都『レルナ・アミリア』郊外。大昔に貴族が住んでいた屋敷を改装しており、屋敷の周囲は銃を持った”同志”たちが警備しているという。


 だが、今夜の7時にメリレゴにいる協力者との会合のため、トロツキーは屋敷を出る予定があるという。それを待ち伏せして襲撃すれば問題はないだろう。


 溜息をつきながら、情報が入った封筒を後ろにいるサクヤさんに手渡す。彼女は後ろでいつの間にか露店で購入してきたと思われるタコスを美味しそうに咀嚼していた。


「………何食べてるんスか」


「タコス」


「美味しそうですね」


「でしょ? あっちの露店で買ってきたのよ」


「………俺も買ってきていいですか? 腹減ったんですが」


「いいわよ?」


 いつの間に露店でタコス買ってたんだろうか。


 近くにある木箱に腰を下ろし、タコスを咀嚼しながら情報をチェックし始めた彼女を見てから、俺も駆け足で露店へと向かう。出発前にハンバーガーを食ってきたが、メリレゴに到着してからはまだ飯を食っていない。


 露店に近づくと、肌が浅黒いハーフエルフの店員がニコニコしながら「いらっしゃいませ!」と声をかけてくれた。


「タコスを1つ。あと、タンプルソーダのパイナップル味を2つ」


「はい、銀貨3枚ですね」


 金槌と鎌が交差しているイラストの描かれた財布―――――仲の良い仲間が作ってくれたものだ――――――から銀貨を取り出し、店員に手渡す。


 タコスとタンプルソーダを受け取ってから店員に礼を言い、踵を返してサクヤさんの方へと向かった。


 元々は、タンプルソーダはテンプル騎士団で販売されていた炭酸飲料だ。兵士たちに支給する飲み物だったんだが、兵士だけにではなく市民にも販売すれば資金源になるのではないかということで市民にも販売した結果、大人気の炭酸飲料となったのである。


 今では世界中で売られており、テンプル騎士団のちょっとした資金源と化している。


「はい」


「あら、ありがとう」


「………やっぱり、やるとすれば今夜ですかね」


「それが良いんじゃないかしらね」


 残っていたタコスを口の中へと放り込み、呑み込んでから答えるサクヤさん。彼女も武器を持ってきているので真っ向から突っ込んでもいいのだが、今回の任務はあくまでも”暗殺”である。こちらがテンプル騎士団所属である事や赤軍からの依頼である事が悟られないのは当たり前だ。極力目立たないようにすることが望ましい。


 移動中に待ち伏せし、暗殺するのが一番難易度が低いに違いない。優秀なエージェントはその移動に使う予測ルートもいくつか調べてくれているので、これを使って待ち伏せすればほぼ確実に遭遇する筈だ。


 目立たないことを最優先にしたので、今回の得物はマカロフPBのみ。アサルトライフルはない。


「………ねえ」


「はい?」


「この”オルトア鉱山”の近くを通るルートは使えるんじゃない?」


 メモ用紙に記載されていたルートを見ながらサクヤさんが言う。


 オルトア鉱山は、確かすでに閉鎖された鉱山だ。豊富な鉄鉱石が採掘できた鉱山だったと言われていて、元々はアナリア合衆国の領土だったという。けれどもメリレゴがそこは自分たちの領土だと主張して強引に占拠し、列強国に認めさせたことで今ではメリレゴの領土という事になっている。


 メリレゴとアナリアの対立の原因ともなった場所だ。


 近くを通るルートには崖がある。もしそこが崩落すれば、瓦礫で道路が塞がれて通行できなくなってしまう。


「………力也くん、C4を用意しておいて」


「了解」


 そういう作戦ですか、サクヤさん。


 端末を取り出してC4の準備をしながら、俺はニヤリと笑った。













 当たり前だが、レーニンを殺したのはトロツキーではない。


 車の後部座席で窓の向こうに見えるオルトア鉱山を睨みつけながら、トロツキーはかつての仲間を恨み続けていた。レーニンの思想に賛同し、共に国家を疲弊させる王族と貴族を葬り去る事でオルトバルカを社会主義国家に作り替えるための仲間だった筈の少女に、彼は裏切られた挙句濡れ衣を着せられたのだ。


 もちろん、中にはトロツキーを庇う同志もいたし、彼を信じ続ける者たちもいた。だからトロツキーは彼らの協力のおかげで粛清される前にオルトバルカから離脱し、メリレゴまで亡命する事ができたのである。


 窓の向こうを見つめていたトロツキーは、ちらりと隣を見た。


 車の助手席と隣に乗っているのは彼の仲間だ。もしかしたら赤軍がトロツキー暗殺のために刺客を送ってくる可能性もあるため、既にハンドガンにストックを取り付けたピストルカービンで武装している。


 唐突に運転手がブレーキをかけた。助手席にいた仲間が「おい、どうした?」と問いかけたが、運転手が答えるよりも先にトロツキーは彼がブレーキをかけた理由を理解した。


 目の前にある道路が、崩落してきた土砂で塞がれているのである。


「くそ、土砂崩れか?」


 助手席にいた護衛が呟いた直後、運転席の窓ガラスが割れた。


 敵の銃撃だ。


「くそったれ!」


「オルトア鉱山に逃げろ! 左だ!!」


 大慌てでオルトア鉱山へと続く道を進み始める車の後部座席で、トロツキーは唇を噛み締めながら、内ポケットに入れておいた小型の拳銃を引き抜いた。


 ついに、彼を殺すためにオルトバルカから追ってきた刺客がやってきたのだ。





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