因縁の終止符
錆び付いたタラップを義手で掴みながら、尻尾でマンホールを少しだけずらし、その隙間へと尻尾を伸ばす。
武装を搭載した義手や義足のように、この尻尾もフィオナ博士の研究室に行けば付け替える事ができる。拘束した相手に毒を投与するための注射器を搭載したタイプもあるが、今搭載しているのは小型のカメラを搭載した索敵型だ。尻尾の先端部には義手と同じデザインのナイフを搭載した指が3本あるんだが、その中央部にカメラが搭載されているのである。
この尻尾は脊髄や脳まで繋がっているので、動物の尻尾よりも自由に動かせる。腰の後ろから3本目の腕が生えているような感じと言うべきだろうか。なので、これで銃の再装填をすることも出来るし、手で持てる代物ならば銃を撃つことも出来る。
目を瞑ると、尻尾のカメラが撮影している映像が脳へと流れ込んできた。映っているのはラガヴァンビウス宮殿の裏庭だ。普段であれば宮殿で雇われている庭師たちが整備した美しい庭が広がっているのだろうが、先ほどのテンプル騎士団砲兵隊による無慈悲な砲撃で裏庭は滅茶苦茶だ。花壇は消滅しているし、植えられている木の幹には砲弾の破片がぎっしりと突き刺さっている。周囲に転がっている黒焦げの肉片は、間違いなくここにいた兵士たちのものだろう。
『急げ、こっちだ!』
『警備を固めろ、蛮族共が攻めてくるぞ!』
白軍の兵士たちの怒声が聞こえてくる。尻尾を旋回させてみると、数名のオルトバルカ兵が土嚢袋や重機関銃を肩に担いで走っていくのが見えた。
やはり、本隊の進撃速度はかなり速い。テンプル騎士団は創設時から攻勢を得意とした組織だと言われているが、攻勢の成功率が高いのは攻撃が熾烈であるという点と、この進撃速度の速さだろう。敵が防衛ラインを再構築する前に進撃してしまうから、なかなか止められない。
周囲に敵兵がいなくなったことを確認してから、下にいる仲間に手で合図してマンホールをずらす。尻尾からの映像伝達を終了し、目を開けてゆっくりと下水道から宮殿の裏庭へと這い出た。
下水道の中には魔力センサーや地雷があったが、そういうトラップが仕掛けてある事は想定内だったし、こっちはテンプル騎士団の陸軍や海兵隊から選抜された優秀な兵士だけで構成されている特殊部隊だ。そんなトラップなんかに引っかかってたまるか。
AK-47を背中に背負い、代わりにでっかいサプレッサーが付いた『マカロフPB』を引き抜く。こいつはマカロフPMにサプレッサーを装着し、隠密行動に特化させたハンドガンだ。銃身の下にはライトも装着している。
マンホールの蓋を退け、外へと出る。下水の悪臭から解放されたのは喜ばしい事だが、今度は肉の焦げる臭いや鉄の溶ける臭いが地上を満たしている。
戦争の臭いだ。
こういう臭いは、戦場で何度も嗅いできた。
ハンドガンを構えて周囲を警戒し、仲間たちが全員上がってきた事を確認してから指示を出す。
「キム、第一部隊全員を引き連れて正門へ向かえ。制御室を占拠して正門を開放し、本隊の進撃を支援しろ」
「了解。第一部隊、俺に続け」
「ヴラジーミル、第二分隊で迫撃砲を全て潰せ。本隊と第一部隊の脅威になる」
「了解、いくぞ同志諸君。仕事だ」
「第一分隊は俺に続け。宮殿内の守備隊を攻撃して敵を攪乱し、可能であれば転生者を狩る」
『『『『『了解』』』』』
ここで終わらせる。
復讐を果たすのが最優先だが――――――前世の世界で残してしまった因縁は、ここで終わらせなければ。
もう覚悟は決めた。躊躇は全くない。
俺は悪魔だ。
血も涙もない存在なのだ。
裏口の壁の陰に隠れ、再び尻尾を伸ばして内部を確認する。通路に敵兵は見受けられない。守備隊は防壁の方へと向かい、進撃するテンプル騎士団本隊の迎撃を試みているのだろう。
悲しい事だが、きっとその勇敢な兵士たち全員が戦死する事になる。テンプル騎士団を迎え撃った兵士たちの人数と戦死者の数が同じというのは珍しい事ではない。
赤いカーペットで覆われた廊下をゆっくりと進む。壁には歴代の国王や女王を描いた絵画がいくつも飾られていた。どこかの国との戦争で、兵士たちの指揮を執る国王の柄もあるし、産業革命の頃を描いたのか、ラガヴァンビウス駅での式典の様子を描いた絵もある。
「隊長」
「何だ」
曲がり角の向こうを尻尾でチェックしていると、傍らに居るジェイコブが声をかけてきた。
「宮殿って事は使用人とかもいるよな?」
「ああ」
「そいつらはどうするんだ?」
「…………非戦闘員を殺すなという指示は出ていない。目撃者は全員殺せ」
「了解、いつも通りか」
「そういうことだ」
こういう戦いは珍しい事ではない。
通路を進んでいると、向こうから大きな声が聞こえてきた。おそらく白軍の兵士たちだろう。
真正面から大軍が攻め込んできている状況で、宮殿の敷地内に特殊部隊が侵入していることを想定している敵は多分いないのではないのだろうか。
仲間たちが声の聞こえた方向にライフルを構えた直後、数名の兵士がボルトアクションライフルを抱えながら走ってきた。これからテンプル騎士団の迎撃に向かうか、宮殿に防衛ラインを構築しに行くところだったに違いない。
宮殿内部に侵入した黒服の兵士たちに気付いて敵兵が目を見開いた頃には、AK-47やマカロフPBから放たれた弾丸が、彼らの頭を正確に撃ち抜いていた。廊下に響いたのは、敵兵たちがカーペットの上に崩れ落ちる音と、サプレッサーで随分と小さくなった大人しい銃声のみ。
次の瞬間、宮殿の外から爆音が轟いた。砲兵隊の砲撃かと思ったが、テンプル騎士団全軍には既に俺たちが宮殿に潜入していることは告げている。味方を巻き込むような攻撃を実行するとは思えない。
今の爆発はなんだ、と訝しんでいると、無線機からヴラジーミルの声が聞こえてきた。
『ボレイ1よりアクーラ1』
「こちらアクーラ1」
『迫撃砲の排除は完了。花火の音は聞こえたか?』
「ああ、見れなかったのは残念だがな」
『それはお気の毒に。こっちはこれから第一部隊の支援に向かう』
「了解、新人共の面倒は頼む」
『了解』
さっきの音は、迫撃砲の砲弾が誘爆した音なのだろう。
スペツナズが宮殿内部に侵入していることに白軍が気付けば、本隊の攻撃は楽になる。自分たちの後方に是が非でも守らなければならない女王陛下がいるというのに、その後方に敵の特殊部隊が現れたのだから、それを放置する事は絶対に許されない。
最終防衛ラインを薄くしてでも、数名の兵士を派遣して迎撃する必要がある。
さて、こっちも隠密行動はしなくていい。ここで派手に暴れて、最終防衛ラインを削ってやろう。
マカロフPBからサプレッサーを外してホルスターへと戻し、背負っていた専用のAK-47を取り出す。安全装置を解除してセレクターレバーをセミオートに切り替え、仲間たちと共に通路の中を突っ走った。
「敵襲! 敵襲!!」
叫びながら走ってきた敵兵に向かって、7.62mm強装徹甲弾を叩き込む。高圧魔力を添加した火薬によって撃ち出された弾丸が敵兵の右目の下を直撃したかと思いきや、被弾した敵兵が頭を大きく揺らすと同時に頬の肉や眼球が吹っ飛び、血を撒き散らしながら崩れ落ちた。
「くそ、こっちもか!」
「行かせるな、女王陛下をお守りしろ!」
今の銃声を聞いたのか、廊下の奥にある広間の奥からライフルを持った兵士たちが慌てて走ってくる。武装はボルトアクションライフルのみのようだが、威力だけならばこっちのアサルトライフルよりも上だ。被弾すれば致命傷になる。
敵兵が銃口をこっちへと向けると同時に、スペツナズの兵士たちは左右にある曲がり角へと向かってジャンプしていた。その直後、数発のライフル弾が通路へと向かって放たれ、廊下の壁に飾られていた絵画や彫刻を食い破っていく。
俺と一緒に隠れたのは、エレナ、マリウスの2人。反対側にはジェイコブ、コレット、ジュリアの3人がいる。
ジェイコブに左手で合図を送りつつ、尻尾で手榴弾を掴む。安全ピンを引っこ抜こうとしていると、ジェイコブも手榴弾を取り出して安全ピンを抜き、こっちを見ていた。
首を縦に振り、2人で同時に広間の中へとぶん投げる。ゴロン、とカーペットの上に手榴弾が落下した音を聞いて手榴弾が近くに落ちた事に気付いたのか、叫び声と同時にライフルの射撃がぴたりと止まる。
その直後、ドン、と手榴弾が炸裂した。だが、いつもとは炸裂する音が違うような気がする。
突入しようとするジェイコブに合図して止めさせ、広間の中を覗き込んだ。
敵兵の中にも勇敢な兵士がいたらしい。味方の兵士たちを死なせないために手榴弾の上にうつ伏せになり、腹の辺りから内臓の破片や肉片を撒き散らした状態で死んでいる兵士が見えた。あの死体をひっくり返したら、腹の辺りはかなりグロテスクなことになっているのは言うまでもない。
仲間を死なせないためなのだろうか。それとも、女王陛下への忠誠心なのだろうか。
正直に言うと、白軍の兵士に彼のような勇敢な兵士がいるのは予想外だった。今の手榴弾で体勢を崩し、突入して制圧するつもりだったんだが、敵はそれほど混乱していない。むしろ、仲間の兵士を殺された復讐心のせいで士気は逆に上がっており、ライフルによる攻撃がより熾烈になっている。
「ジュリア、合図したら燃やせ」
「了解ニャ」
尻尾を伸ばし、目を瞑る。尻尾に搭載されたカメラの映像が脳へと伝達されてきたのを確認してから、曲がり角に隠れたままAK-47の銃口を突き出して発砲する。こうすれば敵に撃たれる心配はないし、もし撃たれても破損するのは尻尾と銃だけで済む。この2つならばいくらでも交換できるからな。
まあ、今の俺なら手足も簡単に交換できるんだが。
さすがにいつも訓練でやっているような構え方で撃っているわけではないので、命中率はそれほど高くはない。だが、マガジンが空になる寸前に放った一撃が運よく敵兵の胸板を直撃して心臓を吹っ飛ばしてくれたらしく、撃たれた敵兵が崩れ落ちるのが見えた。
「今だ!」
「ふぁいあー☆」
敵がぎょっとしている間に、ソ連製の火炎放射器を手にしたジュリアが躍り出た。それと同時に俺たちは素早く容器の中からガスマスクを引っ張り出し、顔に装着する。
ジュリアの火炎放射器に使われている燃料は、フィオナ博士が暇潰しに調合して造った特殊なものだ。燃焼すると毒ガスと化す性質があるため、敵を直接燃やさなくても殺傷することが可能という恐るべき代物である。まあ、それはこっちにも牙を剥くわけなので、使用する際やそれを携行する味方がいる場合はガスマスクが必需品となるわけだが。
ちなみにそのガスは、肺に入り込むと牙を剥くが、ガスが肌に触れただけではほとんど問題はないので防護服まで切る必要はない。まあ、皮膚に高濃度のガスが付着し続ければどうなるかは分からないが。
曲がり角から躍り出た彼女が放った炎により、美しかった宮殿の広場はあっという間に火の海と化した。天井にぶら下がっていた大きなシャンデリアや絵画が燃え、赤いカーペットが正真正銘の炎によって黒く染まっていく。
広間の中が燃える音と、敵兵たちが発する絶叫が混ざり合う。赤い制服を着た白軍の兵士たちが火達磨になりながら火の海の中を転がり、段々と動かなくなっていく。中には燃やされずに済んだ兵士もいたようだが、毒ガスを吸ってしまったらしく、やがて両手で喉を抑えながら苦しみ出し、口や鼻から変色した唾液や鼻水を垂らしながら動かなくなった。
攻撃を終えたジュリアが火炎放射器のトリガーから手を離し、ガスマスクを装着したまま広間の中を見渡す。先ほど襲ってきた敵兵は彼女の炎で全滅したらしく、ライフル弾が飛んでくる気配はない。
次の瞬間、俺はぞくりとした。
敵がいる様子はないし、気配もしない。
なぜこんな感覚がするのかと思った頃には、無意識のうちにジュリアの防護服を掴み、こっちへと引っ張っていた。
ぎょっとしたジュリアの小さな身体が曲がり角の陰に隠れた直後、蒼い光が広間の炎を焼死体もろとも吹き飛ばし、すぐ脇にある通路を突き抜けていった。光が掠めたカーペットや絵画が発火し、俺の制服の右腕を覆っていた袖が燃え尽きる。あらわになった義手の肩の部分も少しだけ紅くなり、断面の肉を高熱が苛む。
ジュリアを庇いながら、そっと反対側を見た。ジェイコブたちも無事らしく、装備も破損した様子はない。
もし広間にすぐ突入していたらやられていただろう……。
「隊長、今のは……!」
「…………”切り札”のお出ましだ」
そう言いながら、広間の向こうをちらりと見た。今の蒼い光―――――魔力で生成したレーザーのようなものだ―――――によって炎が全て消された広間の向こうに、赤い軍服と黒い帽をし身に着けた東洋人の少女が立っているのが見える。
それを見たスペツナズの隊員たちが、武器を構えながら息を呑んだ。
久しぶりだな、優里奈………!




