宮殿肉薄
ゴキッ、と首の折れる音が聞こえてくる。
誰もいなくなった貴族の屋敷を拝借し、大通りに向けてスコープ付きのボルトアクションライフルを構えていた狙撃兵の首の骨が折れた音だ。今しがた喉元を義手で貫いてぶち殺した観測手をそっと地面に倒れさせながらそっちを見てみると、蒼い外殻で両腕を覆ったジェイコブが、まるで真後ろを振り向いているかのような状態で動かなくなっている兵士を通路の隅へと退けているところだった。
キメラ兵の腕力は凄まじい。見た目は華奢だが、筋力や瞬発力は人間よりも遥かに発達している。ベースになったオリジナルが優秀なキメラだったからなのか、身体能力だけでなく知能も人間より発達していて、あらゆる言語を覚える事ができると言われている。まあ、個人差は結構大きいようだが。
「クリア」
「アクーラ1よりアクーラ3、西側はどうだ?」
『こちらアクーラ3、爆弾設置完了』
報告を聞きながら、ちらりと西側にある中庭の方を見た。元々は貴族が雇った庭師たちによって美しい花たちが植えられていた筈の中庭には、植物たちの代わりに大口径の対空砲が居座っていて、花壇の代わりに土嚢袋が周囲を囲んでいる。
花ならば黙って花壇の内側に生えていればいいのに、その鋼鉄の花は周囲の砲手たちに手によって、空に向かって大口径の砲弾を何発も放ち続けていた。標的は間違いなく、王都の空を我が物顔で飛ぶテンプル騎士団の航空隊だろう。無数の爆撃機や戦闘機たちが空を舞い、まだ抵抗を続ける白軍の地上部隊へと爆弾や機銃掃射をお見舞いしている。
こっちがプロペラ機であればこのような対空砲はそれなりに脅威となるが、今ではもうほとんどの機体がジェット機に更新されているから、いくら大口径の機関砲でも使用している炸裂弾が時限信管である以上は当たらない。
とはいっても、もしかすればその炸裂にジェット機が巻き込まれてしまうかもしれない。だから、今からその可能性をゼロにしなければならないのだ。
対空砲をぶっ放す砲手や、煙を発する空の薬莢を取り出し、新しい炸裂弾を装填する装填手たちはまだ気付いていない。
砲身の付け根に、コレットが仕掛けたC4爆弾がある事を。
「やれ」
『了解』
彼女がそう告げた途端、対空砲が吹き飛んだ。立て続けに響いていた喧しい対空砲の音が消え、それ以上に喧しい爆音が中庭で噴き上がる。土嚢袋に敵兵の肉片が降り注ぎ、装填していた砲弾が誘爆して対空砲の砲身を吹き飛ばす。予備の砲弾までのみ込んだその爆炎は更に肥大化して、土嚢袋で覆われた花壇をちょっとした火の海に変えてしまった。
青空へと放たれ続けていた対空砲が、減った。
「よくやった、同志。次は宮殿だ」
そう、次はラガヴァンビウス宮殿だ。
既に制空権が確保された王都上空では、戦闘機よりも遥かに鈍重な爆撃機たちが好きなだけ爆弾を投下していた。もちろん対空砲火は発射されていて、高射砲の砲弾が青空の真っ只中で黒煙を生み出している。だが、残念なことに砲弾が炸裂しているのは爆撃機たちの遥かに下だ。もっと上空で爆発させなければ、爆撃機たちには当たらない。
迎撃するための航空隊が全滅しているため、もう戦闘機たちの仕事はない。パイロットたちは真面目に地上を観測して味方の爆撃機や砲兵隊に攻撃を要請するか、暇潰しと言わんばかりに敵の地上部隊に機銃掃射をお見舞いしている。
もうテンプル騎士団の勝利は確定したと言ってもいい。
だが、俺たちはこれから手足を失い、腹を抉られた瀕死のオルトバルカ王国という敵の首を斬り落としに行くのだ。ボスが王室に引導を渡さなければ、彼女の報復は終わらない。
AK-47を構えつつ、味方に手を振って合図する。狙撃手を排除した俺とジェイコブは廊下でコレットとマリウスの2人と合流すると、貴族が住んでいた立派な屋敷の中を後にした。
屋敷の外にはヴラジーミルが率いる第二分隊と、キムが率いる第一部隊の連中が待機していた。
「早いですね。さすが第一分隊」
「実戦はたっぷり経験してるんでな」
そっとキムの肩を叩き、ライフルを抱えながら市街地を突っ走る。店員も客もいない雑貨店の前で立ち止まり、ちらりと曲がり角の向こうを覗き込む。ここはもう既に貴族たちが住む一等居住区の内側で、宮殿はその一等居住区の中央部に鎮座している。分かりやすく言うと、ここはもう最終防衛ラインの内側なのだ。チェックメイト寸前と言ってもいいが、逆に言えば敵が死に物狂いで反撃してくるという事を意味している。
王都を包囲され、脱出は不可能。敵と遭遇すれば殺されるし、テンプル騎士団か赤軍に投降すれば確実に処刑される。彼らが助かるためには、他の場所に駐留している白軍の部隊が王都へと急行し、この包囲網を何とかして突破してくれるのを期待するしかない。
その1%未満の希望のために、彼らは最後の最後まで抵抗を続けるだろう。
だからそれを、踏み潰すのだ。
奴らの希望を、我らのブーツで踏み潰す。
エンジンの音が聞こえてきた。トラックの音か、と思いながら曲がり角の向こうを凝視するが、トラックのエンジン音と比べると金属音が混じっている。まるで、履帯で石畳を踏みしめながら前進しているかのような音だ。
その正体が何なのかを察すると同時に、その怪物が姿を現した。
――――――戦車だ。
M1菱形突撃戦車。オルトバルカ軍が開発した戦車で、大きな履帯で覆われた車体の正面、左右に主砲を搭載したスポンソンがある。様々な主砲を搭載したタイプがあるので種類はかなり多いらしいが、基本的には37cm対戦車砲や45cm砲を搭載したタイプが多いと言われている。
それなりに戦果をあげた兵器だが、俺たちから見れば失敗作と言える。さすがにアサルトライフルの弾丸で装甲は貫通できないが、ボルトアクションライフル用のライフル弾でも装甲を貫通する事ができるらしいし、動きもそれほど速くない。歩兵が走って追いつけるくらいだ。
しかも搭載している武装は正面から側面までの180度しか攻撃できないため、後方や斜め後方は完全な死角となる。エンジンも信頼性が低いので、下手を擦ればこっちが攻撃する前にエンジンが故障して行動不能になるだろう。
破壊するのは簡単だ。車体の上には随伴歩兵たちも乗っているが、脅威とは思えん。
だが………あんな奴に、虎の子の対戦車兵器を使うのは勿体ないような気がする。
そう思いながら、優里奈用に用意してきた対戦車用のロケットランチャーをちらりと見る。第二次世界大戦中にドイツ軍が開発した『パンツァーファウスト』と呼ばれる代物だ。棒の先端部に対戦車用の砲弾を装着したような外見をしており、対戦車兵器の中では極めてコストが低い。
さすがに現代のロケットランチャーと比べると威力は低いし、射程距離も短いが、生産に必要なポイントの数も少ないので仲間に支給し易かったのだ。なので、俺やマリウスのように敵と真っ向から戦う隊員だけではなく、ジェイコブやエレナも背中にパンツァーファウストを背負っている。
対戦車ライフルで十分だな、と思いながら、ちらりと建物の屋根の上を見上げる。屋根の上には既にシモノフPTRS1941を背負ったエレナが昇っていて、バイポッドを展開しながら伏せていた。
ユナートルスコープを搭載した巨大な対戦車ライフルを背負った彼女が、ちらりとこっちを見る。首を縦に振って攻撃命令を出した直後、彼女のPTRS1941が火を噴いた。円盤状のマズルブレーキからマズルフラッシュが迸り、火薬に高圧魔力を添加した複合装薬によって撃ち出された14.5mm徹甲弾が、車体の正面に搭載されている主砲の付け根を直撃する。
ガギュゥン、と、金属の弾丸が金属の装甲を貫く甲高い音が第一居住区に響き渡る。14.5mm弾が穿った小さな風穴と、車体上部にあるハッチから黒煙が噴き上がり、タンクデサントしていた兵士たちや乗組員たちが大慌てで戦車から脱出する。
エレナの放った一撃が正面装甲を易々と貫通し、車体中央部にあるエンジンを撃ち抜いたのだ。
M1菱形突撃戦車の設計図をシュタージのエージェントたちが入手して遅れたおかげで、テンプル騎士団の特殊部隊や歩兵たちはあの戦車の構造を把握している。装甲の薄い部位やエンジンの位置を把握しているので、効率的に撃破する事ができるのだ。
本当に我が軍の諜報部隊は優秀だな。
エレナの放った2発目の弾丸が、降りようとしていた戦車兵の胸から上を吹き飛ばす。戦車の装甲を貫通する事を前提にしている弾丸なのだから、戦車よりも遥かに脆い人間の兵士にはオーバーキルだ。
「敵襲!」
「くそ、もうこんなところまで攻め込んできたのか!」
ライフルを手にした兵士たちが、銃口をエレナの方へと向けて反撃を試みる。だが、エレナは既にスモークグレネードを使って屋根の上を白煙で満たしつつ、別の場所へと移動を始めていた。
さて、片付けますか。
後ろにいる兵士たちに合図を送り、曲がり角から飛び出す。対転生者用の強装徹甲弾を装填したAK-47をエレナに発砲する敵兵へと向け、引き金を引いた。
弾丸が敵兵の眉間を直撃し、頭を撃たれた兵士が大きく揺れながら崩れ落ちる。
何発か撃ちながら突っ走り、道路の上に放置されていた車の影へと隠れる。その間に他の隊員たちも曲がり角から躍り出て、アパートの屋根の上を攻撃していた敵兵に不意打ちをお見舞いしていった。スペツナズに気付いた数名の兵士がこっちに向かって発砲するが、向こうは一発撃ったらボルトハンドルを操作する必要があるボルトアクションライフルだ。それに対し、こっちはそんな事が不要なアサルトライフルや分隊支援火器である。遠距離での狙撃であれば負けるが、これくらいの距離での銃撃戦では、どっちが有利かは言うまでもないだろう。
AK-47のセミオート射撃やPKMのフルオート射撃で、オルトバルカ兵は次々に倒れていく。
「隊長、俺に任せてください!」
そう言いながら、マリウスは手にしていたPKMでの攻撃を止め、背負っていたヤバい代物を取り出しやがった。
彼が取り出したのは、ソ連が開発したKPV重機関銃と呼ばれる代物だ。先ほどエレナが使用していたPTRS1941で使用する14.5mm弾を使用する機関銃である。そう、通常のライフル弾ではなく対戦車ライフル用の弾薬を連射し、弾幕を張る事ができるのだ。
もちろん、対戦車ライフルは非常にデカい得物である。それで使用する弾薬を連射するのだから、KPV重機関銃も非常にデカい。戦車の機銃として搭載したり、装甲車に搭載するのが本来の使い方だ。
それを、マリウスは普通の軽機関銃のように手に持っていた。左手でキャリングハンドルを掴み、右手で改造された後端部のピストルグリップを握りながら、トリガーを引いて14.5mm弾を連射し始める。
でっかいラッパを思わせるマズルブレーキからマズルフラッシュが立て続けに迸り、緋色の光の向こうにいる敵兵の肉体が次々に吹き飛んでいく。肩や腕があっさりと消し飛んで、擱座した戦車の装甲や石畳に血肉が飛び散った。
慌てて遮蔽物に隠れる敵兵もいたが、14.5mm強装徹甲弾は遮蔽物もろともお構いなしに貫通して、敵兵を粉々にしていく。
左側に装着されている箱に収まっていた弾薬を使い果たすと同時に、戦車の周囲にいた敵兵が先ほどまで放っていたマズルフラッシュが消えていた。戦車の周囲に転がっているのは、14.5mm弾で上半身を捥ぎ取られたり、腹に大穴を開けられた無残な死体ばかりだ。
煙を纏う銃身をそっと下げ、14.5mm弾のベルトを交換するマリウス。交換を終えた彼は、武器を再びPKMに持ち替え、こっちを振り向きながらニヤリと笑う。
オークの兵士の強みは、弾丸が被弾しても戦闘を継続できるほど肉体が強靭なところと、装甲車とか戦車に搭載しなければ使えない重機関銃ですら平然と手に持って使えるところだろう。
「よくやった、マリウス。………いくぞ、続け」
ポン、と彼の肩を優しく叩き、擱座した戦車の脇を通過する。
もう既に、ラガヴァンビウス宮殿は見えている。けれども、あそこはオルトバルカ軍の総本山でもある。このまま真っ向から攻撃を仕掛ければ、いくら冷戦中の装備を支給している特殊部隊でも突破する事は難しいだろう。出来たとしても、貴重な人材を戦死させることになってしまう。
隊長として、部下の命はしっかりと守らなければならない。
AK-47を構えて敵兵が生き残っていないことを確認しつつ、ちらりと道路にあるマンホールを見下ろした。
「…………ここか」
「シュタージの情報通りだ」
そう言いながら、ジェイコブがマンホールを開ける。
シュタージのエージェントによる情報では、第一居住区の下水道を使えば宮殿の地下へと潜入する事ができるという。先ほどコレットがエージェントと接触し、地図を貰っているので、それを確認しながら行けば問題はないだろう。
既に市街地の向こう側からは爆音や銃声が聞こえてくる。きっとテンプル騎士団本隊がそこまで進撃しているのだろう。
急がなければ、本隊が宮殿の周囲に到着してしまう。とっとと宮殿に潜入して正門を開け、敵を攪乱しなければ。




