紺色の空、鈍色の鳥
冷戦の最中に、戦闘機による戦い方も大きく変化した。
第二次世界大戦までの戦闘機の戦い方は格闘戦が基本だった。敵機の後方へと回り込み、機首に搭載された機関砲や機銃で蜂の巣にして撃墜するのである。
だが――――――第二次世界大戦中に実用化されたレーダーが発達した事と、戦後にミサイルが本格的に実用化されて実戦配備されたことにより、格闘戦は殆ど廃れてしまっている。現代の戦闘機同士の戦いは、レーダーで敵機を捕捉し、機関砲の射程距離外からミサイルを発射するような戦い方に変わってしまったのだ。だから、昔のように敵機の後ろに回り込んで機関砲を放つドッグファイトは、現代の空戦では殆ど行われていない。
更に、戦闘機そのものも発達した。
機首にプロペラを搭載した古めかしいタイプの戦闘機が段々と姿を消していき、ジェットエンジンを搭載したジェット機が空軍の主役となっていったのである。冷戦中に発達したジェット機たちは現代では更に発展し、レーダーに映りにくいステルス戦闘機が主流になりつつある。
だが、ラトーニウスの紺色の空を舞う漆黒の戦闘機たちは、まだステルス性が追求されるよりも前の戦闘機たちだった。機首にはまるで口のようなエア・インテークがあり、機首の近くにはキャノピーがある。主翼の下部にぶら下げられているのは2発の空対空ミサイルだ。ドッグファイトという概念を絶滅寸前まで追い詰めた新兵器をぶら下げた戦闘機たちは、空中給油を終えてから再び編隊を組みなおし、オルトバルカ南部のネイリンゲンへと向かって飛び続ける。
テンプル騎士団が新たに投入したのは、ソ連で冷戦中に開発された『MiG-19S』と呼ばれる機体だった。垂直尾翼には、テンプル騎士団空軍のエンブレムである”ミサイルを咥えたドラゴン”が描かれている。
MiG-19Sに乗っているパイロットたちは、既にこの新しい機体が採用された直後から訓練で使用している。まだ訓練不足のパイロットも多いものの、実戦投入には大きな問題はないと判断され、このオルトバルカ革命へと投入されたのである。
新たな機体を与えられたパイロットたちは、奮い立っていた。
強大な力を持つ先進国との間に、更に大きな戦力差が生まれたからではない。その強大な力を、オルトバルカ人への復讐に使えるからである。
オルトバルカ連合王国への復讐を誓っているのは、セシリアだけではない。
カズヤ・ハヤカワが処刑された後から、オルトバルカ王国内部では種族による差別が再び始まった。ドルレアン領を統治するドルレアン家の歴代当主たちが尽力し、実現させた”奴隷制度の廃止”という偉業が再び粉砕され、人間が他の種族を虐げて売買する時代へと逆戻りしてしまったのである。
この迫害で、両親、兄妹、恋人、親友を失った者も多い。
彼らから大切なものを奪っていったのはヴァルツ帝国だけではない。ヴァルツ帝国を打ち倒し、「再び世界は平和になった」と宣言したオルトバルカを憎む者たちも、テンプル騎士団には存在する。
だから、彼らは奮い立つ。
9年前の屈辱と絶望が再び燃え上がり、復讐心を戦意へと変換させていった。
ヘルムート叔父さんは、空では常に淡々としている。
敵機を撃墜しても平然としているし、爆撃機を撃墜しても全く喜ばない。エースパイロットを撃墜した時も、淡々と操縦桿を倒して機体を旋回させ、次の得物を瞬く間に撃墜してしまう。
傍から見れば、感情がない人に見えてしまうかもしれない。けれども、コクピットから降りて私服に着替えた後の叔父さんは俺やクラリッサが小さい頃からずっと優しかったし、よく遊園地にも連れて行ってくれた。だから、あの人には感情がないというわけではない。
きっと、敵機の撃墜にすら興味がないんだと思う。
操縦桿を握りながら、編隊の中央を飛ぶ叔父さんの機体をちらりと見た。もちろんコクピットは見えないし、キャノピーの中が見えたとしても叔父さんはヘルメットをかぶっている。でも、きっとヘルメットをかぶった状態でも無表情なんだろう。
いつものように、全く興味のない戦場を見下ろしながら、淡々と敵機を撃ち落とす。
ヘルムート・フリードリヒ・ルーデンシュタインが天空を舞う時は、共に空を飛ぶことを許されるのは同志の機体だけ。それ以外の敵機は全て排除され、大地で鋼鉄の屍と化すのだ。
息を吐きながら、俺はちらりと下を見た。以前まではプロペラ機に乗ってた連中が、最新鋭のジェット機に乗って嬉しそうに空を飛んでいやがる。前まではジェット機はエースパイロットにだけ与えられる特権だったって言うのにさ。
『クルト』
「な、なに、叔父さん」
コールサインではなく名前で呼ばれてしまったから、俺はびくりとしてしまった。
『分かっているとは思うが、新型機に乗ってるからと言って浮かれるな』
「は、はい………」
分かってますよ。
もちろん、俺たちにも新型の機体が同志団長から与えられている。
アーサー隊に新たに与えられた機体は、異世界の”アメリカ”とかいう国で開発されたという『F-104C』。下を飛んでいる連中の機体と比べると、非常にすらりとした機体だ。もちろん、既にこの機体は黒と紅色に塗装されているし、叔父さんの機体も真っ赤に塗られている。
俺たちの任務は、ネイリンゲンの制空権を確保する事だ。ネイリンゲンには飛行場と空中戦艦――――――ヴァルツのエレフィヌス級を鹵獲したらしい――――――の発着場があるため、ネイリンゲンを制圧するためにはここも機能しなくなるまで破壊する必要がある。
地上部隊は既にクガルプール守備隊を皆殺しにしてネイリンゲンへと向かっているとの事だ。急がないと、地上部隊が敵の航空隊にやられてしまう。
『こちら”カムラン”、敵航空隊及び空中艦隊を捕捉した』
無線機からホムンクルス兵の可愛らしい声が聞こえてくる。可愛らしい声とは言っても、戦闘開始寸前なのだから含有されている威圧感の濃度はかなり濃密だ。口説こうとすれば粛清されてしまうかもしれない。
そう思いながら、ちらりと後方を見る。
自分の垂直尾翼よりも更に後方に、さっき空中給油してくれた機体よりも大きな物体が浮遊しているのが分かる。爆弾をそのまま巨大化させ、下部にゴンドラを取り付けたような外見だ。傍から見れば巨大な黒い飛行船のようにも見えるだろう。
あれもテンプル騎士団が鹵獲したヴァルツのエレフィヌス級空中戦艦だ。飛行船よりも頑丈だし速度も速いので、鹵獲したものを改造しつつ修復し、空軍に編入したのだという。
エレフィヌス級空中戦艦は、簡単に言えば”空中砲台”だ。船体の下部に駆逐艦の主砲をどっさりと装備しており、制空権を確保した後に敵の頭上へと移動して、上空から地上部隊を袋叩きにするのが任務なのである。
だが、テンプル騎士団の空中戦艦の任務は地上を攻撃する事ではない。その役目は爆撃機たちの役目だ。
鹵獲され、全く別の兵器と化したエレフィヌス級の役目は、主砲の代わりに新型のレーダーや魔力センサーをこれでもかというほど装備して、空中から敵を索敵する事である。なので、船体下部にあった駆逐艦の主砲は全て撤去されてレーダーに換装されているし、接近してくる敵機を迎撃するために、ゴンドラの左右には連装型の速射砲とCIWSが1基ずつ装備されている。船体上部には魔法陣のような記号が描かれた円盤状のレドームが設置されており、紺色の空の中で翡翠色の光を放ちながらぐるぐると回転していた。
鹵獲されたエレフィヌス級は『カムラン級』と名称を変更されている。二の次にはされているものの、クレイデリア国内の工場では同型艦が何隻か建造され始めている。この任務に投入されたのは、それらのネームシップである一番艦『カムラン』だ。
『ネイリンゲン飛行場より、エレフィヌス級空中戦艦4隻、戦闘機260機の出撃を確認。航空機はいずれも複葉機の模様。各機、戦闘態勢へ移行せよ。繰り返す、戦闘態勢へ移行せよ』
ぐるぐると回っていたカムランのレドームの模様が、翡翠色から真紅へと変わった。
『…………やるぞ。アーサー隊、続け』
いつものように淡々と言いながら、叔父さんが機体を加速させる。
ああ、一番槍は俺たちだ。下を飛んでる連中には悪いけど、先陣は俺たちが切らせてもらう…………!
かつて、ネイリンゲンは”傭兵の街”と言われていた。
大昔はこの田舎の街には傭兵ギルドの事務所が所狭しと並び、騎士団や農民たちからの依頼を受けて魔物の討伐を行っていた。当時は現在と比べると魔物の数が非常に多く、あらゆる場所に駐屯地を展開している騎士団でも街や村の防衛に手が回らなかったのである。
そのため、傭兵の力を借りるのは珍しい事ではなかった。
しかも当時の騎士たちの装備は槍や剣ばかりであり、魔術師も才能のある一部の貴重な人材のみで構成されていた特殊部隊であったため、魔物の討伐程度で出撃させられなかった。当時の騎士団が魔物の掃討作戦で大損害を被るのは当たり前の事だったのである。
あの伝説の傭兵ギルドである”モリガン”も、この街で生まれた。
とはいっても、今ではもう魔物は殆どが絶滅危惧種―――――ハーピーなどの食用の魔物は家畜になっている――――――である上に、各国の軍隊でも銃が採用されたことにより、もう傭兵は殆ど必要とされていない。
実際に、傭兵の街と言われたネイリンゲンでも傭兵ギルドが次々に解散されており、残っている傭兵ギルドはたった3つと言われている。
かつてはモリガンの本部として使われていた屋敷の近くに用意された飛行場から、オルトバルカ空軍の戦闘機が次々に飛び立っていく。革命軍の鎮圧ではなく、テンプル騎士団迎撃のために集められた航空隊だ。革命軍の規模は大きいものの、海上戦力や航空兵力は一切保有していないため、最初から制海権と制空権は”白軍”にある。ならば、革命軍を地上部隊で押さえている内に全戦力を投入してテンプル騎士団を迎撃し、その後に革命軍を掃討するという作戦だ。
だが、もう決まっている。
彼らがかき集めた航空部隊が、巨人の足で踏み潰されるという結果は。
テンプル騎士団の兵器が、この世界の列強国が保有する兵器よりも遥かに性能が上だという事は、世界大戦で既に証明されている。その性能差を少しでも縮めて彼らを撃滅するためには、物量を有効活用するしかない。
圧倒的な数の複葉機たちが、上空で編隊を組み始める。無数の複葉機たちの後方に4隻のエレフィヌス級空中戦艦が展開したその時だった。
太陽が昇りつつある方向から――――――無数のロケット弾が飛来したのである。
「ロケット弾…………?」
命中するわけがない。
まだ敵機は見えない。それほどの遠距離からの攻撃なのだから、狙いを付けられるわけがない。
パイロットたちはそう高を括っていたが、陣形の中央で生じた爆炎が、彼らがこれから戦う相手は予想以上の戦力を持っているという事を証明する事となった。
紺色の空の向こうから放たれた空対空ミサイルが、複葉機たちの陣形の中央を飛行していたエレフィヌス級を正確に直撃したのだ。装甲を穿って内部で起爆したミサイルたちが、艦内の魔力タンクを次々に誘爆させ、飛行船に似た空中戦艦を火達磨にしていく。ぐるぐると回転していたエンジンが停止し、魔力の供給が止まってしまったプロペラがぴたりと止まったかと思うと、ぐらりとエレフィヌス級の巨体が揺れた。
別のエレフィヌス級にも、ミサイルの群れが襲い掛かる。ゴンドラの真正面から突っ込んできたミサイルが、ゴンドラで指揮を執っていた艦長たちを木っ端微塵に吹き飛ばす。船体下部の主砲を直撃したミサイルが砲弾を次々に誘爆させ、別のエレフィヌス級の船体を真っ二つにした。
炎上しながら墜落していくエレフィヌス級を見たパイロットたちは、息を呑んだ。
遠距離から飛来したロケット弾が――――――曲がり、エレフィヌス級へと誘導していったのである。
「な、何だあの兵器は!?」
ただのロケット弾ではない、とパイロットたちが悟った次の瞬間、彼らの機体が発するプロペラの音よりもはるかに大きな轟音を響かせながら、明け方の空から飛来した5機の戦闘機たちが、複葉機たちの頭上を通過していった。
「テンプル騎士団の航空隊!? もう接近してきたというのか!?」
速度が速過ぎる。
後方の編隊が旋回し、今しがた頭上を通過した航空隊を追撃しようとする。だが、速度に差があり過ぎるせいで追撃する事すら許されない。速度が劣る機体には、後塵を拝する権利しか与えられないのだ。それが空の戦いである。
しかも―――――今しがた通過していった機体の塗装に気付いたパイロットたちは、更に絶望していた。
編隊の真ん中を飛んでいたのは、真っ赤に塗装された機体だったのだから。
ということは、彼の周囲を飛ぶ機体のパイロットたちも――――――アーサー隊のエースパイロットたちである。
次の瞬間、旋回を終えたアーサー隊のF-104Cたちが機銃を放ち、複葉機の群れに牙を剥いた。




