ダミアン襲撃
『空中給油完了。同志諸君の健闘を祈る』
空中給油機に改造されたB-29が、戦闘機の編隊から離れるためにゆっくりと旋回を始める。爆弾の代わりに給油用の燃料タンクを搭載したでっかい爆撃機をキャノピーの中から見つめつつ、燃料計を一瞥して燃料漏れがないかをチェックする。
オールグリーンだ、と思いながら、自分の乗る機体を見渡す。
俺たちが今乗っている機体は、テンプル騎士団に所属する他の航空隊の機体とは異なった形状をしている。今までは操縦桿の近くにある照準器を覗き込めば、機首ですさまじい速度で回転するプロペラが見えるのが当たり前だったんだが、この機体の機首にそんな代物は存在しない。爆撃機が搭載する爆弾みたいな形状をした胴体に、主翼と尾翼とコクピットを取り付けたような形状をしている。
この変わった機体を飛ばすためのエンジンは、主翼に1基ずつぶら下がっている円筒状のジェットエンジンだ。今までプロペラがあった機首には、代わりに大口径の30mm機関砲が4門も居座ってやがる。今まで乗っていた機体の機関砲や機銃とは比べ物にならないほど獰猛で危険な武装と言っていいだろう。主翼の下にはロケット弾も搭載してある。
こいつは訓練で何度も飛ばしてるが、実戦で飛ばすのは初めてだ。俺たちは熟練のパイロットばかりだから問題ないが、この機体にとっては初陣ってわけだな。
俺たちに同志団長が支給して下さったのは、異世界の『ドイツ』とかいう国で開発されたという『メッサーシュミットMe262』だった。プロペラではなくジェットエンジンを搭載したジェット機であり、今のところはアーサー隊に10機――――――残りの5機は機体をぶっ壊したバカのための予備機だ――――――だけ支給されている。
他の航空隊の機体を簡単に置き去りにできるくらいの圧倒的なスピードを誇る機体だ。精鋭部隊である俺たちにはぴったりな機体と言っていいだろう。
こいつで実際に敵機を撃墜するのを楽しみにしながら、ちらりと隣を飛ぶ真っ赤なMe262を見た。ヘルムート叔父さんもこの機体を気に入っているらしく、訓練が終わった後も1人でよく空を飛んでいたし、最近は整備兵から整備のやり方を教わって自分で機体を整備するようになったらしい。
真っ赤に塗装されているのは隊長であるアーサー1だけだ。他の4機は黒が基調になっていて、主翼と尾翼の先端や機首の先端部だけが赤く塗装されている。
『アーサー1より各機へ通達』
無線機から、ヘルムート叔父さんの低い声が聞こえてきた。
『まもなく戦闘空域へ突入する。陸軍と海軍の同志たちは既に戦闘中だそうだ。我々は遅刻だな』
遅刻したのは仕方のない事だった。今までは同盟国から飛行場を借り、そこから航空機を飛ばすことで陸軍や海兵隊の航空支援を行っていたんだが、オルトバルカ軍のクソッタレ共が飛行場の貸し出しを断りやがったせいで、テンプル騎士団空軍は止むを得ずクレイデリア国内の飛行場から飛び立ち、途中で大規模な空中給油を行いながら戦闘空域へ急行するという選択肢を選ばざるを得なかったのである。
幸運なことに、空中給油はタンプル搭陥落前から行われていたし、そのノウハウを熟知しているベテランのパイロットも何人か生き残っていたので、彼らが指導を行ってパイロットを育成しつつ、爆撃機を空中給油機に大慌てで改造したことで空中給油という選択肢が選べるようになった。
旋回を終えたB-29が、高度を上げて雲の脇を通過していく。空軍が空中給油は40年ぶりだそうだ。ヘルムート叔父さんがまだ学校で勉強していた頃の話じゃないか。
『すでに被害も出ているらしい。ダミアン上空に到達後、敵航空機を全て撃墜して制空権を確保しつつ、機銃掃射で航空支援を行う』
「アーサー2、了解」
『アーサー3、了解』
『アーサー4、了解』
『アーサー5、了解』
俺たちは空軍の一番槍だ。
爆弾をどっさりと積んだB-29たちや、護衛を担当する他の戦闘機たちはもっと後方にいて、戦闘空域突入前の最後の空中給油を受けている頃だろう。俺たちの任務は制空権の確保と航空支援だが、最低でも敵部隊の攪乱はしなければならない。
まあ、後方にいる連中の出番はないだろう。
『油断するなよ、クルト』
「分かってるよ、叔父さん」
油断はしない。
息を吐きながら操縦桿をぎゅっと握り、キャノピーの向こうを睨みつける。
ゆっくりと登り始めた朝日のせいで、空は段々と紺色から蒼へと変わりつつあった。
フィオナ博士はやっぱり変態だ。
大昔に病死し、”まだ生きていたい”という強烈な未練で幽霊となった当時12歳の1人の少女は、強烈な未練のせいで成仏する事ができなかったため、ずっとネイリンゲンにあった旧モリガン本部となっている屋敷の中を彷徨っていたらしい。
モリガンの傭兵の1人となった後は、薬草の調合や魔術による味方の治療などのサポートを行っていた。けれども、彼女は産業革命が始まった辺りから超弩級のド変態へと突然変異を起こしてしまったらしい。
なかなか成仏できないため、彼女には時間がたっぷりとある。なので、その時間を使って様々なものを発明し、かつて世界規模の企業であったモリガン・カンパニーの急激な発展――――――後期は”肥大化”と言うべきかもしれない――――――に貢献している。彼女の持つ高い技術力はテンプル騎士団の発展にも貢献しており、現在では魔力と前世の世界の兵器を組み合わせた装備や、古代文明の技術を流用した兵器の開発を行っている。
フィオナ博士とステラ博士の活躍のおかげで、タンプル搭を失った後のテンプル騎士団は辛うじて高い技術力を維持する事ができたと言っていいだろう。あの2人の頭脳のおかげで騎士団は滅びずに済み、発展する事ができたと言ってもいい。
まあ、どっちもド変態なんだが。
乗せてくれたトラックの運転手に礼を言い、弾薬の箱や砲弾がどっさりと積まれた荷台の上からSKSを抱えたまま飛び降りる。瓦礫だらけになった大地をブーツで踏みしめ、息を吐きながら最前線へと向かって突っ走る。
メインアームはSKSカービンだ。銃身をヘビーバレルに換装して命中精度を高めたほか、やや大型のマズルブレーキを装備して反動を軽減している。個人的には照準器はピープサイトの方が狙いやすいので、アイアンサイトはピープサイトに変更した。
サイドアームはトカレフTT-33を2丁装備している。片方はカスタムしていないが、もう片方は万が一メインアームを喪失した場合にメインアームの代用として使用するため、ホルスターとしても機能する木製ストックと16発入りのロングマガジンを装備したピストルカービンに改造している。
端末がアップデートされたことにより、装備できる武器が制限された。メインアームとサイドアームはそれぞれ2つずつ装備する事ができる。もちろんカスタムも可能だけど、装備できる武器に与えられた”重量ポイント”と呼ばれる数値が俺の限界地をオーバーすると、ただでさえ低いスピードのステータスがその分マイナスされてしまう。
なので、今までのように”とりあえず武器を持っておく”のは厳禁だ。必要な装備だけを身に着けておく必要がある。
ちなみに、対戦車ライフルや重機関銃のような大型の銃はメインアームの空欄を2つ使ってしまうため、それ以外にメインアームを持つことはできない。そのため、対戦車ライフルを装備する場合はその分サイドアームでカバーする必要があるのだ。
マシンピストルとかピストルカービンはサイドアームに分類されるので、対戦車ライフルを装備する場合は実質的にピストルカービンがメインアームと化す。
銃以外の装備は大型のフォールディングナイフ、投げナイフ、手榴弾くらいだ。いつもと比べると軽装と言いたいところだが、フィオナ博士がとんでもない義手を移植しやがったので、個人的には軽装とは思えない。
そう思いながら、ライフルを抱えている義手をちらりと見下ろす。
左腕の方は通常の義手だ。人工筋肉や骨格が金属製のフレームで防御されており、指のサイズも一般的な男性の指と変わらない。特に何も武装を内蔵していない通常型と見分けがつかない。
だが、右腕の方はフィオナ博士の狂気が詰まっていると言ってもいいだろう。
左腕と比べると、右腕はかなり細い。人工筋肉ではなく、金属製の骨格のみで構成されているため、右腕と比べると非常にすらりとしている。まあ、人工筋肉を内蔵していないので以前の腕や義手のような動かし方はできないだろう。ナイフや銃を持ったり、それで攻撃する事に支障はないだろうが。
一見するとコストが低そうな簡易型の義手に見えるが、肘の部分から肩の部分へと折り畳まれている代物を見れば、むしろこれを搭載するために義手の方を簡略化してしまったのではないかと思えるほどコストが高い代物であることが分かる。
なんと―――――肘の部分から肩の後方の部分に、切り詰められた37mm砲の砲身が折り畳まれているのである。
そう、軽戦車の主砲や小型の対戦車砲に採用されている37mm砲の砲身を切り詰めたものだ。装填装置はないので、砲撃した後は薬莢を排出し、自分で砲弾を装填する必要がある。更に、砲身を切り詰めたせいで弾速と命中精度が低下しているので、可能な限り攻撃目標に肉薄しての砲撃を博士は推奨していた。
でもさ、何でこれを義手に搭載してしまったのだろうか。
言うまでもないが、37mm砲は戦車砲とか対戦車砲として採用するべき代物だ。歩兵が持つ武器としては大き過ぎるからである。これを歩兵用が突っ走りながらぶっ放す装備にするよりは、対戦車ライフルで装甲の薄い部位を狙撃させたり、パンツァーファウストみたいなロケットランチャーで攻撃した方がはるかに効率的だ。
なのに、博士は敢えて37mm砲を強引に切り詰めて義手に搭載してしまったのである。しかも、よく見ると砲身の側面には『Au groysen ius valtβ(ヴァルツ帝国グロイセン社製)』という刻印が残っているのが分かる。鹵獲した敵の対戦車砲を流用したものなのだろう。
もちろん、こんなものを右腕にぶら下げているせいでこれ以上ないほど重い。常に体重を左半身にかけていなければ、右へとよろめいてしまう。
目の前にあるホテルの裏口へと向かって突っ走る。ホテルの反対側からは銃声が立て続けに響いていて、敵兵の叫び声も聞こえてくる。現在、テンプル騎士団の防衛部隊はこのホテルに立て籠もって敵を迎撃しているのだ。
裏口から中へと突入し、階段を駆け上がる。隣にはエレベーターもあったが、住民が全員退避している状態でエレベーターが動くわけがない。階段を駆け上がり、すれ違ったホムンクルス兵から状況を聞いた。
「状況は!?」
「敵はまだ街には入っていません!」
「なんだって!?」
くそったれ、上の階にいる連中が機関銃とか対戦車ライフルをぶっ放しているせいで音が聞こえ辛い。
「敵はまだ平原にいます! ただ、戦車を投入してきました!!」
「分かった、セシリアは!?」
「同志団長は7階の762号室で応戦中です!」
「助かった、ありがとう!!」
ここへとやってきた旅人を癒す筈だったホテルの中は、怒号と火薬と血が支配する地獄に変わっていた。床の上にはまだ熱を堅持した薬莢が転がっていて、廊下の隅には身体中に包帯を巻かれた負傷兵たちが横になっている。傍らで彼女たちにエリクサーを投与しているのは、肩に白い腕章を付けた衛生兵たちだ。
負傷兵たちを励ます衛生兵たちを一瞥し、階段を駆け上がる。7階に辿り着いたことを確認しつつ呼吸を整え、セシリアがいる部屋を探した。
「ボス、どこだ!?」
彼女は窓際にいた。
割れた窓からシモノフPTRS1941の銃身を突き出し、平原の向こうから突っ込んでくる敵の戦車を狙撃しているのだろう。対戦車ライフルの凄まじい銃声のせいなのか、彼女はまだ俺がやってきた事に気付いていないらしい。
ドォン、とPTRS1941が14.5mm弾を放ち、平原の向こうからやって来るヴァルツ軍の戦車を直撃した。第一次世界大戦でドイツが投入したA7Vを思わせるヴァルツの戦車の上部にある覗き窓を直撃したらしく、上部の覗き窓から火花と血飛沫が噴き上がったのが見えた。
「ボス! ボス! 団長!!」
「む!? おお、力也か!!」
下部のカバーを開き、14.5mm弾を装填しながらこっちを見上げるセシリア。彼女も俺が負傷して意識を失っていたという事をサクヤさんから聞いていたのか、嬉しそうな顔をしながらこっちを見上げていた。
「この後の作戦は!?」
「何だって!?」
「この後の作戦はどうするんだ!?」
「安心しろ、今のところは計画通りだ!!」
計画通りか。
確かに、あのまま敵が平原で足止めされればこっちの勝利は確定すると言ってもいいだろう。
「よし、任せろ!」
ライフルを一旦背中に背負い、右肩にあるスイッチを押した。セシリアが「何をするつもりだ?」と問いかけてきた直後、肘から右肩にかけて折り畳まれた状態で搭載されていた37mm砲の砲身が展開する。肘に接続されていた簡易的な右腕のロックが外れたかと思いきや、関節部が上へとスライドし、右手で右肩を掴んだような状態でロックされる。
展開した砲身が、義手の代わりに肘の関節部へと接続された瞬間、鼓膜の中に『砲撃準備完了、オールグリーン』という音声が響き渡った。
「お、おお………なっ、何だそのカッコいい装備は!?」
「博士が作ってくれた試作型だ!」
「さすがじゃないか博士! 勲章ものだぞ!!」
目を輝かせながらセシリアがそう言っている間に、腰のホルダーに下げていた徹甲弾を引っこ抜き、上部のカバーを開けて薬室に37mm徹甲弾を装填する。砲弾の装填を確認した砲身が、折り畳まれていた照準器を展開した。
砲撃準備が終わったのを確認してから、砲身を窓際にある土嚢袋の上に乗せて依託射撃の準備をする。セシリアやサクヤさんならば立ったままでも砲撃できるかもしれないが、残念なことに俺は人間なのでそんな事はできない。伏せた状態か、依託射撃ができる環境で砲撃する事が望ましい。
命中精度は低下しているらしいが、敵の戦車も距離を詰めてきている。この距離ならば当たる筈だ。
車体前部に搭載された主砲同軸の機銃がマズルフラッシュを迸らせ、こっちを攻撃してくる。8mm弾が立て続けに周囲を掠めていくが、その恐怖を無視し、37mm砲の発射スイッチを左手で押した。
フィオナ博士が開発してくれたショックアブソーバーが動作すると同時に、砲口から凄まじいマズルフラッシュが迸った。反動はライフル弾の反動くらいにまで小さくなっているが、さすがに立ったままでの砲撃は不可能だろう。
照準器の向こうで、マズルフラッシュの残滓を纏った37mm徹甲弾が敵戦車の上部を直撃する。ホテルの7階からの砲撃だから、接近してくる敵戦車を必然的に上から狙撃する事になる。だから、律義に側面や後方などではなく、より装甲の薄い上部を好きなだけ狙えるという素晴らしい特権が与えられているのだ。
おかげで、37mm砲の砲撃でも敵の戦車に大穴を開けてやる事ができた。ボコン、と装甲が貫通される音が聞こえてきたかと思いきや、斜め上から上部の装甲を貫通した徹甲弾が敵戦車のエンジンを貫いたらしく、穿たれた穴から暴発した魔力が溢れ出して火柱と化した。
「命中! よくやった! ふふっ、戻ったらたくさんなでなでしてやるぞ力也!」
よし、頑張ろう!
左手でカバーを開け、薬室の中から薬莢を取り出す。ごろん、と薬莢が床に転がる音を聞きながら次の徹甲弾を装填しようとしたんだが―――――砲撃準備を終えるよりも先に、空から轟音が轟いた。
爆音や銃声ではない。
前世の世界で何度も聞いたことがある音に似ている。家の上空を、大きな飛行機が通過していく時に聞こえる音だ。
――――――ジェット機。
はっとしながら上空を見上げた。既に空は登り始めた太陽によって紺色から蒼に変色している。
その太陽の近くに――――――5機の戦闘機が見えた。
機首にプロペラを持たず、従来の飛行機を容易く置き去りにできるほどの速度で飛翔する、ドイツが生んだジェット戦闘機たち。中央を飛ぶ1機は真っ赤に塗装されていて、それ以外の機体は黒と赤で塗装されているのが一瞬だけ見えた。
アーサー隊………。
ヘルムート・フリードリヒ・ルーデンシュタイン大将が指揮する、テンプル騎士団空軍の切り札。
たった5機だけでやってきた鋼鉄の飛竜たちは、相変わらず美しい編隊を維持したまま急降下を始めたかと思うと――――――主翼にぶら下げていたロケット弾を大地に向かってばら撒いていた。
科学力によって創り出された鋼鉄の飛竜たちが、狩りを始めたのだ。




