海兵隊の猛攻
テンプル騎士団海兵隊は、攻勢を得意とするテンプル騎士団の様々な部隊の中でも最も攻撃に長けた獰猛な部隊として知られている。かつてはシュタージのエージェントが入手した情報を元に、海兵隊の部隊が転生者の討伐に派遣されていたため、スペツナズを除けば最も転生者との交戦回数の多い部隊であった。
その獰猛さは、組織が弱体化してしまった現在でも受け継がれ続けている。
「前方に敵部隊を確認。ヴァルツ軍の本隊です」
先行していた偵察兵からの報告を聞いたエドワード少将は、口元を覆っている真っ白な髭に触れながら頷き、赤いベレー帽をかぶった。
テンプル騎士団のドクトリンでは、部隊を分散させずに一ヵ所に集中させ、敵陣の中央を突破する事になっていた。そのため、今回の作戦で採用された海兵隊と陸軍による前後からの挟撃は非常に珍しい戦略であり、古参の将校の中には各個撃破されるのではないかと懸念する者も多かった。
エドワード少将も同じように各個撃破される恐れがあると反論し、セシリアの作戦には反対したものの、陸軍は予想以上に粘り強かったどころか、むしろヴァルツ軍に大打撃を与えつつダミアンで奮戦を続けており、そのまま戦闘を継続するだけで勝利は確定すると言ってもいい状況であった。
だが、戦闘が長引けば比例して損害も大きくなるのは当たり前である。軍拡を行ってかつての兵力を取り戻しつつあるとはいえ、未だに全盛期の戦力には程遠い今のテンプル騎士団にとって長期戦や消耗戦は最も避けるべきだ。
だからこそ、これから突撃するのだ。
大損害を被り、春季攻勢が頓挫しつつあるヴァルツ帝国軍に止めを刺して、戦いを少しでも早く終わらせるために。
M1ガーランドやM1カービンを抱えつつ、戦車の周囲で進撃の準備をする海兵隊の勇猛な兵士たちを見渡しながら、エドワード少将はかつてモリガンの傭兵の1人であった親友の事を思い出していた。彼に護身用の包丁と資金を託し、モリガンの傭兵の本部があるネイリンゲンまで助けを呼びに行くように頼んでいなければ、今頃彼らはとっくに死んでいた事だろう。
テンプル騎士団海兵隊の指揮官となった彼の部下たちは、今は亡き親友に匹敵する勇猛な兵士たちである。
「少将、ダミアンより発光信号!」
「解読できるか」
「………『瀕死ノ鯨ニトドメヲ刺セ』とのことです」
今の彼の手元には、一本の銛がある。
テンプル騎士団海兵隊という、今まで数多の得物にとどめを刺してきた世界一獰猛な銛が。
錆び付いてはいるが、切っ先は未だに鋭い。
眼前にいるのは、瀕死の鯨。これでもかというほど投げつけられた銛で身体中を穿たれ、海面を真っ赤に染めながらもがく鯨だ。
だから少将は、その銛を放つ事にした。
腰に下げた迷彩模様の法螺貝を手に取り、思い切り吹く。
『ブオォォォォォォォォォッ!!』
「GO! GO! GO!」
法螺貝の音が荒れ地に響き渡った直後、停車していたシャーマン・ファイアフライの群れが一斉にエンジン音を響かせ、履帯で大地を踏みしめながら前進を始めた。戦車の陰に隠れながら前進する歩兵たちの頭上を、機動艦隊の空母から出撃したF4Uコルセアの編隊が通過し、一足先にヴァルツ軍の後方から空爆をお見舞いし始める。
陸軍がロシア製やソ連製の兵器を運用しているのに対し、海兵隊ではアメリカ製の兵器やイギリス製の兵器が運用されている。支給されている制服のデザインも異なるため、傍から見れば別の国の軍隊にも見えてしまうだろう。
「君、ちょっと銃を貸してくれないか」
「え、少将、何をなさるおつもりですか」
「久しぶりに運動がしたくてね」
かぶっていたベレー帽を近くにいた兵士に押し付けたエドワード少将は、その兵士が戸惑っている隙にM1ガーランドと弾薬の入ったポーチを拝借し、腰に下げていたヘルメットをかぶって走り始めた。
エドワード少将は寿命の長いハーフエルフである。肉体が老いる速度も人間と比べれば非常に緩やかであるが、彼は既に人間で言えば60歳後半の男性である。さすがに若い兵士たちと共にライフルを抱え、最前線で敵兵と銃撃戦を繰り広げるには無理がある。
第一、彼は海兵隊を指揮する将校である。後方で部隊の位置が書かれた地図を見下ろしながら命令を下すのが仕事だ。
「止まるな、行けッ!!」
「しょ、少将!?」
「前進だ! クソ野郎共に地獄を見せてやれ!!」
ガギュン、と甲高い音が響き渡る。ヴァルツ兵が後方から進撃してくる海兵隊に気付き、徹甲弾で戦車を狙撃し始めたのだ。だが、シャーマン・ファイアフライはアメリカ製の戦車をイギリスが改良した強力な兵器である。対戦車ライフルどころか一般的なボルトアクションライフルの徹甲弾で撃破するのは不可能と言っていいだろう。
案の定、立て続けに放たれるヴァルツ製の8mm徹甲弾は次々に弾き飛ばされていた。逆に主砲同軸の機銃が火を噴き、狙撃を試みる敵兵をズタズタにしていく。
すると、少将が隠れていたシャーマン・ファイアフライの砲塔のハッチが開き、中から小柄なホムンクルスの戦車兵が顔を出した。
「砲撃します、耳を塞いで!」
「聞いたな、耳を塞げ! 鼓膜がイカれるぞ!!」
シャーマン・ファイアフライが一旦停車する。それを見た兵士たちが指示通りに耳を塞いだ直後、シャーマン・ファイアフライの主砲が火を噴いた。榴弾砲が歩兵の群れを吹き飛ばしたらしく、敵陣から飛来する銃弾や徹甲弾の弾幕が一気に薄れる。
「GO!」
耳を塞いでいた部下の肩を叩きながら、M1ガーランドを構えて戦車の陰から身を乗り出す。
ヴァルツ軍にとっては、後方からの海兵隊の奇襲はチェックメイトと言っても過言ではなかった。ダミアンに撤退したテンプル騎士団を追撃するために前進したにもかかわらず、ダミアンの建物を有効活用して待ち伏せしていた陸軍の猛攻で前進を止められ、制空権を奪われた状態で戦力をひたすら削り取られていた所に背後から海兵隊が現れたのである。
慌ててヴァルツの戦車が反転を試みるが、装甲の薄い側面を晒した瞬間にシャーマン・ファイアフライの徹甲弾で撃ち抜かれたり、地面に伏せた歩兵が放った『ボーイズ対戦車ライフル』の徹甲弾で装甲が薄い車体後部を狙撃され、戦場の真っ只中で擱座する羽目になった。
M1ガーランドで敵兵の頭を撃ち抜きつつ、一旦地面に伏せてから手榴弾を投擲する少将。地面に伏せたり、腕を動かす度に肩や腰が激痛を発したものの、それ以外の感覚は若い頃から変わっていなかった。
ドン、と手榴弾が炸裂し、近くにいた哀れな転生者兵の下半身が吹き飛ぶ。腰から下を失って叫び声を発する転生者の眉間に弾丸を叩き込んで黙らせた少将は、後方にいる通信兵に「空爆を要請しろ!」と叫びながら、赤いスモークグレネードを投擲する。
「レイヴン3よりシーガル隊、空爆を要請する。赤いスモークの辺りを徹底的に頼む」
『任せろ兄弟、思い切り抉ってやる』
爆弾を温存していたF4Uコルセアたちが、3機で編隊を組みながら急降下してくる。胴体にぶら下げた爆弾が投下され、擱座していた敵戦車を脱出しようとしていた戦車兵もろとも吹き飛ばす。数名の転生者兵が魔術や銃弾で迎撃しようとするが、制空権が確保された空をプロペラの音を響かせながら我が物顔で舞うF4Uコルセアの群れには命中しない。
むしろ、空母から出撃してきた艦載機のパイロットたちは宙返りしつつマズルフラッシュを探し、そこへと機銃やロケット弾を叩き込んでいった。
制空権を失えば、地上部隊は上空の敵航空部隊からの空爆や機銃掃射を受けながら戦わなければならない。歩兵の持つ武装よりもはるかに強力で高い命中精度を誇る攻撃が上空から降り注いでくる状態で、敵の地上部隊を迎え撃たなければならないのがどれだけ苛酷かは言うまでもないだろう。
しかも、今のヴァルツ軍は前方のダミアンに駐留するテンプル騎士団陸軍だけでなく、後方の海兵隊と上空の艦載機たちからの集中攻撃を受けている状況だ。虎の子の戦車や転生者兵たちは必死に弾幕を張って応戦するが、ダミアンへの攻撃は建物を盾にされて効果が薄れ、上空への攻撃は対空兵器がない状況であるためほぼ無意味となっている。後方の海兵隊を攻撃しようとすればダミアン氏の陸軍と頭上のF4Uコルセアたちに攻撃されるため、迂闊に反撃できない。
普通の軍隊との戦闘であればとっくに白旗を上げるべき状況だったが――――――ヴァルツ軍は白旗を上げなかった。
彼らが勇猛だからなどではない。
白旗を上げても、無慈悲に攻撃を継続して皆殺しにするのが当たり前の軍隊が相手だからである。
仮に捕虜として受け入れられても、処刑されるか非人道的な人体実験に使われて処分されるのが関の山である。そう言った無残な死に方をするよりも、戦場で兵士として死ぬ方がほんの少しだけマシだと思っているからこそ、彼らは抵抗を続けるのであった。
傍らでブローニングM1919重機関銃を連射し、弾幕を張る分隊支援兵と共に、エドワード少将は転生者兵の頭を正確に狙撃していく。8発の弾丸を撃ち終えたM1ガーランドからクリップが排出されたのを見た彼は、ポーチから新しいクリップを取り出して再装填し、さらに敵兵を狙撃していく。
中には白旗を必死に振る敵兵もいたが、戦意を失った兵士であろうとお構いなしに狙撃していった。
エドワード少将も、9年前のタンプル搭陥落で孫娘をヴァルツ兵に殺されていたのだ。
ヴァルツ軍は、既に6割以上の戦力を失っていた。
彼らからすれば既にチェックメイトと言わざるを得ない状況だが――――――無慈悲なテンプル騎士団からすれば、まだまだ生温い。
本当のチェックメイトは、これから始まるのだ。
「少将! 少将!!」
「どうした!」
金属音を奏でながら躍り出たクリップの代わりに新しいクリップを装填しつつ、エドワード少将は怒鳴り返す。
「爆撃機が接近中! 後退しましょう!!」
「………チェックメイトだな」
既に、ダミアンの向こうには無数のB-29の編隊が見えている。クレイデリア国内の飛行場から飛び立ち、空中給油を繰り返しながらここまでやってきた爆撃機の群れだ。タンプル搭を失ってからほぼ機能を停止していた空軍所属とは思えないほどの数の爆撃機が、たっぷりと爆弾を搭載してここへと向かっている。
このまま攻撃を継続すれば、下手をすれば爆撃に巻き込まれる恐れがあった。
「よし、後退だ!」
「全軍後退!」
もう少し時間があれば瀕死の鯨にとどめを刺せたのだが、と残念そうに思いながら、少将は近くで弾幕を張る機関銃の射手の肩を叩き、共に後方へと走り出した。
『攻撃目標を確認。各機、爆撃準備』
「ハッチ開け」
巨大な魚雷にエンジン付きの主翼と尾翼を取り付けらような形状をした爆撃機の胴体のハッチが開き、どっさりと搭載された爆弾があらわになる。派遣された100機の爆撃機たちがその爆弾を一斉に地上へと投下すれば、間違いなく旧ラトーニウス領の大地は火の海へと変貌する事だろう。
その地獄で裁かれるのは、9年前に彼らの同胞を虐殺したヴァルツ人たちだ。
編隊の隅を飛ぶB-29の機長は、コクピットに張り付けられた家族の白黒写真をちらりと見てから息を吐く。
このB-29からこれから投下される爆弾には、9年前のタンプル搭陥落で家族や友人を失った兵士たちの恨みが込もっているのだ。
このB-29に乗っている乗組員たちも、9年前に家族や恋人を失っている。復讐するためにテンプル騎士団に入団し、反撃が始まるまでの9年間も憤怒に耐えながら辛酸を嘗め続けてきたのだ。その怒りを解き放つことをやっと許されたのだから、空軍の兵士たちの士気はこれ以上ないほど高い。
整備兵や乗組員たちが、出撃前に爆弾に「娘を返せ」、「俺たちの怒りを思い知れ」、「9年前を忘れない」とペンキで書いていたのを思い出しながら、機長はコクピットの向こうを見据える。
まもなくダミアン郊外に広がる平原の上空へと到達する。既に敵はアーサー隊の活躍で制空権を喪失しているため、B-29の爆撃を止めることはできない。仮に戦闘機が残っていたとしても、彼らの戦闘機は古めかしい複葉機ばかりだ。B-29が自由に舞う事を許された高度まで上がることはできないだろう。
周囲には護衛を担当してくれる戦闘機たちもいるが、彼らに仕事はない。B-29と共に空を舞い、豪華で焼かれるクソ野郎共を見下ろすだけだ。
彼らは悔しいだろうなと思いながら飛び続けていると、無線機の近くにいたホムンクルスの乗組員が告げた。
「海兵隊は退避を完了した模様」
『アヴェンジャーより各機、爆弾投下開始』
「よし、投下!」
「了解、爆弾投下」
隊長機からの命令を聞いた機長は、すぐさま部下に爆弾の投下を命じた。
次の瞬間、無数の爆弾が大地へと投下され――――――ラトーニウスの大地が、火の海と化した。
※冒頭に出てきたエドワード少将は、こうなる一部の第五章に出てきたギュンターの仕事仲間のエドワードと同一人物です。




