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キャメロットの新たな役目


 ものすごく困ったことがある。


 俺のベッドは1人用だ。だから、2人で寝ることは想定されていない。なのに、セシリアは最近お構いなしに俺のベッドで一緒に眠っている。


 目覚まし時計が鳴ると同時に、後ろにしがみつきながら眠っていたセシリアの白い手が伸びる。目覚まし時計のスイッチを押して沈黙させつつ、瞼を擦って起き上がった彼女は、一足先に目を覚ましていた俺の方を見下ろして楽しそうに微笑むと、「おはよう、起床時間だぞ力也」と言いながらベッドから出て、洗面所の方へと向かう。


 以前までであれば、俺の起床時間は午前6時。あと1時間くらいは二度寝が許されていた筈である。けれども、そうすると玄関に置いてあるSマインを当たり前のように回避して侵入してくるクラリッサがベッドの中に入ってきてセシリアが不機嫌になってしまうので、最近はセシリアの朝の素振りに付き合うようにしている。


 彼女が洗面所で着替えをしている間に素早く着替えを済ませ、壁に立てかけている鉄パイプに手を伸ばす。滅茶苦茶になった圧力計とバルブが付いた鉄パイプを肩に担ぐと、洗面所のドアが開いて制服に着替えたセシリアが出てきた。彼女も壁に立てかけてある愛用の刀を2本と小太刀を手に取って腰に下げ、こっちにやってきて胸を張る。


「うむ、では行こうか!」


「はいはい」


 まあ、こうすればクラリッサがベッドに入ってくる事はないし、彼女も不機嫌にはならないからいいんだがな。


 そう思いながら、ちらりとセシリアの持っている刀を見下ろす。彼女の刀は片方が漆黒の刀で、もう片方が純白の刀になっている。黒い方には『響』という名前が付けられており、かつて”リディア・フランケンシュタイン”という剣士が愛用していた物だという。純白の刀は大昔にタクヤ・ハヤカワが母であるエミリア・ハヤカワのために倭国から購入してきた名刀であるらしく、『雪風』という名前がついているらしい。


 どちらも旧日本海軍の駆逐艦と同じ名前だ。しかも、どちらも太平洋戦争の終戦まで生き延びている。名前も美しいし、縁起が良いのではないだろうか。


 タンプル搭の訓練場に辿り着くと、セシリアは早速鞘から刀を引き抜いた。全く装飾のない、漆黒の禍々しい刀身があらわになる。


「よし、では始めるぞ!」


「了解」


 ここで1時間くらい素振りをしてから部屋へと戻り、シャワーを浴びてから朝食の準備をするのが日課になっちまった。まあ、早く起きることは良い事なのかもしれないが、出来ればもう少し寝ててもいいんじゃないだろうか。


 そういえば、前世の世界でも明日花がよく起こしてくれた。かぶっていた毛布を強引に引き剥がしてカーテンを開け、耳元で「兄さん、早く起きてください」と言うのだ。


 前世の世界でも、異世界でも、二度寝は許してもらえないらしい。


 苦笑いしながら、俺は鉄パイプを握って素振りを始めた。


















 クレーンにぶら下げられた巨大な動力機関が、ジャック・ド・モレー級の船体へとゆっくり下ろされていく。


 ジャングオ民国でステラ博士が作り上げた、原子炉とフィオナ機関の複合機関だ。軌道の際に動作不良を何度か起こしてしまったものの、改良を受けたことで信頼性が向上し、原子炉の性能を更に底上げした高性能な動力機関となった。


 新型動力機関は、『ステラ・リアクター』と命名されている。


 ステラ・リアクターは既に、テンプル騎士団で保護した殲虎公司ジェンフーコンスーのスタッフやガルゴニスたちの協力のおかげで量産が始まっており、海軍の保有する戦艦や空母への搭載とテストが始まっている。更に、タンプル搭の地下にある”動力区画”にもタンプル搭の動力源として複数のステラ・リアクターが設置されたらしい。


 原子炉に使用する核燃料も、クレイデリア国内の鉱山で採掘することが可能だという事が判明したため、採掘の準備を行いつつ、核燃料への加工を行うための工場も建設され始めている。


 普通の戦艦から”原子力戦艦”へと改造されていくジャック・ド・モレー級をキャットウォークから見下ろしながら、赤いチャイナドレスに身を包んだガルゴニスは大きな鉄扇を開いた。


「これで、彼女たちの技術はお主らに受け継がれた」


 しっかりと大人になってくれた我が子を見守って安堵する親のように、彼女は微笑む。


 出港準備を終えたジャック・ド・モレーが、軍港のある巨大な洞窟から河の方へとゆっくり進んでいった。おそらく、機関部の換装を終えた他の同型艦たちとこれから演習へ向かうのだろう。一番最初にステラ・リアクターを搭載したネイリンゲンのデータでは、全長304mのネイリンゲンですら45.5ノットで航行することが可能だったという。


 もちろん、動力機関と一緒にスクリューもかなり改造することになったらしいが。


「この力、使い道を間違えるでないぞ」


「ええ」


 微笑みながらガルゴニスが言うと、サクヤさんは真面目な表情でステラ・リアクターを見下ろしながら首を縦に振った。


 最終的には23隻のジャック・ド・モレー級戦艦、準同型艦、空母たちにこれを搭載する予定となっている。ソビエツキー・ソユーズ級にも搭載したいところだが、もし戦闘で核燃料が供給されなくなった場合を考慮し、ソビエツキー・ソユーズ級へのステラ・リアクター搭載は見送られた。ジャック・ド・モレー級が使い物にならなくなった場合は、ソビエツキー・ソユーズ級が臨時の旗艦となるからだ。


 もう既に、テンプル騎士団の軍事力は以前とは比べ物にならないほど強力になった。この軍港ではすさまじい速度でスターリングラード級重巡洋艦などの艦艇が増産されているし、ホムンクルスの製造区画では、タクヤ・ハヤカワの遺伝子を受け継いだホムンクルス兵たちが何万人も生まれている。兵器だけでなく、それを動かす人員を大量生産する事ができるのだから、今のテンプル騎士団は”人手不足”とは無縁と言っていいだろう。


 もちろん、全てのホムンクルス兵が軍に入隊するわけではない。希望するのであれば農業をやってもいいし、普通の労働者として働いてもいい。人間と同じく生殖能力があるのだから、男性と結婚して母親になってもいい。彼女たちにも人権と自由がある。


 ジャック・ド・モレーの後についていく他のジャック・ド・モレー級戦艦の甲板の上でも、ホムンクルスの乗組員たちが走り回っているのが見える。海軍だけでなく、空軍、海兵隊、陸軍でも8割がホムンクルス兵で構成されているので、ホムンクルスだけの部隊は珍しくない。


 ちなみに、シュタージの調査では現在のクレイデリアの人口の5割はホムンクルスだそうだ。人間とホムンクルスのハーフも含めれば7割になるらしい。


 それだけ彼女たちは重宝されているという事だ。組織が壊滅せずに済んだのも、ホムンクルス兵を生産し続けることで兵力を確保できていたからである。


「ところで、悩んでいることがある」


「何じゃ?」


「キャメロットをどうするかだ」


 そう言いながら、セシリアは軍港の隅に停泊している1隻の戦艦を指差す。


 かつて、タンプル搭奪還前まではテンプル騎士団残存部隊の本部となっていた、ジャック・ド・モレー級戦艦の準同型艦『キャメロット』だ。タンプル搭を奪還した現在では役目を終えているため、搭載されていたなけなしの武装すら撤去され、軍港の隅に放置されている。


 海軍の将校たちは、『キャメロットにも武装を施し、ジャック・ド・モレー級戦艦の24番艦として再び就役させる』と言っているが、セシリアたちは戦艦として就役させるのではなく、別の役目を持つ準同型艦として就役させるつもりらしい。


「戦艦として就役させたとしても、もうジャック・ド・モレー級戦艦は十分だ。あんなに頑丈で巨大な船体があるのだから、別の役目を持つ艦として就役させたい」


 確かに、ジャック・ド・モレー級戦艦は頑丈な戦艦だ。無数の爆弾や魚雷の直撃にも当たり前のように耐える事ができるし、満身創痍になっても自力で航行する事ができるほどの防御力を誇るのだから。実際に、戦艦チャン・リーフェンは戦艦大和と交戦して何度も46cm砲の徹甲弾が直撃していたにもかかわらず、無事にジャングオからの脱出に成功していたのである。もし完全に修復する事ができていて、尚且つちゃんとした補給を受ける事ができていたのならば、戦艦大和と互角に戦う事ができていただろう。


 ちなみに、そのチャン・リーフェンも船体を完全に修復された上でステラ・リアクターを搭載されており、テンプル騎士団艦隊に編入されている。


「例えば?」


「……解析した古代文明の技術を搭載した、支援型戦艦として就役させてみるというのはどうだ?」


「支援型戦艦?」


「そうだ。力也、このタンプル搭が”空間遮断結界”によって守られているのは知っているな?」


「ああ」


 空間遮断結界とは、高圧の魔力で空間を遮断してしまう極めて強力な結界の事だ。古代文明の技術を解析する事によって手に入れた技術であり、既にクレイデリア国境とタンプル搭の周囲に配置されている。ヴリシア・フランセンのバカ共が命令を無視して侵攻してきた際は、この空間遮断結界を発動させるだけで殲滅している。


「実はな、研究区画の連中がそれの小型化に成功したらしい」


「小型化?」


「ああ。技術者共曰く『ギリギリ艦艇に搭載できるサイズ』との事だ」


 なんてこった。


 あのド変態共は、古代文明の技術を解析するだけでなく、艦艇に搭載できるように小型化してしまったというのか……!


「私はそれを、あのキャメロットに搭載するべきだと考えている」


「………うってつけかもしれんな」


 小型化に成功したとはいえ、艦艇にギリギリ搭載できるサイズという事はかなり大きな装備であるのは想像に難くない。少なくとも、船体の小さな駆逐艦や巡洋艦に搭載するのは不可能と言っていいだろう。ならば、役目を終えて武装を全て撤去された艦に搭載するのが最適解である。


「この件は、来週の会議で将校たちに話してみるとしよう」


 仮にそれの搭載が決定されたとしても、テストや改良も行わなければならないだろうから実戦投入には時間がかかりそうだ。


 革命への投入は間に合うだろうか、と思いながら、軍港の隅に放置されているキャメロットを見下ろした。




















「参ったな……」


 端末の画面を見下ろしながら顔をしかめ、頭を掻く。


 残っているポイントの量は、以前よりも減っていた。スペツナズの兵士たちに装備を支給したからだ。


 さすがにいつまでもモシンナガンやPPSh-41を使わせるわけにはいかないので、装備を近代化させなければならない。セシリアにも「近代化を優先させるのはスペツナズでいい」と言われているんだが、冷戦以降の装備は消費するポイントが高いので素早く更新するのが難しい。


 とりあえず、全員分と予備のAK-47は用意したし、サイドアームもスチェッキン・マシンピストルと小型の『マカロフPM』に更新している。冷戦の頃のソ連軍の装備だ。


 だが、まだスペツナズの装備の近代化が住んだわけではないし、余裕が出来たら他の部隊の装備も近代化しなければならない。今まではセシリアたちにも手伝ってもらっていたが、彼女たちの能力は劣化してしまっているため、旧式の装備しか生産できないのである。


 だから、ここから先は俺が装備の近代化を行わなければならないというわけだ。


 リョウの奴も端末を破壊されているので、この近代化には協力してもらえそうにない。本当に困った。


「ん?」


「どうしたんだ、ボス」


 端末をポケットに戻し、スチェッキンの点検でもするかと思ったその時、ソファでラノベを読みながらメニュー画面を開いていたセシリアが目を見開いた。


「力也、この”えーけー”というライフルはお前が使っている銃だよな?」


「ああ、そうだが」


「………なんだか、私も生産できるぞ?」


「え?」


 バカな。


 ぎょっとしながら彼女の傍らに駆け寄り、紫色のメニュー画面を覗き込んだ。確かに、生産可能な銃の一覧の中には新しく”アサルトライフル”という項目が追加されていて、AK-47が表示されている。


 セシリアが生産できるのは、旧式の装備だけだった筈だ。なので、仮にアサルトライフルが生産できたとしてもStG44くらいである。なのに、何故冷戦中の装備まで生産できるようになっているのだろうか。


 第二世代型転生者は、第一世代型転生者と違って端末を持たず、端末の機能を自分の能力として身に着けた状態で生まれてくる。しかもそれは子供や孫に遺伝するのだが、段々と能力が劣化していくため、転生者と結婚して転生者の遺伝子を受け継いだ子供を産んで劣化を防ぐ必要がある。


 なのに、何故セシリアまでAK-47を生産できるようになっているのだろうか。


 いや、おかしい事だがありがたい事だ。近代化がより効率的に進むし、兵力の強化にもつながるのだから。


 しかし、どうして彼女までこの銃を生産できる………?


 心の中で歓喜と疑問を混ぜ合わせながら、メニュー画面の中に表示されるAK-47を凝視するのだった。


 

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