蒼き弾雨
当たり前だが、オルトバルカ王国首都ラガヴァンビウス市内は滅茶苦茶だった。
労働者や市民たちが住む二等居住区と、貴族たちが住む一等居住区の間には水路があって、そこに架かっている橋には検問所がある。貴族ならば身分証明書を提示しなくても素通りできるが、部外者や二等居住区の住民たちは王室からの許可証がなければ通過できなかったという。
その検問所は、残骸と化している。屋根や壁は燃えてなくなっているし、周囲には死体がある。殆どは私服姿の民兵や市民ばかりだが、中には赤い軍服に身を包んだ死体も見受けられる。オルトバルカ軍の憲兵隊の兵士だろう。
死体だらけの検問所を通過し、橋を渡る。水路にも死体が浮かんでいて、防壁の外へと流れていく水は少しばかり紅く染まっている。
AK-47を構えながら周囲を警戒する。レーニンは革命軍の民兵に再び『黒服の兵士には攻撃するな』という命令を出しているだろうが、下手をすればまた味方の筈の民兵に狙撃されかねない。敵に撃たれて死ぬのは納得できないが、味方に撃たれて死ぬのはこれ以上ないほど納得できないほど理不尽な死に方である。
姿勢を低くしながら、後ろをついて来るコレットに合図を送る。敵がいないことを悟った彼女は、ショットガンを構えて警戒しながら姿勢を低くし、素早く橋を渡って俺の近くまでやってきた。
「綺麗な街だったんですよね、ここ」
「ああ」
訪れた事はあまりないが、前任者の記憶のおかげでここがどういう街だったかは知っている。世界の工場と呼ばれたオルトバルカ連合王国の首都で、産業革命の爆心地となった場所。世界の工場の心臓部だった大都市である。
今では、革命の爆心地になっちまってるがな。
大通りの車道では、横転した路面電車がまだ燃えていた。銃撃戦でバリケード代わりに使われたのか、車体には弾痕がびっしりと刻まれている。
このまま進んでいけば、赤軍と白軍が戦っている広場に出る。とは言っても、俺たちがここまでやってきた目的は赤軍への加勢ではない。赤軍と白軍の戦闘を観察し、セシリアたちが王都へやって来るまで膠着状態を維持させることだ。赤軍に壊滅されては困るし、白軍に壊滅されても困る。
あくまでも偵察が目的なので、ここにいるのは俺とコレットの2人のみ。他のメンバーは拠点代わりに使っているアパートで待機させ、情報収集をさせている。
建物のドアを開け、武器をAK-47からスチェッキンに持ち替えた。俺のAK-47は銃身が長くなっているから、正直に言うと室内戦には全く向かない。射程の長さは室内戦のように狭い場所での戦闘では無用の長物と化す。だから、狭い場所での戦闘ではハンドガン、SMG、PDW、ショットガンのような武器を装備しておくことが望ましい。
コレットが装備しているショットガンは、『KS-23』というソ連製の銃だ。通常のショットガンとは異なり、大口径の23mm機関砲の砲身を銃身として使っているため、破壊力ならば他のショットガンの比ではない。この恐るべき代物を至近距離で敵兵にぶちかませば、どうなるかは言うまでもないだろう。
欠点は弾数が少ない事と、反動が大きい事だろう。大口径の散弾を使用するから当たり前だとは思うが。
彼女のKS-23のストックとレシーバー側面には、予備の散弾が収まったホルダーが用意されている。銃身はチューブマガジンと同じ長さにまで切り詰められているので、室内戦でも扱いやすくなっている。
建物のドアをそっと開け、スチェッキンを向けながら部屋の中に誰もいないことを確認する。姿勢を低くしながら割れている窓の近くまで移動し、コレットに目配せする。とりあえず、ここから広場の様子を観察する事にしよう。
隣にやってきたコレットが、背負っていたトライポッドを展開し、その上に大型の潜望鏡をセットした。テンプル騎士団が独自開発した大型潜望鏡で、遠距離の敵を偵察するだけでなく、魔力反応を検知することも出来る。とはいってもこれは古いモデルらしく、現在では暗視スコープの機能も持った新型の潜望鏡が研究区画で開発されつつあるという。
潜望鏡で広場の偵察を始めたコレットの隣で、俺も自分の潜望鏡を使って広場を確認する。
赤軍と白軍の戦闘は、喜ばしい事に膠着状態になっているようだった。瓦礫を組み合わせて作ったバリケードや、横転した車の陰に隠れた兵士たちがライフルを撃ち合っている。けれども、積極的に戦っているようには見えない。
赤軍は今までの戦闘で大きな損害を出しているからこれ以上大損害を被るわけにはいかないし、白軍は他の領地に駐留している援軍が到着するまで持ちこたえればいいのだから、ここで赤軍を殲滅するのではなく、持久戦を目論んでいるようだ。
時折、上官の命令を無視したのか、赤軍の民兵たちが銃剣付きのライフルを抱えて雄叫びを上げながら、白軍が隠れているバリケードに向かって突撃していく。けれども、そういう銃剣突撃が真価を発揮するのは味方の砲撃が終わった後だ。ただ単に銃剣の付いたライフルで敵に突っ込めば、蜂の巣にされるのが関の山である。
案の定、バリケードに設置された水冷式の重機関銃が火を噴いた途端、銃剣突撃を敢行した民兵たちはあっという間に穴だらけになった。高圧魔力で撃ち出された8mm弾が容赦なく頭蓋骨を貫通して頭を粉砕し、腹や胸の肉を引き千切る。
次々に仲間が殺されたのを見た民兵たちは引き返そうとするが、わざわざバリケードから出てきてくれた獲物を機関銃の射手たちが見逃すわけがない。ずんぐりとした水冷式の重機関銃の銃身が旋回したかと思いきや、銃口からマズルフラッシュが噴き上がり、逃げようとした民兵たちの背中を瞬く間にズタズタにした。
溜息をつきながら、重機関銃に蹂躙される民兵たちを見る。
戦い方が下手くそだ。武器を支給した際に使い方や戦い方もエージェントが指導している筈だが、やっぱりちゃんとした訓練を受けた兵士たちと比べると戦闘力はかなり劣る。
そう思いながら呆れていたその時、民兵たちを蹂躙した重機関銃の射手の頭が吹っ飛んだ。鮮血と頭蓋骨の破片が舞い上がった直後、ダーン、と銃声が響く。
どうやら赤軍の中にも腕のいい狙撃手は居たらしい。突撃した馬鹿たちの犠牲を無駄にしないためなのか、それとも突撃した馬鹿たちを狙っていた重機関銃の射手の隙を突いたのか、重機関銃の射手が突撃した民兵たちの相手をしている隙にそいつの頭を狙撃しやがったのだ。
ぴたり、と弾幕が途切れる。
『『『『『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』』』』』
重機関銃の銃声が止まった途端、バリケードに隠れていた赤軍の民兵たちが一斉に飛び出した。白軍の兵士たちがボルトアクションライフルや軽機関銃で応戦を試みるが、赤軍の兵士たちは怯まずに肉薄していく。
大損害を被っていたとはいえ、兵士の数ならば白軍よりも赤軍の方が上だ。ライフルや軽機関銃で数名の兵士を撃ち殺しても、お構いなしに後続の兵士たちが突っ込んでくる。
「隊長、これ拙いんじゃ………」
「………」
ここを突破すれば、もう白軍は宮殿の周囲での防衛戦に移行するしかない。そこまで突破されれば宮殿内部での室内戦になるから、この次が実質的な最終防衛ラインと言ってもいいだろう。
ここから狙撃しても、赤軍の突撃は止まらない。
だが――――――白軍の守備隊が後退を始めたのを見た途端、違和感を感じた。
守備隊の中央部だけが後退し、左翼と右翼の守備隊だけが応戦を続けているのである。まるで、撤退するというよりは”何かに道を譲っている”ようにも見える。
あれは何だ、と考えていたその時だった。
「隊長、見えますか? 奥に女の子が」
「なに?」
ぎょっとしながら、退却していく白軍の中央部へと潜望鏡を向けてズームする。確かに、赤い軍服を身に纏った兵士たちの向こうに、彼らと同じく赤い軍服と黒いウシャンカを身に着けた小柄な少女が見える。距離が遠すぎるせいで顔ははっきりと見えない。
あいつも白軍の兵士なのか、と思った次の瞬間だった。
――――――その少女が、ポケットから端末を取り出した。
「転生者――――――!?」
バカな。帝国軍だけじゃなく、オルトバルカ軍も転生者を”保有”していたというのか?
端末を取り出して画面を素早く操作した少女が、突撃してくる赤軍の兵士たちの方へと向かってゆっくりと歩きながら、今しがた端末で装備した古めかしい分厚い本――――――魔術師たちの教本のようなデザインだ――――――をゆっくりと開く。
赤軍の兵士たちからすれば、華奢な少女など簡単に殺せるだろう。そのまま突っ込んで銃剣を突き立ててもいいし、銃床でぶん殴ってから連れ帰り、”そういう事”に使って楽しんでもいいと考えている馬鹿がいるに違いない。
まあ、普通の少女ならばその予想通りの結果になる。
だが―――――転生者の少女であれば、全く違う結果になる。
本を開いた少女の周囲に、唐突に蒼い光のリングが十重二十重に形成され始めた。土星の周囲を囲む輪を彷彿とさせる蒼いリングから細い線が伸び、空中で巨大な魔法陣を形成し始める。
その強烈な魔力反応を感じ取ったのか、赤軍の兵士たちの突撃する速度が少しばかり鈍った。
次の瞬間だった。少女の頭上に無数の蒼い魔法陣が形成されたかと思いきや、まるでガトリングガンのように回転しながら蒼いエネルギー弾の掃射を始めたのである。巨大な塹壕に配備されている重機関銃を全てかき集め、一斉射撃を行ったかのような濃密な弾幕をぶちかまされることになった赤軍の兵士たちは、次々にエネルギー弾に身体を抉り取られ、血まみれになって地面の上に崩れ落ちる羽目になった。
中にはライフルで応戦する民兵もいたが、蒼い魔法陣がライフル弾を弾き飛ばしてしまう。ボルトハンドルを引いて次の射撃準備を終えるよりも先に、その果敢な民兵も同じようにエネルギー弾を頭に叩き込まれ、上顎から上を粉砕されて仰向けに倒れた。
どうやらあのエネルギー弾は、一般的なライフル弾よりも高い貫通力を誇っているらしい。横倒しになった路面電車で身を守ろうとした民兵もいたが、路面電車の車体をお構いなしに貫通したエネルギー弾が、無慈悲に民兵たちの肉体を射抜き、上半身を粉々にしてしまう。
殆どの民兵が崩れ落ちると同時に、エネルギー弾の掃射は終わった。一旦後方へと下がっていた白軍の兵士たちも戻ってきて、まだ生きている赤軍の民兵たちに銃剣を突き立てたり、ライフル弾を撃ち込んで止めを刺していく。
「そんな……敵にも転生者がいるなんて………」
厄介だな。
敵が通常の兵士だけであれば、本隊と合流してから進撃するだけで済みそうだったんだが、敵に転生者がいるのであれば先に排除しておく必要がある。
そう思いながら、双眼鏡をズームしてその少女を見た。
――――――その少女も、こっちを見ていた。
「!?」
バカな、転生者の視力を強化できるスキルや能力はない筈だ。それに、ここから彼女のいる場所まで700mはある。潜望鏡をズームしなければならないほどの距離なのだから、何も使っていない彼女と目が合うなどありえない。
その少女の顔を見た途端、俺は更にぞっとした。
彼女の顔に、見覚えがあるのだ。
「まさか………!」
「た、隊長………!?」
赤軍の侵攻を食い止めるという任務を果たしたからなのか、彼女は踵を返し、宮殿の方へと戻っていく。
あの虚ろな目つきと雰囲気は、彼女に違いない。
「…………あいつまでこっちの世界に来ているとは」
「知り合いなんですか?」
首を縦に振ってから、潜望鏡から目を離した。
「彼女は『及川優里奈』」
「ユリナ………」
彼女の事を、忘れるわけがない。
「その、ユリナとはどういう関係だったんですか?」
「同じ学校に通ってた」
そして―――――告白された。
けれども、たった1ヵ月で別れた。俺が彼女に激昂して、胸倉を思い切り掴み、出ていけと叫んだ。それから彼女はもう俺に関わってくる事はなかったし、別れてから一週間後には別の男と一緒に歩いていた。
要するに、”彼女だった女”だ。
「隊長がいた世界で一緒の学校だったんですね?」
「ああ。来栖、霧島姉妹、三原のバカも同じ学校だった」
「あの女も隊長の妹さんに何かしたわけじゃないんですよね?」
”何もしていない”というわけではない。
だが、それはもう昔の話だ。命まで奪うようなことではない。だから見逃したのだ。
「――――――ただの元カノだよ、優里奈は」




