報復と憎悪は燻り始める
第二次世界大戦が終結してから、戦時中に活躍していた中戦車や重戦車といったタイプの戦車は姿を消し、”主力戦車”と呼ばれる戦車が誕生した。重戦車並みの防御力と火力を兼ね備えている上に、中戦車以上の機動性まで与えられた最強の戦車である。
テンプル騎士団が採用している中戦車や重戦車たちも、役目を終えて退役しようとしていた。
新たに採用されたのは、ソ連が冷戦中に採用した『T-55』という主力戦車だ。分厚い装甲で覆われた車体の上に、強力な100mmライフル砲を搭載した兵器である。しかもコストもそれほど高くはないので、セシリア1人でも陸軍の戦車部隊に既に配備されているT-34-85やIS-2をこのT-55に更新させることができるという。
とは言っても、さすがに時間がない上に陸軍だけでも規模が大きいので、革命前に完全に更新するのは不可能だが。
T-55は優秀な戦車だが、T-34やIS-2と同じく戦車の中はかなり狭い。そのため、オークやハーフエルフなどの体格の大きな種族の兵士は乗ることが禁止されており、戦車兵の大半は小柄なドワーフかホムンクルス兵に担当させることで、戦車の中が狭いという欠点を軽減している。
もちろん、陸軍に支給されているT-55は既に”テンプル騎士団仕様”にカスタマイズが施されている。砲塔や車体には爆発反応装甲が搭載されており、敵が放った対戦車ミサイルから身を守る事ができる。ちなみにその爆発反応装甲は、ソ連軍が採用していた物ではなく、テンプル騎士団の技術者たちがテンプル騎士団創設時に採用されていた物を参考にして独自開発した異世界製のものであり、対戦車ミサイルや対戦車榴弾だけでなく、魔術まで防いでくれるという。
砲塔の上にあるハッチの近くには、シモノフPTRS1941と同じく14.5mm弾を使用する『KPV重機関銃』と、7.62mm弾を使用する『PKM』の2つが搭載されている。こちらの世界では未だに複葉機が空軍の主力となっているケースが多いので、これでも有効な対空機銃として機能してくれるだろう。もちろん、対空用だけでなく対人用としても猛威を振るってくれる筈だ。
簡単に言うと、独自開発の爆発反応装甲を装備し、機銃を増設して火力を底上げしたT-55と言うべきだろう。塗装は配備される部隊によって異なるが、基本的にはテンプル騎士団で採用されている黒と灰色の迷彩模様だ。クレイデリアの砂漠は灰色の砂で覆われているので、このような塗装の方が目立たないのである。
ちなみに、一部の戦車はKPV重機関銃ではなく、シモノフPTRS1941を装備していることもあるらしい。
訓練を終えた車両が、次々に地下にある格納庫の中へと戻ってくる。ハッチを開けて中から出てくるのは、やはり小柄なドワーフやタクヤのホムンクルス兵たちだった。
「どうだ、新しい戦車は」
「素晴らしい機動性です。火力も高いですし、装甲も厚くなっているようなので被弾しても安心ですね。まあ、狭いとは思いますが高性能になった対価と思えば………」
「何回も頭ぶつけてたわよね、ドロシー」
「あなた、そのうち頭割れちゃうんじゃない?」
「ちょっと、やめてよみんな!」
戦車から出てきたホムンクルス兵たちの笑い声を聞きながら、セシリアは腕を組んで微笑んだ。小柄なホムンクルス兵ですら”車内が狭い”と言うほど内部が狭いのだから、当たり前のように身長が2mを超えるオークの兵士が乗ったらどうなるかは言うまでもないだろう。
パルスの影響でセシリアの能力の劣化が軽減されたことにより、陸軍、海軍、空軍、海兵隊の兵器は急速に近代化されつつある。更にヴァルツ側から兵器を鹵獲した事によって得られた未知の技術や、新たに発掘された古代文明の技術の解析も行われたことにより、テンプル騎士団の技術力は更に向上しているという。
ホムンクルス兵の製造区画も拡張され、更に大量のホムンクルス兵が製造されているので、我が騎士団の兵力も更に向上するに違いない。
「革命は近い。実戦でも使いこなせるよう、訓練は怠らないように」
「了解です、同志団長」
車長のホムンクルス兵が敬礼しながら返事をする。セシリアは「頼んだぞ」と言ってから踵を返し、格納庫の奥に停まっているサイドカー付きのバイクへと向かった。彼女よりも先にバイクに乗ってエンジンをかけ、走り出す準備をする。
サイドカーに乗ったセシリアは、「軍港まで頼む」と言いながら微笑み、サイドカーに積んであるラジオのスイッチを入れた。
≪――――――アスマン帝国北部では砂嵐が続いています。外出の際はご注意を。………それでは、次のニュースです。降伏したヴァルツ帝国に連合国より極めて巨額の賠償金の支払いが命じられており――――――≫
セシリアがサイドカーの上でラジオのスイッチを聞いた。そういうニュースより、音楽でも聴きたかったのだろう。
SKSカービンを背負う警備兵に身分証明書を見せ、検問所のゲートを開けてもらう。再びバイクを走らせてトンネルの中に反響するエンジン音を引き連れ、海軍の軍港へと繋がるトンネルへ入る。
段々と戦車の整備に使うオイルの臭いが薄れ、潮の匂いが漂い始める。通路の左側を荷台の上に木箱をどっさりと乗せた海軍のトラックが通過していった。アナリアから到着した輸送船から下ろした物資を運搬するトラックなのだろう。
検問所を通過してから、軍港の隅でバイクを停車させる。エンジンを止めてからバイクから降りると、蒼い制服に身を包んだ海軍のホムンクルス兵が出迎えてくれた。
「お待ちしておりました、同志セシリア」
「ご苦労。新しい装備の調子はどうだ?」
「良好です。動作不良もありませんし、命中精度も凄まじい。これで我が海軍はより強力な軍隊となるでしょう」
そう言いながら、海軍のホムンクルス兵は戦艦が停泊している防波堤の方へと歩き始めた。分厚い岩盤と装甲で覆われた天井に守られた軍港の中では、虎の子のジャック・ド・モレー級戦艦が何隻も停泊して整備を受けているのが分かる。甲板の上で掃除をしているのは新しく配属された乗組員たちだろうか。
停泊している艦艇たちの装備は、随分とシンプルになっていた。中にはまだ高角砲や対空機銃を搭載した艦もいるようだが、殆どのジャック・ド・モレー級戦艦からはそれらが撤去されており、レーダー、CIWS、艦対空ミサイルなどに変更されているのが見える。
第二次世界大戦が終結して最も変わったのは、空軍と海軍と言ってもいいだろう。第二次世界大戦の終盤からレーダーが本格的な発達を始めた事により、戦艦同士が砲撃戦を行ったり、戦闘機同士がドッグファイトを行うような戦い方は急激に廃れた。
砲手たちが狙いを定めて砲弾を放つ戦いは終わり、”賢い兵器”であるミサイルが敵艦を直撃する時代になったのである。
だから、現代の海軍では装甲の厚さよりも、敵艦にレーダーで発見されたり、ロックオンされることを防ぐためのステルス性の方が重要視されるのだ。
ミサイルとレーダーの発達により、空軍の戦い方も変わった。戦闘機たちが敵機の背後に回り込んで機銃で撃ち落とす戦い方は殆ど廃れ、遠距離から敵機をロックオンし、虎の子の空対空ミサイルで敵機を撃墜するのが主流になっていったのである。
冷戦初期は、簡単に言うと『第二次世界大戦で発達させた技術力を使い、現代戦の基礎を作り上げた時代』と言っていいだろう。だから、現代の軍隊で採用されている兵器の原型となった兵器も多い。
すぐ近くに停泊しているのは、ジャック・ド・モレー級戦艦の二番艦『ユーグ・ド・パイヤン』だろう。艦首には”002A”と白いペンキで書かれている。
艦橋や煙突の脇には、以前までであればこれでもかというほど対空砲が搭載されていた筈なんだが、やはりその対空砲たちもソ連製のCIWSである”AK-630”に換装されている。副砲の20cm砲も全て撤去されており、代わりに搭載されているソ連製速射砲の”AK-130”が高角砲と速射砲を兼ねているようだった。20cm砲と比べると火力は落ちるものの、命中精度はこちらの方が上なのでミサイルや航空機の撃墜も可能だし、連射速度も速いので濃密な弾幕を張る事ができる。それに20cm砲よりもはるかに軽量という点も大きな長所と言えるだろう。
艦橋や煙突の脇にずらりと並んでいるのは、4連装型の艦対艦ミサイル用キャニスターだった。片方につき5基もずらりと一列に並んでいるキャニスターに、整備兵たちがクレーンで対艦ミサイルを装填している。
他の同型艦や準同型艦も同じ改修を受けたらしく、艦橋や煙突の両脇に対艦ミサイルのキャニスターを搭載していた。
ジャック・ド・モレー級戦艦1隻につき艦対艦ミサイル40発か。同型艦23隻で飽和攻撃を始めたらとんでもないことになりそうだ。
もちろん、CIWSや速射砲が弾切れを起こした場合や使用不能になった場合も考慮し、艦橋に増設したスポンソンや、第二、第三砲塔の上に大型の機関砲も搭載している。
この艦隊も、革命の際には革命軍に協力する義勇軍としてオルトバルカへと派遣されることになる。主力になるのはあくまでも陸軍や海兵隊だろうが、海軍が不要というわけではない。
何故かと言うと、オルトバルカのクソッタレ共は帝国軍との戦闘で自慢の海軍に損害が出ることを恐れていたらしく、艦隊を温存し続けていたからだ。まあ、おかげで手柄は全部テンプル騎士団海軍が頂く事ができたわけだが。
革命が始まれば、その艦隊も実戦投入されるだろう。テンプル騎士団海軍の役目は、その艦隊を撃滅して地上部隊を守る事になる。
「ところで同志団長、革命はいつ頃になるのでしょうか?」
「5月だ」
「来月か」
「ああ」
雪国であるオルトバルカでは、やっと雪が少しばかり溶けて花が咲き始める辺りだ。そして短い夏がやってきて、あっという間にまた雪が降り始める。信じ難い事に、あの国では9月上旬から雪が降り始めるらしいからな。
冬が始まる前に革命を終わらせたいものだ。
「安心しろ、革命はすぐ終わる」
「そうですよね、これほどの戦力があれば連合王国なんて簡単に一蹴できますよ!」
それだけじゃない。
前方に停泊するジャック・ド・モレーを見つめながら胸を張るホムンクルス兵を見つめつつ、俺は思った。
単なる兵力だけじゃない。
オルトバルカの崩壊は、もう既に確定しているのだ。
シャルロット8世から王位を継承する事となったシャルロット9世は、幼い頃から病弱であった。
宮殿の中を歩き回るだけで呼吸は荒くなるため、歴代の女王のように剣術や魔術を習うことはできない。更に、体調を崩しやすかったため、何度も病気に苛まれるのは当たり前である。
それゆえに、王室ではシャルロット9世を次の女王にするよりも、他の候補者に王位を継承させるべきだという意見は極めて多かった。世界最強の大国と言われたオルトバルカの女王を病弱な者が受け継げば、恥晒しにしかならないからである。
それを防ぐために、シャルロット8世は親密な関係であったハヤカワ家を勇者に売った。
ハヤカワ家の8代目当主であったカズヤ・ハヤカワを冤罪で処刑し、一族を弱体化させる代わりに、勇者に他の候補者を暗殺させ、自分の娘が王位を継承せざるを得ないようにしたのである。
その選択が、セシリア・ハヤカワとサクヤ・ハヤカワの復讐心を生んだ。
「母上、怖い夢を見ました」
ベッドに横になりながらウサギのぬいぐるみを抱きしめていた愛娘が、傍らにいるシャルロット8世に不安そうな声で告げた。
「怖い夢?」
「はい。あ、悪魔を引き連れた魔王が、ここにやって来る夢です」
「ふふっ、大丈夫よ。宮殿は兵隊さんがちゃんと守っているわ」
「………兵隊さんたちも、みんなその魔王に殺されてしまったんです。………最近、その夢ばかり見るんです、母上。私、もう眠るのが怖い………!」
袖をぎゅっと握りしめながら言う愛娘の目を見たシャルロット8世は、愛娘の瞼の周囲が少しばかり紫色に染まっていることに気付いて凍り付いた。その悪夢を必死に拒むために、眠ってしまわないように抵抗を続けてきたのだろう。
ただでさえシャルロット9世は身体が弱い。しっかりと眠れないだけで、彼女の肉体と精神には大きな負荷がかかってしまう。
「………明日、占い師に見てもらいましょう。大丈夫、今夜は私も一緒に寝てあげるから」
「本当ですか?」
「ええ」
愛娘を抱きしめながら、女王はぞっとしていた。
悪夢の中で彼女の命を狙う”魔王”に、心当たりがあったからだ。




