血と鉄の鬼ごっこ
胸にあるホルスターの中からワルサー・カンプピストルを引っこ抜き、装填していた赤い信号弾を天空へぶっ放す。仲間に連絡するには背負っている無線機が必要なんだが、こいつを使うには立ち止まって無線機を地面に下ろさなければならない。転生者から逃げなければならないため、そんな事をやっている余裕はないのだ。
この赤い信号弾の意味は『問題発生、離脱開始』である。これを見れば、スペツナズの隊員たちは暗殺が失敗して逃走中だという事を理解し、即座に支援の準備をしてくれる筈だ。
傍らの地面に、追撃してくる敵兵の銃弾が次々に着弾する。甲高い音を何度も聞きながら手榴弾をポーチの中から引っ張り出し、安全ピンを外して後方へと放り投げる。目の前に手榴弾が落下してくれば、避けるために遮蔽物に隠れるか、誰かが命と引き換えに覆いかぶさって爆風を殺さなければならない。もちろん、気付かなければ爆風と破片で肉体を抉られる。この殺傷力は十分な時間稼ぎとして機能する。
数秒後に背後で爆音が轟き、敵兵の悲鳴が聞こえてきた。後方から飛んでくる弾幕が薄くなったのを確認し、数名の敵兵が今の攻撃で負傷した事を理解する。敵は俺たちを追いかけるのに夢中になっていて、反撃されるとは思っていなかったらしい。
「見つけだっ―――――――」
目の前に飛び出してきて叫んだ敵兵の頭に、唐突に風穴が開いた。ヘルメットもろとも頭蓋骨を貫いた弾丸が、ひしゃげた状態で反対側から躍り出る。頭蓋骨の破片や脳味噌の残骸を撒き散らして倒れた敵兵を踏みつけ、先へと進む。
エレナの狙撃だ。
彼女に支給しているモシンナガンM1891/30はカスタマイズを施すことによって狙撃に特化している。ハンドガードには金属製の折り畳み可能なバイポッドがあるし、ストックの部分にも折り畳み式のモノポッドを搭載している。更に、立った状態でも精密な狙撃ができるようにハンドガードにパームレストを搭載しているので、あらゆる状態で敵兵を正確に撃ち抜くことが可能だ。
銃口には大型のマズルブレーキもあるし、スコープもアメリカ製の高性能なユナートルスコープを搭載しているので長距離射撃も可能だ。更に、銃身をヘビーバレルに換装したことで命中精度も更に高められている。
ただ、一般的なモシンナガンと比べると重量が1.5倍に増えているため、扱い辛くなってしまっている。まあ、エレナはホムンクルス兵なので問題ないが。
スコップを持って殴りかかろうとしていた敵兵の頭が揺れる。600m先からの無慈悲なヘッドショットを喰らった敵兵が、空中で肉体を大きく揺らしながら横へと吹っ飛び、塹壕の縁にある土嚢袋に叩きつけられて動かなくなる。
彼女の狙撃はスペツナズの中でも最高と言っていいだろう。遠距離狙撃と中距離狙撃で、彼女に勝てる狙撃手は存在しない。
一発の7.62mm弾が頭上を掠め、後方から追ってくる敵兵の眉間を穿つ。がくん、と頭を揺らすと同時に、ズダン、と銃声が轟いてくる。
だが――――――2発目の弾丸が頭上を掠めていった直後、ガギン、と金属音が後方から響いた。ぎょっとしながら後ろにSKSカービンの銃口を向け、マガジンの中に入っている弾丸を全部ばら撒く。もちろん、照準器は覗いていないし全力疾走しながらの射撃だから命中するとは思っていない。追撃してくる敵を牽制する事ができればいい。
立て続けに響いてきた金属音が、残念なことに思い通りにはなってくれなかった事を告げる。舌打ちをしながら尻尾をポーチの中へと突っ込みつつコッキングレバーを引き、上部から10発の弾丸をクリップで装填。ガチン、とコッキングレバーから手を離し、次の射撃の準備をする。
――――――追いついてきやがった。
データが破損しているせいで、今の俺は初期ステータスのままとなっている。一般人と殆ど変わらない状態で転生者を打ち倒すには、相手の防御のステータスを無視できる”問答無用”というスキルを駆使した不意打ちくらいだ。真っ向から戦う以上、ステータスで勝負することになってしまう。
後方から飛んできた斬撃が、俺とサクヤさんの間を掠めて土嚢袋を直撃する。切断された土嚢袋から土が溢れ出し、土煙が噴き上がった。
あの転生者の斬撃だ、と理解すると同時に、全力疾走していたサクヤさんが唐突に腰の小太刀を引き抜いた。白兵戦でも始めるつもりかと思いきや、後方から飛び掛かってきた転生者の少年がサクヤさんに向かって思い切り剣を振り下ろす。
しかし、サクヤさんは9年前のタンプル搭陥落さえなければ次期団長としてテンプル騎士団を率いていた実力者である。背後から凄まじい速度で斬りかかってきた転生者の一撃を容易く受け止めた彼女は、小太刀を押し上げつつがら空きになった転生者の脇腹に回し蹴りを思い切り叩き込んで吹き飛ばす。だが、キメラの脚力で蹴り飛ばされた転生者は歯を食いしばりながら剣を地面に突き立てて体勢を立て直すと、ロングソードを突き出して衝撃波を放ってきやがった。
それよりも先に大太刀を引き抜いていたサクヤさんは、右手に持った大太刀を思い切り右側へと薙ぎ払ってその衝撃波を弾き飛ばす。軌道を逸らされた衝撃波が近くの鉄条網を直撃したらしく、鉄条網が金属音を響かせながら弾け飛ぶ。
呼吸を整えながら、俺たちは悟った。
この転生者は、かなりレベルが高いという事を。
しかも、面倒なことにステータスに頼り切っているタイプの転生者ではない。訓練を受けて実戦を経験し、テクニックを身に着けている厄介な転生者である。
今まで戦ってきた転生者は端末の機能を過信したり、ステータスに頼っている大馬鹿野郎ばかりだったから隙に付け入る事は難しくはなかった。最初からこっちを格下だと決めつけて見下しているから、一気に攻撃してやればすぐに決着はつく。
だが、こういう奴は脅威でしかない。小細工で奇襲しようとしても見破られてしまうから、最終的にはステータスの勝負に引っ張り出されてしまう。
次の瞬間、でっかい弾丸が転生者の足元を直撃した。エレナが放った弾丸よりも大口径の弾丸が、立て続けに転生者の少年に向かって飛来してくる。彼は右手に持っている剣で弾いたり、盾で受け流そうとするが、一般的なライフル弾よりも巨大な弾丸の運動エネルギーはすさまじいらしく、弾丸を弾く度に体勢を崩しそうになっている。
第二分隊に支給した、シモノフPTRS1941による長距離狙撃だ。
シモノフPTRS1941は対人用のライフルではなく、”対戦車用”のライフルである。戦車の装甲を貫通する事を想定した得物であるため、脆い人間の兵士は全くと言っていいほど眼中にはない。まあ、最終的に弾丸で戦車を撃破できる時代は終わってしまうんだが、だからといってその破壊力と射程距離が無用の長物となったわけではない。
もちろん、その圧倒的な殺傷力が転生者に通用しないわけがない。命中すれば大きなダメージを与える事ができるのは火を見るよりも明らかである。
更に、第二分隊の連中が迫撃砲での支援砲撃を始めたらしい。迫撃砲と言っても、通常の部隊や砲兵隊が運用している一般的な迫撃砲ではなく、口径の小さな軽迫撃砲だ。破壊力は小さいし、射程距離も短いが、他の迫撃砲よりも使い勝手は非常に良い。
装填されていたのは毒ガス弾のようだった。着弾した砲弾から血のように紅い煙が漏れ出し、ゆっくりと塹壕の中へ広がっていく。
おいおい、発煙弾じゃないのかよ。
慌ててガスマスクを装着し、ジェイコブとサクヤさんの手を引いて離脱する。
キメラ――――――正確にはサラマンダーの遺伝子を持つキメラだ―――――――の肺には、一部を除く毒ガスをシャットアウトする事ができるフィルターのような器官がある。人類でありながらなぜそんな器官があるかと言うと、サラマンダーは元々は火山に住む魔物だからである。
肺にフィルターがあるおかげで、火山ガスで覆われた地域でも平然と生活する事ができるのだ。サラマンダーの遺伝子を持つキメラには、その性質が受け継がれているのである。
とはいっても、そのフィルターが対応しているのは有毒な火山ガスのみだ。こういった人工的に作り出された毒ガスには対応していないので、防護服とかガスマスクを装備していなければ普通の人間と同じ運命を辿る事になる。
まあ、キメラは”突然変異の塊”と言われるほど変異を起こしやすい種族らしいので、そのうち毒ガスにも肺のフィルターが適応できるようになってしまうかもしれないが。
もちろん、毒ガスはキメラだけでなく転生者にも猛威を振るう。何故かというと、転生者の防御力のステータスが守ってくれるのはあくまでも物理的な攻撃のみだからだ。火炎放射器とか毒ガスのような兵器による攻撃は、スキルを装備してカバーするしかないのである。
その事も把握していたからなのか、あの転生者は追撃を断念したようだった。真紅の毒ガスの向こうから斬撃が飛んでくるが、こっちに命中する気配はない。今のうちに距離を離して塹壕から離脱するとしよう。
土嚢袋の縁を掴んで塹壕から這い上がり、サクヤさんがボルトカッターで鉄条網を切断した場所から脱出する。さっきの毒ガスは早くも風のせいで塹壕から吹き飛ばされつつあるらしく、真紅の煙は薄れつつあった。
くそったれ、忌々しいな。俺たちが風下にいなかったのは幸いだが。
ガスマスクを装着した敵兵が、こっちに向かって銃撃してくる。スモークグレネードを投擲してから姿勢を低くし、仲間たちがいる方向へと全力で突っ走った。
唐突に、滅茶苦茶になった大地の向こうでマズルフラッシュが迸る。7.92mm弾が十重二十重に弾幕を形成したかと思うと、同じように塹壕から這い出ようとしていた哀れなヴァルツ兵を蜂の巣にしてしまう。塹壕の外から凄まじい連射速度で機関銃をぶっ放されている以上、這い上がって追撃するわけにはいかない。塹壕の中へと引っ込んで、機関銃の射手が再装填のために射撃を中断するのを待たなければならない。
マリウスが、MG42で弾幕を張ってくれているのだ。
曳光弾の弾幕が脇を掠め、塹壕の縁に並ぶ土嚢袋を穿つ。鉄条網が千切れ飛び、塹壕の周囲で火花が散る。
唐突に、MG42の制圧射撃がぴたりと止まる。もうベルトを使い果たしてしまったらしい。連射速度が非常に速いというのは殺傷力の面では大きな利点だが、持久力の面では大きな欠点だ。連射が速いという事は、その分早く弾切れを起こすという事なのだから。
後方の塹壕で敵兵が這い上がろうとするが、エレナの狙撃でヘッドショットされて再び迂闊に這い出る事ができなくなってしまう。そのうちにマリウスが再装填を終えてコッキングレバーを引き、再び制圧射撃を再開する。
伏せて制圧射撃をお見舞いしている彼の肩を軽く叩き、もう十分だ、と伝える。マリウスは一旦射撃を中断してから立ち上がり、何発か連射してからMG42の側面にあるカバーを開いた。内部から真っ赤に染まった銃身が陽炎を纏いながら零れ落ち、暗い大地に落下する。
腰のホルダーの中から予備の銃身を掴み、カバーの中へと放り込むマリウス。カバーを閉じて銃身の交換を終えた彼は、MG42を肩に担ぎながら最後尾を突っ走る。
本来ならばMG42の銃身は再利用するのだが、スペツナズはこのように素早く撤収しなければならない状況が多く、いつまでも制圧射撃を続けたり、銃身が冷えるのを待つ余裕がないため、止むを得ず銃身を使い捨てにするという贅沢な選択肢を採用している。その分銃身は多めに支給しているし、余裕がある時は銃身を再利用することを推奨しているがな。
その直後、頭上を斬撃が通過した。
「!!」
くそったれ、さっきの転生者か!
ぎょっとしながら後ろを振り向くと、塹壕の中からガスマスクを装着したさっきの転生者が飛び出してくるのが見えた。毒ガス弾が着弾してもすぐにガスマスクを装着して追撃してくる判断力は素晴らしい。優秀な転生者だとは思うが、問題点は剣で銃に勝てると思い込んでいる事だろう。
彼はどうして剣が廃れて銃が普及したかをよく理解していないようだ。歴史の勉強不足だな。
嘲笑ってやりたいところだが、弾丸をぶっ放してもあいつは剣で弾丸を弾き飛ばしてしまう。本当に剣で銃に勝利してしまうかもしれないほどの戦闘力を持っている以上、真っ向から戦うのは危険だろう。
とにかく、今は逃げよう。
「突っ走れ!」
スモークグレネードを投擲しながら叫び、仲間達の最後尾を走る。
次の瞬間、純白のスモークに大穴が開いた。衝撃波で攻撃するつもりかと思った直後、先頭を走っていたサクヤさんの足元に衝撃波が着弾したらしく、彼女が体勢を崩してしまう。
「!」
「あっ――――――」
優秀な兵士であるならば、誰が最も狙いやすい状況下を理解しているだろう。
だからこそ、次の攻撃はサクヤさんへと飛来してきた。
「っ!」
義手である両腕を盾にしながら、咄嗟に衝撃波の前に躍り出る。防御力のステータスは初期の状態だし、キメラみたいに外殻で防御することも出来ない。セシリアやウラルみたいな再生能力もない以上、転生者の攻撃を喰らえば致命傷は確定である。
だが、機械の腕であれば盾にできる。破損しても修理してもらえるし、大破しても痛みは感じない。
凄まじい衝撃が身体中を穿つ。バキン、と金属音が響くと同時に、義手のフレームが砕け散って内部の部品が弾け飛んだ。人工筋肉が引き裂かれ、内蔵されていた煉獄の鉄杭の発射機や小型フィオナ機関が大破してしまう。
顔や胸元に、砕け散った義手の部品が突き刺さった。真っ赤な飛沫が飛んだと思いきや、背中が何かに打ち据えられる。
ああ、これ地面か………。
倒れたのだという事を実感した頃には、大慌てでサクヤさんが側へと駆け寄ってきた。
「力也くん、しっかりして!」
「あ……無事ッスか………?」
「何考えてるのよ、このバカ! 私だって転生者なのよ!? 庇う必要なんて………」
ああ、何で庇ったんだろう………。
くそったれ、分からん。何故だ? 女だからか? 副団長だからか?
いや、違う。………きっと、明日花を守り切れなかった無念のせいで、無意識のうちに庇っていたのだ。
そのつもりはなかったんだが、どうやら俺の身体はサクヤさんを明日花と重ねていたらしい。
呼吸を整えながら、ちらりと両腕を見る。衝撃波を真正面から受け止める羽目になった義手は、どっちも大破してしまっていた。肘から先は吹き飛んでいるし、肩から先もズタズタだ。フレームはほぼ全部剥がされていて、ひしゃげたコネクターや人工筋肉があらわになっている。
「大丈夫だ、重症じゃない………!」
「私が運ぶわ。ジェイコブ、指揮を引き継いで!」
「了解です! よし、スモークグレネードをばら撒きつつ後退! コレットたちと合流して迅速に離脱する!」
頼むぞ、ジェイコブ………。
段々と仲間たちの声や周囲の音が聞こえなくなっていく。意識が消えつつあるんだろう。気絶する寸前なのだろうか。それとも、死ぬ直前なのだろうか。
けれども、俺を背負ってくれたサクヤさんの声だけは聞こえた。
「大丈夫、あなたを置き去りにはしない」という優しい声だけは。




