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攻撃的なドクトリン


 1918年3月21日、ヴァルツ帝国軍は、陸軍、海軍、空軍の全ての主力部隊を総動員した第一次世界大戦最後の攻勢を実行した。


 この攻勢は、第一次世界大戦で行われた帝国軍最大の攻勢となった。



















 無数の砲弾が次々に大地へと着弾し、土や鉄条網の破片を吹き飛ばす。


 爆音を聞きながら水筒の中のアイスティーを口へと運び、ヘルメットをかぶった兵士たちと共に塹壕の中からボルトアクションライフルを構え、帝国軍のクソ野郎共が突っ込んでくるのを待つ。傍らにいる機関銃を構えたオークの兵士が、息を呑みながら機関銃の照準を爆炎の中へと合わせていた。


 爆音を聞きながら、ウェーダンで戦った時の事を思い出す。


 あの時は歩兵に支給している装備もバラバラだったし、兵士の錬度も新兵と殆ど変わらなかった。中には戦場に向かう列車の中でずっとぶるぶると震えていた兵士もいたんだが、今のテンプル騎士団の兵士たちの錬度は、これまで経験してきた実戦のおかげで劇的に高められていると言っても過言ではない。


 モシンナガンM1891/30を構えながら、敵が突っ込んでくる方向を睨みつける兵士たちを見渡しながら、私は微笑んだ。


 ここにいる兵士たちは、あのウェーダンの戦いに参加して生き残った部隊の生き残りだ。あの時は次々に着弾する砲弾や敵兵を見て怯えていた奴らだったが、今はもう怯えていない。それどころか、この戦いに参加することになった新兵たちを励ましたり、鋭い目つきで前方を睨みつけている。


 塹壕の前方には、味方の戦車部隊も待機している。


 ずらりと並んでいるのは、虎の子のシャール2C。タンプル搭奪還後に大量生産されており、この戦いにはそのうちの50両が投入されている。武装もより強力になっており、巨大な車体の前方にある主砲の砲塔には、異世界のソビエト連邦という国で開発された『B-4』という203mm榴弾砲が1門搭載されている。車体の後部にはT-34の主砲が砲塔ごと移植されていて、後部に回り込まれても強力な戦車砲で砲撃できるようになっていた。


 彼らの周囲に待機しているT-34の中には、より大型の85mm砲を搭載したT-34-85や、更に大型の122mm砲を搭載した『IS-2』もずらりと並んでいる。ソビエト連邦の戦車は車内がとても狭いのだが、小柄な体格の兵士が多いホムンクルス兵たちにとっては丁度いいサイズらしいので、戦車兵の殆どはホムンクルスで構成されている。


 本当ならば空軍も支援してくれる予定らしいのだが、到着が遅れているらしい。彼らが到着してくれるまでは航空支援は要請できないな………。


「落ち着けよ、セシリア」


「分かってるよ、教官」


 潜望鏡を覗き込んでいるウラル教官が、いつものように私の肩を叩きながら言った。教官曰く「お前の戦い方は不安だ」というが、私は実戦を何度も経験しているし、昔よりは強くなっている。いつまでも子供扱いはしてほしくない。


 それにしても、力也の奴は間に合ったのだろうか。


 戦艦ネイリンゲンはジャングオへと向かい、原子炉の確保に成功したという。任務に成功したのは喜ばしい事だが、それ以降の報告は入っていないため、無事にジャングオを離脱する事ができたのかはまだ分からない。


 できるならば、あいつと一緒に戦いたかったな………。


 力也の事を思い出している内に、敵の砲撃が段々と減り始めた。砲撃で大地を吹き飛ばし、ここに谷でも作ろうとしているのではないかと思ってしまうほど熾烈だった榴弾砲による攻撃が薄れ、黒煙と轟音の残響だけが取り残される。


 敵兵が突っ込んでくるという証拠だ。味方の砲撃が続いているというのに、兵士を突撃させるわけがない。


 息を吐きながら、三八式歩兵銃の照準器を覗き込む。


 ヴァルツ帝国軍は、この攻勢でオルトバルカに大打撃を与え、東部戦線での戦闘を終結させるつもりだ。そうなればヴァルツはオルトバルカの豊富な資源を手に入れるだけでなく、東部戦線のオルトバルカと、西部戦線のフランギウス、フェルデーニャでの挟撃という状況が崩壊し、ヴァルツは背後である東部戦線からの攻勢という状況を警戒せずに戦争を継続できる。


 世界大戦が長引けば、ヴァルツ本土への攻撃もできそうだが――――――ヴァルツにオルトバルカが占領されれば、レーニンたちとの約束が果たせなくなるからな。それに王室への復讐も果たせなくなるから、ここでオルトバルカが敗北するのは避けなければ。


 近くにいるウラル教官が、潜望鏡を通常のタイプから魔力を感知するタイプに持ち替える。そちらは体内の魔力が見えるようになる特殊なレンズを内蔵しているため、粉塵が舞って視界が悪い状態でも向こうにいる敵兵が見えるという。


 フィオナ博士が廃材で作り上げた発明品だそうだ。廃材でとんでもない物を作ったな、博士………。


「………来るぞ。敵の歩兵、約1500人。そのうち魔力の反応が薄い奴がいる………きっと転生者だ。数600!」


 600人の転生者………!


 兵士たちは目を見開いたが、ざわつく事はなかった。


 帝国軍の連中は、この攻勢のために虎の子の転生者を温存し、本国で訓練させていたという。この戦いで投入された転生者たちの質は、今まで我々が交戦したクソ野郎とは別格と言っていいだろう。間違いなく慢心していないだろうし、端末の機能や自分のステータスを過信していない。一流の兵士に転生者の端末を持たせたような存在だと思うべきだ。


 気を引き締めろ、セシリア・ハヤカワ。


 傍らに置いてある無線機を手に取り、戦車部隊に命じる。


「砲撃用意。目標、12時方向より接近中の転生者部隊」


 ガゴン、とシャール2Cたちの砲身の仰角が上がる。


 いくら転生者でも、虎の子の203mm榴弾砲には耐えられまい。


 先ほどの砲撃では、我が軍に損害は出ていない。後方にはオルトバルカ軍もいるが、あの連中に出番はないだろう。我々の兵力だけで、ヴァルツは叩き潰せる。


 あいつらが目論む浸透戦術とやらは、防衛ラインの防御が手薄な部分や混乱している部分を見つけ出さない限りは機能しない。そこを突破し、後方の司令部を攻撃する必要があるのだ。だが、砲撃で全く損害が出ていない上に、そういう状況を何度も経験して落ち着いている兵士たちが防衛ラインをしっかりと守っているのだから、少数の兵士での浸透を試みても返り討ちにされるだけである。


 だが――――――その少数の兵士は、間違いなく転生者だ。


 奴らの作戦は、ゴダレッド高地での戦いで実施した浸透戦術を転生者で行う事だ。兵士の質を極限まで高められれば、浸透戦術はより強力な戦術として機能する。


 逆に言えば、その真っ先に突っ込んでくる転生者共を叩き潰す事ができれば、早くも奴らの作戦は失敗するのだ。


「――――――撃ち方始め」


『了解、砲撃開始』


 命じた直後、戦艦の副砲や巡洋艦の主砲に匹敵するサイズの榴弾砲が――――――火を噴いた。


 待っていた砂塵の幕が抉れ、圧倒的な運動エネルギーを纏った巨大な砲弾が立て続けに着弾する。ドン、と大地の向こうで緋色の光が噴き上がり、人間の肉体の一部と思われる肉片が土と一緒に舞い上がったのが見えた。


「転生者部隊、急激に増速。歩兵部隊を置き去りにして突撃してくる」


「戦車隊、砲撃用意。目標、接近中の転生者部隊」


 砂塵が薄れてきたおかげで、私が持っている双眼鏡でも転生者部隊がうっすらと見えた。


 確かにあの連中の走る速度は速い。スピードのステータスがかなり高くなっているからなのか、全速力で走る車ですら追い越せるほどの速度だ。しかも左右に動き回りながら突っ込んでくる上に戦車よりも標的が小さいため、命中させるのは困難だろう。


『ダメです同志団長! 敵が速過ぎます』


「直撃させる必要はない。爆炎の壁を作って巻き込んでやれ」


 直撃させる必要があるのは敵の戦車と戦う場合だ。歩兵が相手ならば、砲弾を直撃させる必要はない。榴弾を近くに着弾させて巻き込んでいいのだ。そうすれば、脆い人間の肉体は簡単に弾け飛ぶ。


「全車両、榴弾を装填」


『了解、榴弾装填。同志団長の合図を待て』


「――――――撃て」


『全車両、撃ち方始め』


 シャール2Cと共に塹壕の前に居座る戦車部隊が、一斉に榴弾を放った。


 T-34、T-34-85、IS-2たちの榴弾が大地を直撃し、緋色の光でラトーニウスの平原を満たす。双眼鏡を覗き込んでみると、その緋色の光の傍らを走っていた転生者たちが、次々に榴弾砲の爆発に巻き込まれて手足を捥ぎ取られているところだった。中には腰に下げていた剣を引き抜いて斬撃を飛ばす転生者もいたが、剣なんぞで戦車に勝てるわけがない。斬撃は射程距離外だった上に、そこで反撃したせいで他の戦車に狙われたらしく、数秒後には榴弾で木っ端微塵にされていた。


 先ほどの敵の砲撃が着弾していた地点がずれたのは、シュタージのエージェントたちのおかげだった。敵の観測員を暗殺して彼らになりすまし、嘘の座標と報告を敵の砲兵隊に送っていたのである。


 彼らのおかげで、こちらの部隊は全く損害を受けなかった。


「敵部隊、後退を開始」


「よし、進撃する!」


 このまま攻撃すれば大損害を被るだけだ。おそらく、敵の指揮官はここで虎の子の転生者に大侵害を出してしまう事を恐れたのだろう。


 我々テンプル騎士団は、防衛戦はあまり得意ではない。スオミ支部や倭国支部は防衛戦を得意としていたが、他の支部や本部の兵士は逆に侵攻作戦を得意としていた。


 特に、本部の兵士は攻勢が最も得意だ。信じられないことに、テンプル騎士団本部の遠征部隊は、創設された頃から一度も攻勢に失敗した事がない。


 敵が体勢を立て直して反撃するよりも先に、敵の防衛ラインを突破してしまうからだ。


 戦車部隊による集中砲火で敵の攻撃が頓挫してしまった以上、帝国軍は再び攻撃を仕掛けるために体勢を整える必要がある。だが、我々はもう攻撃を行う準備も終えているから、このまま追撃すればいい。


 手を差し出すと、傍らにいたホムンクルス兵が迷彩模様の法螺貝を渡してくれた。それを受け取り、塹壕の中にいる兵士たちを見渡してから合図する。


『ブオォォォォォォォォォッ!!』


『『『『『Ураааааааа!!』』』』』


 法螺貝の音が響き渡ったと思いきや、塹壕の中で待機していた兵士たちが一斉に塹壕から這い出た。戦車たちもエンジンの音を響かせ、ゆっくりと履帯を回転させながら前進を始める。


 私と姉さんも塹壕から這い上がり、ゆっくりと走り始めたT-34-85の車体の後ろによじ登る。敵兵の中には撤退しながら反撃してくるやつらもいたが、突撃を開始した兵士たちは戦車の車体に乗って砲塔を盾にするか、車体の後ろに隠れて攻撃から身を守っている。対戦車ライフルでも貫通するのが難しいほど堅牢な装甲が弾丸を弾く音を聞きながら、私はこっちに反撃してくる兵士にライフルで応戦した。


 すぐ近くで金属音が聞こえた。撤退していく敵兵をM1ガーランドで狙撃していた姉さんが、装填されていた弾薬を使い果たしたのだろう。ちらりと見てみると、姉さんは素早く8発の弾丸をクリップと一緒にM1ガーランドへと装填していた。


「姉さん、海兵隊はどうなってる?」


 ボルトハンドルを引き、弾倉に6.5mm弾を装填しながら姉さんに尋ねる。


 陸軍と海兵隊は別行動だ。全ての戦力を集中的に投入し、敵の防衛ラインを突破する事がドクトリンとされているテンプル騎士団にしては珍しく、側面から敵部隊を攻撃させるため、敢えて海兵隊とは別行動している。


「上陸は終わった筈よ。このまま攻撃していれば、海兵隊と合流できるわ」


「よし、このまま進撃だ。ヴァルツのクソ野郎共を生きて返すな!」


 できるならばこの世界大戦が終わる前に勇者の首を貰いたいところだが、あいつを殺すことになるのは次の世界大戦になるだろう。


 その前に、復讐を果たさなければならない奴らがいるからな。





















「攻勢失敗。第一攻撃部隊、第二防衛ラインへ後退中」


 報告を聞きながら、私は腕を組んだ。


 やはり、あの部隊でテンプル騎士団の防衛ラインを突破することはできなかった。奴らには戦車という強力な兵器があるのに対し、こちらは転生者と歩兵のみ。肉薄できればこちらが有利だが、榴弾砲の弾幕を歩兵のみで突破するのは不可能に近い。


 こちらの攻勢が失敗したと判断すれば、敵は間違いなくこちらの部隊を追撃しながら進撃してくる。テンプル騎士団は、防衛戦よりも攻勢の方を得意としているからだ。


 だが―――――奴らのドクトリンには、隙は小さいが大きな弱点がある。


 こっちが用意している転生者は、先ほど突撃させた600名の転生者だけではない。それに、こちらにも30両ほど戦車がある。だが、それらを投入することになるのはまだ先だ。テンプル騎士団が隙を見せた瞬間に攻撃し、奴らが混乱している時にこれらを投入する。


 もう少しだ。


 第三防衛ラインまで突撃してこい。


 私を討ち取るために、進撃してこい。


 だが、君たちが私を討ち取る事はない。私の首が討ち取られるよりも先に、君たちの軍勢は崩壊する。


 確信しながら、私はコーヒーへと手を伸ばした。








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