殺戮の大国
革命軍からは、スペツナズの隊員たちのために部屋を用意するという申し出があったが断った。どうやら誰もいなくなったホテルの設備を復旧し、そこを俺たちの部屋として貸し出してくれる予定だったらしいんだが、残念なことにセシリアとサクヤさんからは「革命軍を信用するな」と厳命されている。
もしかしたら装備を盗まれるかもしれないし、作戦会議を盗聴されているかもしれない。王室を打倒して革命を成功させるという目的は一致しているが、そこから先は目的がバラバラだ。オルトバルカを社会主義国家に作り替えた革命家たちは英雄となり、オルトバルカを更なる大国へと成長させていく事だろう。こっちは勇者への報復と次の世界大戦に備えて軍拡を続けていく事になるだろうが、そのうち革命家の連中もテンプル騎士団を疎ましく思い始める筈だ。
革命の後の事を考えている奴が革命軍の上層部に1人でもいれば、面倒なことになる。
だから、機密保持と部下の命を守るために彼らの申し出は断った。これは”革命軍”の連中への、「味方だが背中までは預けない」というメッセージになった筈だ。
というわけで、王都への潜入に成功したスペツナズの隊員たちは、廃棄されたアパートを拠点代わりに使っている。革命軍が用意してくれていたホテルの方が居心地は良かっただろうが、こっちの方が寝ている間にナイフで突き刺される心配はない。
まだ床に埃が残っているボロボロの部屋を見渡しながら、自分のAK-47を手にとった。他の隊員のAK-47よりも銃身が延長されているし、太くなっている。先端部にあるマズルブレーキも対戦車ライフルみたいなでっかいマズルブレーキに換装されていた。増量した炸薬に高圧魔力を添加し、限界まで貫通力と弾速を高めた”強装徹甲弾”用のカスタマイズだ。普通のAK-47でも強装徹甲弾を発射する事は可能だが、反動とマズルフラッシュが通常の弾薬よりも遥かに増えているので、対転生者用の弾丸を使用する場合はカスタマイズを施すことを推奨している。
ちなみに、俺のAK-47はその強装徹甲弾を使用する事を前提にカスタムした銃だ。
銃身が延長された上にヘビーバレルに換装されているので、室内戦では結構使いにくい。アサルトライフルと言うよりは、分隊支援火器を抱えているような感覚がしてしまう。
安全装置がかかっていることを確認してから、マガジンを外してコッキングレバーを引く。エジェクション・ポートから飛び出た弾薬をキャッチしてテーブルの上に置こうとしていると、コトン、と誰かがコーヒーの入ったカップを置いてくれた。
「どうぞ」
「ありがとな、エレナ」
無表情でカップを置いた彼女は、薄汚れた壁に寄り掛かりながら床に座り、スコープ付きのSKSカービンのメンテナンスを始めた。
他の隊員たちと違って、エレナには感情がない。
ステラ博士がホムンクルスに調整を施し、俺の遺伝子を添加する事によって生まれた特殊な個体なのだ。確かに感情がなければ、普通の兵士のように戦闘で精神を病む恐れはなくなるし、死を恐れるという人間のリミッターを取っ払ってしまえば、戦場に存在するあらゆるハードルは低くなる。
もちろん、それを実現できるか否かは話は別だ。
俺の遺伝子が添加された影響だからなのか、エレナの顔つきは明日花に瓜二つだ。声もそっくりだし、身長も彼女と大体同じだった。傍から見れば明日花にしか見えない。
でも………何度彼女を見ても、明日花が生き返ったとは思えない。俺の妹である明日花はもう死んでいる。最愛の妹の死を、とっくの昔に自覚して認めているからなのだろうか。
「…………これ、どこのコーヒーだ?」
「革命軍からの差し入れです。毒物が入っていないことは確認済みですので、飲んでも安全と判断しました」
「………そうか」
やっぱり恵まれてたんだな、俺たちは。
いつも支給されるタンプルソーダやアイスティーの味を思い出しながら、これ以上ないほど苦いコーヒーを顔をしかめながら飲んだ。
ボロボロのソファの脇に置いてあるラガヴァンビウス市内の地図を手に取り、テーブルの上で広げる。
拠点に選んだアパートは、労働者たちが住む二等居住区と貴族の屋敷が所狭しと並ぶ一等居住区の境目にある。その貴族たちが住む居住区の中央に、忌々しいシャルロット8世がいるラガヴァンビウス宮殿があるというわけだ。
赤軍と白軍の戦闘は現在では貴族の住む一等居住区で展開されており、戦闘区域外では市民たちのデモも行われている。このアパートの中にいても、一等居住区の方からは銃声が聞こえてくるくらいなので、戦闘区域はかなり近い。寝ている間に流れ弾が飛んで来ないか心配である。
俺たちの任務は赤軍の支援という事になっているが、セシリアからの命令は赤軍の監視だ。同志レーニンはシャルロット8世の首はテンプル騎士団に譲るという事を約束しており、赤軍の兵士たちにもそれを厳命しているという。だが、王都に足を踏み入れた途端、『黒服の兵士には攻撃するな』という命令が行き届いていなかった兵士に狙撃された以上、赤軍がその同志レーニンからの命令をしっかりと守ってくれる可能性は低くなってしまった。
あいつらは民兵だ。訓練を受け、しっかりとした命令系統を持つ合理的な軍隊と比べると感情的である。自分たちの息子や兄を徴兵し、戦場に行かせた王室を憎んでいる市民も少なくないだろう。もし彼らが脱出を試みるシャルロット8世を発見したら、レーニンの命令通りに生かしておくとは考えにくい。
全く、感情的になった民兵というのも厄介だ。いっそのこと赤軍ごと射殺してもいい、という命令が出てくれれば皆殺しにするだけで済むんだがな………。
「で、次はどうするニャ?」
「……偵察でもするか。戦闘がどうなっているか監視する必要がある」
頭を掻きながら椅子から立ち上がり、自分のAK-47を掴み取る。マガジンと弾丸も拾い上げ、ポケットの中へと突っ込んだ。
もし赤軍が進撃に成功し、宮殿を攻撃し始めた場合は何とかして阻止する必要がある。是が非でも、セシリア率いる本隊が王都に到達して総攻撃の準備が整うまでは赤軍の突撃を許すわけにはいかない。
場合によっては白軍にちょっとだけ手を貸すことになるかもしれないな。その時は、あいつらの軍服でも拝借するとしようか。
「よーし、みんな集まれ。作戦会議を開く」
セシリアから与えられた命令は、赤軍の支援と赤軍によるシャルロット8世の抹殺阻止。
復讐を目論むセシリアとサクヤさんが待つ断頭台まで、女王陛下をエスコートしろって事だ。
「なあ、クガルプールの方が騒がしくないか?」
葉巻に火を付けながら、ライフルを背負ったオルトバルカ兵が言った。傍らでライフルの点検をしていた兵士は顔を上げ、ちらりと南方のクガルプール要塞の方を見る。
確かに、要塞の方から砲撃や爆音の残響と思われる音は聞こえてくる。だが、ネイリンゲンとクガルプール要塞の間にはちょっとした森があり、それが遮蔽物として現代でも機能しているので、さすがにクガルプール要塞をネイリンゲンの市街地から見ることは不可能であった。
要塞の状況を確認するには、伝令を向かわせるしかない。
「気のせいだろう」
オルトバルカ製ボルトアクションライフルにクリップで弾丸を込めながら、他のオルトバルカ兵は言った。
オルトバルカ製のライフルは、他国のボルトアクションライフルとは異なり、15発も8mm弾を装填することが可能だ。初期型は非常に銃身が長かったが、世界大戦の際に塹壕戦に向かないことが明らかとなったため、現在では銃身を切り詰めたカービンモデルに更新されつつある。
ネイリンゲンの兵士たちにも、そのカービンモデルが支給されていた。
「それより、とっとと準備を済ませろ。明日には王都で革命軍の連中と戦うんだから」
「はいはい」
弾薬の収まった箱を抱え、近くに停車しているトラックへと運び込む。ネイリンゲンには大きな駅があるため、歩兵部隊を素早く王都へと派遣する事ができるのだ。もちろん、本来は敵国がオルトバルカ本土へ侵攻した際のために用意されたものであり、通常であれば逆のルートで王都から大部隊が国境へ派遣されることが想定されている。
旧ラトーニウス領まで線路を伸ばす計画があったが、旧ラトーニウス領の住民は大半が反オルトバルカ派であるため、猛反発を誘発する恐れがあったことからその計画は頓挫していた。別の線路は旧ラトーニウス領まで伸びているものの、王都から旧ラトーニウス領まで直通となっている線路は未だに1つもなく、オルトバルカと旧ラトーニウスの対立の象徴となっている。
部下が弾薬の入った箱を抱えていったのを見た分隊長は、溜息をつきながら魔術で葉巻に火をつけ、懐から家族の写真を取り出した。
別れた妻と、妻と一緒に家を出ていった愛娘の写真だった。もし妻の言う通りに軍を除隊し、家族と共に革命に参加していれば家族と一緒にいられただろうか、と後悔した次の瞬間、唐突に背後から緋色の光で照らされた気がした。
トラックのライトにしては随分明るいな、と思った事には、後方から噴き上がった熱風と衝撃波に突き飛ばされ、地面に胸板を打ち据える羽目になっていた。手から放してしまった白黒写真を慌てて掴み、分隊長はぎょっとしながら後方を振り向く。
「!」
先ほど部下たちが弾薬を積み込んでいたトラックが、木っ端微塵に吹き込んでいた。トラックどころか、トラックが停車していた場所の周囲にあった地面まで抉れている。積み込んでいた弾薬や砲弾が暴発したのだろうか、と仮説を立てた次の瞬間、仮説の弾薬庫として使っていた倉庫に砲弾が落下し、周囲にいた警備兵たちもろとも火柱と化した。
「敵襲、敵襲!!」
「敵!? どこからだ!?」
砲弾が立て続けに降り注ぐ。
唐突に敵からの砲撃を受けた兵士たちが慌てふためき、ライフルを手に取りながら遮蔽物の影へと飛び込む。だが、容赦なく降り注いでくる榴弾の雨が、遮蔽物もろとも兵士たちを吹き飛ばす。
ぎょっとしながらクガルプール要塞の方を振り向こうとした次の瞬間だった。
エンジンの音が聞こえたかと思うと、いきなりレンガ造りの建物の壁が吹き飛び、その向こうから黒と灰色のスプリット迷彩で塗装された巨大な戦車が姿を現したのである。
装甲の上にこれでもかというほど爆発反応装甲を取り付け、機関銃を増設したテンプル騎士団仕様のT-55であった。伝統的なレンガ造りの建物を無造作に吹き飛ばして躍り出たT-55は、近くにいた若い兵士を容赦なく履帯で踏み潰して肉片にしながら、砲塔を旋回させて機関銃を放つ。
無数の7.62mm弾が、応戦しようとしていた兵士たちをあっという間にズタズタにした。中にはライフル弾や重機関銃での応戦を試みる兵士もいたが、T-55の装甲はこの世界の戦車の装甲とは防御力が桁違いだ。大口径の弾丸が戦車を破壊する時代が終わった後に生まれた戦車なのだから、8mm弾程度でダメージを与えられる筈がない。
戦車の後方から、AK-47やSKSカービンを手にした兵士たちが次々に姿を現す。黒い軍服やトレンチコートに身を包み、頭にイギリス軍のブロディ・ヘルメットに似たデザインのヘルメットをかぶった兵士たちは、戦車の奇襲を受けて混乱する兵士たちを容赦なく射殺し、腰に下げた剣で真っ二つにしていく。
『『『『『Ураааааааа!!』』』』』
やがて、その敵兵の群れの後方から雄叫びが聞こえてきた。
敵兵たちが進撃してきた方向から、様々な種族の兵士たちが雄叫びを上げながら突撃してきているのだ。小柄なホムンクルス兵が殆どだったが、中には屈強な肉体を持つオークやハーフエルフの兵士もいる。フード付きの制服とガスマスクを身に着け、皮膚が日光に当たらないようにしている兵士は吸血鬼なのだろうか。
自分たちが持つ銃よりも高性能な武器を与えられ、様々な種族の兵士で構成されたその軍隊を目の当たりにしたオルトバルカ兵は、彼らがどこの軍隊なのかを瞬時に理解した。
――――――テンプル騎士団。
オルトバルカをも上回る軍事力を手にしつつある、世界最強の軍隊。
「応戦しろぉっ!!」
小隊長の怒号が、銃声の中で生まれた。
慌てて家族の白黒写真をポケットへと突っ込み、ライフルを構える。
テンプル騎士団は極めて無慈悲な軍隊だ。負傷兵が命乞いをしていようとも止めを刺し、白旗を振っていようともお構いなしに火炎放射器で焼き尽くす。仮に捕虜になったとしても、強制収容所で人体実験に使われて殺される。
彼らを打ち破らない限りは、”死”しかないのだ。
(ハンナ……エリー………)
別れた妻と娘の事を思い出しながら、分隊長はライフル弾を放った。機関銃を乱射していたオークの兵士に命中したものの、強靭な筋肉で覆われたオークの兵士は意に介さずにこちらを振り向き、弾丸をばら撒いてくる。
慌てて遮蔽物から飛び出し、別の遮蔽物へと移動した次の瞬間だった。
爆炎の向こうから躍り出た黒髪の少女が、ライフルの先端に装着した銃剣をこちらに向けながら突っ込んできたのである。左目を眼帯で覆った禍々しい少女の頭から角が生えている事に気付いた分隊長は、その少女の正体を見破ると同時に絶望していた。
――――――テンプル騎士団団長、セシリア・ハヤカワ。
ハヤカワ家の人間は、総大将でありながら最前線で兵士と共に戦う事を好むと聞く。確かに、そうすれば最前線で戦う兵士たちは後についていく事だろう。それに、総大将でありながら最前線で戦う事ができるほどの実力も堅持しているという証明である。
カービンを放ったが、セシリアはその弾丸を身体を横に逸らすことで回避していた。ボルトハンドルを引いている余裕はない、と判断した分隊長はライフルを投げ捨て、腰に下げた銃剣を引き抜いたが―――――その切っ先がセシリアの白い肌を穿つよりも先に、首元に彼女の銃剣が突き刺さっていた。
「カッ――――――」
身体から力が抜ける。ドスッ、と背中が地面に激突し、鈍痛が上半身を包み込む。
腕を動かすことも出来ないことを悟った分隊長は、せめて最後に家族の写真を見たかったと思いながら目を閉じた。
「同志団長、ネイリンゲン市街地はほぼ制圧しました」
「残党は?」
「一緒に来たクレイデリア遠征軍の連中にやらせています」
「そうか……鉄道は?」
「確保しました。軍専属の運転手たちがいましたが、抵抗されたため射殺しています」
「列車が使えるならいい」
冷たい声でそう言ったセシリアは、溜息をつきながら空を見上げた。
ネイリンゲンはもう陥落した。空軍も制空権の確保に成功しているため、空中戦艦や航空機による攻撃を受ける心配はない。後は敵の列車を奪って陸軍と海兵隊の全部隊を王都まで移動させ、宮殿へと総攻撃を仕掛ければチェックメイトは確定である。
(待っていろ、シャルロット………)
9年間ずっと憎み続けた怨敵の事を思い出しながら、セシリアは拳を握り締めた。
彼女の白い拳は、無意識のうちに黒い外殻に覆われつつあった。




