46cm砲の鉄槌
艦艇用のフィオナ機関は柱のような形状をしている。機関室の中に屹立するフィオナ機関の側面からは、あらゆる場所へと高圧魔力を供給するための細い配管がバルブや圧力計と共にいくつも取り付けられていて、周囲に緑色の魔法陣を展開しながら稼働している。
初期型のフィオナ機関は、人間が魔力を注入する事によってそれを何百倍にも増幅し、機械を動かす仕組みになっていた。だが、人間の魔力を燃料とする以上は乗組員たちも疲弊してしまうため、乗組員たちに負担をかけずに稼働させる事ができる動力機関が生み出された。
今のテンプル騎士団や他の列強国で採用されているのはそのタイプだ。こちらは魔力を自力で生成することが可能なこの世界の人間の心臓を参考に開発されており、魔力を注入しなくても自分で魔力を生成し、それを増幅して機械を動かす事ができるのである。
非常に便利だが、これの初期型は構造が複雑でコストが高く、信頼性もそれほど高くはなかったという。まあ、フィオナ博士がたった3週間で欠点を全て改良し、世界中に普及させちまったんだがな。
テンプル騎士団が採用しているのは、フィオナ機関の生みの親であるフィオナ博士が直々に改良した、”A9”と呼ばれる高出力型だ。さすがに原子炉のような強力な動力機関とは言えないが、超弩級戦艦を易々と動かしてしまうほどの出力を誇る。
その円柱状の動力機関に、更に大量の配管が取り付けられていた。周囲で作業をしているのは灰色の防護服に身を包んだ作業員たちである。彼らが接続している無数の配管の先にはもう1つの巨大な動力機関が設置されていて、作業員や技術者たちがそれを見上げながら片手に持った図面をチェックしているところだった。
そう、戦艦チャン・リーフェンから移植された原子炉である。
この世界で唯一原子炉と核燃料の製造を行う事ができる殲虎公司が作り上げた最期の原子炉だ。無数の配管はフィオナ機関にも接続されているのが分かる。
圧倒的な性能を誇る原子炉と、魔力を生成するフィオナ機関を融合させた複合機関がついに完成したのだ。
原子炉の周囲には、無数の菱形のタンクが用意されているのが分かる。あの中に入っているのは、万が一放射能が漏れてしまった際に散布するためのエリクサーだ。前世の世界では放射能は恐ろしい存在だったが、こちらの世界ではエリクサーを散布する事によって放射能を抑制する事ができるため、前世の世界と比べると原子炉を使用するハードルはいくらか低くなったと言っていいだろう。
実際に、大昔の戦闘で原子炉を搭載したジャック・ド・モレー級戦艦が撃沈された際も、脱出する直前に機関室の乗組員が原子炉にエリクサーを注入してから緊急停止した結果、潜水艇での調査で原子炉の大破が確認されたにも拘らず、周囲には全く放射性物質が確認できなかったという。
戦闘で損傷した場合や、ネイリンゲンが大破して退艦する羽目になった時にあのタンクの中身の出番になるだろう。エリクサーの散布は機関室にある制御室から行うこともできるが、タンクの周囲にあるキャットウォークの側面に設置された制御装置とバルブを使う事により、手動で散布することもできるらしい。
《各員へ通達。本艦はこれより、新型複合機関のテストを行う。作業員以外は機関室から退避せよ。繰り返す、作業員以外は機関室から退避せよ》
「出番がない奴は出ていけってさ」
ジェイコブが笑いながら、肩を軽く叩いてくる。確かに俺たちの本職は最前線で銃を持ち、敵兵を何人もぶっ殺すことだ。けれどもここには敵はいないので、残念ながら出番はない。
ちゃんと動いてくれよ、と祈りながら、俺はスペツナズの仲間たちと共に機関室を後にするのだった。
「艦橋より機関室、フィオナ機関を始動させよ」
『了解、フィオナ機関始動。現在、加圧レベル1』
機関室に新たに用意された制御室に繋がる伝声管へと命じると、制御室にいる機関長が復唱する声が聞こえてきた。傍らにいる他の機関士たちに命じる低い声を聞きながら蒼い軍帽をかぶり直し、呼吸を整える。
この複合機関が動いてくれなければ、ネイリンゲンは既にラトーニウス沖へと向かった友軍に合流するどころか、この凍てついたジャングオの海から脱出することすらできなくなる。ちゃんと複合機関が動いてくれれば、ジャック・ド・モレー級戦艦が搭載していた原子炉よりもはるかに強力な動力機関になることは想像に難くないけれど、かなりリスクが大きいと言わざるを得ない。
ステラ博士の提案を承認し、彼女の設計した複合機関が驚異的な性能を発揮してくれることに賭けた以上、僕はこの艦の艦長として最後の最後まで付き合わなければならない。
『加圧レベル2に到達。第一安全弁解放』
『了解、第一安全弁解放。加圧レベル、順調にレベル3へ』
「原子炉始動用意」
『了解、原子炉始動用意』
機関室に搭載されている新型複合機関は、簡単に言えばフィオナ機関と原子炉を融合させたものだ。原子炉の冷却の補助なども行う事ができるし、万が一原子炉が停止してしまった場合も、安全弁を閉じることでフィオナ機関のみで航行することもできる。
このテストが成功するか否かで、この任務の結果が変わる。
成功すれば、テンプル騎士団は更に強大な力と技術を手に入れ、残党たちの保護にも成功する。
失敗すれば、残党たちの保護には成功するが、技術と巨大な力の入手には失敗する。
『原子炉始動まで、5秒前。4、3、2―――――――待ってください、機関長!』
唐突に、秒読みをしていた機関士が慌てながら機関長を呼んだ。
『何事だ!?』
『フィオナ機関の加圧レベルが急激に低下中! 現在、加圧レベル1!』
『原子炉を緊急停止! エリクサー注入!!』
『エリクサー注入! 緊急停止だ、急げ!』
伝声管から聞こえてくる機関長たちの声を聞いていた艦橋の乗組員たちがざわめき始める。冷や汗を拭い去りながら息を呑み、伝声管から聞こえてくる機関士たちの怒号や電子音に耳を傾ける。
―――――――失敗したのか?
ゆっくりと、艦橋の窓の近くで目を見開いているステラ博士の方を見た。彼女は確実に複合機関が起動してくれると確信していたらしく、いきなり起動に失敗した事が信じられないようだ。
責めるつもりで彼女の方を見たわけではなかったんだけど、博士は僕が責めていると思ったのか、申し訳なさそうに頭を下げてから、自分の護衛を担当するホムンクルス兵に目配せして抱き上げてもらい、「もう一度機関部をチェックしてきます」と言ってから艦橋を後にした。
一体、何が原因だったのだろうか。
当たり前の話だけど、原子炉は原子力で機械を動かすための動力機関だ。だから、魔力で動くフィオナ機関と接続されることは全く想定していない。それにフィオナ機関を強引に接続して稼働させたのだから、想定通りに動いてくれる可能性はそれほど高くない。
「………機関長、再起動までどれくらいかかる」
『まず、原子炉内部のエリクサーを排出しなければなりません。その後に点検を行うので、早くても1時間はかかります』
「了解だ。ステラ博士と協力して、再起動を急いでくれ」
『了解!』
艦橋にある自分の座席に腰を下ろしながら、冷や汗で濡れた軍帽をそっと取った。
主力打撃艦隊は既にラトーニウス沖へと出撃し、帝国軍の大艦隊と交戦している。ヴィンスキー提督率いる主力艦隊ならば帝国軍の艦艇を海の藻屑にしてくれるだろうが、出来るならば僕たちもその戦いに参加させてほしかった。
もしかしたら、団長はネイリンゲンの乗組員の錬度不足を懸念して、この艦を特務艦としてジャングオへと送り込んだのではないだろうか。もしそうならば、僕たちは仲間たちの足を引っ張っている存在という事なのか?
いや、主力艦隊には就役して訓練を終えたばかりの艦も多い。ネイリンゲンの乗組員が錬度不足だからという理由で春季攻勢の迎撃から外されたとは考えにくい。
春季攻勢実行のタイミングは、本当に想定外だったのかもしれないと考えていると、新型複合機関の起動に失敗して落胆していた乗組員が目の前にある魔法陣を見てぎょっとした。
「か、艦長! 大京沖に転移反応を観測!」
「数は? 魔力反応で識別できるか!?」
「数は1隻。魔力反応は………パターンZ! 倭国海軍です!」
1隻だけ新たに派遣されたのか?
報告を聞きながら違和感を感じた。上陸した倭国軍が大京市街地の制圧に手を焼いているというのならば、海軍に増援を要請して艦砲射撃を行う可能性は高いと言える。けれども、実際に市街地を確認したリッキーの報告では既に戦闘は集結していて、ジャングオ軍は内陸へと撤退してしまったという。
増援部隊を乗せてきたのであれば数が少な過ぎるし、艦砲射撃はもう不要だ。たった1隻の艦艇が送り込まれる理由が分からない。
沖に停泊している倭国軍の艦艇を思い出した僕は、ぎょっとしながら凍てついた軍港の出口を見つめた。
大京沖に展開しているのは、高雄、愛宕、暁、雷、電の5隻。艦砲射撃が任務なのであれば十分だけど――――――もし仮に、”戦艦”を相手にするのであれば戦力不足だ。
そう、ジャック・ド・モレー級戦艦を相手にするのであれば。
「まさか――――――!」
狙いは――――――僕たちか!?
もし倭国海軍が、世界最強の戦艦であるジャック・ド・モレー級戦艦のうちの1隻がここへと逃げ込んだという情報を掴んでいたのだとしたら、36cm砲を搭載している金剛型や扶桑型を送り込んでくるわけがない。
普通の将校であれば、46cm砲を10門も搭載している戦艦チャン・リーフェン撃沈のために、”あの艦”を送り込む筈である。
かつて、太平洋戦争に旧日本軍が投入した、虎の子の”大和型戦艦”を。
もし投入されたのが大和型戦艦だったとしたら納得できる。大和型戦艦は分厚い装甲と強力な主砲を兼ね備えた最強の戦艦だけど、コストも非常に高い。それは転生者の端末で生産する場合にも反映されていて、大和型戦艦の建造には莫大なポイントが必要になる。だから、テンプル騎士団みたいに戦艦を大量生産するのは普通の転生者であれば考えられない事だ。
だから、1隻だけ送り込まれたその戦艦が大和型である可能性は高い。
次の瞬間、軍港の出口の外に広がる凍てついた海原が弾け飛んだ。氷の破片が舞い、純白の煙が荒れ狂う水柱の周囲を覆い尽くす。凍地で覆われた海原に亀裂が入り、亀裂の隙間から冷たい海水が噴き上がった。
「倭国艦隊の砲撃です! 狙いはこの基地の模様!」
「くっ………複合機関の再起動を急げ! 最悪の場合はフィオナ機関のみを稼働させて出港する!」
「了解!」
命令を出しながら、ぞっとしていた。
今しがた洞窟の出口に砲弾が着弾した際に生まれた水柱は、ジャック・ド・モレー級戦艦が搭載する44cm砲の水柱よりも巨大だったのだ。
そう、46cm砲の砲弾である。
やっぱり、転移で現れたのは大和型戦艦か………!
フィオナ機関のみを稼働させて出撃するか、砲撃に耐えながら複合機関の再起動を試みるか考えていたその時だった。
隣に停泊している戦艦チャン・リーフェンが――――――ゆっくりと動き始めたのである。
「艦長、チャン・リーフェンが!」
「バカな………な、何をするつもりだ………!?」
大破した状態でここに停泊していた戦艦チャン・リーフェンは、ネイリンゲンに搭載されていた予備の部品を使って応急処置を受けていた。船体に開いていた大穴は塞がっているし、移植された原子炉の代わりにフィオナ機関も搭載されているから航行することならば可能だ。
でも、それ以外はほぼ不可能と言ってもいいだろう。搭載されている虎の子の46cm砲も、ここへと逃げ込む際の戦闘で損傷したらしく、砲撃可能なのは第二砲塔と第三砲塔のみ。しかも連装砲となっている第二砲塔の右側の砲身はひしゃげてしまっているから、連装砲ではなく単装砲と化している。
他の砲塔は砲塔の装甲が引き剥がされていたり、砲身がへし折れた状態になっていた。副砲も辛うじて生きているようだけど、大和型戦艦に損傷を与えるのは難しいだろう。
更に、機関部にフィオナ機関を搭載したとはいえ、搭載されているのは旧式のフィオナ機関が2基だけだ。通常であれば4基は搭載する必要があるので、あの状態では通常の半分の速度でしか航行できなくなる。しかも、応急処置を担当した乗組員の話では『配線の老朽化が酷く、全て交換する余裕はなかったため、航行中にトラブルが発生する可能性がある』という。
まさか、戦うつもりなのか。
たった合計3門の46cm砲と半分以下の速度で、大和型と戦うつもりなのか。
「チャン・リーフェンより入電! 『我ガ時間ヲ稼グ。機関部再始動ヲ急ゲ』とのことです!」
「無茶だ! ガルゴニス、何を考えてるんだ!」
チャン・リーフェンには、殲虎公司の技術者たちやガルゴニスが乗っている。時間を稼いでくれるのはありがたい事だけど、ボロボロの状態の戦艦で大和型戦艦に勝てるわけがない!
歯を食いしばっている間に、チャン・リーフェンは艦首で氷に覆われた海面を粉砕しながら軍港の出口へと進んでいった。第二砲塔と第三砲塔が金属の軋む音を響かせつつ旋回し始める。
僕は、急いで複合機関の点検と再始動を行うように命じることしかできなかった。




