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革命家たちの会合


「これでよしっ」


「何がだよ」


 当たり前のように部屋の入り口にSマインを設置したセシリアにそう言いながら、手入れを終えたAK-47の安全装置セーフティをチェックしてしっかりとかかっていることを確認する。いくら頑丈なアサルトライフルとは言っても、手入れを怠ればいつかは必ず動作不良を起こす。動作不良を起こしにくいからと言って手入れをサボってはならないのだ。


 戦場で動作不良を起こし、その隙に撃ち殺されたいならサボればいいがな。


 マガジンを外し、AK-47をベッドの近くに立てかけてから、入り口のドアの近くで待ち構えるSマインを見下ろして溜息をつく。あれは勝手に合鍵を造って部屋の中へと侵入し、俺のベッドに入ってくるクラリッサを排除するための代物なのだろう。諜報部隊シュタージの指揮官ではなく、敵を吹っ飛ばす時に使ってほしいものだ。


「ほら、早く寝るわよ。明日も訓練あるし」


「うむ、寝るぞっ」


 この中で一番起きるの遅いのあんただけどな、サクヤさん。


 右目にかけていた片眼鏡を枕元に置きながらそう言ったサクヤさんの方をちらりと見て苦笑いする。彼女は戦争が終わってから、なぜか右目に片眼鏡をかけるようになった。視力が低下したわけではなく、ファッションのつもりらしいが。


 すると、パジャマ姿のセシリアはサクヤさんが待っている2人用のベッドではなく、どういうわけか俺のベッドの前で立ち止まった。横になろうとしている俺を見下ろしながらニヤリと笑ったセシリアは、いきなり真っ白な手で毛布を掴んだかと思いきや、俺のベッドへと入ってきやがった。


 え、何してんのセシリアさん。


「!?」


「うむ、やはり1人用のベッドは狭いな」


「待てボス? あの、何してんの?」


「む? お前のベッドで寝ようとしているだけだが?」


「何で?」


 問いかけると、彼女は横になったまま腕を組んで胸を張った。


「決まっているだろう。こうすればクラリッサに入る隙間はない!」


「明日の朝の素振りは?」


「サボる!」


 何ィィィィィ!?


 さ、サボる!? 一日も素振りをサボった事がないストイックで真面目なセシリア・ハヤカワが!?


「ぼ、ボス、サボっちゃダメだ。ちゃんと明日の朝はいつも通りに――――――」


「たわけ。そんな事をしたら、私がいない間にあの女(クラリッサ)がやって来るではないかっ」


 毛布の中で、彼女の手が義手をぎゅっと掴んでくる。


「お前は私のものだ。あの女には絶対渡さんっ」


「あー………そう言ってもらえるのは物凄く嬉しいし、俺もあんたに尽くしたくなる」


「うむ、そうだろう?」


「うん………でもさ」


 苦笑いしながら、一番大ダメージを受けている人物の方をちらりと見る。隣のベッドでいきなり自分の妹が部下の1人用のベッドに突入したのを見ていたお姉さんは、どうやら何が起こっているのかを理解できなかったらしく、白目になった状態でこっちを凝視して凍り付いていた。


 耳とか頭からは、真っ白な煙が噴き上がっているのが分かる。


「あまり……お姉さんを困らせない方が良いと思うよ、ボス」


「ね、姉さぁぁぁぁぁぁぁんっ!?」


 まるで塹壕から突撃を開始する時のように、パジャマ姿のセシリアがベッドから飛び出した。隣の2人用のベッドに腰を下ろした状態で凍り付いているサクヤさんの傍らに駆け寄った彼女は、煙を噴き上げたまま動かなくなってしまったサクヤさんの肩を掴み、そのまま彼女を揺らし始める。


「しっかりするのだ姉さん! くそ、誰にやられたのだ!?」


 あんただよ。


 セシリアに揺らされていたおかげなのか、サクヤさんが目を覚ます。


「はっ………!」


「姉さん、無事か!?」


「せ、セシリア………? ごめんなさい、何か起こったのかしら?」


「い、いや、よく分からん………」


 元凶お前な?


「と、とりあえず寝ましょう。明日は”彼ら”と会う予定があるんでしょう?」


「うむ、そうだったな」


 そう、明日は革命軍を指揮するレーニンたちと会う予定になっている。世界大戦が終結してオルトバルカが予想以上に疲弊しているのが分かった以上、早いうちに打ち合わせを行って革命を始めるつもりなのだ。


 だから今日は早めに寝ておかなければならない。テンプル騎士団全軍を義勇軍として派遣すると宣言しているにもかかわらず、寝坊して会合に遅れることだけは許されないからな。分かってますかサクヤさん。


 明日こそは絶対サクヤさん起こす。最悪の場合背負って連れて行く。


 彼女を起こせなかった場合の作戦を考えていると、また足音が近づいてきた。セシリアがやってきたのかと察するよりも先に、彼女の身体が毛布の中にある身体に押し付けられる。やけに近くから発せられる石鹸の香りのおかげでセシリアがまたやってきた事を察した直後、彼女は耳元で楽しそうに囁いた。


「ほら、寝るぞ♪」


「い、いや、だからさ………」


 ニコニコしながら後ろから抱き着いてくるセシリア――――――もちろんおっぱいは当たってます――――――の方を振り向いてから、サクヤさんの方を指差す。


「………姉さん困らせんなって」


「え? ………ね、姉さぁぁぁぁぁぁんっ!?」


 再び頭から煙を発して凍り付いてしまった姉を見て、叫びながらベッドから飛び出していくセシリア。


 早く寝かせてくれないかなと思いながら、俺はベッドの中であくびをした。
















 オルトバルカに大昔に併合された旧ラトーニウス領は、ヴァルツ軍との死闘が繰り広げられたせいで滅茶苦茶になっていた。広大な麦畑は戦死者たちの死体が転がる墓地と化し、かつて牛や豚たちが草を食べながら自由に過ごしていた農場は、榴弾砲の砲撃で荒れ地と化している。


 戦場だった場所に伸びる線路を走る列車の窓から、荒れ果てた麦畑だった場所を見つめながらアイスティーを口へと運んだ。麦畑のど真ん中では破壊された戦車が擱座していて、周囲に数名のオルトバルカ軍の兵士たちが立っているのが見える。その戦車を回収するべきか、それとも分解して使えそうな部品だけを再利用するべきか悩んでいるのだろうか。


『まもなく終点”ネイリンゲン”です。エイナ・ドルレアン方面へは4番ホームの列車をご利用ください。ラガヴァンビウス方面へ向かう列車は8番ホームとなっておりますので、お間違えの無いよう――――――』


 そろそろ降りる準備をしなければ。


 傍らに置いていたサングラスをかけ、座席の上にある荷物へと手を伸ばす。荷物と言っても財布と着替えが入ったカバンだけだ。今夜はネイリンゲンのホテルに宿泊して、明日の朝にクレイデリアに戻る事になる。


「ほら、姉さん。降りるぞ」


「んー………」


 おいおい、しっかりしてくれ。


 義手で頭を掻きながら、ダミアン駅でこの列車に乗った時の事を思い出す。飛行機でクレイデリアからラトーニウスまでやってきたんだが、機内でもサクヤさんは爆睡していた。起こせなかったので、止むを得ず彼女を背負ってダミアン市のタクシーに乗り、この列車に乗り換えたのである。


 考えられないよ。周囲には紳士や貴族の人々もいたというのに。


 彼らの前で爆睡する美少女を背負い、列車に乗る事になるとは。何なのこれ。


 また彼女を背負ったまま降りることになるんだろうかと思っていると、座席で眠っていたサクヤさんがゆっくりと翡翠色の目を開けた。あくびをしながら窓の外を見て、列車がホームで停車するために減速していることを理解した彼女は、背伸びをしながら座席から立ち上がる。


 良かった、また彼女を背負ってホームを歩かずに済む。というか、ネイリンゲンで降りたら後は会合を行うホテルまでそのままタクシーで直行するのだから、さすがにここで起こさなければ革命軍の前で恥をかく。


「んー………変な夢見たわ」


「変な夢?」


「ええ………ウエディングドレス姿のセシリアがね、”何故か”スーツ姿の力也くんと一緒に神父様の目の前で誓いのキスを………」


 結婚式じゃねーか。


 いや、結婚出来たら本当に幸せ者だと思うけどさ、その夢見た原因は絶対昨日の夜の事だよね? 


 苦笑いしながら頭を掻く。座席の上に置いておいた上着を掴んでワイシャツの上に羽織りつつ、荷物を持ったまま出口の方へと歩いた。


 今回の会合は極秘で行う事が望ましい。だから、オルトバルカ軍や王室には俺たちが連合王国を訪れていることは伝えていないし、会合を行う相手が王室の殲滅と共産主義国家の建国を目論むレーニン率いる革命軍だという事も知らせていない。


 もちろん、身に纏っているのは私服だ。傍から見れば、オルトバルカへ旅行にやってきた貴族の姉妹と専属の護衛にしか見えないだろう。そう確信しながら窓をちらりと見たんだが、サングラスをかけているせいなのか、俺は貴族のボディガードというよりはギャングの幹部とかボスの用心棒にしか見えない。サングラスはやめるべきだろうか。


 困惑しながら2人と一緒にネイリンゲン駅で列車を折り、改札口を通過して駅を出た。


 ネイリンゲンはかつては”傭兵の街”と呼ばれていた田舎の街だったんだが、今では労働者向けのアパートとか兵器を組み立てるための工場がいくつも建設され、れっきとした都会に変貌している。けれども郊外に行けば行くほど産業革命や世界大戦による影響は浸透していないらしく、伝統的な建築様式の建物とか農場があるという。


 駅の外でタクシーに乗り、ハイエルフの運転手に行き先を伝える。運転手は「5分くらいで到着しますよ」と言ってから、モリガン・カンパニーのロゴが描かれているタクシーを走らせ始めた。


 助手席の窓から市街地を見渡し、顔をしかめる。


 旧ラトーニウス領では、ヴァルツ軍との死闘が繰り広げられた。多くの市民たちが避難させられ、自分たちの農場や家を失った。なのに、ネイリンゲン市内には戦闘があった形跡は何もない。ビルやアパートの壁にスローガンや志願兵についてのポスターが張られている以外は、戦争があった形跡すら見当たらない。


 だからこそ、旧ラトーニウス領の人々は怒り狂っている。


 オルトバルカの連中は俺たちを人身御供にしたのだ、と。


 元々、ラトーニウス領内には反オルトバルカ派も多い。その反オルトバルカ派に今回の世界大戦での大損害も合流してしまっているため、今ではこのネイリンゲンよりも南方に広がる旧ラトーニウス領そのものが、革命軍や反オルトバルカ派の温床となっている。


 会合はそっちで行えばいいのではないかと思うが、王室に刃向かう連中の温床になっているのであれば、軍は安全なオルトバルカ領よりもそちらの危険地帯を優先的に弾圧する。実際に、旧ラトーニウス領内ではオルトバルカ軍の諜報部隊や秘密警察も活動し始めており、王室への攻撃を目論む組織を潰しているらしい。


 なので、むしろこっちの方が安全なのだ。灯台下暗しということか。


 旧ラトーニウス領の連中も味方に付けられれば革命は有利になるんじゃないか、と考えている内に、タクシーがホテルの前で停車した。入り口にはこれ見よがしに『ホテル・モリガン』とオルトバルカ語で書かれているのが分かる。


 かつてここに本拠地があった伝説の傭兵ギルドの名を冠しているつもりなのだろう。残念だが、ホテル・モリガンという名前のホテルはネイリンゲン市内に5つもあり、戦前はお互いに訴訟を起こしていたと聞いている。そのくだらない裁判に決着はついたのだろうか。


 財布を取り出し、少し多めに金を支払う。運転手はぎょっとしながらこっちの顔を見てきたが、手袋で覆った義手の人差し指を口元に当てると、彼は首を縦に振った。口止め料ということを素早く把握してくれた有能な運転手に銀貨をもう1枚追加で差し出してから、俺は助手席のドアを開けて一足先に降り、後部座席のドアを開ける。


「うむ、すまんな」


「なんだか本当にギャングの幹部みたいね、君」


「せめて護衛って言ってくれませんかねぇ」


 苦笑いしながらそう言い、周囲を見渡すふりをしてちらりとホテルやアパートの屋根の上をチェックする。既に向かいにあるアパートの屋上にはユナートルスコープを搭載したモシンナガンM1891/30を構えた狙撃手が配置についているし、ホテルの屋上ではこっちが到着した事を無線で伝えている観測手が見える。


 よし、さすが第零部隊クラースヌイ・グローザだ。他の連中とは素早さが違うな。


 ホテルの中へと入り、エレベーターで5階まで上がる。レーニンたちから訪問するように指示されたのは、ホテル・モリガンの503号室。ここは貴族がよく利用するホテルらしく、部屋も広いようだ。会合をするにはうってつけの場所と言えるだろう。


 絵画が飾られている廊下を通過し、やけに装飾されている503号室のドアをノックする。しばらくすると、ドアの向こうから『何を買ってきた?』という声が聞こえてきた。


「労働者のためのパンだ」


『………入りなさい』


 扉を開けると、向こうにはドレス姿の金髪のエルフの少女が立っていた。以前にレーニンたちと会った時にもいた少女だ。レーニンが”スターリン”と呼んでいたのを思い出した俺は、前世の世界のソ連にいた独裁者スターリンの事を思い出してしまう。


 同一人物ではない筈だ。


「あら、また会えるなんて」


「………どうも」


「暗いわねぇ。これから協力する同志なんだから、もっと仲良く――――――」


「――――――スターリン、お喋りはこっちでやれ。他の客に聞かれたらどうする」


 彼女を咎めたのは、スーツとシルクハットを身に着けた黒髪の少女だった。彼女も以前にレーニンに呼ばれた時に一緒にいた気がする。


「相変わらず臆病ね、”トロツキー”」


「盗み聞きされるリスクを避けようと思っただけさ」


 協力している同志なんだったらもっと仲良くしろ……。


 そう思いながら、セシリアとサクヤさんを先に部屋の奥へと行かせる。貴族たちが頻繁に利用するホテルだからなのか、やはり部屋の中はタンプル搭の居住区とは比べ物にならないほど広かった。スペースと資金を無駄遣いしているとしか思えないほど広く、過剰な装飾のある部屋の真ん中には大きめのテーブルがあり、既にそのテーブルには人数分の紅茶が用意されている。


 席についているのは、スーツ姿の初老の男性だった。


「ごきげんよう、同志セシリア」


「久しぶりだな、同志レーニン」


 レーニンの向かいにある席に腰を下ろし、ティーカップへと手を伸ばすセシリア。サクヤさんも座ったのを確認してから、俺は2人の後ろで立ったまま周囲を見張る。


 さすがにこいつらが裏切ったり、部屋の中に罠が仕掛けられているわけではないようだ。部屋の中が安全だという事を確認している間に、王室への報復を目論むテンプル騎士団と、社会主義国家建国のために王室の殲滅を目指す革命家たちの会合が幕を開けた。



 

 


 



 



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