ヴァルツの反撃
唐突に、後退しようとしていたT-34の砲塔が吹っ飛んだ。
敵陣の後方から発射された砲弾が運悪く砲塔の上を直撃したのだろう。車長のハッチを貫通し、よりにもよって砲塔の中で炸裂した砲弾は、狭いソ連製戦車の中に乗っていたホムンクルス兵たちを容易く吹き飛ばし、装填中だった砲弾を立て続けに誘爆させる。砲塔と車体の付け根からも炎が噴き上がったかと思いきや、被弾したT-34が大爆発を起こし、装甲の破片が周囲に飛び散った。
ヴァルツ軍の悪足掻きか、と思った頃には、既に次の榴弾が大地を直撃し、随伴歩兵たちを一気に吹き飛ばしていた。ハーフエルフの巨漢が爆風で腕を引き千切られながら宙を舞い、バラバラになった機関銃の残骸が降り注ぐ。土まみれの肉片を浴びたホムンクルス兵が叫んだかと思うと、そのホムンクルス兵も砲弾の爆風に呑み込まれ、木っ端微塵になっていた。
「敵の砲撃です!」
「何だと………!?」
悪足掻きなどではなかった。
ヴァルツ軍の連中は、この砲撃で我々に大打撃を与えるために敢えて後退していたのだろう。
我が軍の戦術は、まず投入可能なすべての戦力を投入して防衛ラインを突破し、その後に中間部にいた部隊を先頭にして攻撃を継続させ、損害の大きい部隊をその間に補給のために後方へ下がらせるというものだ。そして補給が完了次第、別の部隊と攻撃を交代させ、補給を終えた状態の部隊に攻撃を再開させるのである。
敵は、全戦力による攻勢からこの戦術に切り替わる瞬間に砲撃を集中させてきた。
この切り替わる瞬間が、我が軍の戦術で最も脆い部分だと言っていい。先頭で戦ていた部隊が後方へと下がると同時に、彼らの後方でサポートを行っていた部隊が前に出るのだから、一時的にとはいえ陣形が混乱してしまう。
無傷の歩兵を車体に乗せたり、損傷した戦車の隊列と、無傷の戦車の隊列がすれ違う瞬間に砲撃を叩き込まれれば、さらに混乱する上に大損害を被ってしまう。
敵陣へと203mm榴弾砲で反撃を試みていたシャール2Cの車体中央部に、敵の榴弾が立て続けに命中した。シャール2Cの機関室を直撃した砲弾が、内部で稼働していたフィオナ機関もろとも機関士たちを吹き飛ばす。高圧魔力が暴発して隔壁を吹き飛ばし、爆炎と共に車内の乗組員たちを焼き尽くした。
砲塔のハッチが開き、火達磨になったホムンクルス兵が絶叫しながら戦車から這い出てくる。私は彼女の元へと駆け寄ろうとしたが、それよりも先に戦車が爆発し、哀れなホムンクルスの戦車兵と一緒に吹き飛んでしまう。
「セシリア、このままでは………っ!」
「くっ………全部隊、一旦第二防衛ラインまで下がれ!」
強引に前進すれば、攻撃のために前進していた部隊は無事で済むだろう。だが、補給のために後方へと下がった部隊や、攻撃部隊と後退するために中間部で待機する次の部隊は砲撃の餌食になるか、攻撃部隊と分断されてしまう恐れがある。
戦闘で最も恐ろしいのは、陣形を敵に分断されてしまう事だ。
部隊を分断されるよりは、進撃を諦めて後方へと下がり、部隊の再編成を行いながら応戦するしかないだろう。幸運なことに、航空隊もこちらへと向かっている。彼らの空爆で支援してもらう事ができれば、再び進撃することも可能だろう。
それに、場合によっては――――――”あれ”も投入できるからな。
「各部隊、後退! ここは私が引き受ける!」
「セシリア………!」
「姉さんは撤退する部隊の指揮を執ってくれ」
止めようとする姉さんに向かってそう言いながら、信号弾を装填しているワルサー・カンプピストルを彼女に渡した。
「………蒼い信号弾が入ってる。撤退が終わったら、これで教えてほしい」
「でも、セシリア………あなた一人では無茶よ………!」
「心配ない」
ニヤリと笑いながら、優しく姉さんの肩を叩いた。
「――――――私は姉さんの妹だぞ?」
「セシリア………」
無茶をして仲間を心配させるという祖先の悪癖は、どうやら私にもしっかりと遺伝していたようだ。撤退しなければならなくなった時は殿を引き受けたくなってしまう。
やっぱり、私は指揮官よりも兵士の方が向いているのかもしれない。
兵士たちの指揮を執るという役目も確かに重要だ。前線で戦う兵士たちを効率的に戦わせるには、後方で彼らに指示を出す指揮官が必要不可欠である。だが、はっきり言うと私は銃声すら聞こえてこない安全な場所で、仲間たちに命令を出すのは肌に合わない。
最前線で返り血を浴びながら、刀を振るう方が性に合う。
「………絶対戻ってきなさい。いいわね?」
「分かってる」
撤退する部隊を指揮する指揮官が必要だ。だから、姉さんは自分も残るとは言わなかった。
私の無茶を受け入れてくれた姉に感謝しながら、砲弾が降り注ぐ大地の向こうを睨みつける。血まみれの兵士たちを車体に乗せたボロボロのT-34-85が私の脇を通過し、砲塔から顔を出していた社長が敬礼したのが見えた。
左手を突き出し、メニュー画面を出現させて銃剣付きの一〇〇式機関短銃を装備する。呼吸を整えながら爆炎で満たされた大地を見つめていると、段々とその爆炎を生み出していた砲弾の数が減り始めているのが分かった。
まもなく、敵の転生者たちが突っ込んでくる。
9年前にタンプル搭を陥落させたのも、勇者率いる転生者部隊だった。
だがな――――――今の私は違うぞ、ヴァルツのクソ野郎共。
9年前のように弱くはない。
9年前のように無力ではない。
9年前のように未熟ではない。
砲弾の爆音がぴたりと止まり、残響だけが置き去りにされる。やがて小さくなっていくその残響を、爆炎の向こうで轟いた兵士たちの雄叫びが掻き消した。
真っ白な制服に身を包んだ転生者の群れが、こっちに向かって突っ込んでくる。殆どの転生者にはヴァルツ製のライフルが支給されているようだが、転生者たちはライフルよりも剣や杖で戦う方が好きらしく、支給されたライフルを手にしている転生者はあまり見受けられない。
奴らを睨みつけながら、一〇〇式機関短銃の引き金を引いた。
バレルジャケットで覆われた銃身から弾丸が放たれ、正面から突っ込もうとしていた転生者に牙を剥く。数発は剣で弾き飛ばされてしまったが、SMGは連射できる事が最大の強みだ。後続の弾丸まで弾くことはできなかったらしく、少年の肉体があっという間に蜂の巣になった。
そのまま魔術を詠唱しようとしていた少女にフルオート射撃を叩き込んでズタズタにし、突っ込んできた転生者の顔面に銃剣を突き立てる。一〇〇式機関短銃から手を離しつつその少年を蹴飛ばして、腰に下げてある刀を引き抜く。
「ファイアーボール!」
すぐ脇を、ファイアーボールが掠めた。初歩的な魔術の1つだが、転生者の放つ魔術はこの世界の魔術師が放つ魔術の比ではない。命中すれば対戦車砲のように戦車の装甲を貫く事だろう。
2本の短剣を構えながら突っ込んできた転生者の少女の首を斬り落とし、血まみれになった刀を詠唱中の転生者に向かって投擲する。術式の形成に夢中で回避ができなかった哀れな転生者の少女は、そのまま胸を刀で串刺しにされて絶命した。
もう片方の刀を両手で握り、飛び掛かってくる転生者の上半身と下半身を両断する。崩れ落ちる転生者の上半身から持っていた剣を奪い取り、それを弓矢で私を狙っていた転生者に向かって思い切り投げつけた。咄嗟に避けられてしまったせいで殺すことはできなかったが、右肩に突き刺さったらしく、血飛沫が噴き上がる。
接近戦では勝ち目がないと判断したのか、数人の転生者が背負っていたライフルで私を狙撃してきた。何発かは弾き飛ばしたものの、2発ほど腹と肩を直撃したらしく、激痛と鮮血が荒れ狂う。
だが、私には再生能力がある。もちろんこれを頼りにしているわけではないが、この能力のおかげで常人以上の無茶はできる。
傷口を再生させながら、斬りつけた転生者の胸倉をつかんで盾にする。他の転生者たちはお構いなしに銃撃し、自分たちの仲間の背中を蜂の巣にした。
返り血を浴びながら、ズタズタになった転生者の死体を投げ飛ばす。身体を黒い外殻で覆って銃弾を弾き、姿勢を低くしながら敵兵に肉薄していく。
先ほど投擲した刀を転生者の死体から引き抜く。切っ先を地面に擦りつけながら敵のライフルマンに肉薄した私は、ニヤリと笑いながら転生者の首を斬り落とした。
やっぱり、こっちの方が良い。
指令室の中で紅茶を飲みながら、最前線の兵士たちに命令を下すよりも、最前線で血を浴びている方が良い。
左手の刀を真上へと放り投げ、腰の後ろから伸びている尻尾にキャッチさせる。それと同時に腰のホルダーの中から投げナイフを引き抜き、ライフルでこっちを狙ってくる敵兵に向かって投擲した。ぐるぐると縦に回転しながら飛んで行ったナイフは、訓練で的を正確に直撃した時のように、転生者の眉間を貫いていた。
返り血で真っ赤になった私を睨みつける転生者たちが、怯え始める。
何と情けないのだろう。
たった1人の女を、殺すことも出来ぬとは。
「貴様ら、それでも兵士か」
ゆっくりと彼らに近づきながら言うと、何人かの転生者が歯を食いしばった。
「私は1人だぞ? 貴様らは何人残っている?」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
悔しそうな顔をした転生者が、剣を両手で持ちながら飛び掛かってきた。右へと身体を傾けて強烈な剣戟をあっさりと回避し、逆に彼の首筋を刀で貫く。
刀を強引に引き抜き、首筋から鮮血を噴き上げる転生者を一瞥してから告げた。
「安心しろ、クソ野郎共。―――――――この私が全員地獄に送ってやる」
「信じられん、攻勢が止められてる」
双眼鏡で撤退していく部隊を見つめながら呟くと、傍らにいるスペツナズの兵士たちがぎょっとした。
テンプル騎士団は、攻勢を最も得意としている。信じられないことに、組織が創設された頃から今までに実施した攻勢で失敗した事は一度もないと言われているのだ。それゆえに、今回の攻勢に失敗したというのは信じられなかった。
最前線では、まだ転生者と思われる連中が誰かと戦っているのが見える。
彼らが戦っているのは、1人の美しい黒髪の少女だった。真っ黒な軍服を身に纏い、ボロボロになった転生者ハンターのコートの上着をマントの代わりに羽織っている。両手に持っているのは返り血で真っ赤になった刀で、周囲には両断された転生者の死体がどっさりと転がっていた。
彼女の白くて美しい肌にも、返り血が付着している。
殺し過ぎだぞ、ボス。
双眼鏡をそっと下ろし、StG44の銃口にサプレッサーを装着する。あと転生者を3人殺せば第二次世界大戦後の兵器も生産できるようになるので、ここで3人殺しておくとしよう。もちろん、3人以上ぶち殺す予定だが。
「第一分隊は俺に続け。第二分隊はここから迫撃砲で支援。殿を務めている同志団長を全身全霊で支援する」
『『『『『了解』』』』』
「よし、行くぞ」
ホムンクルス兵のための穴が開いたヘルメット――――――イギリスのブロディ・ヘルメットに似ている――――――をかぶりながら、姿勢を低くして戦場へと近付いていく。セレクターレバーをセミオートに切り替えつつ、一旦地面に伏せて敵の様子をチェックする。
敵はセシリアと接近戦を繰り広げているようだ。一部の転生者が後方からライフルで狙撃したり、魔術で仲間を支援している。だが、前衛の転生者とセシリアの実力差があり過ぎるからなのか、彼らのサポートは殆ど機能していないといっていい。支援されている前衛が、あっという間にセシリアに殺されている。
迂闊に掩護射撃したら彼女まで巻き込んでしまいそうだな………。
「コレット」
「はい、隊長」
「今のうちに地雷を仕掛けておけ。爆薬も一緒にセットして、撤退する時に起爆できるようにするんだ。設置する場所の選定は任せる」
「了解」
「マリウスはここで機関銃による支援の準備を」
「了解です」
「エレナは戦車の残骸の影から敵の後衛を狙撃。準備が出来たら、無線で第二分隊に支援砲撃を要請しろ」
「了解」
敬礼したコレットが、姿勢を低くしながら走っていく。
彼女が背中に背負っているのは、『ブローニング・オート5』というアメリカ製のセミオートマチック式ショットガンである。第一次世界大戦前に開発された旧式の銃だが、信頼性の高さと殺傷力の高さを兼ね備えた理想的な散弾銃と言えるだろう。彼女が持っているブローニング・オート5は、銃身をチューブマガジンと同じ長さにまで切り詰めたテンプル騎士団仕様だ。工兵隊ではあれがメインアームとして支給されているという。
傍らにいるマリウスが、背中に背負っていた機関銃を取り出し、支援を開始する準備を始める。
マリウスが持っているのは、ドイツが第二次世界大戦で数多の連合軍の兵士を蜂の巣にした『MG42』と呼ばれる汎用機関銃である。大口径の7.92mm弾をすさまじい連射速度でぶっ放す事ができる機関銃であり、攻撃力は非常に高いと言える。彼に支給されているMG42には木製のフォアグリップも取り付けてあり、いざという時は立ったままフルオート射撃をぶちかますことが可能だ。普通の人間の兵士では難しい事だが、筋力が発達したオークならば片手で連射することも可能だという。
「ジュリア、ついてこい」
「了解ニャ」
火炎放射器を持つジュリアに言いながら、ガスマスクをかぶった。彼女の持つ火炎放射器の燃料はフィオナ博士が調合したものらしく、燃える際に噴き上がる黒煙も毒ガスであるため、使用する際はガスマスクが欠かせない。一体何を素材に使ったんだろうか。
さて、このまま突っ込んで支援すれば前衛の敵は減らせるが、前衛はセシリア1人でも問題なさそうだな。あの人強いから。
では、支援している連中から潰すか。
ジュリアと共に横から回り込みつつ、StG44を一旦背負う。魔術の詠唱の準備をしている転生者の後ろから忍び寄った俺は、義手を伸ばしてその転生者の首を抑え込んだ。そのまま力を込めて首を捻り、首の骨をへし折る。
背負っていたStG44を構え、セミオート射撃で狙撃兵の頭に返品不可能な弾丸をプレゼントする。アサルトライフル用の弾丸だが、口径はでかいので殺傷力は高い。がくん、と転生者の頭が揺れ、動かなくなった。
仲間がいきなり撃たれたことに気付いた転生者もいたが、そいつもStG44のセミオート射撃でヘッドショットする。相手を苦しめて殺すなら話は別だが、確実に殺すならばやっぱりヘッドショットが一番効率がいいような気がする。
これで3人殺した。端末を開けばきっと冷戦の頃の兵器が造れるようになったというメッセージが表示されるだろうが、今は新しい武器を生産している余裕はない。
後方にいる転生者がいなくなったのを確認してから、俺はニヤリと笑った。
助けに来たぞ、セシリア。




