力也のパルス
「能力が変異を起こしています」
机の上にある書類を見下ろしながら、フィオナ博士は告げた。
キメラは”突然変異の塊”と言われるほど変異を起こしやすい種族でもある。周囲の環境が突然苛酷になったり、自分を殺そうとする敵を倒すための戦闘力が足りないと判断すれば、キメラの身体にある細胞たちは極めて短期間で変異を起こしてしまうのだ。それゆえに、キメラという種族が誕生してからもう100年以上経過しているにもかかわらず、フィオナ博士でさえキメラを完全に解明できていない。
余談だが、大昔にハヤカワ家のキメラの子供を拉致して研究しようとしたバカたちがいたらしいが、次の日には研究所もろとも焼き尽くされ、全員焼死体で発見されたことがあったらしい。一体何があったのだろうか。
「能力が?」
「ええ」
だが、今まで変異を起こしてきたのはキメラの肉体の方だった。重い武器を持つために筋力が発達し、弾丸すら弾くために外殻はどんどん強固になっていったが、ハヤカワ家のキメラたちが祖先から受け継いできた”転生者の能力”までは変わらなかったという。
転生者の血が薄れていく度に劣化していった能力が、変異したというのだ。
端末を持たない”第二世代型”の転生者は、端末の機能を自分自身の能力として習得した状態で生まれてくる。端末を紛失したり破壊されることによる弱体化が無くなったのは大きなアドバンテージだが、転生者の血が薄れれば能力が劣化していくという大きな欠点があるため、可能な限り転生者と結婚して子供を作り、転生者の血を希釈させないことが望ましいと言われていた。
セシリアはハヤカワ家の9代目当主だ。ハヤカワ家で転生者だったのは初代当主のリキヤ・ハヤカワと二代目当主の片割れであるタクヤ・ハヤカワのみであり、彼ら以降の当主たちはこちらの世界の女性や男性と結婚し、子孫を残してきた。
それゆえにサクヤさんとセシリアも第二世代型転生者だが、転生者の血が薄れていることによって能力は劣化しており、生産できる兵器も第二次世界大戦の銃や兵器が精一杯だったのである。
だから以前にセシリアは、「もし子を産むのであれば転生者の子供が良い」と言っていた。これ以上能力が劣化すれば、下手をすれば転生者の能力すら使えない子供が生まれてしまうかもしれないからだ。
俺はこういう血とか遺伝子よりも実力を優先すべきだと考えているが、転生者は味方にいるか否かで戦局に大きな影響を与える存在だ。それを強化できるのであれば、そちらも優先しなければならない。
「原因は分かるんですか」
腕を組みながら資料を見ていたサクヤさんが、ツナギの上に白衣を身に着けているフィオナ博士に尋ねた。どうやら既に彼女は原因を把握していたらしく、首を縦に振りながら魔法陣を操作して、研究室の壁に映像を投影する。
所々がオイルで汚れた部屋の壁に映し出されたのは、転生者の端末の図面と人間のイラストだった。
「――――――原因は力也くんでした」
「俺が?」
「ええ」
ぎょっとしながらセシリアとサクヤさんがこっちを振り向くが、俺は彼女たちに何もした覚えはない。いつも通りに一緒に訓練したり、仕事を手伝っていただけである。
「第一世代型の転生者は、体内から特殊な”パルス”を発信して端末と通信を行っています。これは第二世代型転生者にはない能力です。端末が持ち主を識別しているのも、おそらくこのパルスを照合しているのでしょう」
パルス………。
機械になってしまった自分の腕を見下ろす。俺はセシリアたちのように生まれつき転生者の能力を持つ第二世代型ではなく、端末を与えられた第一世代型だ。つまり、この端末を動かすためのパルスを発する能力がある。
「おそらくですが、力也さんが発するこのパルスの影響でセシリアさんの能力が変異を起こし、劣化していたにもかかわらず従来の第二世代型の能力の復元を開始したのかもしれません」
「つまり、力也のおかげで私は………」
「本来の力を取り戻そうとしている………」
「ええ。このまま一緒にいれば、劣化した能力は元通りになっていくでしょう。………それにしても、こんなことは前例がありませんよ」
確かに、前例はないだろう。
転生者の能力が劣化するという情報が明らかになったのも、テンプル騎士団の内戦が終結した辺りだと聞いている。それ以降のハヤカワ家の当主たちも第一世代型転生者と接触する事はあっただろうが、パルスの影響を受けてしまうほど長期間接触していた事例はない筈だ。
「要するに、力也と一緒にいるだけで強くなるという事か」
「おそらくは。それと、ステータスも多少は強化されると思います」
「ふむ、そうか………ありがとう、博士」
椅子から立ち上がり、持っていた資料を机の上に起きてから踵を返すセシリア。「行くぞ」と彼女に言われた俺も、資料を机の上に置いてサクヤさんと一緒に椅子から立ち上がり、博士に礼を言ってから研究室を後にした。
それにしても、第一世代型転生者はそんなパルスを発していたのか。
そのパルスがセシリアの役に立つのはこれ以上ないほど喜ばしい事だ。一緒にいるだけで彼女の劣化した能力が元通りになっていき、騎士団の戦力強化へと繋がっていくのだから。
それに―――――このパルスを観測する手段があるのであれば、それを使って転生者の居場所を探ることも出来る筈だ。あのクソ野郎共の居場所を特定する事ができればより効率的な暗殺ができるようになるし、何の罪もない転生者も迅速に保護出来るだろう。
勇者のクソ野郎も、すぐに発見できるだろうからな………。
「力也、また勇者の事を考えているだろう」
「………バレたか」
「お前との付き合いはまだ長くないが、殺気が微かに出ている。暗殺者には致命的な欠点だ」
「早めに直す」
「そうしろ、お前に死なれては困る」
悪いな、ボス。
まだ俺も未熟だな、と思いながら苦笑いする。確かに彼女との付き合いはまだ長くはないが、そろそろ半年以上になる。
復讐を誓ってから、もう半年だ。
復讐すべき連中は殆ど消した。残っているのは、どこかに消えた勇者のみ。
だが、その前にセシリアの復讐に付き合おう。
俺の復讐心を肯定してくれた、彼女たちの報復に。
AK-47はパワフルで信頼性の高いライフルだが、命中精度がそれほど高くないという欠点がある。
だから俺のAK-47は銃身をヘビーバレルに換装した上で延長し、デカい反動を少しでも希釈するために大型のマズルブレーキを搭載している。カスタムしていないAK-47と比較してみたんだが、さすがに狙撃に投入できるレベルではなかったものの、命中精度は向上していたので欠点の1つは軽減されたと言っていいだろう。まあ、銃身が長くなった上に重量が増えたので、室内戦には向かなくなってしまったが。
さて、そろそろシャワーでも浴びるとしようか。
AK-47を装備している武器の中から解除し、スチェッキンが収まっているホルスターをベルトごと外す。胸に下げているマカロフPMの入った革製のホルスターも外し、ベッドの上に置いてからシャワールームへと向かう。
セシリアとサクヤさんは会議で遅くなるらしいから、先にシャワーを浴びておこう。夕飯はこっちで食べるって言ってたからな。
義手を伸ばしてシャワールームのドアを開けたその時だった。
玄関のドアが開く音が聞こえた。セシリアやサクヤさんだったらノックはするだろうなと思いつつ、気配を殺しながら後ろを振り向く。ベッドにハンドガンを置いてきたのは失敗だったなと思いながら後ろを振り向くと、黒い制服に身を包んだ金髪の少女が、黄金の尻尾を左右に振りながらこっちへとやってきた。
「やっほー♪」
「クラリッサ?」
「博士から聞いたわ。君と一緒にいるだけで劣化した能力が元通りになるそうね?」
「誰から聞いたの?」
「さあ、誰でしょう?」
自分で調べたんだろうな………。
ニヤニヤしながら近くにやってきたクラリッサは、かぶっていた略帽を手に取ってからベッドの上に放り投げた。
彼女が指揮する諜報部隊には、武装した”実働部隊”は存在しない。上層部にすら秘匿されているエージェントのみで構成された諜報部隊であり、あらゆる場所にエージェントを潜伏させて情報を集めている。
そのため、誰がシュタージのエージェントなのかは重要機密の1つとされている。正体を突き止めようとした奴はラーゲリに送られるか、研究区画で人体実験に有効活用してもらえるだろう。素敵だな。
彼女たちが集めてくれた情報のおかげでテンプル騎士団はアドバンテージを堅持しているが、シュタージには戦闘用の部隊が存在しないため、標的を暗殺しなければならない場合はまず円卓の騎士たちにそれを報告してからスペツナズに通達し、セシリアに承認されてから俺たちが派遣される事になっている。なので、クラリッサが部隊に出撃を要請してから実際に暗殺が実行されるまでにはかなり大きなタイムラグが生じてしまうのだ。
だから、クラリッサは上層部の承認なしで動かせる実働部隊を欲しがっている。何度も断っているんだが、どうやら彼女はまだ諦めていないらしい。
こうやって部屋を訪れた彼女に説得されたり、何度か襲われそうになったことがあるんだが、例のパルスの事を把握しているという事はもっと厄介なことになりそうだ。
「ねえねえ、私の能力も元通りにしてほしいんだけど♪」
「………いや、俺ボス直属の部隊なんでセシリアに許可貰ってからじゃないと困る」
「もうっ、冷たいなぁ」
そう言いながら、クラリッサはわざとらしく制服のボタンをいくつか外し始めた。大きめの胸を覆うピンク色の下着があらわになる。
「私だって、シュタージの皆に護身用の武器とか装備を支給しなきゃいけないのよ。エージェントの装備の更新は、情報収集の効率化にもつながるの。だから協力してほしいなっ♪」
いや、確かにそうだけどセシリアも他の部隊に装備を支給してるからなぁ………。
セシリアを優先するべきだ、と返事をするよりも先に、制服のボタンをいくつか外したまま腕に抱き着いてくるクラリッサ。大きめの胸が左腕に当たってるんだが、これは義手なので柔らかい感触を全く感じられないのがマジで残念である。
「あ、もしかして今からお風呂だった?」
「えっ」
あ、ヤバい。シャワールームの前にいたのは失敗だった。
「じゃあ、私が背中流してあげる。いいでしょ?」
「い、いや、1人でできるから………」
「何言ってるのよ、訓練で疲れてるでしょ? ふふふっ、それにこうして一緒にいれば力也くんのパルスの影響を受けることになるし♪」
絶対セシリアが不機嫌になる。あとサクヤさんに殺される。
もしかして、クラリッサって間接的に俺の事殺そうとしてない?
「さあ、早く入りましょ♪」
「まっ、待てって!」
ニコニコしながら、クラリッサは次々に制服を脱ぎ始めた。黒い制服を脱ぎ、スカートを下げ、ネクタイを取ってワイシャツのボタンを外し始める。
下手したらシャワールームで押し倒されるんじゃないかと思った俺は、咄嗟にポケットの中へと手を突っ込んだ。非常用に持ち歩いているスモークグレネードを引っこ抜き、安全ピンを外して足元に叩きつける。
ブラジャーを外すために両手を背中に回していたクラリッサは、すぐにそのスモークグレネードを拾い上げようとしたが、それよりも先に純白の煙が狭い洗面所の中を満たしてしまう。
「ちょ、ちょっと力也くん!?」
「大浴場の男湯行ってくる!!」
さすがに男湯までは追撃してこないだろ!
洗面所から飛び出してベッドの上のホルスターを掴み取り、大急ぎで部屋を出た。さすがにクラリッサは下着姿で追いかけてくるのは恥ずかしかったらしく、部屋から逃げた俺を追ってくる気配はない。
今日の夕飯はちょっと遅れそうだ。セシリアが不機嫌になったら、きつねうどんか稲荷寿司でも出して誤魔化そう………。
プライバシーの大切さを痛感しながら、男湯へと向かって全力疾走するのだった。
予想以上に早かったですね、力也くん。
目の前の魔法陣に表示されるデータを見つめながら、私は微笑みました。
彼は従来の転生者のように、敵を倒すことによってステータスが上がっていく事はありません。転生者を殺し、端末を奪う事によって強くなっていく怪物でしかないのです。でも、彼はもう既にかなりの数の転生者を殺し、勇者以外の標的への復讐を終えたではありませんか。
楽しみになってきましたよ、本当に。
あの勇者は、リキヤ・ハヤカワが唯一子孫たちに押し付けてしまった存在。殺すのを断念して封印するのではなく、今度こそ完全に殺さなければならない。
それを”リキヤ”が成し遂げることによって、彼の目的は達成される。
彼は――――――”滅びの使徒”なのですから。




