ローラント中将暗殺計画
「作戦を説明するわよ」
かつてヴァルツ帝国軍が防衛ラインに使っていた塹壕の中で、サクヤさんがスペツナズの兵士たちを見渡しながら告げた。タンプル搭にある円卓の装置を使えば楽に作戦説明できるんだが、ここに立体映像を投影できるような装置はないので、湿った木製のテーブルの上に地図を置き、そこに鉛筆で目印を書き込みながら作戦を説明する伝統的なブリーフィングとなる。
テーブルの上に置かれているのは、オルトバルカ連合王国の旧ラトーニウス領の地図だった。俺たちが戦っているのは旧ラトーニウス領ナバウレアの北東にある”イリス平原”と呼ばれる場所で、ここから南下していくと”ダミアン”という大きな街がある。併合された後はオルトバルカの企業が工場を立て続けに建設したことで工業が劇的に発展した街だが、今ではすぐ近くが戦場になっているため、工場の大半は疎開していて、住民も残っていないらしい。
「部隊の再編成にはまだまだ時間がかかるわ。それに対し、ヴァルツ軍は本国に増援を要請したらしく、続々と敵の増援部隊が到着しているらしいの。今すぐに攻勢を始めるのは無謀よ」
「そこで、我が騎士団は南方のダミアンまで撤退し、そこで帝国軍を迎え撃つ」
「………市街戦か」
市街地での戦闘は、こういった平原での戦闘と比べると面倒になる。遮蔽物が多いおかげで隠れる場所とか待ち伏せする場所を探すのに困らないのは喜ばしい事だが、アパートや工場が連なる市街地では、射程距離の長さが利点となるライフルは不利になる。敵との戦闘を行う距離が一気に変わるし、室内戦になれば長い銃身は役立たずになってしまうからだ。
まあ、平原から攻めてくる敵を市街地で待ち伏せするのは有効な手段だとは思う。地形を有効活用すれば、数が劣っていても勝ち目はあるからな。それに、もうすぐ空軍も到着する。空爆を要請できるようになれば、テンプル騎士団の勝利は確定すると言っていい。
だが、そのための作戦説明をしているわけではないのだろう。
スペツナズを動かすという事は、危険な作戦を実行する事になるのだから。
「我が軍が撤退している間、スペツナズには逆に敵陣に浸透してもらうわ」
「我々だけでですか?」
第二分隊を指揮するヴラジーミルが目を見開きながら言った。俺たちに殿をやらせるのか、と考えているのだろう。確かにスペツナズには優先的に強力な装備が支給されているし、所属している兵士もあらゆる部隊から選抜されたりスカウトされてきた優秀な兵士たちだけだ。一般的な歩兵部隊よりも強力な部隊と言えるだろう。
しかし、その強力さを最も生かせるのは潜入や暗殺だ。真っ向からの銃撃戦よりも、そういう作戦に投入した方が合理的だし、そのような任務に参加するための訓練も受けている。
首を横に振ったセシリアが言った。
「いや、ある男を暗殺してもらう」
「ある男?」
「この男よ」
テーブルの上に、一枚の白黒写真がそっと置かれた。写真に写っているのは、ヴァルツ軍の軍服と軍帽を身に着け、腰にサーベルを下げた若い将校のようだ。これはヴァルツに潜入しているエージェントが撮影した写真なのだろう。
このメガネをかけた若い将校がターゲットか。
「――――――『ヴォルフガング・ローラント』中将。ヴァルツ帝国陸軍の将校よ。エージェントの報告によると、この攻勢の指揮を執っているらしいわ」
「なるほど………撤退していく本隊をヴァルツの連中が追撃している隙に、総大将を討ち取れってことか」
「そういう事だ、力也。分かってるじゃないか」
「言っておくけど、このローラント中将はかなり優秀な将校らしいわ。この暗殺作戦も、予測して迎え撃つ準備をしている可能性が高いの」
なに?
今まで殺してきた無能な将校共とは違うってわけか。
無意識のうちに慢心していた自分を咎めつつ、白黒写真を凝視する。確かに、今回の攻勢はヴァルツ軍の動き方がいつもと違うし、攻勢を得意とするテンプル騎士団の攻撃を止めることに成功しているのだ。テンプル騎士団の弱点を、この男は見抜いていたに違いない。
厄介だな。しかし、ここで取り除いておかなければ騎士団の脅威になる。
「しかし、有能な将校ならなぜもっと早く指揮を任せなかったんだ? こいつがヴァルツ軍の指揮を執ってたらテンプル騎士団はもっと早い段階で全滅してたぞ?」
「――――――ヴァルツにも派閥があるのさ」
そう言いながら塹壕の中へと降りてきたのは、背中に黒い布を巻いたモシンナガンM1891/30を背負ったウラルだった。
「教官!」
「ちょっとばかり歴史の授業をしよう。ヴァルツは元々、フランセン共和国の中で一番大きかった州が独立して建国された国家だ。で、そのフランセンは元々は王国でな。貴族や王族から権力を革命で剥奪することに成功した初期の共和国の1つでもある。フランセンの中でも特に”元”貴族が多かったのが、旧ヴァルツ州ってわけだ」
「あの中にも元貴族がいると?」
「そういうわけだ。将校の中にも貴族出身の連中は居るだろうが、そういう奴らは戦術のお勉強をしただけだ。戦場がどういうものなのかを理解している奴なんて一人もおらん」
だが、このヴォルフガング・ローラント中将は違う。
写真の脇に置かれている資料に手を伸ばし、文章をチェックする。出身地はヴァルツ帝国デューヘン州で、両親は工場の労働者。つまり、ヴァルツの将校には珍しい平民出身というわけだ。しかも士官学校を首席で卒業しており、世界大戦が勃発したばかりの頃には既に実戦を経験しているという。
若い兵士たちには慕われているようだが、貴族出身の将校にはかなり疎まれている天才のようだ。こいつが今までテンプル騎士団殲滅作戦に本格的に参加しなかったのは、貴族の連中の圧力があったおかげだろう。この騎士団は、タンプル搭陥落からの9年間は皮肉にも帝国軍の無能共に守られてたってわけだ。
とにかく、こいつは潰す。
こいつを恨んでいるわけではない。ただの赤の他人でしかない。だが敵だ。
前世の世界で、学んだのだ。
本当の安寧を手にするためには、『牙を剥く敵を全て取り除くしかない』と。
敵である以上は、絶滅させる。
それが俺の存在意義だ。
「よし、赤き雷雨は装備を整え次第、直ちに敵陣へと浸透を開始せよ。同志諸君の健闘を祈る」
「ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!?」
「!?」
叫び声をあげた途端、近くで回復アイテムの整理をしていたジェイコブや、散弾をホルダーに収納していたコレットがぎょっとしてこっちを振り向いた。まあ、いきなり叫んだ俺が悪いからな。
でもな、叫ぶしかないんだよ。
端末の画面を睨みつけながら、唇を思い切り噛み締める。
転生者を何人もぶっ殺したおかげで、もう冷戦中の武器も生産できるようになっていた。そう、有名なM16とかAK-47を生産し、自分で使ったり仲間に支給する事がついに許されるようになったのである!
現代戦の原型は、冷戦中に出来上がったと言ってもいいだろう。ミサイル、ジェット機、レーダー、戦闘ヘリなどの兵器が一気に発達し、現代戦の主役へと成長していったのもこの時代なのだから。
だが――――――条件を満たしたというのに、俺は未だにその門を開く事すら許されていない。
「ぬぉぉぉぉんっ! ぬぉんぬぉんっ!!」
「ど、どうした力也!?」
「ジェイコオォォォォォォブッ! お前理不尽は嫌いか!?」
「お、おう……」
「奇遇だな、俺もだ! 絶滅危惧種に指定されていようが乱獲して絶滅に追い込みたくなるくらい大嫌いだぜッ!!」
「お、お前大丈夫か?」
大丈夫じゃねえよ………!
何で―――――まだAK-47を生産できねえんだっ!?
そう、第二次世界大戦後にソ連で開発された優秀なアサルトライフルであるAK-47が、まだ生産できないのである。
AK-47は最高だ。命中精度はちょっと悪いが、これ以上ないほど頑丈なライフルだし、弾丸も大口径だから破壊力とストッピングパワーはアサルトライフルの中でも最高クラスと言っていい。壊れにくくてパワフルなんだ。最高だろう?
それを生産させないとはどういう事だ。粛清するぞコラ。
《SKSで敵兵を10人倒す》
《SKSで転生者を3人ヘッドショットで倒す》
表示されている二つのサブミッションを睨みつけながら、溜息をついた。冷戦中の武器も解禁されたのでAK-47の生産も許されているが、その前にこの二つのサブミッションをクリアしなければならないらしい。敵兵を殺すだけで済むのは楽勝だが、転生者をヘッドショットは面倒だな………。
まあ、この作戦には転生者が何人も投入されているらしいので、そいつらの頭に7.62×39mm弾をプレゼントしてあげればすぐ終わるだろう。
というわけで、今回のメインアームはSKSにしよう。
端末をタッチして兵器の生産を選び、その中からソ連軍が採用していたセミオートマチック式のカービンを選ぶ。
『シモノフSKSカービン』は、傍から見ればモシンナガンの銃床にAK-47のハンドガードや銃身を装着したような外見をしている。だが、これはアサルトライフルではなくセミオートマチック式のライフルだ。弾数は10発であり、AK-47と同じく”7.62×39mm弾”を使用する。マガジンの取り外しはできないので、弾丸を装填する際は上部からマガジン内へ10発の弾丸が連なるクリップで装填を行う。
銃口の下部にはナイフ型の銃剣が折り畳まれた状態で標準装備されているので、こいつを展開すれば即座に銃剣突撃ができる。テンプル騎士団の兵士は旧日本軍みたいに銃剣突撃を好む連中が多いので、これを渡してやれば大喜びするだろう。
生産したばかりのSKSをまじまじと見つめていると、ジェイコブは目を丸くしながら「おお、また新型か」と言いながらこっちへやってきた。
「これで敵を倒しまくれば、もっと強力なやつが生産可能になる」
「マジか」
「ああ。上手くいけば戦争の集結が早まるぞ」
AK-47だけではない。冷戦中の兵器が生産可能になったのだから、戦車とか戦闘機ももっと強力な代物を用意する事ができるだろう。とはいっても、それを使う人間には訓練が要る。新しい武器を渡したからと言っても、それの操作方法は異なるのが当たり前だ。だから無意識のうちに装填を済ませることができるように、しっかりと訓練しなければならない。
とりあえず、SKSと7.62×39mm弾はテストを兼ねて今回の作戦に投入するとしよう。
今回は潜入だから、サイドアームはサプレッサー付きのやつにするか。
端末をタッチし、イギリス軍が第二次世界大戦で投入したハンドガンを生産する。まるでサプレッサーを延長し、それに直接グリップとトリガーを装着したような外見の奇妙な代物だ。
サイドアームに選んだのは、『ウェルロッド』と呼ばれるイギリス製のハンドガンである。生産可能な銃の中では最も隠密行動に向いた代物なので、今回はこれを使う事にする。
後は投げナイフとか手榴弾でいいだろう。近接武器は義手のナイフを使えばいいし、俺もCQCの訓練を受けてる。まあ、いつもサクヤさんに背負い投げでぶん投げられてるけど。何なのあの人。
「ところで隊長、作戦はどうするんです?」
「いつも通りで行く。マリウス、エレナは支援。コレットは脱出ルートに地雷と爆薬を設置。ジュリアはコレットの手伝いだ。俺とジェイコブの2人で―――――」
そう言いながら用意していると、撤退の準備をする兵士たちの向こうからサクヤさんがやってくるのが見えた。装備のチェックをしていた俺たちは素早く立ち上がり、副団長である彼女に敬礼をする。
「私も行くわ」
「サクヤさんも?」
「ええ。最近は後方で指揮を執ることが多くなっちゃったし、たまには身体を動かさないと」
既に、サクヤさんは準備を終えていた。ドレスと軍服を融合させたような外見の制服には細長いマガジンを収納しておくためのポーチがいくつも取り付けられていて、背中にはトンプソンM1928がある。ドラムマガジンではなく通常のマガジンに変更したようだ。ホルスターの中に収まっているのはサプレッサー付きのコルトM1911で、近接武器は俺から借りパクした大太刀と小太刀を使うらしい。
サクヤさんはアメリカ製の武器を好んで使うようだ。確かに、アメリカの銃は第一次世界大戦の頃から優秀な銃が多いからな。一番有名なのはコルトM1911だろうが。
「あ、この刀後で返すわね」
「え、そうですか。急にどうしたんです?」
「ステラ博士に私用の武器作ってもらってるの」
「サクヤさん用の?」
「ええ。刀も良いけど、そっちの武器の方が使い慣れてるから」
どんな武器なんだろうな………。
彼女用の武器を想像している間に、後方から爆音が轟き始めた。これからテンプル騎士団の攻勢が始まる事と思い込ませるためなのか、砲兵隊が敵陣に向けて砲撃を始めている。無数の榴弾が俺たちの頭上を通過していったかと思うと、滅茶苦茶になった大地を更に荒々しい爆発で穿ち始める。
そろそろ時間だ。
イギリス軍が使っていたブロディ・ヘルメットを彷彿とさせるヘルメットを腰に下げ、バラクラバ帽をかぶってフードで頭を隠す。首に下げていた防塵ゴーグルを上げてからウェルロッドを引き抜き、他の仲間たちの方を振り向く。
後ろにいたジェイコブも、バラクラバ帽をかぶってブロディ・ヘルメットに似たテンプル騎士団製のヘルメットをかぶった。頭に角があるキメラ兵にとってはヘルメットは邪魔にしかならないのだが、さすがに頭がノーガードになるのは拙いので、テンプル騎士団のヘルメットにはキメラの角や獣人の耳を出すための穴が開けられている。
第二分隊の隊員たちも、ヘルメットやフードをかぶって武器を背負っているのが見える。全員バラクラバ帽で顔を隠しているから誰が誰なのか分からんが、こっちに向かって親指を立てているのは多分ヴラジーミルだろう。
「よし、殺しに行こうか」
仲間たちにそう言ってから、俺たちは塹壕の中から飛び出した。




