タンプル搭襲撃
「2-2ゲートで銃声を確認!」
「ホムンクルスの兵士が殺害された模様!」
「近隣の警備部隊は直ちに急行せよ! セキュリティレベルをレベル1からレベル7へ引き上げ、居住区への隔壁を全て閉鎖!」
タンプル搭の中央指令室を満たしているのは、座席に座りながら目の前に投影された魔法陣をタッチしつつ、無線機で様々な部署へと指示を出すホムンクルスのオペレーターたちの声だ。中にはホムンクルス以外の種族のオペレーターも含まれているものの、座席に腰を下ろして魔法陣をタッチしているオペレーターの大半は、調整によって情報処理能力や判断力を強化されたホムンクルスのオペレーターであり、顔つきや体格は殆ど同じである。
中央指令室は、正面に巨大な複数のモニターを設置しており、その正面に40名のオペレーターたちが座る座席と、命令伝達に使用する魔法陣やパソコンが用意されている。オペレーターたちは無線機を使って命令を伝達するが、電波妨害によって通信ができない場合でも命令を下せるように、オペレーターたちの座席には古めかしい伝声管も用意されている。
その後方にあるのが、参謀総長と団長用の座席だ。団長の座席にはパソコンが置かれており、タッチする事ができる魔法陣も投影されているが、その2つの最新の装置よりも目立っているのは、まるで座席と机の周囲を包囲するかのようにずらりと設置された伝声管の群れだろう。全ての部署へと迅速に命令を伝達するために設置された伝声管の蓋には、その伝声管が通じている部署の名前が記載されており、すぐに蓋を外して命令を発する事ができるようになっていた。
団長の席に座って命令を下すのは、本来ならばカズヤ・ハヤカワの役割であった。しかし、オルトバルカで彼は処刑されてしまった上に、団長の役目を継承する”次期団長候補”はまだ未熟であるため、円卓の騎士たちが次期団長に団長の役目を任せられると判断するまでは、副団長が代理で団長の役目を務めていた。
団長の代理を務めているのは、がっちりした体格の巨漢である。漆黒の軍服から覗く皮膚はハイエルフなのではないかと思ってしまうほど真っ白だが、桜色の短い頭髪の左右から伸びる耳の形状は人間とそれほど変わらない。瞳の色はまるで鮮血のように紅く、部下たちに命令を下す度に開く口からは、人間よりも遥かに鋭く発達した犬歯が覗いている。
彼の名は『ウラル・ブリスカヴィカ』。テンプル騎士団創設時からテンプル騎士団に所属しているベテランの兵士であり、かつてはテンプル騎士団の特殊部隊『スペツナズ』を率いていた吸血鬼の男性である。
かつて、テンプル騎士団で内戦が勃発した際に、反乱軍を指揮していたハヤカワ家六代目当主『クロエ・ハヤカワ』の副官として内戦で活躍した功績により、円卓の騎士たちから副団長に任命されていた。テンプル騎士団創設時から激戦を経験してきたベテランであるため、ハヤカワ家の歴代当主たちの訓練を行う教官も担当しており、カズヤの祖母にあたるクロエや、若き日のカズヤを鍛え上げた。
だからこそ、カズヤの家族以外では、彼が殺されてしまった事を最も悲しんでいた。彼にとってカズヤは訓練で戦い方を教えた教え子なのである。
「敵は転生者の可能性がある。警備兵は徹甲弾のマガジンを携行し迎撃に向かえ。弾薬は7.62mm弾を使用せよ」
転生者には、大口径の弾丸が有効である。
基本的に、転生者の防御力のステータスの数値を下回る攻撃は殆ど効果がない。人体を容易く貫通してしまうほどの銃弾でも、レベルの高い転生者の肉どころか皮膚すら穿つ事ができなくなってしまうのである。
そこで、かつて異世界へとやってきたハヤカワ家初代当主『リキヤ・ハヤカワ』は、通常のアサルトライフルで使用される小口径の弾丸よりも、少しでも破壊力の高い大口径の弾丸を使用した。大口径の弾丸は小口径の弾丸よりも殺傷力や貫通力が高いため、仮に敵が”格上”であったとしても、ダメージを与える事ができるためである。
そのため、テンプル騎士団では7.62mm弾を使用するロシア製アサルトライフルの『AK-15』と呼ばれる銃を正式採用し、大半の兵士に支給していた。
正面のモニターを睨みつけながら、ウラルは腕を組む。中央指令室の真正面に設置された巨大なモニターには、武装した兵士たちを乗せたトラックが格納庫の通路から地上に向かって全力疾走していく映像が映し出されている。
(このタンプル搭に襲撃を仕掛けてくる連中がまだいるとはな………)
テンプル騎士団の内戦や、タクヤ・ハヤカワの代に勃発した吸血鬼の春季攻勢などの戦いを除けば、タンプル搭が敵勢力の襲撃を受けたという事例は殆どない。テンプル騎士団の兵士たちは防衛戦よりも侵攻作戦や遠征を得意とするため、基本的に攻撃を受ける前に、敵の組織を徹底的に叩き潰してしまうからである。
それに、タンプル搭の周囲には無数の要塞や前哨基地が配備されている。もしどこかの拠点が攻撃を受ければ、即座に近隣の拠点から大量の増援部隊が派遣され、侵入者を迅速に叩き潰す事ができるのである。
大量のレーダーや対空兵器もこれでもかというほど配備されているため、他の勢力の兵士たちからは『タンプル搭への空爆は夢物語』と言われるほど、侵入や攻撃の難易度は高かった。
それゆえに、敵がテンプル騎士団の兵士になりすまして奇襲してくるのは予想外であった。
奇襲という選択肢を選んだ以上、敵の兵力はそれほど多くはないだろうと仮説を立てた次の瞬間だった。正面のモニターに映っていた兵士を乗せたトラックの目の前に黒い服を身に纏った少年が姿を現したかと思うと、素早く転生者の端末を取り出して巨大な杖を装備し、トラックに向けて巨大な氷の剣を放ったのである。
転生者が放った氷の剣は、ライトで通路の中を照らしながら全速力で走っていたトラックの運転席をあっさりと貫くと、後部の荷台に乗っていた兵士もろとも串刺しにし、通路にオイルと兵士たちの鮮血を飛び散らせる。
運転手を串刺しにされてしまったトラックは、そのまま右へと逸れて転生者を通過すると、カーブしている通路の壁に激突し、運転席のドアを壁に擦りつけながら火達磨と化した。
「なっ………!?」
「び、B-224ブロックに侵入者!?」
「バカな、外には警備部隊がいるんだぞ!?」
タンプル搭には、大量の警備部隊が配備されている。ホムンクルスの製造技術を獲得したことによって警備部隊の規模は更に大きくなっており、兵員の数だけであれば最も人数の多い陸軍に匹敵するという。
さすがに全員が常に警備態勢で待機しているわけではないものの、監視カメラや指紋認証などの装置が不要になるのではないかと思ってしまうほどの人数が警備を行っているため、発見されずに内部まで侵入するのは不可能と言ってもいいだろう。
「待て、あいつの服装を拡大できるか」
「はい、お待ちください」
近くのホムンクルスのオペレーターに尋ねると、ホムンクルスのオペレーターは華奢な指を伸ばして目の前の魔法陣を何度もタッチし、今しがた味方の兵士を乗せたトラックを串刺しにした転生者の少年の服装を拡大する。
拡大された映像を見た途端、中央指令室にいる全てのオペレーターたちが息を呑んだ。
その転生者が身に纏っていたのは――――――テンプル騎士団の制服と略帽であった。
「あれは………我が軍の軍服です!」
「どこで手に入れやがった………………!?」
おそらく、警備部隊の兵士たちは同じ軍服を身に纏っていた転生者を味方だと勘違いしてしまったのだろう。しかも、テンプル騎士団の制服は兵士たちの要望に合わせてデザインされているため、同じ部隊に所属する兵士であっても制服のデザインはバラバラである。半袖やタンクトップのようなデザインの制服を身に纏っている兵士や、コートのようなデザインの制服を身に纏って任務を遂行するのが当たり前であるため、他の兵士の制服と差異があったとしても全く目立たない。
”兵士に合わせて制服をデザインする”というテンプル騎士団の甘い規律が、敵の侵入と奇襲を許してしまったのだ。
トラックを魔術で破壊した転生者の少年は、炎上するトラックの荷台から血を吐きながら這い出てきたエルフの若い兵士に止めを刺すと、監視カメラに向かって杖から電撃を放った。
「くそ………警備部隊に、敵も我が軍の制服を身に纏っていることを伝えろ! 見覚えのない顔の兵士を見かけたら身分証明書の確認をさせるんだ。提示しない場合は射殺を許可する!」
「了解!」
「ウラル団長、第18エリアの結界基地からの連絡が途絶しました! 警備隊からの応答がありません!」
「なに!?」
結界基地は、クレイデリア連邦のあらゆる場所に設置されている小さな基地である。巨大なフィオナ機関を使って高圧の魔力を確保し、それを使って転移魔術を阻害する結界を形成しているのだ。そのため、揺り籠の内部では転移魔術を使うことができなくなっている。
遠征のために転移魔術を使う事ができなくなる代わりに、敵が転移魔術を使ってクレイデリア領内へと転移し、奇襲することもできなくなる。その結界を発生させている基地を襲撃したという事が何を意味するかを理解した途端、今度は別のオペレーターが目を見開きながら報告した。
「だ、第18エリアの転移阻害結界が消滅! フィオナ機関、機能停止!」
「第18エリア上空に超高圧魔力反応を観測! 推定圧力、337ギガメルフ!」
カメラを破壊されたモニターが、今度は前哨基地からの映像に切り替わった。左上にはオルトバルカ語で『第18エリア前哨基地E-8』と記載されており、第18エリアに建造された前哨基地からの映像であることが分かる。
すると、星空の真っ只中で紫色のスパークが荒れ狂った。スパークが産声をあげた場所に紫色の巨大な魔法陣が姿を現し、リングと無数の複雑な記号の群れをすさまじい速度で回転させ始める。
回転を始めた魔法陣の中心部から、無数のスパークを引き連れた巨大な鋼鉄の物体が躍り出た。まるで巨大なミサイルの胴体の下に楕円形のゴンドラとプロペラの付いたエンジンをぶら下げ、胴体のいたるところに駆逐艦の主砲や機関銃を搭載したような、巨大な飛行物体である。
「第18エリア上空に空中戦艦の転移を確認!」
魔法陣の中から姿を現したのは、列強国で採用され始めた”空中戦艦”であった。
第一次世界大戦で活躍した飛行船の船体に分厚い装甲を取り付け、駆逐艦の主砲を砲塔ごと搭載したような代物である。もちろん、普通の飛行船に装甲や駆逐艦の主砲を搭載すればあっという間に重量オーバーになってしまうが、飛行船のエンジンよりもはるかに高出力のフィオナ機関を搭載することにより、分厚い装甲と巨大な砲塔を搭載した空中戦艦を強引に飛行させる事ができるようになったのである。
しかし、地対空ミサイルや空対空ミサイルを使えばあっさりと撃墜できるため、テンプル騎士団では空中戦艦は一切採用していない。
魔法陣の中から姿を現した空中戦艦の船体には、これ見よがしにヴァルツ帝国の国旗が描かれていた。先端部がガラス張りになっているゴンドラにも、小さなヴァルツ帝国の国旗が掲げられているのが分かる。
「ヴァルツ帝国の『エレフィヌス級空中戦艦』です!」
「後方にも同等の超高圧魔力反応を確認! 更に3隻のエレフィヌス級が転移してきます!」
「おのれ………! 帝国からの宣戦布告は!?」
「ありません!」
「何だと………!? くそっ、対空ミサイルで敵空中戦艦を迎撃せよ!」
「ダメです! 敵の転生者が、第18エリアで強力な電波妨害を行っている模様! 敵空中戦艦、ロックオンできません!」
「くそ………ッ!」
第18エリアは、タンプル搭に配備されている要塞砲の射程距離内である。今すぐに徹甲弾の装填を命じ、敵の空中戦艦に照準を合わせて砲撃させれば、揺り籠へと我が物顔で転移してきた4隻のエレフィヌス級空中戦艦を花畑に墜落させる事ができるだろう。
しかし、そんな事をすれば地上で敵の転生者と交戦している兵士たちを、大口径の要塞砲が発する衝撃波でミンチにする羽目になる。
それゆえに、要塞砲を使用することは許されない。
航空隊を出撃させて迎撃するべきだと考えたウラルは、すぐにオペレーターにそう指示をしようとしたが、タンプル搭を陥落させるために攻め込んできた転生者が、空中戦艦が敵の航空機に襲われることを考慮していないわけがない。
「か、滑走路にも侵入者! 転生者です!!」
「何だと!?」
タンプル搭の飛行場は、航空機や滑走路が要塞砲の衝撃波で被害を受ける事を防ぐために地下に用意されている。地下の飛行場にある滑走路の先端部はアドミラル・クズネツォフ級空母のスキージャンプ甲板のように上へと曲がっているため、地下からでも航空機を出撃させることが可能なのだ。
もちろんそこから着陸することもできるが、着陸の難易度が他の基地よりも高いため、空軍には他の拠点への異動を希望する隊員も多いという。
ぎょっとしながら、ウラルは飛行場の監視カメラの映像を睨みつける。スキージャンプ甲板のような飛行場の滑走路の上には、2人の転生者の少年が立っており、既に急行した警備兵たちと交戦している最中だった。
警備兵たちのアサルトライフルのフルオート射撃を、片方の転生者が端末で装備した巨大な盾で防ぎながら前進しているのを見たウラルは、拳を握り締めながら、オペレーターに「他の基地に航空隊の出撃を要請しろ!」と命令を下す。
他の基地ならば、タンプル搭から航空機を出撃させた場合と比べると時間はかかるものの、忌々しい空中戦艦がタンプル搭上空に飛来する前にミサイルを叩き込む事ができるだろう。
後手に回っていることを恥じながら、かつて自分が座っている座席に座りながら指揮を執っていた戦友の事を思い出す。
「何としても転生者共を殲滅しろ! 我らの揺り籠を守れ!!」
「了解!」
「こちらタンプル搭中央指令室。ブレスト要塞、直ちに航空隊を出撃させ、第18エリアの空中戦艦を攻撃せよ。ヴァルツ帝国からの宣戦布告は確認できていないが、既にヴァルツ側への侵攻部隊への攻撃は通達済みだ。ボコボコにしてやれ」
タンプル搭の陥落は許されなかった。
タンプル搭が陥落すれば、戦友が提唱した『クレイドル計画』が頓挫することになるのだから。
次回はセシリア視点の話になります。




