終焉と火種
『クレイデリア国営放送局より、クレイデリア国民の皆様にお伝えします。世界大戦が終わりました。繰り返します、世界大戦が終わりました』
讃美歌を彷彿とさせるクレイデリア連邦の国歌と共に、リビングに置かれたラジオから嬉しそうな声が聞こえてきた。きっと、夫や恋人が戦争から戻ってくるのを待つ兵士たちの家族にとっては朗報の1つになるだろう。最大の朗報は、自分の恋人や家族が無事に戦地から戻ってくる事だろうが。
そんな事を考えながら、ソファに腰を下ろしてマンガを読んでいるジェイコブの隣に座り、近くに置いてあったラノベを手に取る。訓練がない時は、よくこうやってジェイコブと2人で部屋でラノベとかマンガを読んだり、白黒映画を見て過ごしている。こいつの性別は男なんだが、容姿が女にしか見えないせいで”同志少佐と同志大尉は付き合っている”という変な噂がスペツナズどころか陸軍でも流れているので本当に困っている。
「ジェイコブは女じゃない」と主張しても、今度は一部の女性兵士が大喜びし始めたのでマジで困っている。誰か何とかしてくれないだろうか。
栞を挟んでからラノベを閉じ、溜息をついた。
結果的に、ヴァルツの連中はアナリアが参戦する前に降伏した。もちろん、降伏する原因となったのは国家の命運を左右する春季攻勢で惨敗したことだろう。春季攻勢で東部戦線に居座るオルトバルカを排除し、オルトバルカから豊富な資源を接収して西部戦線の連合国軍を迎え撃つという計画は、一番最初の段階で頓挫することになったのだから。
帝国が連合国軍に無条件降伏をしたのは一昨日の正午の事だった。世界大戦が終わってくれたのは喜ばしい事だが、おかげでラジオは終戦の報道ばかりだ。楽しみにしていた番組の殆どが放送時間を譲ったことで放送が延期されているため、終戦に大きくかかわっていた俺たちとしてはその報道は聞き飽きてしまっている。
「なんか、それほど嬉しくねえや」
「何が」
「戦争が終わった事だよ」
退屈そうに言いながら、ジェイコブはテーブルの上にあるフライドポテトへ手を伸ばす。俺はソファから立ち上がって部屋の冷蔵庫を開け、中からタンプルソーダの瓶を2つ取り出した。
義手の右手にあるフレームの断面――――――栓抜きに丁度いいのだ――――――で蓋を開け、冷気を発する瓶をジェイコブに手渡す。
「だってこの後は革命だろ? その後には”第二次世界大戦”もある」
「仕方ねえよ、軍隊なんだから」
そう、戦いは終わっていない。
”第一次世界大戦”は終わった。この戦争中に、俺は復讐するべき連中に復讐を済ませる事ができた。来栖はミンチになったし、霧島姉妹も肉片になった。三原も一週間前にゾンビとなった彼女と一緒に燃やされ、遊園地もろとも埋められた。
後は勇者のクソッタレに報復できれば最高なんだが、その前にセシリアの復讐に付き合うとしよう。
オルトバルカは辛うじて世界大戦に勝利したものの、ヴァルツ帝国やアスマン帝国との交戦で大損害を被っている。兵器を作るために大量の資源が消費されたし、もう1つ国を建国できるくらいの数の兵士が戦死しているのでオルトバルカは未亡人だらけだ。食料も軍隊と貴族に優先的に支給されたので、農民や労働者たちはこれ以上ないほど飢えている。
本当に信じられない話だ。必死に働く労働者たちが王都の路地裏にあるゴミ箱から腐った野菜やカビの生えたパンを引っ張り出して食べているというのに、貴族の連中は温かい屋敷の中でいつも通りにステーキを食ってるんだぞ?
だから、革命でそういう連中を取り除く。それが革命軍を率いるレーニンたちの狙いだ。
革命が成功すれば、オルトバルカは社会主義国家に生まれ変わる。ロシア帝国が滅び、ソビエト連邦が生まれたように。
俺たちまで共産主義者になるつもりはないが、革命の手助けはしてやるつもりだ。実際にセシリアは戦時中から革命軍に『革命勃発の暁には、テンプル騎士団は全兵力を義勇軍として派遣する』と表明しているし、終戦後もそれは変わっていない。
革命家の連中は大喜びしてくれる筈だ。
もちろん、連合国軍はこの義勇軍の派遣や革命の支援には抗議してくるだろう。だが、戦時中のように連合国軍を敵に回す心配はしなくていい。
――――――シュタージの連中が、連合国の弱みを全部握っている。
戦時中に捕虜の拷問を依頼してきた国もあったし、人体実験のデータを購入していった国もあった。それに、都合の悪い情報の証拠隠滅を依頼してきたクライアントもいた。テンプル騎士団を敵に回すのは結構だが、敵に回すのであればそういう不都合な情報が公になるのは覚悟しなければならない。
そういうことだ。
だから、テンプル騎士団への抗議は形だけになる。世論を安定させるためだけのデモンストレーションとなる。
そして革命が終われば、第二次世界大戦が始まる。
コンコン、と部屋がノックされる音が聞こえてくる。ノックの音でドアの向こうに立っている相手の正体を予測した俺は、溜息をつきながら「入れよ、クラリッサ」と言いながら冷蔵庫へと向かって歩き出した。
「あら、バレちゃった?」
「まあな」
彼女の分のタンプルソーダも冷蔵庫から取り出して、テーブルの上に置いた。
最近、ドアをノックする相手の癖が分かるようになってきた。セシリアのノックは力を入れ過ぎてるのかやけに音が大きいし、サクヤさんはちょっとばかり静かだ。クラリッサはノックする時の間隔が開いている。
この3つ以外のノックならば、それ以外の奴だ。
クラリッサは「隣いいかしら?」とジェイコブに言いながらソファに腰を下ろし、テーブルの上に置いておいたタンプルソーダを手に取る。
「………勇者は帝国にはいないみたいよ」
瓶を口へと運びながら、彼女は淡々と言った。
「やっぱりか」
「ええ。それと、彼の腹心だった”ローラント中将”も遺体が確認できなかったし、空爆の最中にダミアン市郊外で転移反応が観測されてたみたい」
「………」
あの男を殺せなかったのは、春季攻勢での失敗の1つと言うべきだろう。ヴァルツ帝国の将校は貴族出身のバカが多かったおかげで、こっちの戦術はいくらでも通用した。だが、あの男はテンプル騎士団を蛮族だと決めつけて見下さず、弱点を調べて我々の攻勢を止めたのだ。あのような優秀な指揮官が生き延びてしまった以上、脅威は残っていると言える。
「今、サクヤさんが護衛の兵士と一緒に帝都”ベルディリア”に行ってるわ。勇者の引き渡しを要求してるけど、帝国側も居場所を知らないみたい。念のためにエージェントにも調べさせたけど、帝国が彼を匿っているというわけではないみたいよ」
「逃げられたっぽいな」
「ああ………まあいい。素直に第二次世界大戦を待つさ」
そこで殺せばいい。
明日花たちの恨みを、そこであいつに教えてやればいい。
「で、俺たちには何も命令はないのか」
「うーん、そうね………あ、私とデートなんてどう?」
「ボスが怒るから却下」
「えぇー!? ねえねえ、力也くんちょっと冷たくない? お姉さん悲しくなっちゃう」
「お前俺と同い年だろうが」
「あ、バレた? ふふふっ、力也くんって大人っぽい女の人が好みのタイプみたいだったから」
何で知ってんの。
ぎょっとしながらクラリッサの方を見ていると、彼女はニコニコしながらこっちにやってきて、手のひらにある肉球を頬に押し付け始めやがった。
やめてくれ。でも気持ちいいからもうちょい続けて………。
「とりあえず、スペツナズは今のところは待機よ。もしかしたらオルトバルカへの潜入作戦とか革命家たちへの接触を命じられるかもしれないから、装備の準備をして待機しておくように」
「了解、同志大佐」
「それじゃあよろしくね、同志”中佐”」
そう言いながら、左の胸にある階級章を見下ろしてニヤリと笑うクラリッサ。彼女は踵を返すと、飲みかけのタンプルソーダの瓶を掴んで部屋から出て行ってしまう。
春季攻勢で戦果をあげたことによって、昨日セシリアから勲章と新しい階級章を貰っているのだ。というわけで、昨日の午後10時から俺は少佐ではなく中佐である。ちなみにジェイコブも一緒に階級が上がっており、大尉から少佐になっている。
いつの間にか終戦に関する放送が終わっていた事に気付いたジェイコブは、ラジオのスイッチを切ってから溜息をついた。
「そろそろ訓練場に行こうぜ」
「ああ、新入り共の訓練もあるからな」
今度は”スペツナズ第二部隊”の増設だそうだ。もちろん、基準は以前と同じく緩和されているので、第零部隊の隊員たちと比べると錬度はかなり低い。
本来ならば不合格にしているんだが、ウラルの野郎から圧力をかけられているので合格にするしかないのだ。まあ、訓練で思いっきり鍛えてやれば第一部隊の奴らのように使えるようにはなるが。
というわけで、今からはそいつらの訓練に行かなければならない。戦争は終わったので、今はゆっくりと訓練する余裕があるからな。
この組織が滅ぶことはもう二度とないだろう、と確信できることがある。
それは、やっと『AK-47』を兵士たちに支給できるようになったことだ。ボルトアクションライフルやスコップを持った兵士たちの古めかしい戦い方が終焉を迎え、アサルトライフルやカービンを装備した兵士たちの現代的な戦いの原型が、やっと構築されたのである。
喜ばしい事じゃないか、同志諸君。
支給されたAK-47を構え、射撃訓練場の向こうにある人型の的へとセミオートで発砲する第二部隊の兵士たちを、腕を組みながら睨みつける。基準が緩和されて錬度の低い兵士まで入隊してしまっているとは言っても、彼らも陸軍や海兵隊から選抜されてきた優秀な兵士だ。基本的な事はしっかりと出来ているし、射撃の命中精度も問題ない。問題は他の部隊の低すぎる基準に慣れている事だろう。残念だが、スペツナズではもっと高い基準に慣れてもらう必要がある。
「マティアス、再装填が遅い! 再装填している最中に死ぬつもりか貴様は!」
「すいません、同志中佐!!」
「ダリル、外し過ぎだ! この下手くそが、陸軍の訓練で何を学んできた!?」
「申し訳ありません、同志!」
兵士たちに向かって怒声を発しながら、机の上に置いてある自分の分のAK-47を拾い上げて肩に担ぐ。
AK-47は、第二次世界大戦終結後にソ連軍が正式採用した優秀なアサルトライフルだ。現代のロシアで開発されているAK-12やAK-15の原型となった代物である。
アメリカで開発されたM16やM4などのアサルトライフルと比べれば、命中精度は低いし汎用性も高くないという欠点がある。だが、AK-47の信頼性の高さはあらゆるアサルトライフルの中でトップクラスと言っても過言ではないほどだし、使用する弾薬も大口径なので、ストッピングパワーは極めて優秀だ。これが全ての歩兵に支給されれば、テンプル騎士団の戦力は一気に強化されると言ってもいいだろう。
とはいっても、まだポイントに余裕がないのでAK-47を支給できるのはスペツナズの隊員くらいだ。他の部隊にはまだ支給できるほどポイントがないし、セシリアにも「力也はスペツナズの装備の近代化を優先しろ」と言われている。申し訳ないが、スペツナズの方を優先させてもらうとしよう。
「いいか、よく聞けこのクソッタレ共! 貴様らは我がテンプル騎士団の命運を左右する重要な任務に投入される最高級のクソッタレ共だ! 言っておくがスペツナズは陸軍や海兵隊みたいな生温い部隊じゃない! さっさとそれを自覚して、立派な兵士になりやがれ!!」
『『『『『了解であります、同志中佐!!』』』』』
さて、俺も少しぶっ放しておくか。
自分用のAK-47――――――ストックにテンプル騎士団の旗を巻いてある――――――を肩に担ぎ、開いている場所に立つ。セレクターレバーをセミオートに切り替え、旗を巻いているストックに頬を押し付けながらアイアンサイトを覗き込む。
トリガーを引いた瞬間、モシンナガンよりも小さい反動と同時に銃声が轟いた。弾丸が人型の的の顔面を直撃し、大穴を穿つ。立て続けにセミオートでヘッドショットを繰り返している内に、的の上顎から上が弾け飛び、木片が宙を舞った。
「………言っておくが、これが当たり前だ」
射撃訓練を止めてこっちを見ていた新人共に言うと、彼らは目を丸くしながら上顎から上が吹っ飛んだ的を凝視し始めた。
確かに、今まで使っていたライフルと比べると命中精度は落ちている。敵を狙う時は今までよりも肉薄して使うべきだろう。
さて、こいつらの訓練が終わったらAK-47を早速カスタムしますか。
そんな事を考えながら、新人たちの射撃訓練を見守り続けた。




