会合と新たな装備
「おかげさまで同志の人数は一気に増えましたよ」
トロツキーが運んできてくれたティーカップへと手を伸ばし、ジャムの入った紅茶を口へと運びながらレーニンは嬉しそうに言った。
彼の話では、革命に協力してくれる予定の同志たちは殆どが農民や労働者だという。戦場に行った兵士たちを除けば、オルトバルカ人の中で最も苦労している人々と言ってもいいだろう。若い労働者や息子は徴兵され、戦場で指揮を執る無能な貴族出身のバカの命令で突撃させられる。残された家族の元へは最愛の息子が王国のために名誉の戦死を果たしました、という何の価値もない慰めと絶望が届けられ、年老いた父と母は涙を流しながら王国を憎む。
絶望と憤怒が、ついに限界に達したからこそ革命に協力する同志たちが増えたのだろう。
革命を起こすのであれば、戦時中よりも戦後の方が革命家としては喜ばしい。確かに戦時中であれば、連合王国は外側から攻めてくる敵と、内側で武装蜂起を起こした労働者たちに挟撃されてしまう。そちらの方が、革命の成功率は高くなるだろう。だが、もしそれで革命に成功して王室を滅ぼしたとしても、残っているのは全くと言っていいほど訓練を受けていない労働者や農民ばかりだ。訓練でライフルの撃ち方や敵の殺し方を学んだ帝国軍に勝てるわけがない。
だからこそ、革命家たちは終戦を待った。
オルトバルカが辛うじて帝国に勝利し、疲弊するのを待った。
今のオルトバルカはもうボロボロだ。東部前線で帝国軍に苦戦していただけでなく、アスマン帝国への侵攻を試みても何度も撃退されて大損害を被っていたのだから。
多くの兵士を死なせてしまった事によって、オルトバルカ軍は農民や労働者たちから食料だけでなく、大事に育て上げた若者や子供たちまで搾り取った。兵士の数が確保できなければ、徴兵する若者の年齢を18歳以上から15歳以上にまで下げ、戦場で榴弾砲や銃弾の餌食にさせた。
普通なら、こういう事は敗戦直前の国で起こるものだ。兵士の錬度は急激に低下し、武器も粗悪品やとっくに退役した旧式のものばかりになる。けれども、そんな状態で勝利できたのは我々が手を貸してやったからだ。オルトバルカのクソッタレ共は、その事に気付いていない。
「旧ラトーニウス領の方は?」
「あちらは最早反オルトバルカ派の温床です。いつ革命が始まってしまってもおかしくはありませんが、向こうにはオルトバルカ軍の駐屯地もあります。すぐに鎮圧されてしまうでしょう」
「うむ………」
だからこそ、オルトバルカ国内で武装蜂起する。
王室の連中は気付いていない。革命軍の指導者がネイリンゲンにいて、革命の準備をしているという事に。
灯台下暗しだ。王室に牙を剥こうとしている敵は、王女が座る玉座のすぐ後ろでナイフを研いでいるのだ。
「ところで、そちらは本当によろしいのですか?」
「何がだ?」
ティーカップをゆっくりとテーブルの上に置き、目を細めるレーニン。腕を組んでいたセシリアが首を傾げながら尋ねると、彼は左手で口元を覆っている真っ白な髭に触れた。
「本当に、テンプル騎士団の全戦力を革命のために投入してくれるおつもりですか?」
「うむ、全部投入する」
テンプル騎士団内部にも、反オルトバルカ派は多い。
シャルロット8世によって『ハヤカワ家の関係者だから』という理由で迫害されたり弾圧された者たちもいるし、以前の戦闘で後方のオルトバルカ軍砲兵隊に帝国軍もろとも砲撃され、多くの戦死者を出している。同志たちはよくその怒りに耐えてオルトバルカと共に戦っていたものだ。
だが、もう我慢しなくていい。心を炙り続けるその怒りを、あいつらにぶちまけてやる時が来た。
すると、セシリアはちらりと俺の方を見上げた。
「ここにいる男は私のお気に入りでな。ヴァルツ側では”ウェーダンの悪魔”と呼ばれている」
「………聞いたことがあります」
どうやら、この異名が広まっていたのはヴァルツ側だけではなかったらしい。正直に言うと予想外だ。
レーニンたちは目を見開きながら、セシリアの隣に立っている俺を見上げた。
「ウェーダンで、転生者の指揮官と兵士たちを惨殺したテンプル騎士団の兵士………正真正銘の悪魔だと聞いていましたが、あなたの護衛がその悪魔とは」
「嘘でしょ………そんな奴をどうやって飼い慣らしたのよ、あんた」
「スターリン、同志セシリアに失礼だぞ」
「うるさいわよトロツキー」
飼い慣らす、か。
首に装着されている金属製の首輪に触れながら、確かに飼い犬のような存在なのかもしれない、と思う。彼女に拾われなければ、あのまま強制収容所の中で死んでいたのだ。復讐を果たすことも出来ずに、無念と絶望と怒りを心に宿したまま地獄に落ちていた。
だからこそ、彼女には全身全霊で尽くしたい。捨て駒にされても構わないし、今ここで死ねと言われてもいい。そう命じられたのならば、大喜びで自分の首を斬り落とす。
首輪を引っ張ってみると、脳味噌の後ろの方も少しばかり引っ張られているような感触がした。うなじの部分から後頭部へと伸びる細いケーブルが、脳に接続されているのだ。
これはキマイラバーストを使用した際のリミッターらしい。キマイラバーストを使うと全てのステータスが一時的に全てカンストするが、肉体と精神に大きなダメージを与える劇薬だ。使い続ければ肉体が崩壊する恐れがあるし、廃人になってしまう可能性もある。
特殊部隊の隊長が壊れてしまったらヤバいことになるから付けてくれたのだろうが、傍から見れば飼い犬とか奴隷みたいだな。
まあ、復讐を果たせるのであれば何でもいい。悪魔が対価を欲するのであれば、何でも差し出してやる。
「それで、武装蜂起の時期は?」
「ラトーニウスの同志たちとも調整を行う必要がありますが、現時点では来月に始めるつもりです」
「なるほど、春か」
「ええ。世界大戦に耐え抜いてくれた王国には申し訳ありませんが、社会主義国家を建国するためには滅んでいただかなければ」
「確かにな」
革命軍の連中は、社会主義国家の建国を目論んでいる。
けれども、こっちの目的は単純にオルトバルカへの報復だ。テンプル騎士団の同志もろとも砲撃を叩き込んできたクソッタレ共を地獄に落とし、セシリアやサクヤさんの父親に濡れ衣を着せて処刑した王室に引導を渡す。
シャルロット8世の王位を継承するシャルロット9世は、病弱でいつも宮殿の自室で過ごしているらしい。今はまだ9歳くらいだという。
まあ、そいつも殺すんだろうな。
報復では何も取り戻すことはできない。だが、自分たちから全てを奪っていったクソ野郎共から全てを奪い、同じ苦痛を味わわせてやることはできる。
復讐というのは何かを取り戻すためのものではない。憎たらしい相手に、同じ苦痛を教えてやる行為だ。そうすることで、奪われた者たちの命は弔われる。
それに、見てみたいのだ。
セシリア・ハヤカワの中で肥大化を続ける憎悪の姿を。
彼女を支配する、どす黒い復讐心を。
「女王が国民を統治する時代は、この革命で終わりを告げることでしょう。革命が成功した暁には、貴族や王族などという富を搾取することしかできない存在は消え去り、全ての労働者と農民に平等にパンが行き渡る国に生まれ変わります。同志セシリア、どうかよろしくお願いしますね」
「………ああ」
腕を組むのを止めながら頷き、「約束しよう」と言ったセシリアはゆっくりと立ち上がった。
レーニンや革命家たちは勘付いているのだろうか?
セシリアやサクヤさんは、貴様らの革命なんぞに全く興味がない事に。
サクヤさんも立ち上がり、「それでは、私たちは失礼します」と告げた。俺は一足先に部屋の出口へと向かい、ドアを開けて2人が部屋を出ていくのを待つ。
テンプル騎士団を率いる団長と副団長が出ていったのを確認してから、部屋の中に残っているレーニンにお辞儀をし、俺も部屋を後にした。真っ赤なカーペットで彩られた貴族の屋敷みたいな廊下を歩き、エレベーターのボタンを押して2人を乗せる。
懐中時計をちらりと確認し、時間が予定通りだという事を確認する。そろそろホテルの前に迎えが来ている筈だ。
「労働者と農民に平等にパンが行き渡る国、ね」
エレベーターの壁に寄り掛かりながら腕を組み、サクヤさんは呆れたかのように呟いた。
「社会主義って、人間の”欲”を計算に入れてないんじゃないかしら」
「………俺がいた世界にも、似たような国はあった」
彼女は独り言のつもりだったんだろう。けれども、前世の世界にも似たような経緯で産声を上げ、崩壊していった国があったからこそ、俺はエレベーターの中で話を始めてしまう。
「革命で皇帝を排除し、全ての労働者と農民を平等にした国があった」
「その国の末路は?」
「経済がとんでもないことになって崩壊だ。敵国との戦争ではなく、ゆっくりと衰弱して崩壊していった」
だから、きっと革命後のオルトバルカも同じ運命を辿る。
肥大化していったソビエト連邦が、崩壊してロシア連邦になったように。
オルトバルカ”連邦”が崩壊した後、社会主義国家に作り替えたレーニンやスターリンたちは、後世の人々に何と言われるのだろう?
その答えを知る事は九分九厘出来ないだろうが、俺はちょっとだけそれが気になった。
エレベーターが止まり、扉が開く。ホテルを利用するためにやってきた客たちとすれ違いながら外に出ると、既に階段の向こうに真っ黒なタクシーが止まっていた。運転手の顔は見えないが、ハンドルを握っている手はやけにでかい。かなりがっちりした筋肉で覆われているらしく、腕は普通の人間よりもはるかに太かった。
巨漢の運転手がハンドルを握っているタクシーへと近付き、助手席の窓をコンコン、と叩く。うっかり窓を割らないように加減しながら叩くと、運転席に座っていた巨漢がこっちを振り向きながらニヤリと笑った。
「お客さん、どちらまで?」
助手席のドアを開けながら、浅黒い肌のオークの運転手がニヤニヤ笑いながら問いかけてくる。彼は車とかバイクの運転も得意らしいが、ハンドルよりも機関銃とか棍棒を握っている姿の方をいつも目にしているからなのか、運転席に座っている姿をみると違和感を感じてしまう。
苦笑いしながら、タクシーの運転手を担当するマリウスに言った。
「美味いローストビーフが食いたいそうだ」
「でしたら、南側にいいパブがありますよ同志」
「ではそこで頼む」
列車の中でセシリアが言ってたんだ。「昼食は”ろーすとびーふ”とやらが食べたい」ってな。
だから、今日の昼食は近くのパブでローストビーフだ。革命が始まっちまったら、多分しばらくは食べられなくなるだろうから。
「お前ら、本当に選抜されてきたメンバーなんだろうな?」
黒い制服を赤黒く染められたスペツナズの隊員を見渡しながら溜息をつく。確かに、今後はスペツナズのような特殊部隊は重要になるだろう。基準の厳しさがスペツナズ増強の妨げとなっているのであれば、それは考え直す必要はあると思う。
だが、当たり前だが兵士の育成には手間がかかる。得意分野にも個人差があるし、訓練でその技術がなかなか身につかない奴もいる。しっかりとした規格で造られる機械とは違い、人間の兵士はあまりにもばらつきが大きいのだ。
だから基準を厳しくして、少しでもそのばらつきを軽減しようとするのだ。基準を緩和するという事は、兵士の育成に今まで以上に手間がかかる事を意味する。
高校にいきなり小学6年生が入学してくるようなものだ。
ペイント弾が入った愛用のAK-47からマガジンを抜き、コッキングレバーを引いてペイント弾を排出。安全装置をかけ、肩に担ぐ。
真っ赤になっているのは、新設される予定の”スペツナズ第二部隊”の兵士たちだ。先ほど俺とジェイコブのコンビとこの連中で模擬戦を行ったんだが、結果はこいつらの惨敗だった。しかも、あろうことかこいつらは俺たちを視認すらしていない。
模擬戦に使ったのは室内戦を再現した訓練区画の訓練場だ。オフィスを再現していて、突入に使えるのは前後の扉と天井のダクトの3つである。まあ、以前に壁を爆薬で吹っ飛ばして突入するというとんでもない事をやったバカがいるらしいが。
俺とジェイコブは部屋の中からスタートし、他の連中は部屋を包囲した状態でスタートした。2対10の状態で始まったのだから、向こうが有利と言えるだろう。
なのに何で負けるんだ。しかも敵を視認できなかったとは、情けなさすぎる。
「これじゃ実戦には出せん。お前たちを一人前の兵士に育て上げてやるつもりだが、そうなるのに何十年もかかりそうだな。田舎でフライドチキン作ってる母ちゃんの所に帰るなら今のうちだぞ、同志諸君」
本当に困った………。
確かに、新しい銃を支給してもこいつらは訓練ですぐに慣れてくれる。錬度が低いのは問題だが、こいつら自身の錬度は”普通の部隊と比べれば”高い。だが、このままではスペツナズとしては使えない。
人を育てるというのは難しいものだな、本当に。
「ヴラジーミル」
「はい」
「第一分隊と第二分隊で15分後に模擬戦をやる」
「ルールは」
「分隊制圧戦だ。攻守は後でジャンケンで決める」
「了解。みんな聞いたか、すぐ装備とペイント弾を取ってこい! 先輩方が遊び相手になってくれるってよ!」
第二分隊を率いるヴラジーミルが命じ、部下たちに装備の準備をさせ始める。俺もジェイコブに目配せし、第一分隊の隊員たちに装備の準備をさせた。
ルールは『分隊制圧戦』。防御側が立て籠もっている室内へと攻撃側が突入し、先に相手チームのメンバーを殲滅した方が勝利となる。スペツナズの模擬戦では一番人気があるルールで、他の部隊でもこのルールで模擬戦を行うことがあるという。
「お前ら、よく見とけ」
「了解です………」
第二部隊の連中にそう言いながら、自分のAK-47の準備をする。ある程度カスタマイズは施したが、銃身を延長した上でヘビーバレルにし、マズルブレーキを大型化したくらいだ。使用弾薬は7.62×39mm弾だが、対転生者用に高圧魔力を火薬に添加した”強装徹甲弾”を使用する事を前提にしているため、薬室などの強度はかなり強化されている。
マリウスやジュリアたちに模擬戦の準備を命じながら、ジェイコブも新しいメインアームを準備し始めた。
衛生兵である彼に支給されたメインアームは、『スチェッキン・マシンピストル』と呼ばれるマシンピストルだった。フルオート射撃が可能なソ連製のハンドガンであり、凄まじい速度で弾丸を敵兵に叩き込む事ができる。室内戦ではその殺傷力は猛威を振るう事だろう。ホルスターを装着してストックにすることも出来る。
弾数を増やすためにロングマガジンを装備している他、アイアンサイトがピープサイトに換装されて狙いやすくなっている。メインアームにするには火力不足かもしれないが、『回復アイテムをもっと持ちたいから火力は二の次でいい』という本人の要望があったため、AKではなくコンパクトなスチェッキンとなった。
まあ、あいつは衛生兵だからな。敵を殺すよりも、味方を治すのが仕事だ。
そう思っていると、ジェイコブはでっかいグレネードランチャーを腰の後ろに装備し始めた。木箱の中からグレネード弾をいくつか取り出し、腰のポーチの中へと放り込んでいく。
あれはジェイコブの2つ目のメインアームとなる、ソ連製グレネードランチャーの『RGS-50』だ。強力な50mmグレネード弾を使用可能な中折れ式のグレネードランチャーであり、一般的なグレネードランチャーよりも一回り巨大な砲弾――――――通常のグレネード弾は40mmが一般的である―――――――の殺傷力がより獰猛なのは言うまでもないだろう。とは言っても、彼はそれを攻撃のために使うのではない。スモークで敵から身を隠したり、回復ガス弾で味方を治療するのに使うため、攻撃用の対人榴弾などは携行しないのだ。
「ちょっとヴラジーミルと攻守決めてくるから、隊員を集めて準備させててくれ、相棒」
「はいよ」
副隊長であるジェイコブにそう伝えてから、訓練場の反対側にあるロッカーで準備をしている第二分隊の所へと向かった。
最近は、こうやって過ごしている。味方と模擬戦を行い、敵兵を殺す練習をしながら革命や世界大戦に備えている。
さて、物騒な日常を楽しむとしようか。
そう思いながら、新しく作ってもらった黒いトレンチコートのフードをかぶった。
フードで隠れていた部分に描かれていた、”赤黒い金槌と鎌”のエンブレムがあらわになった。




