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ガルゴニスの覚悟


 前部甲板に居座る46cm3連装砲が生み出す爆音と衝撃波が、艦橋を通過してジャングオの海へと拡散していく。周囲に浮かんでいる小さな氷の塊たちが、世界最強の戦艦が発した主砲の轟音に怯えたかのようにびくりと震え、洞窟の周囲を砲撃し始めた大和の巨体から遠ざかっていく。


 戦艦大和の主砲は、第二次世界大戦に投入されたあらゆる戦艦の中でも最強と言っていいだろう。アメリカ海軍が誇るアイオワ級よりも強力で、装甲も非常に分厚い。


 首に下げていた双眼鏡を覗き、砲弾が着弾した地点をチェックする。今しがた着弾した砲弾が穿った海面の左右には巨大な氷山が屹立していて、その奥に巨大な洞窟がある。先ほど見張り員が魔力センサーで観測した魔力反応は、あの洞窟の中で観測されたという。


 大京ターキンでの戦闘は既に終結したが、まだ市内に潜伏しているジャングオ軍の残党や、殲虎公司ジェンフーコンスーの兵士たちが抵抗を続けている。昨日の夜も見張りの兵士が1人殺害されていたらしい。


 先ほど観測された魔力反応の件をジャングオの前哨基地に問い合わせてみたが、その地点でフィオナ機関を稼働させた部隊や艦艇は存在しないという。大京ターキン市内にあるフィオナ機関は全て我が軍が接収しているし、大京ターキン市民が使用できる魔力の量も1日60メルフまで制限されているので、前哨基地の司令官が把握していない魔力反応が観測されることは殆どないと言っていい。


 つまり、あの洞窟の中にその残党共が隠れているのだ。


 魔力反応が観測された以上、敵はあの洞窟の中に確実にいる。しかも、観測された魔力の圧力は艦艇の機関部が使用する圧力に匹敵する。


 やがて、その洞窟の中に隠れていた巨大な金属の塊が姿を現した。


 船体はこの大和よりも巨大だ。およそ300mくらいだろうか。以前に追撃した時は何発も砲弾や爆弾を叩き込んでボロボロにしてやったが、その傷痕は応急処置を受けたらしく装甲で塞がれているのが分かる。だが、船体の上に搭載されている武装は応急処置ができなかったのか、ボロボロになったままだった。


 前部甲板に鎮座しているのは、この大和と同じ形状の主砲だった。第一砲塔は46cm3連装砲になっていて、その後方にある第二砲塔は46cm連装砲になっている。第一砲塔の装甲はいたるところに大穴が開いていて、砲塔から伸びる46cm砲の砲身もへし折れたりひしゃげている。その主砲が火を噴く事ができないのは言うまでもないだろう。


 その後方にある第二砲塔は辛うじて砲撃可能なようだが、片方の砲身が曲がってしまっているのが分かる。砲撃はできるかもしれないが、連装砲ではなく単装砲としてしか機能しないに違いない。


 第二砲塔の後方には艦橋があり、艦橋の側面に増設されたスポンソンの上には対空用の機関砲が搭載されている。太平洋戦争で無数の日本軍の機体を撃ち落としやがった、忌々しいボフォース40mm機関砲だ。艦橋の左右にあるスポンソンだけではなく、艦橋や煙突の周囲にも他の対空機銃や高角砲と一緒にずらりと並んでいる。


 後部甲板にも第三砲塔と第四砲塔が搭載されているのが分かる。第三砲塔が連装砲で、第四砲塔が3連装砲だ。全ての砲塔を3連装にしなかったのは重量オーバーになってしまうためだろうか。


「敵艦を確認。ジャック・ド・モレー級戦艦”チャン・リーフェン”です!」


「姿を現したな、殲虎公司(技術者共)の亡霊め」


 今度こそ沈めてやるぞ、チャン・リーフェン………!


たちばな提督、敵艦の第二砲塔と第三砲塔が旋回しています」


「ふん、使えるのはその2基だけか………何と無様な」


 それならばこちらが有利だ。


 チャン・リーフェンはこの世界で最強と言われているジャック・ド・モレー級戦艦の同型艦のうちの1隻だ。ジャック・ド・モレー級戦艦は、戦艦でありながら敵戦艦との砲撃戦を二の次にしており、沿岸部への徹底的な艦砲射撃を優先して建造されているという。それゆえに、大型の強力な主砲を搭載するよりも、ある程度強力な主砲を可能な限り搭載し、限界まで連射速度を高めることを重視している。


 だが、チャン・リーフェンは敢えてその利点の一部を殺し、主砲を強力な46cm砲に換装しているのだ。大和型は46cm3連装砲を3基搭載しているため、主砲の数は合計で9門である。だが、チャン・リーフェンはジャック・ド・モレー級戦艦の船体に主砲を搭載しているため、46cm連装砲2基と46cm3連装砲2基を搭載することが可能だ。向こうの主砲は、合計で10門である。


 そう、この大和よりも多い。


 しかもジャック・ド・モレー級戦艦は極めて頑丈な戦艦だと聞いている。大昔の戦闘では対艦ミサイルや砲弾を何発も叩き込まれたり、艦首を切断されて右舷へ傾斜した状態にもかかわらず艦砲射撃を継続し、味方の艦に曳航されることなく自力で母港まで戻ったというのだ。


 防御力は大和と同等と考えるべきだろう。


 更に、向こうは大和よりも巨大な船体に強力な動力機関を搭載しているため、大和に匹敵する攻撃力と防御力を兼ね備えているというのに、金剛型戦艦のような速度まで持っている。


 テンプル騎士団はそのジャック・ド・モレー級戦艦を20隻以上も保有しているという。我が倭国海軍が奴らよりも強力な軍隊となるには、大和型を大量生産するか、より強力な主砲を搭載した艦を配備するしかなさそうだな。


 だが、殲虎公司ジェンフーコンスーが保有しているジャック・ド・モレー級戦艦はあの1隻だけだ。しかも前回の撤退戦で受けた損傷を完全に修復できたわけではないらしく、主砲は2基しか旋回していない。よく見ると対空機銃や副砲の砲身も折れていて、攻撃可能な武装はそれほど多くないことが分かる。


「砲撃用意。目標、戦艦チャン・リーフェン」


「了解。攻撃目標変更。目標、戦艦チャン・リーフェン」


 伝声管に向かって復唱する乗組員たちの声を聞きながら、俺は凍てついた海原の向こうから接近してくるチャン・リーフェンを双眼鏡で見つめていた。


















 ネイリンゲンに搭載されていた予備の部品を使って応急処置ができたのは幸運だったと言っていい。フィオナ機関を搭載する事を想定してネイリンゲンが建造されたとはいえ、船体の構造が異なる準同型艦なので部品の規格は殆ど同じだ。


 そのため、作業員たちは応急処置に困る事はなかった。


 だが、大破した戦艦を航行させるだけならば問題はないが、即座に戦闘に投入できる状況まで修復するためには設備と部品が足りなすぎる。転生者が端末で生産した兵器ならば、48時間放置するだけで勝手に最善の状態にメンテナンスされるため、最悪の場合はそのまま放置していればいい。だが、大破してしまうと端末で管理できる兵器の対象外とされてしまうため、今のチャン・リーフェンはデータを祖先から受け継いだセシリアですら干渉できない兵器と化してしまっている。


 つまり、48時間放置しても修復されることはないのだ。大破してしまった以上は、自分たちで修復するしかない。


 なけなしの部品で整備しながらこの大京ターキンまで逃げ延びる事ができたのは、指揮を執っていたガルゴニスの判断力だけでなく、殲虎公司ジェンフーコンスーが高い技術力を持っていた事も理由の1つと言えるだろう。


 だが、チャン・リーフェンの限界が近いのは火を見るよりも明らかであった。


 沖を航行しながら砲撃してくる戦艦大和へと旋回していた砲塔が、ぴたりと止まってしまったのである。


「何事じゃ!?」


『こちら第二砲塔、故障です! すぐ修復します!』


「急げ! 第三砲塔、砲撃用意!」


 煙突の後方にある第三砲塔が、艦橋の中にまで聞こえるほど大きな軋む音を響かせながらぴたりと止まったかと思いきや、戦艦大和と同じ46cm砲の砲身をゆっくりと上げ始めた。


 チャン・リーフェンの主砲は、主砲のサイズが大和と同じというわけではなく、大和の砲塔に改良を加えたものをジャック・ド・モレー級戦艦の船体に移植したものだ。テンプル騎士団の戦艦の強みである連射速度の速さをチャン・リーフェンにも付加するため、テンプル騎士団が独自開発した新型装填装置が内蔵されている。ベテランの砲手たちが扱えば8秒で砲撃準備を終えられるほどの速さを誇る代物だが、今の不完全な状態のチャン・リーフェンがそれほどの速さで装填を終えられる保証はない。


 応急処置が行われたのは、機関部と船体の損傷した部位が中心だった。内部にある配線は特にひどかった部分しか交換されていないし、武装も点検だけしか行われていない。軍港内部で複合機関の再始動を試みるネイリンゲンが無事に脱出するまで、戦艦大和率いる倭国艦隊を食い止められる可能性はそれほど高くはない。


『砲撃準備完了!』


「警報鳴らせ! 甲板の乗組員をただちに退避させるのじゃ!」


 戦時型ホムンクルスの副長が復唱を終え、スピーカーから警報が響き始めた次の瞬間だった。


 ドン、とチャン・リーフェンの傍らに巨大な水柱が生まれたかと思いきや、海面を覆っていた氷の破片や海水が甲板へとばら撒かれた。カツン、と艦橋の窓に氷の塊が命中し、甲高い音を発し始める。


「至近弾! 2時方向!」


「損害は!?」


「なし!」


「ガルゴニス様、乗組員の退避完了! 応戦可能です!」


「うむ、撃ち方始め!」


「撃ちーかたー始めっ!」


 故障して旋回できなくなった第二砲塔よりも先に、後部甲板に搭載された第三砲塔が火を噴いた。ジャック・ド・モレー級の40cm砲や44cm砲よりも強烈な衝撃波が砲口から溢れ出し、一撃で戦艦に致命傷を与える46cm砲の徹甲弾が、装薬から与えられた運動エネルギーと熱を纏ったまま、凍てついた海原の上を駆け抜けていく。


 先ほどから大和が主砲から放っていた砲弾と全く同じ代物が、氷の塊が浮かぶ海原を直撃した。大和には命中しなかったものの、大破寸前のチャン・リーフェンにもまだ大和に致命傷を負わせる手段はあるのだという事を証明することになった。


 砲弾の装填を終えた大和の主砲の砲身が、ゆっくりと元の仰角へと戻っていく。微修正を終えたと思いきや、双眼鏡の向こうで大和の主砲がまたしても火を噴き、徹甲弾をチャン・リーフェンへと放ってくる。


 砲弾の発射を確認した見張り員が「敵艦発砲!」と叫ぶ。副長が回避を命じる声を聞きながら、艦橋にいたガルゴニスは違和感を感じた。


 先ほど砲撃を行った第三砲塔が、反撃する様子がないのだ。


 ぎょっとしながら、ガルゴニスは左舷へと向かって走った。見張り員の隣を通過して扉を開け、煙突の後方から左斜め上へと屹立する第三砲塔の砲身を見下ろす。


 砲身の付け根から、火花が覗いた。砲塔から伸びる2本の砲身たちは、まるで負傷した人体が痙攣するかのようにぶるぶると震えているのが見える。


「こ、故障か!?」


「第三砲塔故障! 砲身が下がりません! 再装填不可!!」


「――――――ッ!」


『こちら第二砲塔、修理完了しました! 砲撃可能です!』


 伝声管から、修理を終えた砲手たちの声が聞こえてくる。彼らが迅速に修理を終えてくれたことで、主砲で砲撃してくる敵艦に向かって辛うじて反撃する事はできるが――――――艦橋にいる乗組員たちは、絶望していた。


 使える主砲が――――――たった1門しかないのだ。


 しかも、次の砲弾を正常に装填できる保証はない。もしかしたら第三砲塔のように砲身が動かなくなってしまうかもしれないし、先ほどのように旋回できなくなってしまうかもしれない。


 それに対し、敵艦の主砲は9門。しかも周囲の巡洋艦や駆逐艦の接近を許せば、魚雷による攻撃でチャン・リーフェンは確実に撃沈されてしまう。


 息を吐いてから、ガルゴニスは艦橋にいるホムンクルス兵たちを見渡した。戦時型ホムンクルスの細胞を培養した”ホムンクルスのホムンクルス”たちは、生殖機能がオミットされている事によって子供を産む事ができない。だから、子供の代わりに技術を受け継ぎ、それを他の組織へと提供してきた。


 死んでも、自分の遺伝子からまた新しい個体が造られる。それゆえに、自分たちが死んでも組織にとっては損失とはならない。


 輪廻の大災厄で地上へと派遣されたホムンクルス兵たちの事を思い出しながら、ガルゴニスは歯を食いしばった。


 彼女たちと、このホムンクルス兵たちは何も変わっていない。機関銃の弾幕や迫撃砲の爆炎の中に躊躇せずに突っ込んでズタズタにされていった戦時型ホムンクルスたちと、自我を与えられたホムンクルスたち。けれども、彼女たちは自我や感情があるというのに、”自分の死”を恐れない。


 きっと、満足したのだろう。


 自分たちが持っていた最後の技術が、しっかりとテンプル騎士団に継承されたのだから。


 ここで船体もろとも46cm砲の徹甲弾に射抜かれ、木っ端微塵になり、極寒の海の藻屑と化してしまったとしても、満足して成仏するに違いない。


「………馬鹿者共が」


 ドン、とまたしても船体が激震する。至近弾です、と報告するホムンクルス兵の声を聞きながら、愛用している鉄扇をゆっくりと開いた。


「各員、ネイリンゲンの複合機関再始動まで抵抗を続けるのじゃ。ここで海の藻屑と化しても構わん。主砲が使えなくなったら、副砲や高角砲で抵抗するぞ。航海長、体当たりも考慮しておけ」


「かしこまりました、ガルゴニス様」


 技術を次の世代に継承させたのならば、胸を張れる。


 技術を受け継いだ者たちを守り抜いたのならば、胸を張れる。


 死んでいったモリガンの戦友たちも、彼女の事を認めてくれる。


 かつて一緒に戦った傭兵ギルドの仲間たちの事を思い出しながら、ガルゴニスは命じた。






「――――――第二砲塔、撃って撃って撃ちまくれ!」




 






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