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業火の海、兵士の墓標


 やはり、彼らは蛮族などではなかった。


 大空を舞う無数の大型爆撃機たちが投下してくる爆弾で吹き飛ばされていく味方を見つめながら、私は確信していた。


 テンプル騎士団は最早蛮族などではない。確かに、本拠地を失った直後の彼らは手段を択ばない蛮族としか言えなかった。だが、今の彼らには物量もあるし技術力もある。そして、その2つを最大限に活用するための余裕も兼ね備えている。


 圧倒的な力を、柔軟に使いこなす事ができる力。


 天空から落下してくる無数の爆弾が、擱座していた戦車たちに止めを刺した。天井の薄い装甲を貫通された戦車が木っ端微塵になり、黒焦げになった装甲の一部が吹き飛ぶ。


 既に我が軍はもう総崩れだった。


 爆撃を回避するために逃げようとしている兵士たちが、ダミアン市からの狙撃で頭を撃ち抜かれて崩れ落ちる。まだ戦い続けるんだ、と叫ぶ分隊長が、逃げようとする部下を拳銃で射殺する。中には混乱し過ぎたせいなのか、近くを逃げ惑う兵士を突撃してきた敵兵と勘違いして攻撃する兵士たちも見受けられる。


 これで、ヴァルツ帝国の春季攻勢は頓挫した。


 溜息をつきながらメガネをかけ直し、空を見上げる。


 その時だった。


 私のすぐ近くが一瞬だけ光ったような気がした。濃密な魔力が拡散し、誰かがそこで魔術を使ったという事を告げる。ぎょっとしながら振り向くと、傍らにはいつの間にか真っ白な制服を身に纏った勇者様がいた。


 転移魔術を使ったのだ。


 転移魔術は莫大な量の魔力を消費する魔術だが、その際に使用する魔力の量は転移する対象の質量に比例する。艦艇であればフィオナ機関を使い捨てにする必要があるほどの魔力を使わなければならないが、1人の人間が転移するのであれば、人間の魔力で何とかなる程度で済むのだ。


「どうだね、ローラント中将」


 部下たちが爆弾で吹き飛ばされていく光景を微笑みながら見渡した勇者様は、私にそう尋ねた。


 周囲は爆発する爆弾の轟音と、兵士たちの断末魔で満たされている。いつも通りの大きさの声など簡単に掻き消されてしまう筈なのに、どういうわけか勇者様の声は静かな執務室で喋っているかのようにはっきりと聞こえる。


「やはり勝てなかったろう」


「………ええ」


 理解していた。


 この戦いがどのような結果で終わるのか。


 虎の子の転生者たちをかき集め、陸軍の将校たちを説得して攻勢を計画し、帝国を勝利に導くつもりだった。転生者という強力な存在は、体勢を立て直した敵が反撃を始めれば一気に脆くなる突撃歩兵をより強力な存在にするための切り札だった。欠点を完全に克服した浸透戦術であれば勝てると思っていたんだが、ゴダレッド高地で我々の作戦を学んでいたテンプル騎士団は、後方への浸透すら許さなかった。


 彼らは、より強力な軍勢へと成長していたのだ。


「この戦争では奴らには勝てん」


 春季攻勢で主力部隊と主力艦隊を失った帝国は、数ヵ月以内に降伏することになるだろう。東部戦線でオルトバルカを降伏させ、豊富な資源を接収してアナリア合衆国との決戦に挑むという計画は完全に頓挫した。アナリア合衆国の参戦が帝国軍の敗北宣言と化すのは言うまでもないだろう。


「だが――――――」


 微笑みながら言った勇者様は、私に向かって片手を差し出した。


「――――――”次の戦争”では勝とう、中将」


「………ええ」


 ご一緒しますよ、勇者様。


 私はあなたの作る世界が見てみたい。


 何の実力もない貴族や王族が統治する国家ではなく、圧倒的な力を持つ転生者が統治する国家を見てみたい。


 だから私は、あなたの頭脳となった。


 周囲で断末魔を発する兵士たちを一瞥してから、私は彼の手を握った。


 次の瞬間、強烈な光が私の身体を呑み込んだ。

















 ダン、と銃声が響き渡る。


 銃撃戦を繰り広げているにしてはあまりにも散発的で、薄過ぎる銃声の群れ。


 敵を殺すために銃弾を放っている証だが、ライフルを抱えて反撃してくる敵を射殺している銃声ではない。そういった正々堂々とした銃声ではなく、兵士たちの狂気や憤怒から生まれた禍々しい銃声だった。


「た、たすけて………たすっ――――――」


 ドン、と、まだ生きていた下半身のないヴァルツ兵にトカレフTT-33で止めを刺す。涙と血と泥で汚れた顔に風穴を開けられたヴァルツ兵は、一発の弾丸によって穿たれた傷口から血を流し、二度と動かなくなってしまう。


 他の兵士たちも、俺と同じことをしている。


 爆撃で木っ端微塵になった敵の死体で覆われた平原を歩き回りながら、まだ生きている敵兵を探し出し、命乞いを無視してとどめを刺しているのだ。


 やり方は部隊によって違うようだった。俺たちのように淡々と敵を射殺している部隊が殆どだったが、中には新兵に”敵を殺す感覚”を覚えさせるために、抵抗できない敵兵の射殺を新兵にやらせている部隊もある。


 中にはこうやって虱潰しに生存者を探し出して射殺するのが非効率的だと判断したのか、死体の山に戦車を突撃させて履帯でミンチにしている連中もいる。


 これが俺たちのやり方なのだ。


 技術者共から「サンプルが欲しい」と言われていない限り、敵は皆殺しにするのが当たり前だ。敵を生け捕りにしたとしても、情報を吐かせた後は収容区画ラーゲリへと送られ、技術者共の人体実験に付き合う羽目になる。


 だから我が軍に”捕虜”などいない。


「力也、そろそろ戻ろうぜ」


 恋人の写真を握りながら命乞いをしてきた敵兵を射殺してから、ジェイコブの方を振り向いた。同じくトカレフTT-33で敵兵の生存者を射殺していたジェイコブは、ダミアン市の大通りから火炎放射器を装備した兵士たちを乗せたトラックがこっちにやってきたのを指差しながら「焼かれちまう」と言い、トカレフTT-33をホルスターに戻す。


 この世界では、大昔から戦死した兵士の死体をそのまま放置する事は最も好ましくないと言われている。死者たちの怨念が死体へと戻り、その死体がゾンビと化して友軍を襲うことがあるからだ。だから敵兵の死体の処分や戦死した味方の兵士の死体は火葬にするのが望ましい。


 胸のホルスターからワルサー・カンプピストルを引き抜き、青空に向かって灰色の信号弾を放つ。死体の処分が始まる事を他の部隊にも知らせてから、俺たちは踵を返してダミアン市の方へと歩き始める。


 市街地の入り口では、陸軍の兵士たちや木箱に腰を下ろして休憩していたり、支給されたシチューを食べているところだった。敬礼してくる彼らに敬礼をしながら、奥にある公園のど真ん中に停まっているトラックの荷台に乗り、SKSを肩に担ぎながら溜息をつく。


 セシリアからは、「生存者の掃討が終わったら迅速にタンプル搭へ帰還せよ」と命令されている。場合によってはすぐに別の任務があるかもしれないので、早めに戻って今のうちに休んでおけという事なのだろう。


 荷台に腰を下ろしながら、ジュリアが羨ましそうに「ああ、私も焼きたかったニャー」と呟く。死体を燃やすのであれば彼女が適任なのかもしれないが、ジュリアもれっきとしたスペツナズの一員である。場合によっては極秘任務の最中に敵を焼くことになるかもしれないので、彼女にも帰還してもらわなければ。


「これで戦争は終わるな」


 隣に腰を下ろし、支給されたチョコレートの袋を開けたジェイコブが淡々と言った。


「ああ、終わる」


 全ての主力部隊を総動員した春季攻勢カイザーシュラハトが頓挫した以上、もう帝国軍は攻勢を行う事はできない。大損害を被った上にアナリア合衆国の参戦が近づいているのだから、敗北は確定と言ってもいいだろう。


 勇者のクソッタレを殺せなかったのは残念だが、奴は”次の世界大戦”で殺せばいい。


 オルトバルカでの革命が終わる頃には、連合国軍からたっぷりと賠償金を支払うように要求されるヴァルツ国内では国民たちの不満が限界に達している筈である。勇者は間違いなくそのタイミングで姿を現し、ヴァルツ帝国を乗っ取って”第二次世界大戦”を始めるだろう。


 ヒトラーのクソッタレが第二次世界大戦を始めたように。


 だからそれまで待ってやる。


 それに、セシリアには俺の復讐に付き合ってもらったのだ。今度は彼女とサクヤさんの父を奪ったオルトバルカの王室への報復に手を貸さなければな。


 トラックのエンジンがかかり、ゆっくりと公園から走り始める。


 荷台の上に腰を下ろしながら、俺はニヤリと笑った。


 



 第十四章『春季攻勢』 完


 第十五章『終戦』へ続く




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