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異世界で復讐者が現代兵器を使うとこうなる   作者: 往復ミサイル
第十六章 オルトバルカ革命
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王都浸透作戦


 1918年5月3日、レーニン率いる革命軍が武装蜂起を開始した。世界大戦で疲弊したオルトバルカ軍はすぐに鎮圧を試みたものの、戦時中から水面下でテンプル騎士団からの支援や指導を受けていた革命軍は予想以上の兵力を持っていた上に、革命軍の中に家族がいる兵士も多かったため、正規軍が民兵に追い詰められることとなった。


 旧ラトーニウス領でも、レーニンたちの武装蜂起よりも先にオルトバルカへの併合に不満を持つ国民や労働者たちが武装蜂起を始めており、鎮圧のための憲兵隊がそちらへ派遣されていた事も仇となってしまった。


 オルトバルカは、他の同盟国への支援を要請せず、自国のみでの革命の鎮圧を試みた。世界最強の大国と呼ばれた列強国が、革命ごときで他国へ助けを求めることは、かつて”世界の工場”と呼ばれていた大国の栄光に泥を塗る事になるからである。


 武装蜂起した革命軍だけならば、オルトバルカは鎮圧する事ができただろう。


 しかし――――――革命の鎮圧で革命軍側に負傷者が出たのを知ったテンプル騎士団が、『労働者や農民の虐殺を防ぐ』という口実で武力介入を開始したことで、連合王国軍は劣勢に追い込まれることになってしまう。


 世界最強の大国が、『世界最強の社会主義国家』へと生まれ変わる日は近付きつつあった。


 だが、一部の者たちは大国の崩壊に興味を持っていなかった。


 彼らの目的は――――――復讐でしかないのだから。



















 戦場の臭いがする。


 ボートから降り、黒焦げになった麦畑を見渡しながらそう思う。麦畑ならば絶対にこんな臭いはしない。


 焦げた肉の臭い。


 溶けた金属の臭い。


 火薬の臭い。


 平穏だった筈の農村まで、戦場に変わってしまった。麦畑だった平原のど真ん中ではオルトバルカ軍の”M1菱形突撃戦車”が何両も擱座していて、そのうちの数両は未だに燃え続けている。側面のハッチからは逃げ遅れたのか、黒焦げになった戦車兵が身を乗り出した状態で動かなくなっている。


 戦場と化した麦畑を進んでいくのは、ライフルを肩に担いだ革命軍の民兵たちだった。彼らが持っているのはテンプル騎士団が鹵獲したヴァルツ製のライフルや、クレイデリア国内の兵器工場で生産されたモシンナガンなどだ。シュタージのエージェントが余っているライフルを水面下で革命軍に密輸し、武装蜂起の準備を進めていたらしい。


 おかげで、敵は民兵だから正規軍に勝てるわけがないだろうと高を括っていたオルトバルカ軍は、いきなり民兵との戦闘で大損害を被る事になったのである。


 もちろん、民兵側にもかなりの数の死傷者が出ることになってしまったが、おかげでテンプル騎士団が武力介入する大義名分ができた。


「同志中佐」


 残骸だらけの麦畑を見渡していると、黒い制服と赤いベレー帽を身に着けたスペツナズの隊員が駆け寄ってきた。顔つきは東洋人で、身長は俺よりもちょっとばかり小さい。小さいとは言っても体格はがっしりしているから、人間の中では巨漢と言えるだろう。


 左肩にあるワッペンには、髑髏の上を舞うカナリアのエンブレムが描かれている。


 スペツナズ第一部隊『赤き(クラースヌイ)カナリア(・カナレイカ)』の隊長のキム大尉だ。年齢は俺よりも1つ下で、元々は海兵隊に所属していた。スペツナズの入隊基準緩和後に入隊した隊員の1人だが、訓練を受けたことで錬度はさらに高くなっていると言ってもいいだろう。


「おお、キムか」


「こちらで同志団長がお待ちです」


「はいよ」


 赤いベレー帽をかぶり直し、彼の後についていく。


 キムが案内してくれたのは、榴弾砲の砲撃に巻き込まれて半壊した農村の納屋だった。納屋の中にはテーブルが置かれ、その上には記号が書き込まれた地図や白黒写真が所狭しと並んでいる。薄汚れた壁にも地図が張られていて、ファイルや白黒写真を手にしたホムンクルスの将校たちが鉛筆で敵の位置や革命軍の位置を地図に書いていた。


 ここを仮設の本部にするという事なのだろう。


「同志団長、同志中佐をお連れしました」


「ご苦労」


 机にある世界地図を見下ろしていたセシリアにキムが報告すると、彼女は微笑みながらこっちを振り向いた。


「喜べ力也。革命軍が優勢だ」


「それは良い事だな。民兵の連中に女王の首を横取りされないようにしなければ」


「ああ、あの首は我らが貰う」


 そのためにテンプル騎士団は全戦力を義勇軍として投入したのだから。


 納屋に開いた大穴の向こうに、ラトーニウス海が見える。停泊しているのは無数のスターリングラード級重巡洋艦や輸送艦たちで、輸送艦からは兵士を乗せたボートが大量に降ろされているのが見える。


 これほど大量の歩兵を派遣するのは想定外であったため、海兵隊や海軍が保有する輸送艦では足りなくなってしまったのである。そのため、クレイデリア国内にある退役寸前の旧式の輸送船や、信じ難い事に博物館から借りた帆船まで使って歩兵たちをここまで連れてきたのだ。


 船体の左右に無数の大砲を搭載した戦列艦が戦艦や駆逐艦と一緒に停泊しているのを見つめていると、セシリアが尻尾で俺の肩を軽く叩いた。


「作戦を説明する。革命は既にオルトバルカ国内で始まっており、”白軍”の連中は劣勢だ。だが、旧ラトーニウス領北部の”クガルプール要塞”、オルトバルカ南部ドルレアン領の”ネイリンゲン”には白軍の戦車部隊と第7、第8歩兵大隊が配備されている。こいつらを叩かなければ、革命軍は白軍に挟撃されるだろう」


「じゃあ、先に叩くか。ちょうど”通り道”だしな」


 そう言いながら現在位置を指差す。俺たちが作戦会議を開いている農村は、戦時中に帝国軍を迎え撃ったダミアン市の西部にある。ここから南下していくとクガルプール要塞があり、更に南下して旧ラトーニウス領を出れば、ネイリンゲンの街がある。


 かつて、ハヤカワ家初代当主『リキヤ・ハヤカワ』が、貴族の許婚だった『エミリア・ペンドルトン』と共に亡命した道だ。100年以上前に若き日の英雄が通った道を、今度は俺たちがブーツと履帯で踏みしめながら進軍するのだ。


 王室への復讐心を身に纏いながら。


「ボス、クガルプール要塞の戦力は?」


「戦車30両と随伴歩兵部隊と聞いている」


 戦車30両か………。


 もしこれが第二次世界大戦で活躍したような戦車と同等の性能の代物であればちょっとばかり脅威になる。だが、オルトバルカが開発したM1菱形突撃戦車は、第一次世界大戦に投入された戦車と同等の性能だ。火力はそれなりにあるが、動きは鈍い上に装甲も薄い。装甲が薄い場所を狙えば通常のボルトアクションライフルの徹甲弾でも装甲を貫通できるし、対戦車ライフルや手榴弾も十分に通用する。


 更に、信頼性も極めて低いのでエンジンが故障するのは珍しい事ではない。この納屋の周囲に広がる麦畑で擱座している車両の中には、エンジンの故障で行動不能になった車両もいるらしく、所々に無傷の戦車が鎮座しているのが分かる。


 なので、真っ向から戦っても問題はない。


 だが――――――ただ単に攻め込むよりも効率的に敵の戦力を撃滅する方法はないだろうか。


「王都の状況は?」


「宮殿は革命軍に包囲されている。だが、ネイリンゲンの歩兵大隊とクガルプールの戦車部隊が南下して王都へと向かえば――――――」


「………最悪だな」


 革命軍の包囲網は突破された挙句、女王には国外に逃げられる。


 そうなる前にシュタージが暗躍してくれるだろうが、国外に逃げられた上に亡命政府を作り上げられたら面倒なことになる。逃亡前に、このオルトバルカをあいつらの墓標にしてやらなければならない。


「ネイリンゲンの革命軍は劣勢よ。このままじゃ、オルトバルカ南部に突破口が開いてしまうわ」


「………なら、ネイリンゲンを先に抑える必要があるな」


 ネイリンゲンを先に占領すれば、オルトバルカ南部は完全に閉鎖される。


「今夜、全戦力を投入してクガルプール要塞を攻撃する。要塞を突破した後、そのまま停止せずにネイリンゲンへと侵攻し、ネイリンゲンの白軍を殲滅する。その後、我々もラガヴァンビウスへと進撃して宮殿へと総攻撃を行い――――――女王シャルロットの首を取る」


 一瞬だけ、セシリアの尻尾が9本に増えた。


 彼女の尻尾は通常は1本だけだ。だが、キメラの能力を使おうとしたり、感情が昂ると9本に増えてしまう事があるという。


 精神力の強い彼女ですら、無意識のうちに殺意を発してしまうほどの怨念が、彼女の心の中にある。もちろん、俺の中にも同じものがある。大切な家族を殺される憎しみは、理性すら粉砕してしまうほど激しいものなのだ。理性なんかで押さえつけられる程度のものは、怒りとは言えない。


「………同志団長、質問を」


「どうした、キム大尉」


「その……女王には2人の子供がいるそうです。病弱な娘とまだ6歳の息子だそうですが………その子供はどうするおつもりですか?」


「殺す」


 当たり前だ。


 全てを奪っていったクソ野郎への報復なら、全てを奪わなければ意味がない。


「で、ですが……子供ですよ?」


「それが何か?」


 息を吐きながら、セシリアはキムを睨みつけた。


「幼子だろうと老人だろうと………クソ野郎はクソ野郎だ。違うか、同志?」


「………わ、分かりました」


「よろしい」


「ところでボス、提案なんだが」


「どうした、力也」


「俺たちは一足先に王都まで浸透していてもいいか?」


 提案した瞬間、サクヤさんやセシリアが目を見開いた。壁に貼られている地図の周囲で作戦会議をしていた将校たちも、目を見開きながらこっちを振り向いている。


 かなり無茶な提案だ。敵を無視してたった30人くらいの特殊部隊のみで王都まで浸透すると言ったのだから。いくら兵士の錬度と装備の性能に大きな差があるとはいえ、たった30人で白軍を相手にするのはかなり無謀である。


 案の定、サクヤさんは真っ先に首を横に振った。


「駄目よ、危険すぎるわ」


「そうだぞ力也! お前、正気か!?」


「同志中佐、豆板醤味のタンプルソーダの飲み過ぎで頭おかしくなったのでは!?」


 おいキム。


「話を聞いてくれ、ボス。確かに革命軍の連中は味方かもしれないが、あいつらだって王室をかなり憎んでる。錬度の低い民兵の連中が、俺たちのために女王の首を取っておいてくれると思うか?」


「そ、それは………」


「それに、ここに集まっているのがテンプル騎士団全軍なんだろ? オルトバルカ国内に部隊が展開してないっていうのなら、きちんと偵察しないとな」


 これを提案した理由は2つだ。


 まず1つは、オルトバルカ国内にテンプル騎士団の部隊が全く展開していない事。こちらの兵力は圧倒的だが、ここに集合している戦力が全戦力である。なので、王都へ浸透するついでに偵察を行い、後続の本隊へと情報を送ってやるのだ。


 もう1つは、セシリアとサクヤさんの望み通りに復讐を行わせるためである。革命軍には失礼だが、あいつらは元々は労働者や農民たちばかりであり、しっかりとした訓練を受けた軍人はごく一部のみだ。銃を持っていて、ある程度戦い方を知っているだけの一般人と同等である。連携も取れない民兵の連中が宮殿に攻め込んだら、勝手に女王や姫を処刑してしまう恐れがある。


 だから俺たちが先に王都へ浸透し、民兵共を見張るのだ。


 後者の理由は合理的ではないが、彼女たちに復讐を成し遂げさせるためには必要な事だと言えるだろう。


「………た、確かにそうだが……危険すぎる」


「――――――いや、行かせてやれ」


「ウラル教官………!」


 納屋の外からやってきたウラルが、腕を組みながら言った。


「まったく、ハヤカワ家の関係者は無茶する馬鹿野郎ばっかりだ。だがな、俺の見てきたバカ共は全員きちんと生きて帰ってきた。いいか、生還することが条件だ」


「……了解。1人も同志を死なせず、任務を遂行してみせます」


「そうしろ。セシリア、良いな?」


「む……教官がそう言うなら………」


 ありがたい。


 セシリアは俺の復讐心を肯定してくれた人だ。復讐するチャンスを彼女がくれたのだから、今度は俺が彼女に復讐するチャンスを提供しなければ。


 
















 黒焦げになった麦畑を、無数のT-55たちがエンジンの音を響かせながら進撃していく。T-55や随伴歩兵たちの後に続くのは、IS-2やT-34-85の群れだ。革命前までに更新が間に合わなかった部隊の車両なのだろう。


 進撃していく部隊を見つめてから、すぐ傍らで喧しい轟音を響かせながらホバリングしている兵器の方を振り向いた。


 ずんぐりとした胴体の左右からはスタブウイングが伸びていて、その下には対戦車ミサイルやロケットポッドがぶら下がっている。傍から見れば胴体が異常に大きなオタマジャクシのようにも見えるだろう。胴体の後部からは尻尾のようなものが伸びていて、先端部にはテイルローターがある。胴体の上部には巨大なメインローターがあり、轟音を発しながら高速回転していた。


 ソビエト連邦が開発した『Mi-24ハインド』と呼ばれる戦闘ヘリだ。冷戦中に生み出された恐るべき兵器であり、強力な武装で敵部隊を上空から攻撃できるだけでなく、歩兵を乗せて飛ぶことも出来る。


 スペツナズが採用したのは、初期型であるMi-24A。こいつを採用した時からパイロットの訓練もしているし、ヘリボーンの訓練も何度もやった。少し訓練不足かもしれないが、今の状態でも実戦投入は可能だろう。


 兵員室に乗り込み、ハッチを閉める。ジェイコブがパイロットに全員乗ったことを伝えると、真っ黒に塗装された3機のMi-24Aたちはメインローターの音を夜空に響かせながら、ラトーニウスの空へと舞い上がった。





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