少女の想い、悪魔の想い
穴だらけになった銅像の上半身が、真っ赤になった破片と金属が溶ける臭いを周囲に撒き散らしながら宙を舞う。ドラゴンを倒した偉大なる騎士の像の上半身は、そのまま回転しながらカーペットへと向かって落下していったけれど、甲冑がカーペットに触れるよりも先に後方から飛来したレーザーに頭を貫かれ、溶けた破片を周囲に撒き散らしながら弾け飛んだ。
遮蔽物の陰に隠れながら呼吸を整える。優里奈が放つレーザーは恐ろしい貫通力と破壊力を誇るが、魔法陣の向きをよく見ていれば回避するのは不可能ではない。
他の隊員たちもそれに気付いたらしく、レーザーが発射される前に魔法陣の前から退避して反撃し、彼女の体内の魔力を少しずつ削っていた。
だが、向こうの魔力は戦艦を動かすための動力源になるほどの量だ。銃弾で攻撃して魔力を削ってもほんの少ししか減らない。こっちが先に弾切れになるのは火を見るよりも明らかだった。
湖の水をストローで飲み干そうとするようなものだ。
空になったマガジンを外し、ポーチの中に義手を突っ込む。残っているマガジンがあと1つだけという事を悟りながら舌打ちし、最後の強装徹甲弾入りのマガジンを装着する。コッキングレバーを引き、姿勢を低くしながら遮蔽物の陰から飛び出す。
宮殿の中には、未だに赤い毒ガスが充満している。フィオナ博士が暇潰しに開発した毒ガスだ。吸い込むと肺の中を破壊する恐ろしい毒ガスだが、ガスマスクを装着して肺の中へと入り込む事を防いでいれば問題はない。
赤い毒ガスの中を走りながら、後ろから追いかけてくる優里奈の方をちらりと見る。身体の周囲に展開されている空間遮断結界によって、毒ガスは優里奈に触れる事ができない。空間そのものを遮断して外部からの攻撃を防いでいるので、銃弾や砲弾だけでなく、炎や毒ガスによる攻撃も全く効果がないのだ。
しかし、どうやらこの作戦は成功しつつあるらしい。
優里奈の口元を見た俺は、ニヤリと笑いながら走り続けた。
優里奈の口が、開いている。
空間遮断結界は最高の防壁と言ってもいいだろう。ダメージを与えるためには結界の内側へと転移して攻撃するか、相手が魔力切れになるまで待たなければならない。
だが、”空間そのものを外部の空間と遮断することで防御する”という魔術である以上、大き過ぎる欠点がある。空間を遮断する面積が小さければ小さいほど致命的になっていく欠点に、まだ優里奈は気付いていないのだ。
もし気付いていれば、とっくに戦闘を止めてガスが充満していない場所へと戻り、結界を解除している筈である。
「どこまで逃げるつもりなの?」
「ッ!」
すぐ近くで優里奈の声が聞こえたと思った直後、左の脇腹を強烈な鈍痛が苛んだ。左の脇腹から右斜め上へと貫通してきた激痛のせいで呼吸ができなくなったかと思いきや、背中が壁に激突する。
吹っ飛ばされたのだという事を悟りながら、すぐに横へと転がった。
どうやら、後方から加速して接近してきた優里奈に強烈なボディブローを叩き込まれてしまったらしい。横へと転がった瞬間に身体の中で激痛が生まれたのを感じた直後、すぐ脇を蒼いレーザーが掠める。
くそ、肋骨が折れたか………。
「力也、こっちだ!!」
ジェイコブの声が聞こえる。
唐突に、優里奈の空間遮断結界を無数の弾丸が直撃した。階段から飛び降りたジェイコブが左手を振りながら、ストック付きのスチェッキンのフルオート射撃をお見舞いしているらしい。
だが、スチェッキンが使用するのは9×18mmマカロフ弾。アサルトライフルや汎用機関銃が使用する弾丸と比べると、殺傷力はかなり低くなる。アサルトライフルのフルオート射撃やロケットランチャーですら魔力を少ししか削れないのだから、ハンドガン用の弾丸をフルオートでぶちかましたとしても辛うじて牽制として機能する程度である。
火力不足だと思いきや、ジェイコブの後ろからすらりとした金髪の少女が躍り出た。
コレットはジェイコブのマシンピストルが弾切れになったと同時にパンツァーファウストを構え、優里奈に向けて発射する。空間遮断結界で防げる筈だが、立て続けにロケットランチャーを叩き込まれると魔力の消耗が大きくなってしまうからなのか、優里奈は飛来してくる弾頭へと向かって小さなレーザーを立て続けに叩き込んで迎撃してしまう。
その隙にポーチから瓶を取り出し、中に入っているエリクサーの錠剤を口の中へと放り込んだ。飲み込むと同時に体内を苛み続けていた鈍痛が消えていき、折れた肋骨が蠢いて元の位置へと戻っていく。
レベルやステータスに大きな差がある転生者との戦いでは、パンチやキックですら致命傷になる。先ほど喰らったのはボディブローだったが、まるで全速力で走っているスポーツカーに撥ね飛ばされたかのような衝撃だった。
毒ガス入りのスモークグレネードを取り出し、優里奈に投げつける。赤い毒ガスをスモーク代わりにして突っ走り、再装填を終えたジェイコブたちと合流し、一緒に階段を駆け上がる。
KS-23を優里奈に向かって放ってから、コレットも階段を駆け上がる。廊下の向こうから飛来したレーザーがガトリングガンのように毒ガスを穿つが、もう既に階段へと退避しているコレットには一発も当たらない。
「気付いたか、ジェイコブ?」
階段を駆け上がりながら問いかけると、スペツナズ創設時から副官をやっているジェイコブはガスマスクを装着したまま首を縦に振った。
「口開いてたな」
「ああ、もうすぐだ」
「あの、隊長……何をお考えなのですか?」
「コレット、分からないか?」
ニヤリと笑いながら、問いかけてきたコレットにヒントを教えてやる。
「あいつはな――――――”空間を遮断”してるんだぜ?」
どうして私から逃げるんだろう?
どうして?
分からない。
分からない。
分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない。
私は捨てられたんだよね………君から拒絶したんだよ、力也くん。
私は力也くんを妹から引き離そうとした。妹だけじゃなくて、恋人になった私の事も見て欲しかった。
力也くんたちには両親がいない。母親は父親に殺されてしまったらしいし、その父親も刑務所の中にいるらしい。だから、彼はお母さんが遺したお金と自分で稼いだバイト代で、何とか妹さんを養っていた。
生活費のために必死に働かなければならなかったから、彼の帰りは遅い。休日にもバイトがあるから、家でゆっくりしたり、私と一緒にデートに行けるのは2ヵ月に1回くらい。
それは仕方がない事だった。彼の家庭を破壊したのは愚かな父親なのだから、彼が父親の代わりになるしかない。
でも、そのなけなしの時間ですら、力也くんは私ではなく妹ばかりを見ていたように思えた。
彼の恋人は私なのに、どうして私を見てくれないのだろう。
どうして彼は、私を恋人にしたのだろう?
涙を拭い去りながら、階段を駆け上がって彼を追いかける。あの時みたいに、力也くんはきっとセシリア・ハヤカワに騙されてるんだ。だから彼女をぶっ殺してしまえば、きっと目を覚ましてくれるかもしれない。
全力で階段を駆け上がる。息が上がってきたけれど、そのまま彼らを追う。
宮殿の階段を上り終えた私は、呼吸を整えながら廊下の向こうを睨みつけた。
力也くんたちは、通路の奥で待ち構えていた。機関銃やマシンガンをこっちに向けながら私を睨みつけている。
この通路にもガスが充満しているけれど、何の意味があるのだろう。私にはこの最強の空間遮断結界があるというのに。
「力也くん………考え直してよ」
「何をだ」
「………………私、君に拒絶された後もずっと君の事を考えてたの。心配だったからバイトしてる君を何度か見守ってたこともあるわ」
「マジかよ」
「ねえ……お願い、銃を下ろして。力也くんはセシリアに操られてるのよ」
「お断りだ、やれ」
すぐに答えた彼は、部下たちに攻撃を命令した。
倒れた銅像の陰に隠れていた黒服の兵士たちが、私に向かって一斉にマシンガンを撃ってくる。銃弾が何発も飛んでくるのは怖いけれど、私を包み込んでいる光のリングが全ての攻撃をシャットアウトしてしまう。被弾する度に魔力がちょっとずつ減っていくけれど、まだ魔力は3分の2くらいは残っている。
それより先に、彼らの銃が弾切れになるでしょう。
無駄な事なのに、どうして抵抗するのかな?
右手を突き出し、レーザーで吹き飛ばしてあげようと思ったその時、強烈な違和感を感じた。
呼吸を整えた筈なのに――――――まだ息切れしている。
魔力を充填しながら、もう一度呼吸を整えてみる。けれども、どれだけ息を吸い込んでも息切れは止まらない。呼吸が荒くなる度に充填されていた魔力が拡散されていき、目の前に浮遊していた蒼いレーザーの塊が崩壊していった。
身体に力が入らなくなる。辛うじて立っていられるけれど、さっきのように素早く動くのは無理だと思う。
「え………?」
「気付かなかったのか?」
「な、何を………?」
「―――――空間遮断結界っていうのは、自分の周りの空間を周囲の空間から”遮断”することで攻撃から身を守る結界だ。空間そのものを遮断するから、弾丸どころか炎やガスも干渉できない。………そう、”空気”もな」
「!!」
最初から、力也くんはこれを狙っていたというの………!?
空間遮断結界は空間そのものを遮断してしまうから、呼吸すれば結界内部の酸素はどんどん消費されていく。けれども、外部の空気は結界の内側に干渉する事ができないから酸素は補充されない。
それゆえに、結界を常に展開せざるを得ない状況になってしまえば、結界の内側の酸素は急激に消費されていき、最終的に私は窒息死してしまう………!
全てをシャットアウトしてしまう空間遮断結界の、あまりにも大き過ぎる弱点。
右腕に力を込め、右側にある壁にレーザーを撃ち込んだ。真っ白な壁が融解して大穴が開き、蒼い空と赤い炎に包まれた市街地があらわになる。強烈な風がその穴から入り込んできてくれたおかげで周囲のガスは吹き飛んだけれど――――――今すぐに結界を解除したら、やられる。
女王陛下から聞いている。テンプル騎士団は、”対転生者戦闘”を前提にした装備も歩兵に支給していると。
力也くんが率いる部隊はかなり錬度が高いみたいで、簡単に私の魔術には命中しなかった。何度も転生者との戦いを経験した精鋭部隊に違いない。
呼吸がどんどん苦しくなる。身体の力も抜け始め、空間遮断結界の展開も維持できなくなってゆく。
崩壊を始めた空間遮断結界が、辛うじてマシンガンの弾丸を弾き続ける。けれども、この結界はもう限界だった。このまま被弾を続けていれば結界は崩壊するだろう時、仮に持ちこたえたとしても私が窒息死してしまう。
すると、力也くんが銃を投げ捨てて遮蔽物の陰から飛び出した。私を助けようとしているのではない。間違いなく、殺そうとしている。
止めを刺すために、彼がこっちへとやって来る。
また、私を拒絶するの?
胸倉を掴んで、「出ていけ」って言うの?
嫌だ。
私は………君の隣にいたいだけなのに。
お願い、やめて。
私を拒絶しないで………!
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
叫びながら、なけなしの魔力を圧縮して力也くんへと放つ。さっきまで連射していたレーザーと比べるとかなり細くなってしまったけれど、命中すれば確実に致命傷になる。
そのレーザーを回避しながら、力也くんは制服の上着を脱ぎ捨てた。
機械の部品が埋め込まれた胸板や、機械の腕になってしまった両腕があらわになった。テンプル騎士団に入団してから改造されてしまったのだろうか。それとも、あいつらにひどい事をされて機械に改造しなければならなくなってしまったのだろうか。
走りながら、彼は胸板に埋め込まれている部品を引き抜いた。手榴弾の安全ピンみたいな部品が抜けた直後、真っ黒だった彼の髪が炎のように真っ赤になり、他の機械の部品も溶鉱炉の中で溶けていく鉄のように赤くそまる。
赤い頭髪の中から伸びたのは―――――ダガーの刀身のような、2本の角だ。
人間の姿に近いのに――――――今の彼は、悪魔に見える。
それを見た瞬間、私は悟った。
きっと彼は、人間であることを止めたのだ。
だから、悪魔になったのだ。
「オルトバルカ教のシスターから教えてもらったんだけどよォ………人を”想う”事が愛らしいぜ。だから俺はお前を愛してやる………こんなにもぶち殺したいと”想って”るからなァ!!」
「そんなの………愛じゃないっ!!」
違う、それはただの狂気よ!!
「いいや、愛だよ………愛だよラブだよリーベだよォッ!! ぶっ殺してやるぜジュテェェェェェェェェェェェムッ!!」
立て続けにレーザーを放つけれど………力也くんには何発も直撃しているのに、全く聞いていない。真正面から突進してくる彼の肉体に直撃したレーザーは、甲高い音を奏でながら弾かれてしまう。
どうして? 魔力の充填が上手くいっていないとはいえ、まだ十分な量の魔力が残っている筈なのに………。
結界を解除すれば撃たれる。でも、解除しないままだと窒息死しちゃう………!
どうするべきなのかと考えるよりも先に、結界が消えた。集中力が無くなってしまったせいで魔力の充填が中断され、結界が崩壊してしまったのだ。
結界の外から、溶けていく鉄のように赤い機械の腕が迫ってくる。長い指の生えた義手が私の頭を掴んだかと思うと、義手の表面で立て続けに小さな爆発が起こった。
きっと、内部に搭載されている小型の爆薬を起爆させて、義手のフレームや部品を切り離しているのだ。
どうしてそんな事をしたのかという疑問が生まれたけど、予測をするよりも先に答えを見せつけられた。
弾け飛んだフレームの下から姿を現したのは―――――複雑な記号が刻まれた、巨大な杭。
「――――――あばよ、優里奈」
あ………私の名前……呼んでくれた………。
銃声を思わせる轟音が響き、巨大な杭が伸びてくる。
巨大なドラゴンの牙にも似たその一撃が眉間を直撃するよりも先に、私は目を閉じた。
《私、力也くんの事が大好きなの》
爆炎の向こうから、黒焦げになったリボンの一部がゆっくりと降ってくる。
優里奈が身に着けていたリボンだ。
確かあのリボンは、バイト代で彼女にプレゼントしたリボン………。
「お前………」
まだ、持ってたのか……そんな物を………。
ゆっくりと、リボンがこっちに向かって降ってくる。煉獄の鉄杭を使ったことによって消し飛んだ右腕の代わりに、左腕でそのリボンの残骸を掴もうと思ったが、俺は手を伸ばさなかった。
もう、彼女は俺の恋人ではない。別れた後も俺の事を想い続けていたのは嬉しいけれど………俺はもう、彼女の事は想っていない。
だから、忘れる。
思い出を全て消して、戦い続ける。
「力也」
「何だ、ジェイコブ」
振り向かずに、床に落ちたリボンを見つめ続けながら答えた。
「…………泣いてんのかよ、お前」
そんなわけあるか。
何で俺が泣いてるって分かるんだ。ガスマスクを付けてるから、顔は見えない筈なのに。
溜息をつきながら後ろを振り向き、ジェイコブの肩に手を置きながら答えた。
「泣いてねえよ、バカ」
「ぶっ殺してやるぜジュテーム」というパワーワードが生まれました(笑)




