ラトーニウス沖海戦
「前衛艦隊、壊滅です! 4割が撃沈されました!」
「何があった!? あの攻撃は何なのだ!?」
「テンプル騎士団の特攻兵器です!」
爆炎を噴き上げながら沈んでいく味方の艦隊を見つめながら、ヴァルツ艦隊の提督は唇を噛み締めていた。既にテンプル騎士団は軍拡を積極的に行ったことで列強国と互角に戦えるほどの戦力を保有している上に、何度もヴァルツ帝国を惨敗させているため、もう彼らはテンプル騎士団を”蛮族”と決めつけて高を括ってはいなかった。
中には未だにテンプル騎士団を『元奴隷のみで構成された技術力の低い蛮族共』と決めつけ、強力な武将集団だという事を認めない将校もいたが、そのような将校は今回の春季攻勢の邪魔になるため、春季攻勢の指揮を執るローラント中将によって殆どが解任されている。
この攻勢にはヴァルツ艦隊の大半が投入されているが、これほどの物量の投入が許可されたのは、東部戦線に居座るオルトバルカを確実に葬るためだけでなく、オルトバルカの降伏を是が非でも防ごうとするテンプル騎士団の大艦隊を迎撃するためでもあった。
だが――――――その大艦隊の一部である前衛艦隊が、未だに一発も主砲を放ってすらいないにもかかわらず、遠距離から飛来したテンプル騎士団の特攻兵器による攻撃で撃沈されたり、航行不能にされてしまったのである。
「特攻兵器だと? データはあるか!?」
「ありません。クレイデリアの第三主力艦隊が交戦したという報告がありますが、どのような兵器なのかは不明です………!」
「ぐっ………! 全艦、対空戦闘の用意をしつつ警戒せよ! 第二波が来るぞ! 手の空いている駆逐艦は、航行不能になった前衛艦隊の艦艇を曳航して後方へ下がらせろ! 艦載機も出撃させて迎撃するんだ!」
「全艦、艦載機を出撃させろ!」
ヴァルツ帝国や他の列強国の海軍は、空母を保有していない。
艦隊を編成する艦艇は戦艦や巡洋艦などの艦艇が主役であり、艦載機は一部の艦艇しか搭載していないのだ。それゆえに、ウィルバー海峡沖海戦でテンプル騎士団が投入した空母から出撃した艦載機隊の猛攻を目の当たりにしたヴァルツ海軍は、その空母を模倣しようとしていた。
だが、テンプル騎士団はヴァルツ軍の将校たちからすれば蛮族扱いされている勢力であるため、彼らの兵器を模倣する事は貴族出身の将校たちのせいで許可が下りる事はなかった。そこで、退役寸前の旧式の戦艦から主砲を取り外し、艦載機用の格納庫の拡張とカタパルトの増設を行い、空母の代わりに運用することになったのである。
主砲の代わりに艦載機用のカタパルトを前部甲板と後部甲板に2基ずつ搭載した前弩級戦艦から、蒼く塗装された複葉機たちが次々に飛び立っていく。搭載できる艦載機はたった8機のみだが、敵の航空機を艦載機で迎撃したり、敵艦を艦載機で爆撃できるようになったのは大きな強みと言っていいだろう。
しかし―――――――テンプル騎士団が保有する艦載機は、太平洋戦争で旧日本海軍の武蔵や大和を撃沈したアメリカ製の艦載機たちである。鈍重な複葉機で対抗できるわけがない。
「第二波、来ます!」
「艦載機隊、特攻兵器を迎撃しろ!」
主翼にロケット弾をぶら下げた複葉機たちが、編隊を組みながら上昇していく。既に上空ではパンジャンドラムから放出されたコンテナが空中分解しており、無数のパンジャンドラム・ディザスターたちが空中でばら撒かれていた。
艦載機たちは艦隊を守るために一斉にロケット弾を発射したが――――――忌々しいパンジャンドラムたちには殆ど命中しなかった。
パンジャンドラム・ディザスターのサイズは、戦車砲である76mm砲の砲弾と同じくらいのサイズである。あまりにも標的のサイズが小さ過ぎる上に、その標的は戦艦の装甲を切り裂いてしまうほどの切れ味のブレードを装備し、凄まじい速度で突っ込んでくる恐ろしい兵器だ。下手をすれば迎撃するために出撃した艦載機たちの方が返り討ちに遭ってしまう。
案の定、回避しようとした不運な艦載機がパイロットもろとも真っ二つになった。チェーンソーが木材を両断するかのような甲高い音が海原の上空に響き渡ったかと思いきや、引き裂かれたパイロットの遺体と艦載機の部品が、炎上しながらラトーニウス海へと落下していく。
艦載機隊は大慌てで反転し、編隊を通過していった特攻兵器を追撃しようとする。もしあの鋼鉄の車輪たちが再び艦隊を襲撃すれば、前衛艦隊の二の舞になるのは火を見るよりも明らかであった。だが、サイズが非常に小さい上にロケットモーターで回転しながら飛翔するパンジャンドラム・ディザスターたちに、鈍重な複葉機で追いつけるわけがない。
何機かがパンジャンドラム・ディザスターへと向けて機銃を放ったが、1機も撃墜することはできなかった。
「対空戦闘! 弾幕を張れ!」
装甲艦や戦艦に搭載された対空機銃が、パンジャンドラム・ディザスターたちに向かって一斉に銃弾を放ち始める。数発が命中した事によって軌道を逸らされ、海面へと落下して爆発したパンジャンドラム・ディザスターも見受けられたが、殆どのパンジャンドラム・ディザスターたちはブレード付きの車輪を高速回転させながら、そのまま標的の敵艦へと突っ込んだ。
パンジャンドラム・ディザスターは、敵艦の装甲を貫通した後に、魔力センサーによってフィオナ機関の生み出す高圧魔力を検出し、フィオナ機関へと到達してから自爆する兵器である。サイズは76mm砲の砲弾と同等であるため、対艦攻撃に投入するには威力不足かもしれないが、敵の機関部を破壊して魔力の暴発を誘発する事によって敵艦を撃沈したり航行不能にする兵器であるため、攻撃力は問題ではなかった。
むしろ、小型化した事によって対空射撃で撃墜される可能性は軽減されており、原型となったパンジャンドラム・タイラントよりも強力な兵器になったと言っていい。更に軽量化されたことによって、母艦となるイリナ・ブリスカヴィカにもより多くのパンジャンドラム・ディザスターが搭載できるようになっている。
甲高い音を響かせながら、パンジャンドラム・ディザスターの群れが戦艦や装甲艦に牙を剥く。機関部を破壊されて航行不能になった前衛艦隊の艦艇を曳航していた巡洋艦にもパンジャンドラム・ディザスターが突撃し、装甲を切り裂いて機関部を破壊してしまう。
迎撃のために出撃させた艦載機隊や、より分厚い弾幕を張るために増設された対空機銃も無意味であった。
ミサイルと同等の速度で突っ込んでくる小型の車輪たちは、イージスシステムと艦対空ミサイルがなければ迎撃は不可能と言ってもいいだろう。
機関部で炸裂したパンジャンドラム・ディザスターたちにより、ヴァルツ艦隊は次々にフィオナ機関を破壊されて高圧魔力が暴発し、航行不能になっていく。
攻撃の回避と迎撃を必死に命じていた提督や艦長に、見張り員が顔を青くしながら叫んだ。
「――――――て、敵機直上!!」
「なっ………!?」
見間違いではないのか、と問いかけるよりも先に、パンジャンドラム・ディザスターへと対空機銃で弾幕を張っていた味方の装甲艦の艦橋に、敵機が投下した爆弾が直撃した。艦橋がひしゃげ、窓ガラスが一斉に飛び散ったかと思いきや、炸裂した爆弾の爆炎が艦橋の中にいた乗組員たちを吹き飛ばし、巨大な火柱を生み出した。
プロペラの音を奏でながら我が物顔で飛び去っていくのは―――――――空母ナタリア・ブラスベルグから飛び立った、SBDドーントレスの群れだった。
ナタリア・ブラスベルグは、9年前のタンプル搭陥落の際に唯一生き延びることに成功したテンプル騎士団の正規空母である。現在では同型艦が次々に建造されたことによって負担は減っているが、それ以前は唯一の空母であったため、様々な戦闘へと次々に投入されていた。
何度も実戦を経験した空母であるため、乗組員やパイロットたちの錬度は群を抜いている。
敵艦への爆撃や対地攻撃を何度も経験したベテランのパイロットたちが、狙いを外すわけがなかった。パンジャンドラム・ディザスターを必死に迎撃している帝国軍の主力艦隊の頭上へと到達したSBDドーントレスたちは、ミッドウェー海戦で旧日本海軍の機動艦隊へと牙を剥いた時のように、無防備な敵艦隊へと向かって次々に爆弾を投下した。
機銃の射手や高角砲の砲手たちが慌てて砲塔を旋回させた頃には、投下された爆弾が命中し、船体が激震していた。装甲が爆風で引き剥がされる重々しい音や爆音が轟き、緋色の爆炎が戦艦や装甲艦を包み込んでいく。
爆弾を使い果たしたナタリア・ブラスベルグの艦載機隊に、生き残った艦艇の砲手たちは対空砲火をお見舞いする。しかし、機銃はヴァルツ製ライフルと同じく”8mmクラウス弾”を使用する代物であり、高角砲の砲弾も次元信管を搭載したものであったため、敵機の撃墜は非常に難しかった。
「敵機、再び直上に確認!」
爆弾の破片で負傷した仲間に肩を貸していた見張り員が叫んだ途端、艦橋にいた提督は目を見開いた。
空母カノン・セラス・レ・ドルレアンから少しばかり遅れて飛び立った爆撃機の群れが、たった今ヴァルツ艦隊の頭上へと到着したのだ。
これは機動艦隊を指揮するエルヴィン・リンデマン提督の作戦であった。空母や艦載機は転生者がいればいくらでも増設する事は可能であるが、パイロットの錬度は実戦の経験や訓練を繰り返さなければ上がらない。何度も戦闘を経験したナタリア・ブラスベルグ所属のパイロットと、まだ数回しか実戦を経験していないカノン・セラス・レ・ドルレアンのパイロットたちの錬度の差は非常に大きく、攻撃の際に経験の浅いカノン・セラス・レ・ドルレアンのパイロットたちが足を引っ張ってしまう恐れがあった。
そこで、一番最初にパンジャンドラム・ディザスターで敵艦隊に損害を与えつつ、敵艦隊の注意を上空から逸らし、錬度の高いナタリア・ブラスベルグ所属の航空隊に奇襲させたのである。そして、爆弾を使い果たした航空隊が敵の砲手たちの注意を逸らしている内に、「二回も同じ作戦を使うわけがない」と思い込んでいる敵の裏をかいて、敢えて上空からカノン・セラス・レ・ドルレアンの航空隊を突入させたのだ。
敵の意表を突くために、敢えて同じ手を二度も使うという愚策を採用したのである。
パイロットたちの中には爆弾を外してしまう者もいたが、投下された爆弾によってヴァルツ艦隊は更に損害を出すことになった。
爆弾を使い果たした艦載機隊は、敵艦隊が放つ対空砲火を回避しながら高度を上げると、黒煙を噴き上げながら沈んでいく敵艦隊を一瞥し、母艦へと戻っていくのだった。
先月に行われた改修によって、船体が大型化されたナタリア・ブラスベルグ級空母の船体後部から中間部に、二層目の飛行甲板が追加されていた。
元々は通常の空母と同じく飛行甲板は1つだけであり、右斜め後方から左斜め前方へと伸びるアングルドデッキに艦載機を着艦させていた。だが、船体が大型化されたことによって格納庫が一気に拡張され、艦載機を120機も搭載する事ができるようになったため、艦首のカタパルトから発艦させるだけでは艦載機の発艦に時間がかかってしまい、迅速に航空隊を展開させる事ができないという新しい問題が生まれてしまった。
そこで、着艦に使っていたアングルドデッキにも魔力式カタパルトを増設し、そこも発艦用にする事で迅速に航空隊を展開させる事にしたのである。
船体後部に追加されたアングルドデッキ付きの飛行甲板は、着艦用の飛行甲板だった。そこに降り立った艦載機は、格納庫へと繋がっているエレベーターでそのまま格納庫へと下ろされ、弾薬や燃料の補給を受けてから、別のエレベーターで二層目の飛行甲板の下にある”待機甲板”と呼ばれる場所まで上げられる。そこで自分の前にいる艦載機が発艦するまで待機し、飛行甲板にあるカタパルトへと移動させられるのだ。
後部にある着艦用の飛行甲板から、船体の側面にあるエレベーターで格納庫へ降りていく艦載機を見守っていたリンデマン提督は、見張り員が「攻撃隊に損害なしとのことです」と報告してきたのを聞いて、首を縦に振った。
敵が近接信管を搭載した砲弾を用意していたのならば、攻撃隊に損害が出ることは覚悟しなければならなかっただろう。しかし、敵艦隊の対空砲火は前弩級戦艦に対空用の機銃や高角砲を増設した程度であり、艦載機隊の脅威とは言えない。むしろ、損害が出ていたのならば驚いていた事だろう。
右隣を航行するカノン・セラス・レ・ドルレアンにも、同じく艦載機隊が次々に着艦していく。
「よし、我々の仕事は終わりだ。ジャック・ド・モレーに攻撃を開始するように要請しろ。念のため、攻撃隊は出撃準備をしつつ待機せよ」
「了解!」
敵艦隊に大きな損害を与えたが、未だにヴァルツ艦隊はテンプル騎士団艦隊の物量を上回っている。
それに、ジャック・ド・モレー級戦艦は強力な戦艦だが、”弱点”がある。もしこの海戦が長期化することになれば、彼らの代わりに機動艦隊が敵艦隊の相手をすることになるだろう。
場合によっては支援することにもなるだろうな、と思いながら、リンデマン提督は頭を掻いた。
「提督、機動艦隊の攻撃が終了したとのことです」
「………水雷戦隊は?」
「現在、ファルリュー島沖を38ノットで通過中です」
駆逐艦などの艦艇は、転移用のフィオナ機関を搭載する事ができない。そのため、戦艦や巡洋艦のみで転移を行えば、彼らの護衛を担当する駆逐艦たちを置き去りにすることになってしまう。
合流するまでの時間を予測したヴィンスキー提督は、隣にいるハサン艦長をちらりと見てから命じた。
「――――――主力打撃艦隊のみで攻撃を行う。全艦、最大戦速!」
提督の命令と乗組員たちの復唱が艦橋に響いた直後、洋上迷彩で塗装された女傑たちが、敵艦隊へと向かって進撃を始めた。




