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異世界で復讐者が現代兵器を使うとこうなる   作者: 往復ミサイル
第十六章 オルトバルカ革命
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命の価値と選択肢


 セシリア・ハヤカワとは、彼女が幼かった頃に会っている。


 ハヤカワ家と王室の関係が悪化するよりも前に、当時のハヤカワ家当主だったカズヤ・ハヤカワが、まだ幼かった彼女を連れて宮殿を訪れたことがあった。年老いたシャルロット7世(私の母)に、お茶会に招待されたのだ。


 王室が雇った職人たちが作り上げた椅子に座った彼女は、テーブルの上にずらりと並んだクッキーやスコーンを、目を輝かせながら口に運んでいた。彼女の父が、クッキーやスコーンの欠片を撒き散らしながら食べる彼女に向かって「行儀が悪いぞ」と咎めると、母上はにっこりと微笑みながら、いっぱいあるからたくさんお食べなさい、と言っていた。


 そう、間違いなくあの時の少女だ。


 お茶会で美味しそうにお菓子を食べていた黒髪の少女が、成長し、父を失い、強烈な復讐心を身に纏いながら私たちに銃を向けている。


 ハヤカワ家を勇者たちに売った時には、ほんの少ししか予想していなかった。いくらハヤカワ家でも、勇者の計画通りに根絶やしにされれば王室に刃向かう事はできなくなるだろうし、残ったテンプル騎士団も烏合の衆と化すだろうと考えていたからだ。


 けれども、今は私たちが烏合の衆だった。


 世界大戦で最強の軍隊だったオルトバルカ軍が疲弊した隙を突いて、革命が勃発した。そしてテンプル騎士団は「民間人を白軍の虐殺から守る」という大義名分を使って、この革命に武力介入してきた。


 9年前に、父親を殺された復讐を果たすために。


「陛下、お下がりください!」


 傍らに居たメイドが叫びながら、腰のホルスターからリボルバーを引き抜く。けれども、彼女の華奢な指が引き金を引くどころか、銃口がセシリア・ハヤカワの方を向くよりも先に真っ赤な血が飛び散り、がくん、とそのメイドは頭を大きく揺らして倒れてしまう。


 頭を撃たれたのだ。


「………安心しろ、お前たちはこんなに慈悲深い殺し方はしない」


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


「くっ………!」


 愛娘だけでも守れないだろうか、と思いながら、ちらりとベッドの近くにある小さな棚を見る。一番上にある引き出しの中には小型の拳銃が収まっている。さすがに兵士たちに支給されている大口径のリボルバーと比べると殺傷力はないし、ドラゴンの外殻を形成して身を守ることが可能なキメラ兵に通用するわけがないけれど、牽制や囮になることはできるかもしれない。


 私も、幼少の頃から剣術や銃の扱い方は学んでいる。セシリア・ハヤカワにはあっという間に殺されてしまうかもしれないけれど、愛娘が逃げる時間は稼ぐ事ができるかもしれない。


 この子さえ生き延びてくれれば、王室は滅びずに済む。


 呼吸を整え、素早く棚に向かって手を伸ばそうとしたその時だった。


「母上、助けてぇっ!!」


 ベッドの上で怯える愛娘よりも幼い少年の声が、廊下の方から聞こえてきたのだ。


 やがて、吹き飛ばされた扉の向こうからもう1人の黒髪の少女が部屋の中へと入ってきた。顔つきはセシリア・ハヤカワと瓜二つで、彼女と同じく黒い制服を身に纏っている。腰に拳銃のホルスターと一緒に下げているのは、随分と大きな東洋の刀に見える。


 けれども、その刀をじっくりと見ている事などできるわけがなかった。彼女の真っ白な手が鷲掴みにしているのは、ベッドで怯えている愛娘に顔つきが似ている幼い少年だったのだから。


「シャルル!!」


 サクヤ・ハヤカワが鷲掴みにして部屋の中へと連れてきたのは、私の息子のシャルルだった。彼は姉であるシャルロット9世とは違って身体は頑丈なので、もう既に兵士から剣術や格闘を学んでいる。けれども、いくら兵士から戦い方を教わっているとは言っても、彼はまだ7歳の少年だ。人間よりも肉体が強靭である上に、より厳しい訓練を受けて実戦も経験しているハヤカワ家のキメラに勝てるわけがない。赤子に戦車を破壊させるようなものである。


 シャルルは手足を振り回して暴れたけれど、サクヤ・ハヤカワは意に介さずに彼を見つめた。


「向かいの部屋のベッドの下に隠れてたわ。王族って結構臆病なのね」


「その子を離しなさい! あなたたちの狙いは私の命―――――――」


「―――――――いや、全員だ」


 冷酷な声で、魔王が宣告した。


 彼女たちの狙いは、私の命だけではない。


 ぞっとしながら、ベッドの上にいる愛娘を見下ろす。


 この恐ろしいキメラたちは、私の命を奪うだけでなく、王族を根絶やしにするつもりなのだ。


「…………だが、私にも慈悲はある」


 ニヤリと笑いながら、セシリアはそっと銃を下ろした。そのままゆっくりとベッドの方に近づいてきたかと思うと、愛娘を庇おうとする私の顔面に裏拳を叩き込み、壁の方へと吹き飛ばしてしまう。


 骨が砕けたのだろうかと身体が勘違いしてしまうほどの激痛と同時に、背中を壁に打ち据えられた私は、目を見開きながら呻き声を発し、絨毯の上に唾液を巻き散らす羽目になった。


 きっと手加減した一撃なのだろう。キメラの腕力は重火器すら容易く持ち上げたり、戦車を持ち上げて放り投げる事ができるほど強靭だと言われている。更に外殻で肉体を覆う事によってその手足は鉄槌と化すのだから、一撃で人間を殴り殺せない程度の一撃が本気である筈がない。


「母上ぇっ!!」


 私を殴り飛ばしたセシリアは、サクヤに目配せしながら目の前に奇妙な魔法陣にも似た立体映像を召喚した。その間にサクヤは暴れるシャルルをシャルロットのベッドの上に放り投げ、セシリアが立体映像を操作して取り出した何かを息子と娘の首に強引に取り付ける。


 あれは何………?


「それは………?」


「小型の爆弾だ。”ランケン・ダート”という兵器を改造したものでな」


 爆弾………!


 自分たちの首に取り付けられた物体の正体を知った子供たちが、ベッドの傍らにいる黒髪の悪魔たちを見上げながら凍り付く。


「破壊力はそれほどでもないが、子供の頭を吹っ飛ばすには十分だ」


「な、何をするつもり……!? やめて、子供たちには手を出さないで!!」


「ならば………選べ」


 手にしていた銃を背中に背負い、腰に下げていた扇子を広げながら黒髪の魔王は嗤った。


「え………」


「愛おしい子供を救いたいだろう? ならば、どちらかを選べ。片方は生かしておいてやる」


 ―――――あまりにも残酷な選択肢。


 選べるわけがない。最愛の自分の子供のどちらかを見殺しにし、もう片方だけを救うなんて。命を救うことはできても、心には確実に大きな傷を負う。片割れを見殺しにして生き延びてしまったという罪悪感と、かけがえのない肉親がすぐ隣で頭を吹き飛ばされて殺されたというトラウマが、年老いて棺に入る日まで永遠に心を蝕み続ける。


 なのに、彼女は選べと言った。


 片方の子供を生かす代わりに、もう片方の子供の命を差し出し、絶望と悲しみを差し出せ、と。


 9年前の憎悪が、セシリア・ハヤカワを正真正銘の魔王に変質させていたのだ。


 ちらりとサクヤ・ハヤカワの方を見ると、彼女は微笑みながら起爆スイッチらしきものを取り出した。そのスイッチを彼女の白い指が押せば、シャルロットかシャルルのどちらかが死ぬ。2人の代わりに私が死ぬという選択肢すらない。


 この選択肢を無視できる力は、私にはなかった。


 きっとこれは、彼女が9年前に感じた絶望を私にも味わわせるためなのだろう。父を助ける事ができなかった無念と、最愛の父を失った絶望を、私にも与えようとしている。


「ま、待って……私の命なら差し出すわ。子供たちだけは………!」


「たわけ、そんな選択肢はない。この娘か息子のどちらかを選べと言っている」


「くっ………!」


 選ぶしかない………。


 拳を握り締めながら、首に爆弾を取り付けられた2人の子供の顔を見た。まだ10歳にすらなっていない幼い我が子たちは、お母さんならきっと助けてくれると言わんばかりに、涙目になりながら私の方をじっと見つめている。


 この2人のうちのどちらかを、切り捨てなければならない。


 2人へと伸びている希望を断ち切って、魔王に差し出さなければならない。


 そうしなければ、王室は全滅する。


 正直に言うと、生かすのであればシャルロットの方を選びたい。もちろん、シャルルはシャルロットと違って健康な子供だし、訓練や勉強でも優秀な成績を出している。王族の1人として貴族の女性と結婚し、父親になって王室を支え続ける資格はある立派な子供と言えるだろう。


 けれども、シャルロットは王位継承が確定している次期女王だ。身体は弱いけれど、勉強の成績はシャルルよりも優れている。それに、彼女が王位を継承するための権利は9年前に親密だったハヤカワ家を勇者に売り渡して手に入れた権利だ。彼女を見捨ててシャルルを選ぶことは、ハヤカワ家を彼らに売り渡した選択を無駄にする事になる。


「………え、選ぶわ」


 声が震えてしまう。


 もう決まった。


 どちらを生かし、どちらを死なせるかが決まってしまった。


 ぶるぶると震える手を動かし、ごめんね、と思いながら、私はシャルロットを指差した。


 その瞬間、シャルルの目つきが虚ろになった。母親に姉が選ばれ、自分が見捨てられたという絶望感は、きっと自分が捨てられる絶望感よりも遥かに濃密だったに違いない。姉のために死ね、と言われたようなものなのだから。


「おかあ……さ………ん………?」


「…………ごめんなさい」


「え…………あぁ……あぁぁぁぁっ、やだっ、やだぁぁぁぁぁ!!」


 ベッドの上にいたシャルルが、小さな手で自分の首に取り付けられた爆弾を掴んだ。必死にそれを取り外そうとするけれど、首輪にも似た黒い金具は微動だにしない。


「やだっ、たすけてっ! 母上!! おかあさんっ!!」


「シャルル………! やめて、この子を殺さないで!!」


「…………姉さん、やってくれ」


「ええ」


「やだぁっ!! 死にたくないっ!! 助けてぇっ………見捨てないでよぉ!!」


 遥かに辛かった。


 大昔から王室を支えてくれたハヤカワ家の一族を、勇者に売り渡した時よりも辛かった。


 あの時は我が子のためだったから、それほど辛くはなかった。でも、今度はその我が子を死なせることになる。9年前に選んでしまった選択肢のせいで、今度は大切なものを生贄にする事になる。


 ごめんなさい、シャルル。


 泣き喚く息子を見つめながら、唇を噛み締めた。


 サクヤ・ハヤカワが起爆スイッチを押し、哀れな子供の首に取り付けられた爆弾を起爆させる。爆音というよりも銃声を少し大きくしたような音が部屋の中に響き渡り、シャルルの声が消えた。


 カーペットの上に、鮮血が付着した皮膚や脳味噌の一部が拡散する。火薬の臭いに支配されていた寝室の中が今度は血の臭いに支配され、自分の子供を見殺しにしたという罪悪感と絶望感が心を苛む。


 そっと目を開けた私は、ぎょっとした。


 目の前に、子供の頭の一部が落ちている。爆弾で吹き飛ばされずに済んだ部位に残っている頭皮からは血まみれの金髪が伸びているから、今しがた爆弾で頭を吹き飛ばされた我が子の頭の一部に違いない。


 でも、その残骸から伸びる頭髪は、シャルルの頭髪と比べると随分と長かった。


「え…………?」


 強烈な違和感が生まれると同時に、ベッドの上を凝視する。


「あね……う………え…………?」


「な………」


 ―――――――死んだのは、シャルロットの方だった。


 首から上を吹き飛ばされたシャルロットの残骸が、姉の返り血と肉片を浴びて真っ赤になったシャルルの隣に座っている。


 目を見開きながら、私はセシリア・ハヤカワの方を見上げた。


 どうしてシャルロットが死んだの?


 選んだ方を助けるんじゃなかったの………!?


「どうした、陛下」


「な、なんで………?」


「―――――私は”どちらか選べ”と言っただけだ。選んだ方を助けると言った覚えはないが」


「あ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 叫びながら、私は目の前に転がっていた愛娘の頭の一部を拾い上げた。ドレスと手があっという間に真っ赤に染まり、強烈な血の臭いが鼻腔へと入り込んでくる。


 死んだ。


 助けようと思っていた愛娘が、死んだ。


 絨毯の上には頭蓋骨の一部や眼球も転がっている。もちろん、再生能力がある吸血鬼でなければ即死している。


「嫌ぁぁぁぁぁぁっ! どうしてなのよぉぉぉぉぉぉっ!!」


「……私たちが9年間も苛まれ続けた絶望を、少しは堪能してもらえたかな?」


 楽しそうにそう言いながら、セシリア・ハヤカワは拳銃を引き抜く。ホルスターからあらわになった漆黒の拳銃を眺めながらベッドの方へと歩いた魔王は、ベッドの上で首から上を粉々にされて絶命した姉の死体を見つめている幼い少年を見下ろしながら嗤う。


 楽にしてほしい。


 地獄に落ちても構わない。私は子供を見捨てようとして、生かそうとした子供を死なせてしまった愚かな母親だ。早く私を殺してほしい。そして、我が子が待っているあの世に行かせてほしい。


 でも、復讐のためにやってきた魔王たちはまだ足りないらしく、私とシャルルを楽にするつもりはないようだった。


「……どうだ、母親に見捨てられた気分は」


「………」


「お前よりも、病弱で使い物にならない姉の方を生かそうとした。あそこにいるお前の母親は、お前なんか生贄に差し出しても構わないと思っていることが証明された」


「僕が………いけにえ……?」


「やめて……シャルルから離れなさい!!」


「へえ。見捨てようとした我が子を守ろうとするとは、女王陛下って予想以上に面の皮が厚いみたいね」


「っ!」


 反論はできない。見捨てようとしていた方の子供が生き延びて、その子が殺されかけているのを守ろうとするのは図々しすぎる。自分の子供を一度でも見殺しにしようとしてしまった以上、母親の資格はなくなったに等しいし、シャルルを子供だと主張することも許されない。


 魔王は虚ろな目で自分の姉の死体を見つめていたシャルルに自分の拳銃を手渡した。


「………あの女はお前を見捨てようとしたんだ。今まで大事に育ててくれた母親だというのに」


「…………」


「憎いだろう? お前の命の価値は、隣にいる姉よりも安かったんだ」


「…………」


「…………さあ、それを使え。好きに使うと良い」


 魔王から拳銃を受け取ったシャルルが、ゆっくりとベッドから離れた。顔中に付着した自分の姉の血肉を小さな手で拭い去りながら、床に転がっている姉の眼球を踏みつけ、虚ろな目で私を見つめながらこっちにやってくる。


「おかあさん………」


「ま、待って! 待ちなさいシャルル!」


 シャルルは魔王から借りた拳銃を私に向けた。


 次の瞬間、拳銃が火を噴いた。






 

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