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爆炎のオーケストラ


 お婆ちゃんは、爆発を見るのが大好きだった。


 変な人だと思うよね? うん、僕もそう思う。あの人は変な人で、僕はその変な人の遺伝子を受け継いでしまった変な孫娘。正直に言うと、僕は銃とか兵器にあまり興味はなかったし、爆発で人を吹き飛ばすようなことはしたくなかった。


 この戦争さえなければ、僕は音楽家になろうと思ってたんだ。作曲したり、指揮棒タクトを持って指揮するの。爆音のような荒々しい音じゃなくて、バイオリンみたいな繊細で上品な音の方が好きなのさ。


 でも、僕はお婆ちゃんと同じことをしている。


 いたるところに爆弾を仕掛けて、起爆スイッチを押し、近くにいる敵を吹き飛ばす。人間の兵士であれば簡単にバラバラになっちゃうし、装甲車とか戦車でも鉄屑になってしまう。上品な音楽ではなくて、荒々しくて禍々しい爆音を奏でる者になっていた。


 こんなことになってしまったのは、9年前のせい。


 あの時、僕はオルトバルカの音楽学校に通っていた。お婆ちゃんにはテンプル騎士団の役職とか孤児院を受け継いでほしいって言われたけれど、僕は断った。僕にはやりたいことがあったし、音楽家になるっていう夢があった。もちろん、役目を受け継ぐことは大切だと思う。けれどもテンプル騎士団は全ての兵士や住民たちに、ありとあらゆる自由を保障している。騎士団は志願制だし、兵士になるために生まれてきたホムンクルスたちだって、兵士にならずに他の職業を始めるという選択肢も与えられている。


 だから、僕もその自由を有効活用してタンプル搭を離れた。


 お婆ちゃんが嫌いだったわけじゃない。


 お婆ちゃんが愛していた爆発を見るのが嫌いだった。


 戦場を見るのが嫌いだった。


 けれども、僕はすぐにウラルおじさんに呼び出されて、音楽学校を辞めることになった。


 テンプル騎士団八代目団長『カズヤ・ハヤカワ』が、王室に濡れ衣を着せられて処刑されてしまったんだ。このままではハヤカワ家の関係者も同じ運命を辿る事になる可能性があったから、僕もセシリアちゃんやサクヤちゃんの後にクレイデリア連邦へ亡命する事になった。


 けれども――――――僕がクレイデリアに辿り着いた頃には、タンプル搭は火の海だった。


 ジャック・ド・モレーに収容してもらった僕は、虚ろな目つきになってしまったウラルおじさんから何があったのかを聞いて絶望した。


 タンプル搭が陥落し、お婆ちゃんが転生者たちに殺されてしまったのだ。


 お婆ちゃんは、最後まで孤児院の子供たちを守ろうとして抵抗を続けていたらしい。おじさんからお婆ちゃんを看取った話を聞いた僕は、これ以上ないほど後悔することになった。


 音楽家になるっていう夢を諦め、お婆ちゃんの所で訓練を受け、一人前の兵士になっていればお婆ちゃんは死なずに済んだかもしれない。


 吸血鬼ヴァンパイアの寿命は人間よりも遥かに長いから、子供が曽祖父どころか若々しい姿の祖先と一緒に暮らすことも珍しい事ではない。お婆ちゃんも若々しい姿のままだったから身体能力は非常に高い筈なんだけど、きっと長い間孤児院で子供の世話をしなければならなかったせいで訓練に参加できていなかったらしいから、不安だったのかもしれない。


 亡命する一ヵ月前に、お婆ちゃんから手紙が来たことを思い出しながら、僕はジャック・ド・モレーの甲板で泣いた。


 お婆ちゃんは、僕の事をずっと心配してくれていたし、最後の方には「たまには顔が見たい」って書いてあった。でも、その時は試験が近かったから会いに行けなかったし、手紙に返事すら書く事ができなかった。


 きっと、お婆ちゃんは悲しんでいたに違いない。


 いつの間にか、僕は音楽学校の制服を捨てて、テンプル騎士団陸軍の黒い制服に身を包んでいた。頭には真っ赤なベレー帽をかぶり、背中にライフルを背負って、装備した爆薬で敵兵や建物を爆破する任務を遂行していた。


 敵を吹き飛ばす度に、僕は思った。


 天国にいるお婆ちゃんはこの爆発を見ているだろうか、と。


 ならば、思い切り響かせよう。


 天国にいるお婆ちゃんが喜ぶように。


 死者たちの世界にまで、この音が響くように。


 それ以来、僕は爆発を愛するようになった。


 若き日のお婆ちゃん(イリナ)と同じことをするようになった。


 呼吸を整えてから、右手に持ったスモールソードをゆっくりと振り上げる。このスモールソードはテンプル騎士団陸軍で白兵戦用に支給されている代物だけど、僕はこれを白兵戦に使う事は殆どない。随分と大きいけれど、指揮棒タクトの代わりに使っている。


 音楽家になるっていう夢を、まだ捨てられてないみたい。


 頬を後方から飛来した弾丸が掠める。こっちに接近している敵兵が放ったものなんだろうけど、関係ない。掠めた程度ならば問題ないし、僕は吸血鬼だから銀の弾丸じゃない限り再生して指揮を続けられる。


 目を瞑ったまま、スモールソードを振り下ろす。カチッ、と起爆スイッチを誰かが押したような音がしたかと思うと、後方で轟音が轟き、緋色の火柱が大地を穿った。衝撃波が僕たちの周囲や頭上を通過して、戦場をゆっくりと包み込んでいく。


 ちょっとだけ、ぞくりとした。


 続けて、目の前に並ぶ仲間達の列の左側に指示を出すようにスモールソードを振り下ろす。左側に並んでいた工兵隊の兵士たちが立て続けに起爆スイッチを押して、最初の爆発で吹き飛んだ仲間を置き去りにして進撃しようとする転生者部隊の先頭を粉々にする。


 爆音を超音波代わりにして敵部隊の位置を確認しつつ、暗記しておいた爆薬が設置されている場所を思い出す。次に起爆させる場所を決めた僕は、そこに埋められている爆弾の起爆スイッチを持つ工兵を指差すように、スモールソードの切っ先を彼へと向ける。


 カチッ、と音がした直後、爆炎を突破しようとしていた転生者たちが一気に吹っ飛んだ。


 こういう微調整が即座に行えるのは、人間よりも五感が発達している吸血鬼の強みだね。


 しかも、埋められているのは単なる爆薬じゃない。対転生者用に高圧魔力も添加した、対転生者用複合爆薬。そのまま対戦車戦闘にも投入できるし、従来の爆薬では倒壊させることが難しい建物でも少量の複合爆薬で吹き飛ばす事ができる。


 まあ、まだ試作段階らしいけど。


 それと一緒に、陸軍の他の部隊から拝借したり盗んできた―――――ウラルおじさんには内緒だよ―――――地雷とか迫撃砲や榴弾砲の砲弾も一緒に埋めてあるから、リキヤ・ハヤカワ(僕たちのご先祖様)とかレリエル(大昔の化け物)じゃない限りは耐えることは難しい。


 最後に思い切り両手を振り上げると、残った工兵たちが一斉に起爆スイッチを押した。


 複合爆薬が一緒に埋めた榴弾とか地雷を誘爆させて、艦砲射撃でも始まったんじゃないかと思ってしまうほどの火柱を生み出す。土が一気に吹き飛んで、火柱の中を焦げた肉片とかひしゃげたライフルの残骸が舞う。衝撃波が骨の破片や小さな肉片を吹き飛ばして、汚らわしい転生者の遺体を爆心地から引き離していく。


 くるりとスモールソードを回し、腰に下げた鞘の中へと戻す。


 うん、訓練通りだね。よくやったよ、工兵隊オーケストラみんな(同志諸君)


 ニコニコしながら後ろを振り向き、肉片とか骨の破片だらけになった大地に向かってぺこりとお辞儀する。


 聞こえてきたのは観客たちの拍手ではなく、彼らを屠った爆音の残響だけだった。






















 何なのあの人たち。


 吹っ飛んだ転生者部隊の連中を見てから、死体だらけの戦場をニコニコしながら見渡している工兵隊の連中を見つめる。あのスモールソードを腰に下げてパーカーとホットパンツを身に着けている私服姿の少女が指揮官らしい。


 まともな連中ではないだろう。


 けれども、爆薬の起爆のタイミングが的確だった。左右にだけでなく前後にもいくつか爆薬を仕掛けておいて、敵の位置を確認しながら修正して爆薬を起爆させていたに違いない。まるで敵兵たちが地雷原の中へとやってきて、地雷を踏んで次々に地獄へ落ちていったようにも見えた。


 まだ数名の転生者が生き残っているらしく、呻き声をあげたり、片足を吹っ飛ばされた仲間に肩を貸して逃げようとしたりしている。止めを刺してやろうと思ってStG44を構えたが、セシリアがStG44の銃身を掴んで強引に下げさせた。


「弾薬の無駄だ」


「………了解」


 彼女の命令は絶対だ。


 銃を下ろし、マガジンを取り外す。コッキングレバーを引いて弾丸を排出し、それを義手で掴んでポケットの中へと放り込んだ。


 他の仲間にも攻撃中止を命じようとしたんだが、どういうわけかコレットは工兵隊の方を向いたまま頭を抱えている。何があったんだろうか。


「………コレット?」


「え、コレット!?」


 唐突に、さっきの爆破を指揮していたパーカー姿の少女がこっちを振り向く。50mくらいは離れている筈なんだが、何で今の声が聞こえたんだろうか。


 そんな事を考えていると、パーカー姿の少女が塹壕から飛び出し、ニコニコしながらこっちに向かってすげえ勢いで走ってくる。テンプル騎士団は制服のデザインを勝手に変更してもお咎めなしなので、隊員たちの制服のデザインはバラバラなのが当たり前だ。一般的な軍隊と比べるとかなり規律が緩いのが特徴なんだが、さすがに私服姿で戦場に来るバカは見た事がない。


 彼女がこっちにやってくる事に気付いたコレットが、恥ずかしそうにマリウスの陰に隠れる。


「コレットだよね? 久しぶり、元気にしてた!? 怖い隊長さんに虐められてない!?」


 失礼だなこいつ。俺はとっても優しい隊長なんですが?


 そう思いながら駆け寄ってきた少女を見下ろした俺は、パーカーの肩の部分にさり気なく大佐の階級章がある事に気付いてぎょっとする。こいつ上官じゃねーか。


「あ、あの、大丈夫ですっ………私大丈夫ですからっ………!」


「何恥ずかしがってるのさー。久しぶりの再開なんだから、僕の胸に飛び込んできてもいいんだよっ?」


 そう言いながら両手を大きく広げる工兵隊の隊長。多分、胸の大きさはセシリアと同じくらいなのではないだろうか。パーカーの胸の辺りが結構膨らんでるし。


「ブリスカヴィカ大佐、恥ずかしいからやめてくださいよ!」


 え、”ブリスカヴィカ”?


 ウラルと同じファミリーネームか………髪の色もあいつと同じく桜色だし、関係者なのだろうか。


「えー、せっかく再会できたのに………。ん? もしかして、この目つきが危ない人がコレットの上官?」


「え? あ、はい。速河少佐です」


「ハヤカワ………へえ」


 俺の顔をまじまじと見つめながら、”ブリスカヴィカ”大佐は肩をすくめる。


「君、なんかリョナ系に興味ありそうな顔してるね」


「ありませんから」


「本当? 部屋にそういう本隠してるんじゃない?」


「隠してませんって」


 失礼だなこの人。………いや、リョナ系じゃないやつは隠してあるけど。


 というか、テンプル騎士団の幹部とか指揮官って個性的な人多過ぎないか? 俺の影が薄くならないか心配だ………。


「ところで団長、この後どうする? あ、ハンバーガーでも食べに行かない? 僕いいお店知ってるよ?」


「は、”はんばーがー”か………って、今は攻勢の最中だぞ『エリーゼ』!」


「あははははっ、そうだったねぇ。じゃあ、この作戦終わったら工兵隊の皆を誘って行ってくるよ。もちろん僕の奢りだよみんなー!!」


『『『『『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』』』』』


 俺もこの戦いが終わったら隊員の奴らに何か奢ってやろうかな………。


 とりあえず、撤退した本隊と合流しよう。攻勢を止められてしまった以上、部隊の再編成を行わなければならないからな。



















「ローラント中将、どうなさるおつもりですか!!」


 テントの中にある司令部で歩兵部隊の指揮官が怒鳴っているにもかかわらず、椅子に座りながらコーヒーを飲むローラント中将は意に介さない。後ろに用意されたラトーニウスの地図を見つめながら、カップをそっとテーブルの上に置いた。


「転生者部隊は大損害を被っているんですよ!? あいつらは普通の歩兵と違って簡単に補充できない! まだ本国には転生者は残っていますが、追撃戦で戦死した連中と比べると質が低いんです! 中将、これは我が帝国の命運がかかった――――――」


「――――――だが、テンプル騎士団の攻勢は止まった」


 腕を組みながら、ローラント中将は微笑んだ。


 激昂する指揮官の怒声とは真逆の優しい声が、彼の心の中で荒れ狂っていた焦燥を掻き消していく。


 確かに大きな損害を被ったが、ローラント中将は今までのヴァルツ軍の将校ができなかったことをやり遂げた。今まで一度も攻勢に失敗した事がないと言われているテンプル騎士団の猛攻を、止めてしまったのである。


 それは、ヴァルツ軍にも勝ち目があるという事の証明だ。


「彼らの物量は、我らを下回る。持久戦は避けたいところだが、彼らも持久戦は苦手だろう。規模が小さい以上、消耗戦になれば最終的に損害を被るのは向こうになる」


「中将、それでは共倒れになる恐れが………我らはテンプル騎士団を打ち破ってから、西部戦線の連中と戦わなければならんのです。ここで大損害を出すわけには――――――」


「――――――だから仕掛けてくるのさ、向こうがね」


 ホムンクルス兵の大量生産と、兵器の大量生産により、テンプル騎士団の物量は一気に大きくなったと言っていいだろう。タンプル搭を失って海原を彷徨っていた敗残兵だとは思えないほど、今の彼らの兵力は圧倒的である。


 だが、未だに物量は帝国軍を下回っている。このまま泥沼化して消耗戦が始まれば、最終的に大損害を被って撤退するのはテンプル騎士団になるだろう。だからこそ、セシリア・ハヤカワは帝国軍の攻勢を止めて体勢を崩し、そのまま逆に攻勢を始めて一気に大打撃を与え、短期間で戦闘を終わらせるつもりだったのだ。


 テンプル騎士団の攻勢が熾烈という事は、その分長期戦を嫌うという事だ。


 それを是が非でも避けるために、セシリア・ハヤカワは切り札を使ってくる。ゴダレッド高地での戦いやウェーダンの戦いを知っているからこそ、ローラント中将は確信していた。


 膠着状態になりそうなタイミングで、魔王セシリア悪魔リキヤを放つ、と。


「………守備隊を増強しろ。今夜、”ウェーダンの悪魔”がやってくるぞ」


「ウェーダンの悪魔………!? あ、あの、ウェーダンで司令部の兵士と指揮官を単独で惨殺したあの敵兵の事ですか!?」


「ああ」


「そんな………! 今の守備隊では兵力不足です! 本国に増援の要請を!」


「必要ないよ」


「しかし………!」


 カップを持ち上げ、口へと運ぶ。残っていたコーヒーを全て飲み干してから、彼はニヤリと笑った。


「分断することに意味があるのさ、中尉」




 


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