緋色の炎、蒼き光
「この宮殿に侵入してくるなんてね。本当に愚かな人たち」
声を聞く度に、向こうの世界での記憶を思い出してしまう。
ああ、人生で一番最初に出来た恋人だった少女の声だ。
学校の屋上で、俺なんかに告白してくれた女の子の声だ。
妹を虐めていたのが発覚したことで、別れることになったクソ女の声だ。
曲がり角からちらりと広間の中を見渡す。オルトバルカ軍の赤い制服に身を包んだ優里奈は、周囲に蒼い魔法陣をいくつか召喚しながら、ゆっくりと広間へと向かって進んでくる。あの魔法陣はおそらく、魔力で生成した疑似的なレーザーを放つための術式なのだろう。以前にコレットと偵察した時に見た魔術と同じものかもしれない。
広間の中には階段があり、2階へと繋がっているようだ。パンツァーファウストで攻撃するならばうってつけだな。
呼吸を整えつつ、背負っていた2本のパンツァーファウストのうちの片方をジュリアに渡した。反対側にいるジェイコブにも手で合図を送り、別の通路を通って2階や側面へと回り込むように指示する。彼はガスマスクをかぶったまま頷くと、反対側にいる仲間を連れて素早く移動を始めた。
ジュリアたちにも同じ命令を出し、不意打ちの準備をさせる。
広間の入り口の陰に残ったのは俺1人だ。元恋人が相手ならば優里奈は攻撃するのを躊躇ってくれるかもしれないが、それに期待するのは愚の骨頂だ。いつも通りに転生者と戦うしかない。
だが、躊躇う可能性があるならば付け入るのもいいだろう。彼女が躊躇わずに攻撃してきたらチェックメイトだが。
AK-47を背中に背負い、呼吸を整える。尻尾を曲がり角から出して広間の中を確認するが、まだジェイコブたちが攻撃するための場所に辿り着いた様子はない。
ガスマスクを取り、フードを後ろへと退ける。外したガスマスクを腰に下げているケースの中に放り込み、蓋を閉めてから、俺はゆっくりと曲がり角の陰から出た。
広間の中央にいる優里奈がこっちに片手を突き出し、攻撃態勢に入る。彼女の手のひらにも小さな蒼い魔法陣が姿を現したかと思うと、ガトリングガンのように回転を開始した。
彼女の攻撃力と攻撃範囲は圧倒的だ。まるで無数に対空機銃を搭載した戦艦のような弾幕を、歩兵の小回りの良さを生かしながらぶちかましてくる。遮蔽物だろうとお構いなしに貫通するほどの威力なのだから、そんな魔術で一斉砲撃されればひとたまりもない。
しかし、すぐには攻撃してこない筈だ。
彼女も、俺の事は覚えているのだから。
「久しぶりだな、優里奈」
「え………」
目の前に姿を現した黒服の兵士の正体に気付いてくれたらしく、こっちに手を突き出していた優里奈が魔法陣を消しながらゆっくりと手を下げる。もし赤の他人であれば容赦なく蹂躙するつもりだったのだろうが、敵兵の正体が知り合いだったという事を悟ることで、大きな隙が生まれていた。
「力也……くん………? ねえ、まさか力也くんなの!?」
「……ああ、”あの時”以来だな」
胸倉を掴んで怒鳴りつけ、家から追い出すような別れ方をした元カノとは再会したくないものだ………。
自分や仲間に牙を剥かないというのであれば、放置していてもよかった。だが、同志たちの目的の邪魔をする敵のうちの1人というのであれば、戦わなければならない。ここで彼女を殺し、あの時の因縁も全て終わらせなければならない。
あれを恋人だった女だと思うな。
自分を人間だと思うな。
武器を背負ったまま、ゆっくりと広間の中へ歩き出す。周囲に召喚していた魔法陣を全て解除した優里奈は、目を見開きながら突っ立ってこっちを見つめていた。
「ど、どうして君が………というか、それってテンプル騎士団の制服でしょ? ねえ、まさか……テンプル騎士団に………入ったの?」
「…………ボスに救われてな」
「ボス? ………あの狐みたいな女のこと?」
セシリアの事は知っているようだ。シャルロット女王から話を聞いたのだろうか?
首を縦に振ると、優里奈の目つきが鋭くなった。別れた恋人と異世界で再会してしまったという困惑を、俺のボスがセシリア・ハヤカワだという情報がある程度希釈してしまったのだろう。
「力也くん、テンプル騎士団なんてやめた方が良いよ………」
「…………」
「あのね、力也くんとまた付き合いたいって思ってるわけじゃない。でも、心配なの。別れちゃったけど、力也くんは私の大切な人だから」
やめろ。
もう黙れ。
「………俺の任務は、お前をここで消すことなんだ」
「え………」
ちらりと広間の2階にある足場を見る。広間の2階には黒い制服を身に纏った兵士たちが居座っていて、以前の恋人に今から殺すと宣告されて動揺する哀れな少女へと、対戦車兵器であるパンツァーファウストを向けている。
全員が照準器を展開し、攻撃準備を終えていることを確認してから――――――背負っていたパンツァーファウストに手をかけた。
「お前にとって俺が大切な人だというのは嬉しい。だが――――――」
照準器を展開し、困惑する優里奈に照準を合わせる。
「――――――お前はもう、俺の大切な人じゃない」
冷たい声で告げると同時に――――――広間の2階に居座っていたスペツナズの隊員たちが、一斉にパンツァーファウストを放った。火薬によって放たれた弾頭が、困惑する優里奈に無慈悲に襲い掛かる。
パンツァーファウストは、簡単に言うと現代でも使用されているロケットランチャーの原点のような兵器と言える。形成炸薬弾と呼ばれる弾頭を敵の戦車へと叩き込み、メタルジェットで分厚い装甲を貫いて撃破する兵器なのだ。
従来の対戦車兵器であった対戦車ライフルよりも軽量で、コストも低い。更に対戦車ライフルよりも破壊力が高く、確実に戦車を撃破することが可能であった。弾丸で戦車を撃破する時代に終止符を打った兵器と言ってもいいだろう。
第二次世界大戦終盤では、ドイツ兵たちがこのパンツァーファウストでアメリカ軍やソ連軍の戦車を何両も撃破している。
俺も発射スイッチを押し、パンツァーファウストを放った。バックブラストが噴出すると同時に丸い弾頭が射出され、優里奈へと牙を剥く。
広場の2階から放たれた5発の形成炸薬弾と、真正面から放たれた1発の形成炸薬弾による合計6発の飽和攻撃である。もし相手が戦車であれば確実に撃破する事ができるだろう。いや、オーバーキルかもしれない。
だが、そのオーバーキルと言える火力でも転生者は簡単に倒せない。それほどの火力にも平然と耐えるし、戦車や戦艦に匹敵する火力で反撃してくる。だからこそ、転生者は現代の戦闘でも極めて大きな脅威となる。
弾頭が着弾する寸前に、優里奈の周囲を蒼い光のリングが包み込んだ。発射された弾頭たちがお構いなしに優里奈へと突っ込んでいくが、彼女の華奢な身体を直撃して爆発とメタルジェットを発生させるよりも先に、蒼い光に触れてしまった弾頭が爆発してしまう。
メタルジェットは防がれてしまったが、戦車を撃破するという使命を与えられた形成炸薬弾たちの爆炎が優里奈を呑み込んだ。だが、爆炎程度で転生者は倒せない。彼女は確実に生きている。
弾頭を発射し終えた発射機を投げ捨て、「隠れろ!」と叫ぶ。ポーチの中からスモークグレネードを引っ張り出して投擲した直後、スモークグレネードから溢れた白煙を、蒼い光が貫いた。
「!!」
魔力で生成された蒼いレーザーが、またしても右肩の近くを掠める。直撃していれば義手を捥ぎ取られていたに違いない。自動車すら貫通するほどの威力なのだから、下手をすればキメラの外殻まで貫通する恐れがある。
AK-47を掴み、後ろへとジャンプした。先ほどまで隠れていた曲がり角まで戻ってから、右側にある通路へと突っ走る。
唐突に、左側の壁が蒼く染まった。ぞくりとすると同時に姿勢を低くした直後、蒼く染まった壁に大穴が開き、熱風と溶けた壁の破片を撒き散らしながら、蒼いレーザーが飛び出てきやがった!
「ぐっ!?」
頭上をレーザーが掠める。頭に装着されている角――――――正確にはキメラのような角ではなく”放熱板”である――――――が少しだけ赤く染まり、高熱が頭を苛んだ。
くそったれ、壁まで貫通しやがったか………!
銃撃戦の基本は遮蔽物に隠れながら敵を撃つことだ。敵に突っ込みながら銃を乱射するのは愚の骨頂である。
だが、その概念は銃弾を遮蔽物で防げるという条件があるからこそ機能する。敵が遮蔽物では防ぎ切れないような攻撃を連発できるのであれば、身を守るための選択肢を奪われるこっちはこれ以上ないほど不利になってしまうのだ。
立て続けに壁を貫通したレーザーが牙を剥く。姿勢を低くしたまま厨房と思われる部屋の中へと飛び込み、棚の陰に隠れながら呼吸を整える。
『ふふふっ………アッハッハッハッハッハッハッ! 力也くんったら、セシリア・ハヤカワに騙されてるんだよ!』
「…………くそ」
さっきの光のリングは間違いなく空間遮断結界だ。周囲の空間から自分もろとも一時的に切り離すことで、敵の攻撃を全てシャットアウトすることが可能な防御用結界。空間そのものを遮断するため、銃弾や砲弾どころか炎や毒ガスからも身を守る事ができるという。
やはり、”この作戦”を使うしかないのか………。
「ジェイコブ、無事か」
『こっちはな。仲間にも負傷者はいないが………何だよあの火力は』
「久々にヤバい獲物だな、最高だよ」
『ああ、全くだ。で、あの作戦で行くのか?』
「ロケットランチャーが効かなかった以上はそうするしかないだろう。本隊にも連絡しておいてくれ」
『了解だ』
腰のケースからガスマスクを再び取り出し、顔に装着してからフードをかぶる。
空間遮断結界を使用した際に消費する魔力の量は、防いだ敵の攻撃の破壊力に比例する。銃弾を防ぐよりも、戦車砲とか爆弾から身を守る時の方が大量の魔力を消費してしまうという事だ。なので、普通の魔術師であれば短時間しか結界を維持できない。
しかし、優里奈は転生者である。おそらく、あの端末を使って大量の魔力を制御できる能力を習得し、空間遮断結界とあのレーザーのような魔術を併用しているのだろう。下手をすれば戦艦を動かせるほどの量の魔力を持っているというのであれば、飽和攻撃で彼女の魔力を削り取るのはかなり非効率的である。
だから、もっと効率的な作戦を使う。
呼吸を整え、AK-47を尻尾に持たせる。代わりに腰に下げていた鉄パイプを引っ張り出しつつ、腰のベルトにぶら下げている毒ガス入りのスモークグレネードを取り出した。厨房のドアを蹴破って通路へと飛び出し、先ほど優里奈のレーザーが穿った穴から広間の中を覗き込む。
彼女はまだ広間の中心にいた。周囲に蒼い光のリングを纏い、「力也くん、どこにいるの!?」と叫びながらレーザーを乱射して、宮殿の中にある壁や天井を次々に融解させている。運悪く味方の兵士に直撃しませんようにと祈りながらスモークグレネードの安全ピンを外した俺は、それを少しばかり真上へと放り投げ――――――まるでボールに向かってバットを振るうバッターのように、毒ガススモークグレネードを打ち据えた。
コンッ、と鉄パイプに殴打されたグレネードが広間の中へと飛び込む。優里奈はこっちを振り向きながらニヤリと笑い、魔法陣を展開した左手を突き出してきやがった。
グレネードから漏れ出た赤い毒ガスに風穴を開けた蒼いレーザーが、再び壁の穴を通過して俺の近くを掠める。鉄パイプを腰に下げながら武器をAK-47に持ち替え、セレクターレバーをフルオートに切り替える。アサルトライフルのマガジンには30発くらいしか弾丸が装填できないので、セミオートでぶっ放すのが基本である。
だが、優里奈はセミオート射撃で攻撃するよりも、フルオート射撃で一気に攻撃した方が良いだろう。ほんの少ししか削れないが、攻撃を叩き込めば彼女の魔力を消費させる事ができるのだから。
まあ、彼女がこっちを追いかけて来てくれれば理想的なんだがな。ちょっと挑発してみるか。
優里奈が開けた穴からAK-47を突き出し、フルオートで何発か撃つ。銃声と弾丸が飛来した方向で俺の居場所に気付いた優里奈が小型のレーザーを連射して応戦してくるが、すぐに移動したおかげで蜂の巣にされずに済んだ。
「おいクソ女、お前なんかと別れて正解だったよ!!」
クソッタレ、こんな事言ったらクズになっちまうな。
「セシリアの方が遥かに良い女さ! てめえみたいに明日花に酷い事しないし、スタイルも良いからな!」
『な、何言ってるの………?』
「毎晩”そういうこと”もさせてくれるし、俺の話も聞いてくれる! 彼女の飼い犬になったのは大正解だったよ、マジで! 最高のご主人様だよなぁ!?」
広間の入り口からもう1つ毒ガス入りのスモークグレネードを投げ込み、マガジンが空になるまでフルオート射撃をする。強装徹甲弾が立て続けに優里奈の空間遮断結界を打ち据えるが、対転生者用の弾丸でも彼女の結界を穿てない。
2階の広場にいる仲間たちも射撃を開始したらしく、優里奈の結界を7.62mm弾や14.5mm弾の雨が立て続けに直撃した。だが、弾丸たちは蒼いリングに触れた瞬間に弾き飛ばされ、ひしゃげた状態で広間の床や壁を直撃する羽目になってしまう。
「だからさぁ、俺はもうお前の所になんか戻る気はないんだよ。悪いな、クソ女! 俺と付き合ってた頃の事でも思い出しながら、1人で〇〇〇〇でもしてなぁ!!」
レーザーが頭のすぐ近くを掠める。ぎょっとしながら回避しつつ、新しいマガジンを装着してコッキングレバーを引いた。
その直後、穴だらけになっていた壁が吹き飛んだ。壁の向こうから虚ろな目の優里奈が躍り出たかと思うと、虚ろな目でこっちを見つめながら涙を流し、無数の蒼い魔法陣を展開し始める。
「…………やっぱり、力也くんはあの狐に騙されてるのよ。ふふっ、私に任せて。私が君を正気にさせてあげる」
うわ………。
スモークグレネードを投げつけ、猛ダッシュで逃げる。ちらりと後ろを振り向くと、赤い毒ガスが充満しつつある廊下を、無数の魔法陣を引き連れた優里奈が追いかけてくるのが見えた。
よし、いいぞ。
そのまま追いかけてこい………!
本編で力也がとんでもない事を言っていますが、多分2割くらいは嘘です。彼はまだ童貞ry(粛清)




