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クレイデリア連邦


 大昔に崩壊したフランセン共和国の隣には、カルガニスタンと呼ばれる国があった。


 国と言っても、複数の民族や集落がお互いの縄張りを決め、その縄張りで生活しているだけの場所だ。国というよりは、複数の集落の集合体と言うべきだろう。


 そのカルガニスタンは、フランセン共和国にとっては最大の植民地だった。地下には大量の石油や貴重な鉱石の鉱脈があったため、先住民たちを攻撃してカルガニスタンを植民地としたフランセン人たちは、先住民たちに石油や鉱石の採掘を強引に命じ、手に入れた資源をフランセンの発展のために利用し続けた。


 先住民たちの中には、『ムジャヒディン』と呼ばれるレジスタンスを結成し、フランセンに抵抗を続ける者たちもいた。だが、当時のフランセンは産業革命によって工業が急激に発達している最中であったのに対し、ムジャヒディンの装備は伝統的な剣や弓か、フランセンから鹵獲した数少ないライフルくらいだった。


 だが―――――――私の祖先であるタクヤ・ハヤカワとラウラ・ハヤカワがカルガニスタンへと辿り着き、そこでテンプル騎士団を設立したことで、カルガニスタンは解放されることとなる。


 カルガニスタンにテンプル騎士団本部『タンプル搭』を建設した彼らは、カルガニスタンの奴隷たちや先住民たちを次々に開放し、希望する者をテンプル騎士団に入団させ、急激に強力な組織へと成長していった。


 急成長していくテンプル騎士団を脅威だと判断したフランセンの総督は、テンプル騎士団が世界規模の組織へと変貌するよりも先に取り除くべきだと考え、当時のテンプル騎士団に対し、本国に無断で宣戦布告した。商人たちにテンプル騎士団との貿易を禁じ、彼らを弱体化させたうえで、オルトバルカ王国から最新式の装備を購入し、植民地の全ての兵力を総動員して、テンプル騎士団本部へと侵攻を開始したのである。


 当時の人々は、テンプル騎士団があっさりと叩き潰されて終わるだろうと思ったに違いない。


 列強国のうちの1つであるフランセンと、設立されたばかりの小規模なギルドの戦争だったのだから。


 しかし―――――その戦いに圧勝したのは、列強国ではなくギルドの方だった。


 そう、私たちの祖先が列強国の軍勢を容易く打ち払ったのである。


 確かに、フランセンの兵士たちと比べると、当時のテンプル騎士団の物量は少なかった上に、兵士たちの錬度もまだ低かった。しかし、彼らに支給されていた装備は、フランセンどころかオルトバルカで開発されていた最新式の装備とは比べ物にならないほど強力な、異世界の兵器だったのである。


 世界中で採用されていたライフルよりもはるかに射程が長い上に、命中精度も非常に高く、連射することも可能な”アサルトライフル”を装備していた兵士たちは、自分たちを散々虐げていたフランセンの連中に恥をかかせようとするかのように猛攻をお見舞いし、高を括っていたフランセンの部隊をあっさりと壊滅させた。


 たった1日でフランセンとの戦いに勝利したテンプル騎士団は、テンプル騎士団領へと侵攻してきたフランセンの本国と交渉し、カルガニスタン全土をフランセン共和国から奪い取ってしまう。カルガニスタン全土からフランセン共和国の兵士たちを追放したテンプル騎士団は、強制的に労働させられていたカルガニスタンの人々を開放し、カルガニスタンを人々がもう二度と虐げられることがない揺り籠(クレイドル)へと作り変え始める。


 テンプル騎士団が後ろ盾になったことによって、複数の集落で構成されていたカルガニスタンは、世界中の種族たちが共存する民主主義国家『クレイデリア連邦』となった。


 かつてカルガニスタンを植民地として支配していたフランセンの連中は、クレイデリア連邦の建国に猛反発して宣戦布告し、今度は全ての兵力をカルガニスタン奪還のために総動員し、またしてもカルガニスタンへと侵攻を始める。


 だが、積極的に軍拡を進めてより強力になっただけでなく、ホムンクルスの製造技術や、とっくの昔に廃れてしまった古代兵器の解析に成功していたテンプル騎士団に、ただの軍隊が勝てるわけがなかった。


 案の定、フランセン共和国は全ての兵力を総動員したにもかかわらず、テンプル騎士団やクレイデリア国防軍の警備部隊や哨戒部隊にあっさりと返り討ちにされ、世界中に恥を晒すことになったのである。


 植民地の喪失とテンプル騎士団との紛争での惨敗により、フランセンは極めて大きなダメージを負った。更に、大きな複数の州が独立して『ヴァルツ帝国』を建国してしまった事で国を維持できなくなったフランセンは、列強国の1つであるヴリシア帝国に吸収され、『ヴリシア・フランセン帝国』の一部となってしまった。


 カルガニスタンの民や世界中の奴隷たちは、自分たちを虐げていた大国に勝利したのである。


 










 クレイデリア連邦の国土は、巨大な鋼鉄製の壁によって取り囲まれている。


 分厚い防壁の上には退役した戦艦から取り外された主砲の砲塔や対空用の機銃がこれでもかというほど並んでいて、その周囲にはアサルトライフルを背負った黒服の兵士たちが見える。傍から見れば、国そのものが巨大な要塞と化しているようにも見えてしまうだろう。


 私たちを乗せた装甲車が壁へと近付いていく。検問所を警備していた兵士が運転手に停まるように命じると、装甲車はゆっくりと検問所のすぐ近くに停車した。


 検問所を警備しているのは、蒼い軍服に身を包んだ『クレイデリア国防軍』の兵士だった。


「これはこれは、同志サクヤ。お久しぶりです」


「どうも」


「亡命に関しましては、諜報部隊シュタージが確認しております。どうぞ」


「ありがとう」


 ここならば、虐げられることはない。


 この血と鉄によって守られた揺り籠(クレイドル)の中ならば。


 私たちの祖先は、そのために絶対的な武力で守られた揺り籠の中で人々を保護し、他の世界と隔離する『クレイドル計画』を提唱したのだから。


 微笑みながら敬礼をした警備兵が、装甲車の窓から離れていく。彼は検問所の中にいる兵士に合図すると、中にいた兵士は頷いてから中にあるレバーをいくつか切り替え、スイッチを押した。警報が響くと同時に鋼鉄製のゲートがゆっくりと開き、血と鉄の軍事力に守られている揺り籠があらわになっていく。


 きっと、初めてクレイデリアを訪れる人が壁の向こうの光景を目の当たりにしたら、間違いなく目を見開くことになるだろう。


 カルガニスタンは砂漠で覆われている地域である。灰色の砂と陽炎に支配された場所で、先住民たちが暮らしていた国だ。地下に眠っている石油や鉱脈に興味がないのであれば、列強国は侵攻してこなかったに違いない。


 しかし―――――壁の向こうに広がっていたのは、砂漠ではなく草原だった。


 灰色の砂で覆われた大地は全く見えない。地面は緑色の植物や様々な色の花で覆われているし、大地の向こうには無数の巨大な樹によって構成された森が見える。


 装甲車がゲートを通過した途端、車内の温度が下がった。先ほどまではベーコンを炒めるフライパンの真上にいるかのような暑さだったのだが、まるで適度に暖かい春になったかのように外の気温が下がったのである。助手席に座りながらラジオを聞いていた兵士が「冷房は消しますね」と言ってから冷房を消し、助手席の窓を開けた。


 あの壁は、単なる防壁ではない。


 あの防壁には、大昔に廃れた古代の技術が使われているという。結界のようなもので周囲の気候から結界内部の気候を隔離し、住みやすい気候にしているらしい。テンプル騎士団が世界中で発掘してきた古代技術を解析したことによって、クレイデリアは非常に住みやすい気候となり、砂漠も草原や花畑で覆われることになったのだ。


 まさに”楽園”だ。


 花畑の真ん中で、様々な種族の子供たちが楽しそうに遊んでいる。肌が浅黒いハーフエルフの子供や、肌が真っ白なハイエルフの子供たちを見つめていると、隣に座っている母上が抱いている幼いキメラの子供が、窓の外に向かって手を伸ばし始めた。


「あうー」


「ふふふっ。トモヤも遊びたいのかしら」


 母に抱かれている幼いキメラの子供は、私の弟の『トモヤ・ハヤカワ』。赤い頭髪の中からは、とても小さな2本の角が覗いている。腰の後ろから伸びている短い尻尾を覆っている外殻はまだ未発達らしく、私たちの尻尾を覆っている鱗とあまり硬さは変わらない。


 トモヤの頭を撫でると、彼は嬉しそうに笑いながら私の方に手を伸ばしてきた。小さな手に頬を掴まれながら、私も弟の頬を撫でる。


「はははっ、今度お姉ちゃんと遊びに行こうな」


「うー」


 彼が大きくなる前に王国への報復を済ませたいものだと思っていると、装甲車の真上を2体の大型の飛竜が通過していった。灰色の外殻に覆われた飛竜の後部からは長い尻尾が生えていて、先端部の外殻はまるで剣のような形状になっている。


 野生の飛竜だろうかと思ったが、よく見ると胸や頭部には黒と灰色の迷彩模様で塗装された鎧のようなものが取り付けられていて、背中には操縦を担当する兵士と、後方から接近してくる敵を迎撃するライフルマンが乗っているのが見える。


 テンプル騎士団の飛竜部隊だ。


 技術力が発達して武器がより強力になった事により、世界中で実施されていた魔物の掃討作戦はより合理的になっていった。大昔は剣や槍を持った騎士が大損害を被りながら魔物と戦い、強力な魔術師は危険な魔物との戦いにのみ投入されていたらしいが、現代ではボルトアクション式の銃が普及したことによって剣を弾いていた魔物の外殻ですら容易く貫く事ができるようになってしまった。


 更に機関銃まで発明された事により、世界中で魔物の掃討作戦が実施され、魔物は現在では”絶滅危惧種”と化してしまったのである。大昔は草原に出ればゴブリンを必ず目にすると言われていたらしいが、現代ではゴブリンを目にするのは非常に困難である。


 技術が発達したことにより、飛竜も珍しい存在となってしまった。


 昔の騎士団では、調教して育成した飛竜に騎士を乗せて戦っていた。飛竜は硬い外殻で守られている上に、空を飛びながら火炎放射器よりも強力なブレスを自由に吐き出せるため、敵の地上部隊を容易く蹂躙する事ができたのである。しかし、数年前にフィオナ機関を搭載した飛行機が発明され、世界中の軍隊で採用され始めたことにより、飛竜を採用し続ける軍隊は減少していった。


 飛行機の方が飛竜よりも高い高度を長時間飛行できるし、機動性も高いからである。それに、飛竜は調教や育成に非常に手間がかかるためコストが高いのだが、飛行機は育成や調教をする必要がないので、コストは飛竜の5分の1で済むのだ。


 敢えてテンプル騎士団が飛竜を採用しているのは、きっと飛竜に乗ることに慣れた兵士が何人もいるからだろう。テンプル騎士団は兵士たちの得意分野を生かすために、非効率的な戦術を敢えて採用することがあるという。実際に大昔の攻勢では、防衛ラインの真正面から突っ込んでくる敵の歩兵部隊と戦車部隊の側面から、剣と槍で武装した騎兵隊を突撃させ、敵部隊の分断に成功している。


 草原の向こうに、巨大な防壁で囲まれた要塞が見える。クレイデリア連邦の国土を取り囲んでいる防壁を小さくしたようなデザインの壁の上には、やはり退役した巡洋艦の主砲が砲塔ごと搭載されているのが見える。


「ブレスト要塞………」


 クレイデリアの領内には、東西南北に1つずつ巨大な要塞が建築され、重厚な防衛ラインを構築している。窓の向こうに見えるブレスト要塞は、隣国である『ディレントリア公国』方面から攻め込んでくる敵を迎え撃つために建設された要塞だ。


 そのブレスト要塞の隣にも、防壁で囲まれた要塞らしきものがあるのが分かる。けれども、その要塞を取り囲んでいる防壁は所々が崩れ落ちており、防壁が完全に崩落している部分からは、倒壊した管制塔や穴だらけになった滑走路が覗いている。防衛ラインの一部として機能しているとは思えない。


 ブレスト要塞の隣にある廃墟は、大昔に陥落した”旧ブレスト要塞”だ。


 テンプル騎士団が設立されたばかりの頃、ディレントリア方面から無数の吸血鬼たちが攻勢をかけてきた――――――『春季攻勢カイザーシュラハト』と呼ばれている―――――ことがあったという。その際に旧ブレスト要塞で守備隊と吸血鬼たちとの死闘が繰り広げられており、無数の兵士たちが命を落とすことになった。


 戦いが終結した後は、新しいブレスト要塞が建築され、陥落した旧ブレスト要塞はその戦いで命を落とした両軍の兵士たちを埋葬した巨大な墓地となったのである。民間人にも一般公開されており、その戦いで戦死した兵士たちの遺族や生き残りが、家族や戦友の墓参りに訪れるのは珍しい事ではないらしい。


「まもなく、タンプル搭が見えます」


 装甲車を運転している兵士がそう言うと、草原の向こうに無数の植物や花で覆われた巨大な物体が見えてきた。一見すると無数の花が生えた巨大な山のように見えるが、よく見ると生えている花や草の隙間から黒い岩肌が露出しており、上部には戦艦の主砲に匹敵するほどの大きさの要塞砲が搭載されているのが分かる。


 その岩山の向こうには、巨大な”搭”が屹立している。表面には無数のケーブルが取り付けられており、何本ものワイヤーや巨大な支柱が、その長大な塔を支えている。


 テンプル騎士団の本部であるタンプル搭には、正確に言うと”搭”は1つも存在しない。


 なぜタンプル”搭”と呼ばれるかと言うと、本部に配備されている巨大な合計7門の要塞砲と副砲が”搭”のように見えるからだという。その巨大な要塞砲を発射する際の衝撃波は戦車ですら横転してしまうほど強力であるため、タンプル搭の設備はほぼ全て地下に建設されているのだ。


 そのため、信じられない事だが飛行場も地下に建設されているという。


『こちらタンプル搭中央指令室、2-1ゲートより侵入せよ』


「了解、2-1ゲートより侵入する」


 2-1と白いペンキで書かれたゲートへと向かうと、またしても検問所の兵士が装甲車を停車させるように合図してくる。指示通りに運転手が装甲車を停車させると、駆け寄ってきた警備兵が運転手や乗っている者の顔をチェックしてから、検問所の中にいる兵士に無線で「よし、開けろ」と指示を出した。


 警報が響き渡り、ゆっくりとゲートが開き始める。


 運転手が警備兵に礼を言うと、その警備兵は後部座席に乗っている私たちに向かって微笑みながら言った。


「ようこそ、”鋼鉄の揺り籠”へ」





 

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