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異世界で復讐者が現代兵器を使うとこうなる   作者: 往復ミサイル
第十六章 オルトバルカ革命
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勝者たちの陰謀


 銃声が聞こえてくる。


 もうとっくに白軍は降伏しているし、抵抗する連中の掃討も終わっている筈だ。弾切れになったAK-47を肩に担ぎ、さっき補給部隊の兵士から支給してもらったタンプルソーダの蓋を開けながらちらりと銃声の聞こえてくる方向を見ると、白軍の兵士たちがモシンナガンを持った赤軍の兵士たちに手足を縛られた状態で立たされ、銃殺刑にされているのが見えた。


 白軍の兵士たちだけではない。よく見ると、綺麗な服に身を包んだ貴族たちや使用人たちも、柱や壁に縛り付けられ、7.62mm弾で蜂の巣にされている。


 さっきから聞こえてくる銃声は、そういう銃声だ。


 まあ、心は全く痛まないがな。そういう事は俺たちもいつもやっている事なのだから。


「終わったな」


「ああ」


 タンプルソーダの瓶を掴んで口へと運んでいると、隣を歩いているジェイコブが淡々と言った。


 かつて世界の工場と言われた大国は、革命で滅んだ。9年前に後ろ盾を切り捨てた挙句、世界大戦で若者たちを何百万人も死なせ、国民を敵に回してしまったのだ。これからこの国は女王が統治する王国ではなく、共産主義者たちが統治する社会主義国家になる。


 きっと、更に死人が出るだろうな。


 飲み終わったタンプルソーダの瓶をポーチの中に放り込み、宮殿の外で待っていた装甲車に乗り込んだ。バンバン、とジェイコブが装甲車のドアを叩くと、運転席に乗るマリウスがエンジンをかけ、装甲車を走らせ始める。


 宮殿からは、既にテンプル騎士団の戦車部隊や歩兵部隊が離脱を始めていた。テンプル騎士団の役目は赤軍の支援であり、彼らの革命を成功させることが任務である。白軍が壊滅し、赤軍による残存部隊の掃討も既に終了してしまった以上、さっさとクレイデリアに戻らなければならない。


 ああ、さっさと戻ってソファに腰を下ろし、白黒の映画でも見ながらハンバーガーを食おう。


「そういえば、団長が女王を殺したってな」


「ああ、聞いた」


 宮殿の外で索敵を行っていた狙撃部隊が、それを見たという。


 漆黒の外殻に前進を覆われた、巨大な狐を思わせる怪物と化したセシリアがシャルロット・アウリヤーグ・ド・オルトバルカ8世を追いかけ回し、彼女が逃げ込んだ戦車の残骸もろとも焼き殺したらしい。


 彼女たちは、父親の復讐を果たしたのだ。


 義手で汗臭い頭を掻きながらあくびをする。多分、クレイデリアに帰る時に乗るのは戦艦ネイリンゲンだろう。ジャック・ド・モレー級は居住性も優れた戦艦なので、帰りにシャワーを浴びることも出来る筈だ。フィオナ博士が開発したろ過装置のおかげで海水を簡単に真水に変えられるのだから、長時間シャワーを浴びるという贅沢も咎められない。


 頭を掻きながら、俺は以前から考えていることをもう一度考え始める。


 テンプル騎士団の指揮系統や管轄についてだ。


 今回の革命では要請する事はなかったが、空軍や海軍に支援を要請する場合の手順はかなり面倒なことになっている。


 例えば、艦砲射撃を要請したい場合はまず最初に司令部に連絡する。そこにいるオペレーターが海軍の司令部に確認を取り、海軍の司令部が承認してくれた場合ならば最寄りの戦艦に連絡して、艦砲射撃をしてもらえる。


 そう、要請すればすぐ砲撃が始まるのではなく、海軍司令部からの承認が必要になるのだ。空爆を要請する時も、空軍司令部からの承認がなければ空爆してもらえない。


 何故かと言うと、テンプル騎士団の特殊部隊であるスペツナズは”陸軍”所属という事になっているからだ。


 もし戦闘中に敵部隊の猛攻で部隊が壊滅寸前になり、すぐに支援が必要な時に司令部に承認を貰えなかったり、その手続きで空爆が遅れてしまえば、部下を死なせたり自分自身も戦死する羽目になってしまう。出来るのであれば、支援をより迅速に要請できるようにしておきたい。


 この案はタンプル搭に戻ったらセシリアに提案してみるつもりだ。


 陸軍、空軍、海軍、海兵隊だけでなく――――――”特殊作戦軍”という新しい部署を作るという案を。













 甲板の上が、少しずつ温かくなってくる。


 オルトバルカの夏は7月下旬から8月上旬まで。もう既に春は過ぎているというのに、雪国であるオルトバルカの北部には未だに雪が残っているという。


 潮風が温かくなってきたということは、あの国から離れたという事を意味している。


 戦艦ネイリンゲンの前部甲板に鎮座する3基の主砲に寄り掛かりながらタンプルソーダを飲み干し、腰のポーチの中へと放り込む。


 戦艦ネイリンゲンの周囲を、無数の駆逐艦や巡洋艦が航行している。輪形陣の先頭を進むのは、ジャック・ド・モレー級戦艦のネームシップである戦艦ジャック・ド・モレー。同型艦が23隻もある超弩級戦艦の一番艦だが、他の同型艦たちよりも艦橋がデカいので、見分けるのは簡単だ。


 イギリスのネルソン級の艦橋にスポンソンを増設して、より複雑な形状にしたかのようなジャック・ド・モレーの艦橋を眺めながら、2本目のタンプルソーダを口へと運ぶ。どの艦も蒼と黒の洋上迷彩で塗装されている筈なんだが、緋色の夕日を浴びているからなのか、まるで船体が瘡蓋かさぶたのように赤黒く染まっているかのように見える。


 飲み終わった瓶をポーチにぶち込む。この空になった瓶はジュリアの奴が燃料を入れて火炎瓶にするために使うらしいので、捨てないでほしいと言われている。まあ、海とか街中に捨てるよりは、火炎瓶にしてクソ野郎に投げつけてやった方が環境にも味方にも優しいのでそうするべきだろう。


 カラン、と足を動かす度にポーチの中の空瓶が綺麗な音を立てる。もう少し風当たりの良い場所に移動するとしようか。ネイリンゲンの前部甲板は、このデカい44cm砲の砲塔のせいでなかなか潮風が当たらない。風当たりが良いのは小型の砲塔しかない後部甲板の方だ。


 溜息をつきながら後部甲板へと向かう。ジャック・ド・モレーよりも小型の艦橋の脇を通過する時に艦橋を見上げると、スポンソンの所にリョウがいるのが見えた。双眼鏡を覗き込み、艦隊の先頭を進むジャック・ド・モレーを眺めている。


 あいつは前世の世界にいた頃から戦艦が好きだったからな。


 煙突とマストの脇を通過して後部甲板へ向かう。大型の砲塔が前部甲板に3基も搭載されているのに対し、ネイリンゲンの後部甲板には副砲である20cm砲の砲塔が右舷と左舷に2基ずつ搭載されている。前部甲板と比べると遮蔽物が少ないので、潮風はこっちの方が良く当たるのだ。


 暑い日は手の空いている乗組員がよくここに集まって涼んでいるという。


 後部甲板にあるテンプル騎士団の旗のすぐ近くに先客がいる事に気付いた俺は、残っているタンプルソーダの蓋を開け、彼女の隣に立ちながら瓶を差し出した。


「ボス」


「力也か………あっ、すまない。いただこう」


 受け取ったタンプルソーダを受け取り、口へと運ぶセシリア。革命軍の支援に向かう時は凛としていたが、復讐を果たした彼女はまるで落ち込んでいるように見えてしまう。


「………復讐を果たした気分はどうだ、ボス?」


「うむ……これで父上の無念も消えた筈だ。だが………何なのだろうな、この感覚は」


「?」


「その………変なのだ。心の中から、何かが無くなってしまったような………」


「………」


 復讐という目標を成し遂げてしまったから、燃料が無くなってしまったのだろう。復讐心という炎を燃やし続けるための燃料が。


 勇者を倒し、母と弟の復讐まで果たしてしまったら彼女はどうなってしまうのだろうか。


「力也、お前はどうなのだ?」


「俺?」


「うむ」


 タンプルソーダを飲んでから、彼女は尋ねた。


「お前はもう既に何人も転生者を殺し、妹の復讐を果たしている。お前は相手を殺した時、何も感じなかったか?」


「いや、なにも?」


 心の中から何かが無くなった、という感じはしなかった。むしろ、これで天国にいる明日花が喜んでくれたのだという達成感はあったし、心を苛み続けている苦しみが薄れたような気がした。


 やはり、復讐は良くない事だというのは偽善者の戯言に過ぎなかったのだ。復讐は人間にとっては必要な物なのだろう。


「そうか………」


「………ボス、心の中から何かが無くなってしまったと言うなら、新しい何かで満たしてやればいい」


「新しい……何か?」


「ああ」


「力也、その………新しい何かとは何だ? 私は今まで復讐のためだけに生きてきたから……わ、分からんのだ………」


「そのうち見つかるさ、きっと」


「む………そうだろうか」


 ああ、きっと見つかるさ。


 あんたなら見つけられる。













「これでオルトバルカは社会主義国家に生まれ変わる」


 壁に貼られたオルトバルカの地図には、びっしりと記号が描かれている。進撃する赤軍を意味する記号はオルトバルカの地図を全て覆い尽くし、数十時間前までは白軍の勢力圏を意味していた記号は赤く塗り潰され、赤軍の勢力圏へと変貌していた。


 レーニンはその地図を見つめながら、満足そうに頷く。


 オルトバルカ革命は大成功し、王族や貴族は連合王国から一掃された。これから始まるのは忌々しい王族に国民が支配される国家ではなく、労働者や農民たちが平等に生きていくための社会主義国家だ。


 革命に協力したテンプル騎士団への報酬の支払いも済んでいる。さすがに革命軍には全戦力を派遣してくれたテンプル騎士団に支払える報酬が用意できなかったため、宮殿内部の金品は好きなだけ持って行っていいと伝えてあった。なので、今のオルトバルカ宮殿内部からは黄金の装飾や絵画がすべて持ち去られ、かつて連合王国の象徴だった宮殿は単なる巨大な廃墟と化してしまっている。


 あの宮殿を取り壊してしまうのも予算が必要になるため、そのまま改築して議場に使うのが良いだろう、と彼が考えていると、コンコン、とドアをノックする音が聞こえてきた。


「入り給え」


「失礼します、同志レーニン」


 彼の執務室にやってきたのは、金髪のエルフの少女だった。


「ああ、スターリン」


「白軍の処刑は全て完了しましたわ、同志」


「それは良かった。これでこの大国は理想的な社会主義国家になる」


「さあ、同志。祝杯を挙げましょう」


「うむ」


 微笑みながらそう言い、スターリンはコップにウォッカを注ぎ始める。手渡されたコップを受け取ったレーニンは微笑みながら教え子と乾杯すると、コップの中のウォッカを口へと運んだ。


「そういえば、トロツキーはどうしたのかね?」


「ああ、彼は別の仕事があると」


「別の仕事?」


「ええ。本当は3人で祝杯を挙げたかったのですが、仕方がありませんわ」


「ふむ………それは残念―――――――」


 唐突に、心臓を激痛が苛んだ。


 心臓の中に火薬を詰め込まれ、立て続けにそれを起爆させられているかのような激痛を感じたレーニンの額に脂汗が浮かぶ。呼吸ができなくなった彼はコップを手から落とし、両手で胸元を押さえながら目を見開いた。


 目の前にいる教え子は、自分の恩師が苦しんでいるというのに助けようとする気配はない。むしろ、さっさと死ねと言わんばかりに微笑みながら、苦しむレーニンを見下ろしている。


「―――――ええ、本当に残念ですわ。同志レーニン」


「す、スター……リン………貴様………!」


「本当なら、全世界が共産主義の恩寵に満たされるのを同志にもお見せしたかったのですが………」


「ぐっ、うぅ………」


「まあ、あの世から見守っていてくださいな。この国家は、私が理想的な社会主義国家に成長させて差し上げますから」


「貴様ァ………!」


 もがき苦しむレーニンにそう告げたスターリンは、踵を返して部屋を後にした。ポケットの中から取り出した鍵を使って執務室に鍵をかけ、ニヤリと笑う。


 これで、彼女にとっての”1人目の邪魔者”は消える。


 けれども、もう1人処分しなければならない邪魔者もいる。彼が健在である以上、レーニンの暗殺を暴露されて糾弾される恐れがあるため、早いうちに処分しなければならない。


(さて………彼らにお願いしますか)


 標的を消すのであれば、うってつけの兵士たちがいる。


 セシリアの側近である黒髪の少年の事を思い出して微笑んだスターリンは、部屋の中から少しだけ聞こえてくるレーニンの呻き声が聞こえてこなくなったのを確認してから、彼の執務室の前を後にするのだった。





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