弱点
「第二防衛ラインを突破!」
転生者の白い制服に身を包んだ少年を、三八式歩兵銃の銃剣で貫いていた私に傍らのホムンクルス兵が報告した。敵兵の死体から血まみれの銃剣を強引に引き抜いて、崩れ落ちた死体を踏みつけながら塹壕から這い上がる。
帝国軍はもう総崩れと言ってもよかった。今回は転生者部隊も投入されているから簡単に勝てるだろうと高を括っていたに違いない。確かに転生者は少しばかり手強い相手だが、こちらの歩兵は対転生者戦闘の訓練も受けている。
転生者と遭遇した場合は6人の兵士で構成される分隊で転生者の相手をし、6対1で戦うように訓練しているのだ。ボルトアクションライフルを装備しているライフルマンには10発ずつ対転生者用の7.62mm強装徹甲弾を支給している。それを使って転生者へと集中攻撃を行う事により、強力な防御力を誇る転生者を蜂の巣にするのである。
ちらりと塹壕の外を見てみると、数名のライフルマンが剣を持って斬撃を飛ばしていた転生者を蜂の巣にしているところだった。装甲車の装甲を貫通する事ができる徹甲弾の火薬の量をさらに増やしたことにより、転生者のステータスすら無視する事ができるほどの貫通力を誇る対転生者用強装徹甲弾は、白い制服に身を包んだ転生者の少年の胸板や肩を容易く食い破り、真っ白な制服を真っ赤に染め上げていく。
転生者が動かなくなったことを確認したライフルマンたちは、弾倉に残っている強装徹甲弾を排出してポーチの中へと戻し、通常の7.62mm弾をクリップで装填し直してから再び進撃を再開する。
うむ、やはり強装徹甲弾は転生者には有効な弾丸らしいな。
あの弾丸を歩兵に支給するべきだと提唱したのは、モシンナガンを採用するべきだと勧めてきた力也だ。ライフル用の徹甲弾をベースにして火薬の量を増やせば、転生者にもダメージを与えられるほどの貫通力になる。それを歩兵にも支給しておけば、より効率的に転生者をぶち殺す事ができるようになる。
転生者の撃破に成功した分隊の兵士たちの士気は、これ以上ないほど上がっていた。
今までは、転生者は極めて恐ろしい存在だった。通常の弾丸でも倒せない事はないが、普通の兵士に比べると効果が薄かったり無力化されることが多く、撃破するためには敵兵への攻撃を考慮していない対戦車砲の徹甲弾を叩き込まなければ難しかった。だが、鈍重な対戦車砲での攻撃は難しいし、非効率的であったため、転生者戦闘を行う場合は複数の分隊でこれでもかというほど銃弾を叩き込んだり、砲兵隊に支援を要請する必要があった。
だが、対転生者用の強装徹甲弾を装備した分隊は、より効率的に転生者を撃破する事ができるようになった。
今までは撃破が極めて困難であり、大損害をほぼ確実に被る事になっていた転生者を、たった6人の兵士で特殊な弾薬を使用することで撃破する事ができるようになったのである。
後ろから、剣を手にした転生者が雄叫びを上げながら突っ込んでくる。戦車砲の砲撃で負傷したのか、胸板や肩には砲弾の破片と思われる焦げた金属の破片が突き刺さっているのが見えた。今まで帝国軍が投入していた転生者は、端末の機能に頼り切っている者ばかりで、実戦を経験した事がない少年や少女ばかりであった。負傷すればすぐに泣き叫んだりするし、戦闘が劣勢になれば容易く上官の命令を無視して逃げることも多かったという。
しかし――――――今回の戦闘に投入された転生者は、確かに手強い。
負傷しても逃げないのだ。
兵士に近い転生者と言うべきだろうか。
転生者が振り下ろしてきた剣を三八式歩兵銃で受け止めつつ、両手に力を込めて歯を食いしばる。木製のハンドガードに刀身が突き立てられた直後、横から飛んできた1本のナイフがその転生者のこめかみを貫いていた。
「セシリア、大丈夫?」
「すまない、姉さん。助かった」
杖を持った転生者の少女を大太刀で両断していた姉さんが、咄嗟にナイフを投げてくれたのだろう。助けてくれた姉に礼を言いながら、ライフルがまだ射撃できる状態である事を確認し、倒れている転生者のこめかみからナイフを引き抜く。
「こんなところで死んじゃダメよ」
「分かってる」
死ぬわけにはいかない。
王室と勇者に復讐を果たすまでは。
先行していた戦車部隊と合流し、IS-2の車体の後ろに隠れながら進軍する。平原の向こうから飛来した徹甲弾がIS-2の正面装甲を直撃したが、重戦車であるIS-2の堅牢な装甲を貫通するには威力不足だったらしく、ガギィン、と甲高い金属音を響かせながら、哀れな37mm徹甲弾は弾き飛ばされていった。
おそらく対戦車砲の砲撃だろう。第三防衛ラインが近いということか。
「うわっ!」
顔をしかめながら反撃しようとしていたその時だった。
敵兵に狙撃されたのか、すぐ後ろにいたホムンクルス兵が血を流しながらいきなり倒れたのである。姉さんは敵兵が発砲した場所をもう特定したらしく、M1ガーランドを立て続けに発砲した。
その間に、私は三八式歩兵銃を背負ってそのホムンクルス兵を停車している戦車の影まで引きずる。命中した場所は腹らしく、華奢な腹部は真っ赤に染まっていた。
「た、たすけて………やだ、死にたくない………」
「分かってる、大丈夫だ。そんなに深刻な傷じゃない。………衛生兵!!」
衛生兵を呼ぶと、モシンナガンを持ったホムンクルスの衛生兵がすぐに駆け寄ってきた。彼女はライフルを背負い、腰に下げている大きなポーチの中から液体のエリクサーを取り出すと、それを注射器にセットする。尻尾を使って出血している腹にガーゼを当てた衛生兵は、死にたくない、と連呼する同胞を励ましながら注射器を彼女の首筋に突き立てた。
現代のエリクサーは錠剤が多いが、エリクサーの中にはこのように液体を注射器で注射することでより迅速に傷口を塞いだり、少しの間痛み止めとして機能する物もあるという。衛生兵たちは一般的な歩兵たちよりも多くのエリクサーを携行することが許されており、このように負傷した兵士にエリクサーを投与して応急処置を行うのが衛生兵たちの役目となっている。
もし応急処置でも治療が困難な場合は、後方に待機している治療魔術師の所まで連れ帰る事になる。
「ほら、大丈夫。もう傷は塞がったわ」
「あ、ありがとう………」
「少し後ろに下がれ、ここは任せろ」
「すみません、団長………」
衛生兵と一緒に後方へと下がるホムンクルス兵を見送ってから、私は再び姉さんたちの所へと戻った。思い切り突っ走る私を右側から機関銃が狙ってきたが、IS-2のハッチから身を乗り出した戦車兵が機関銃を乱射して支援してくれたおかげで、すぐに銃撃はぴたりと止まった。
戦車の車体の後ろへとスライディングし、身を乗り出してライフルで反撃する。時折、まるでチェーンソーで木材を切断する時のような甲高い音が一瞬だけ聞こえてくるのだが、この音は何なのだろうか。
応戦しながら正面にある敵の塹壕を見てみると、剣を持った転生者たちが斬撃をこっちに向かって飛ばしているのが見えた。甲高い金属音は、その斬撃が戦車の装甲を直撃した際に発生しているらしい。
前進しているT-34の正面装甲には、いくつも斬撃を喰らった傷痕が刻まれていた。さすがに対戦車砲のように戦車の正面装甲を貫通することはできないらしいが、何発も喰らえば装甲を切断されてしまうかもしれない。
斬撃を必死に飛ばしている敵兵に照準を合わせ、トリガーを引いた。斬撃を飛ばすために剣を振り上げた転生者の眉間に風穴が開き、がくん、と頭が後方へと大きく揺れる。血まみれの白い頭蓋骨の破片が飛び散り、頭を6.5mm弾で射抜かれた転生者の少年が塹壕の中へ崩れ落ちる。
次の瞬間、転生者の群れが唐突に飛来した榴弾砲の砲撃で吹っ飛んだ。
後方から進撃してくるシャール2Cたちが、主砲として搭載されている203mm榴弾砲を放ち、塹壕の一角を守備隊もろとも吹き飛ばしたのだ。戦艦の副砲や巡洋艦の主砲と変わらない口径の榴弾砲から放たれた榴弾によって、塹壕は一気に抉られており、大穴の周囲には土まみれになった肉片や手足がいくつも転がっている。
下半身や脚を吹き飛ばされ、泣き叫ぶ転生者たちを、進撃するT-34が容赦なく履帯で踏み躙る。絶叫が履帯の音とエンジンの音に呑み込まれ、真っ白な制服に身を包んだ少年や少女たちがミンチになっていった。
IS-2の車体の後ろから飛び出しつつ、ライフルを背中に背負う。腰に下げていた刀と南部大型自動拳銃を引き抜き、私も塹壕の中へと飛び込んだ。
ヴァルツ軍の塹壕の中は、死体だらけだった。狙撃手に狙撃されて倒れている死体や、榴弾砲の破片が頭やこめかみに突き刺さっている死体。中にはヴァルツ軍の兵士も見受けられたが、大半は白い制服を着た転生者たちだ。
「うう………や、やめて………こ、殺さな――――――」
まだ生きていた転生者の少女に、南部大型自動拳銃で止めを刺す。頭に弾丸を叩き込まれた少女は、がくん、と身体を揺らしてから動かなくなった。眉間の傷口から溢れ出た鮮血が涙に混ざり、塹壕の地面へと滴り落ちていく。
いつも通りだ。
こうやって命乞いをする敵兵に止めを刺すのは、いつもの事だ。
我々は虐げられている人々を救うために設立された組織だ。辛い経験をした人々を揺り籠の中で守り、彼らを狙う外敵を徹底的に絶滅させるための軍勢だ。
だから、敵は滅ぼさなければならない。敵が絶滅すれば、もう我らに牙を剥く脅威はいなくなるのだから。
かつて、タクヤ・ハヤカワは『我らの銃声は、世界救済の福音である』と言った。我々がクソ野郎に向けて銃弾を放つたびに、虐げられていた奴隷たちは救われていくのだ。
幼少の頃から、私たちは両親からそう教育された。敵に甘くしてはならない。命乞いをする敵が目の前にいたとしても、淡々と止めを刺して殺さなければならない。そうしなければ、人々は救えない。
既に、敵の第三防衛ラインも突破しつつあった。
そろそろ攻め方を切り替えるべきだろう、と思いながら法螺貝へ手を伸ばす。
テンプル騎士団が敵の塹壕を攻撃する場合の戦術には、2つの段階がある。
まず、砲兵隊や戦車部隊の支援砲撃を受けながら、全戦力を投入して敵の塹壕を突破する。突破に成功した後は、損害の大きな戦闘の部隊を後方へと下げて補給を行わせ、第二陣を先頭にして攻撃と進撃を継続する。そして第二陣が疲弊したら後方の第三陣を先頭に切り替え、第二陣を補給へと下がらせる。第三陣が疲弊したら一番最初に補給を受けた第一陣に切り替え、攻撃を継続するのだ。
このように継続的に猛攻を行うことで、敵が体勢を立て直したり防衛ラインを再構築する前に突破してしまうのである。
第二段階への移行を命じるため、私は法螺貝を吹いた。
「敵部隊の動きが変わりました」
双眼鏡でテンプル騎士団の地上部隊を見つめていた見張り員がそう言うと、ローラント中将はカップをそっとテーブルの上に置いた。傍らにいる見張りの兵士から双眼鏡を受け取り、テンプル騎士団の戦車部隊を確認する。
既に、第三防衛ラインには大穴が開きつつある。転生者部隊は応戦を継続しているようだが、既にテンプル騎士団の戦車たちは大半の塹壕を突破しているようだった。
「………全砲兵隊へ通達。第三防衛ラインへ集中砲火用意」
「了解」
まだ、第三防衛ラインには守備隊が残っているかもしれない。だが、テンプル騎士団の基本的なドクトリンが敵兵の”皆殺し”である以上、救出する余裕はないと言っていい。もちろん、後で捕虜の交換のための交渉を行ったとしても、その捕虜が生きているとは限らない。
砲撃準備完了、と報告する副官の声を聞きながら、ローラント中将は双眼鏡を覗き込み続ける。
中将は、あるタイミングを待っていた。
今までにテンプル騎士団が実施してきた攻勢の記録を見ていたローラント中将は、テンプル騎士団の攻勢の弱点を発見していたのである。
それは――――――全戦力を投入した攻撃の後、先頭の部隊を後方へと下げ、中間部の部隊を先頭にして攻撃を継続する事である。今までの攻勢ではテンプル騎士団の攻撃が苛烈過ぎるせいでそれに対処する余裕はなかったが、敵の戦術を把握できれば対処することも難しくはない。
全戦力での攻撃は脅威だが、それは長くは続かない。そのまま攻撃を継続していれば必ず”息切れ”するため、補給が必要になる。
先頭の部隊を補給のために後方に下げるという事は、その瞬間に攻撃に参加する兵力が減少するという事を意味する。しかも前方で戦っていた部隊が後方へと下がり、彼らの後方でサポートしていた部隊が前に出るのだから、一時的に陣形が混乱することになる。
その瞬間に集中砲火をお見舞いできれば――――――テンプル騎士団の攻撃部隊は混乱し、攻勢はぴたりと止まるというわけだ。
彼らのドクトリンは極めて攻撃的だが、一度でも混乱すればその殺傷力は劇的に下がるのである。
先頭を進んでいた戦車部隊が速度を落としたのを見たローラント中将は、双眼鏡から目を離しながら命じた。
「砲兵隊―――――――砲撃開始」




