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セシリアの過去


 あいつらに、全てを奪われた。


 家族を皆殺しにされ、故郷を奪われた。


 だから私は、理不尽な奴らに復讐を誓った。


 必ず家族と故郷を奪った奴らの首を斬り落とし、死んでいった家族や仲間たちの仇を取ると。














 ガギン、と金属音が響き渡り、漆黒の刀が回転しながら宙を舞う。私の手から舞い上がった刀はそのままくるくると回転しながら落下してくると、立ち上がろうとしていた私の傍らに「もう終わりだ」と言わんばかりに突き刺さる。


 慌ててその柄へと手を伸ばすが、小さな手が刀の柄を握るよりも先に、首元に黒いサーベルが付きつけられる。このまま刀を拾って立ち上がるよりも、サーベルの持ち主が首を串刺しにする方が遥かに早いという事を痛感した私は、唇を噛み締めながら息を吐き、両手を上げながら立ち上がった。


「参りました、父上」


「まだまだだな、セシリア」


 微笑みながらそう言った父上は、私から刀を弾き飛ばしたサーベルを鞘の中に収めた。私も傍らの地面に突き刺さっている刀を引っこ抜き、土を払い落としてから鞘の中に収める。


 父上と戦闘訓練を始めたばかりの頃は、秒殺されるのが当たり前だった。最近は父上の攻撃を回避したり、刀で受け流してから反撃する事ができるようになったけれど、段々と父上の攻撃を刀で防ぐことが多くなっていき、攻撃できなくなってしまうのである。


 ちなみに、訓練で使っている刀やサーベルは訓練用の物ではなく、本物である。だからガードを怠れば斬られてしまう。普通ならば訓練用に木製の剣を使うのだろうが、ハヤカワ家ではある程度腕を上げてからは本物の剣を使って白兵戦の訓練をするのが伝統だという。


 確かに、本物の剣を使った方が緊張感を常に感じる事ができる。訓練用の得物でも緊張感は感じるが、殺傷力がないからなのか、必ず「これは訓練なのだ」と思ってしまう。だから、最高の緊張感を維持するには本当の殺し合いのように、本物の得物を使う事が望ましい。


 腰からサーベルを鞘ごと外し、家で働いているメイドに預ける父上を見つめていると、メイド服に身を包んだホムンクルスの少女がタオルを差し出してくれた。


「お疲れ様です、セシリア様」


「ありがとう、レイチェル」


 彼女はハヤカワ家で働いているメイドのレイチェル。種族は人間ではなく、ハヤカワ家の二代目当主『タクヤ・ハヤカワ』の遺伝子をベースにして製造されたホムンクルスだ。だから、彼女の顔つきは肖像画や写真に写っているご先祖様にそっくりである。


 ちなみに、ハヤカワ家は数名のメイドを雇っているけど、貴族ではなく平民だ。歴代の当主たちは何度もオルトバルカの王室から貴族になるように勧められたらしいが、彼らは平民として暮らすことを好んでいたらしく、貴族にはならなかったらしい。


 レイチェルから受け取ったタオルを使って汗を拭いていると、父上が近くにやってきた。


「セシリア、肩に力が入り過ぎだ。確かにお前の剣戟は重いが、もっと力を抜いたほうがいい。力を入れ過ぎるとスピードが落ちるぞ」


「は、はい………しかし、力加減が良く分かりません。どうしても力を入れてしまうんです」


「いきなり敵を仕留めようとするから力を入れてしまうんだ。セシリア、今度は一旦敵を仕留める事を忘れると良い」


 そう言いながら、父上は私の頭を撫で始める。


 父上の手には、肉刺がいくつも潰れた痕が残っている。私の手にも肉刺はあるけれど、父上の肉刺よりもはるかに少ない。


 すると、父上は私の頭を撫でながら、頭から生えている2本の角に触れた。辛うじて頭髪の中に隠れてしまう程度の長さだが、この角は感情が昂ると30cmくらい勝手に伸びてしまうという。傍から見れば、頭からダガーが生えているようにも見えるだろう。


 当たり前だが、普通の人間の頭からこのような角が生えることはない。 


 そう、私たちは人間ではなく、『キメラ』と呼ばれる種族で構成された一族だ。


 キメラは、簡単に言えば『人間と魔物の遺伝子を併せ持つ人間』である。見た目は人間に近いが、頭から角や触覚が生えていたり、腰の後ろからドラゴンや魔物の尻尾が生えているので、よく見れば普通の人間と見分ける事ができる。


 キメラが生まれた原因は、私たちの祖先である『リキヤ・ハヤカワ』が、戦闘中に片足を失ったことが原因だとされている。


 当時の義足は、魔物の肉や骨を使って作られるのが一般的で、移植した後はその魔物の血を注射して、魔物の遺伝子を肉体に馴染ませる必要があった。そのような旧式の義手を移植した人間は多いが、魔物の遺伝子のせいで突然変異を起こしてしまったという事例は存在しなかった。


 だが、この世界の人間ではなく、異世界から転生してきた私たちの祖先は、その義足意を移植して突然変異を起こし、人間とサラマンダーの遺伝子を併せ持つ”世界初のキメラ”となってしまったのである。


 フィオナ博士の話では、異世界の人間は魔物の遺伝子によって変異を起こさないようにする抗体を持っていないため、変異を起こしてしまったらしい。


 変異を起こしてしまったご先祖様の子供であるタクヤ・ハヤカワとラウラ・ハヤカワも、その遺伝子を受け継いでしまった事により、キメラとして生まれた。


 私たちも彼らの子孫であるため、頭にはサラマンダーの角が2本生えているし、腰の後ろにはドラゴンの外殻や鱗で覆われた長い尻尾が生えている。しかもサラマンダーの遺伝子を持っているため、常人よりもはるかに身体能力が高いし、強力な魔術を使う事ができる。更にドラゴンの外殻を身に纏って敵の攻撃から身を守ることもできるため、この世界にいる種族の中でも”戦闘に特化した種族”と言っても過言ではないだろう。


 実際に、歴代当主はほぼ全員軍人だったからな。


 もちろん、私も将来はテンプル騎士団に入団しようと思っている。


 すると、私たちの近くにいたメイドたちが急に庭の入口の方へと向かってぺこりと頭を下げた。客人でもやってきたのだろうか。ハヤカワ家は平民だが、貴族がこの家を訪れる事は珍しくない。もし貴族なのであれば挨拶する必要があると思いつつ入口の方を見ると、フィオナ機関を搭載した車から黒いドレスのような制服を身に纏った少女が降りてくるのが見えた。


 傍から見れば貴族の少女に見えるかもしれないが、よく見るとその制服にはハンドガンが収まったホルスターや予備のマガジンが入っているポーチが取り付けられており、華麗さと実用性を兼ね備えた代物であることが分かる。貴族は華麗さを最優先にするから、そのような服を身に纏うことはない。


 その少女は車から降りると、運転手に礼を言ってから門を開け、庭へと微笑みながらやってきた。


「ただいま帰りました、父上」


「おかえり、サクヤ」


 サクヤ姉さんは父上にぺこりと頭を下げてから、私の方を見て微笑む。


「実戦はどうだった?」


「ええ、とても緊張しました」


 そう、サクヤ姉さんはもう実戦を経験しているのだ。とはいっても、銃を持って他の兵士たちと一緒に戦場で戦うわけではなく、複数のホムンクルス兵たちに護衛されながら歩兵部隊を後方から支援する任務らしいが。


 しかし、姉さんはもう実戦に参加することを許されているのだ。それに対し、私は未だに父上から実戦に参加することを許されていない。だからサクヤ姉さんから戦場の話を聞きながら、家で訓練を続けるしかないのだ。


 正直に言うと、ずるいと思う。


 私も一生懸命に訓練を続けているというのに、どうして姉さんだけ選ばれるのだろうか。


 そう思いながら俯いていると、姉さんが手を伸ばして私の頭を撫でてくれた。


「姉さん………」


「父上、今度はセシリアも一緒に連れて行ってもいいでしょうか?」


「なに? ………だが、まだセシリアには早いんじゃないか?」


「もちろん、戦闘には参加させません。後方で観戦させるくらいです。訓練で腕を磨くのもいいとは思いますが、実際に戦場を見せるのもセシリアのためになるのでは?」


「………………確かにそうだな」


 父上が納得したのを見てから、こっちに向かってウインクするサクヤ姉さん。すると、まだ9歳の娘に説得されてしまった父上が苦笑いしながら私の肩に手を置いた。


 戦闘に参加することはできないが、戦場を実際に見る事ができるのは喜ばしい事である。兵士たちが戦場でどのように戦っているのかを見る事ができるし、あり得ないとは思うが、戦場を恐ろしいと思ってしまうのであれば、今のうちにテンプル騎士団への入団を諦めることもできる。


「では、今度の海兵隊の遠征に参加させてもらうといい」


「ありがとうございます、父上!」


「ただし、セシリアは戦闘を後方で見るだけだからな。念のためホムンクルス兵を8名ほど護衛につけるよう手配しておく」


「はい、父上!」


「よし、今日の訓練はこれくらいにしておくとするか。サクヤ、部屋に戻ってセシリアに土産話でも聞かせてあげなさい」


「はい、失礼します。………行くわよ、セシリア」


 そう言いながらホルスターを腰から外し、近くにいたホムンクルスのメイドに預けるサクヤ姉さん。私もレイチェルに刀を預けてから、姉さんと共に部屋へと向かった。












 テンプル騎士団が設立されたのは、ハヤカワ家二代目当主『タクヤ・ハヤカワ』の時代である。


 当時のこの世界では、異世界からやってきた転生者が強力な力を悪用し、人々を苦しめていた。初代当主もそのようなクソ野郎の討伐で大きな戦果をあげ、一時的に転生者を絶滅寸前まで追い込んだというが、結果的に蛮行を続ける転生者を根絶することはできなかった。


 そこで、タクヤ・ハヤカワはモリガンのような少数精鋭のギルドで転生者を討伐するのではなく、世界規模の巨大なギルドを作り上げ、圧倒的な物量を有効活用して転生者を討伐することで、効率よく転生者を排除しようとしたのである。


 そう、テンプル騎士団は転生者を狩る”転生者ハンター”のみで構成されたギルドなのだ。


 大昔に内乱が発生し、一時的に弱体化することになってしまったものの、父上や祖父の活躍で復興がほぼ完了しており、再び全盛期のような強力な武装集団に戻りつつある。


 ちなみに、全盛期の頃は『世界中の列強国が全軍で攻撃しても、1個中隊に返り討ちにされる』ほどの物量と錬度を兼ね備えた最強の軍隊だったという。


 テンプル騎士団が列強国を蹴散らせるほどの力を持った覇者となった理由は、複数の転生者が所属していた事により、異世界の兵器を全ての兵士に支給して戦わせる事ができた事と、現代では廃れてしまった古代の技術を解析したことにより、ホムンクルスの製造や古代兵器の解析と復元を積極的に行ったことだろう。


 ハヤカワ家の子供は、先代の団長からそのテンプル騎士団の指揮権と、初代団長から受け継がれてきた兵器のデータを受け継ぐことになる。


 転生者には、端末を持つ”第一世代型”と、端末を持たない”第二世代型”の2種類がある。第一世代型はこちらの世界の人間と子供を作ったとしても、転生者の力を遺伝させることはできないが、第二世代型の転生者は子供にその能力を遺伝させる事ができる上に、自分が生産した武器や能力のデータを継承させる事ができる。


 初代団長だったタクヤ・ハヤカワの時代から受け継がれてきた無数の兵器のデータを受け継いだ者が、最強の軍隊であるテンプル騎士団を率いることになるのだ。


 その継承者を選ぶ権限は、選挙によって選ばれた”円卓の騎士”と呼ばれる議員たちにある。数人の子供がいる場合は、彼らの投票によって兄弟や姉妹の中から次期団長に相応しい子供が選ばれる。


 今のところは、私よりもサクヤ姉さんの方が円卓の騎士たちに認められているようだ。


「はぁ………」


「どうしたのよ、セシリア」


 鏡の前で髪型を確認していた姉さんが、私の溜息を聞いて苦笑いしながらこっちを振り向いた。


 姉さんは凛々しいし、一緒にいる人を癒してしまうかのような優しい雰囲気も併せ持っている。それに剣術や射撃の腕も私よりはるかに上だし、体内にある魔力の量も私とは比べ物にならないほど多い。


 私よりも優れているから、もう実戦に参加することが許されているのだろう。


 このままでは、確実に姉さんがテンプル騎士団の次期団長に選ばれるに違いない。メイドたちから聞いたのだが、テンプル騎士団の内部にはどういうわけかサクヤ姉さんの”ファン”が何人もいるという。


 姉さんが選ばれるのはとても悔しいが――――――指揮を執る姉さんのために戦うのも楽しみである。未熟な私が団長になって兵士たちを指揮するよりも、しっかり者の姉さんが指揮を執った方が兵士たちもついていく事だろう。


 だから、私も姉さんについて行こう。


 そう思いながら顔を上げると、いつの間にか姉さんが目の前にいた。


「わあっ!?」


「また実戦に行けなかったことで悩んでたの?」


「あ、ああ………」


「そう………」


 私の頭を撫でながら、隣に腰を下ろす姉さん。私は姉さんの肩に寄り掛かりながら、彼女の顔を見上げる。


「………私だって悩んでることはあるわよ」


「え、姉さんにも悩みがるのか?」


「ええ」


 姉さんは私よりも完璧だというのに、なぜ悩むのだろうか。首を傾げながら姉さんの顔を覗き込むと、サクヤ姉さんはどういうわけか自分の胸を見下ろしてから、私の胸を見下ろした。


 胸の大きさが悩みなのだろうか。


 最近大きくなり始めたのだが、私の胸は早くも1歳年上の姉さんと同等の大きさになりつつある。このまま成長すれば、確実に姉さんよりも大きくなるに違いない。


 実は、胸の大きさは私も悩んでいた。母上の話では、胸が大きいと剣を振ったり銃を持って走ったりするときに揺れてしまい、非常に邪魔になってしまうという。しかも胸にハンドガン用のホルスターを付けたり、マガジン用のホルダーを取り付けることもできなくなってしまうので、できるならば胸が小さい方が望ましいらしい。


 できるならば小さい方がいいのだが、このままでは私も母上のように大きくなってしまう。


「………どうして1つ年下の妹に大きさが追いつかれてるのかしら」


「うむ、私も困っているのだ。できるならば小さい方がいいのだが………」


 そう言うと、私の頭を撫でていた姉さんが一瞬だけ私の事を睨んだ。


「おかしいわよ………私の方がお姉ちゃんなのに」


「ね、姉さん………」


 私は姉さんの方が羨ましいよ。


 苦笑いしながら、ちらりと窓の外を見下ろす。庭を囲んでいる塀の向こうにはレンガで舗装された大きな道路が広がっていて、フィオナ機関を搭載した車が行き交っている。大昔はフィオナ機関を搭載した列車か馬車が移動手段だったのだが、現代では馬車は完全に廃れており、発展途上国でも目にすることはない。


 最近ではフィオナ機関を搭載することで、空を飛ぶ事ができる”飛行機”という乗り物も発明されたという。できるならばいつか乗ってみたいものだと思いながら空を見上げると、操縦士とライフルマンを乗せた軍用の飛竜が家のすぐ近くを通過していくのが見えた。


 ドラゴンの頭に装着されている鎧には、オルトバルカ軍のエンブレムが描かれている。


 すると、車道を走っていた1台の車が家の前に停まるのが見えた。普通の車ではなく、金属製の装甲と機関銃を搭載した軍用の装甲車のようだ。分厚い金属製の扉が開き、赤い軍服に身を纏った数名の兵士が降りてきたのを見た私は、その兵士たちが庭の門を開けて玄関へと歩いてくるのを見下ろす。


 お客さんだろうかと思ったが、その兵士たちは背中にライフルを背負っているし、ベルトについているホルダーには手榴弾らしき武器も装備している。頭にかぶっているヘルメットも、王都を警備している憲兵隊の物ではなく、戦場で戦う兵士の戦闘用のヘルメットだ。


 まるでこれから戦場へと向かうような服装を兵士たちが、家のドアをノックする音が聞こえる。


『憲兵隊だ、カズヤ・ハヤカワはいるか?』


「憲兵隊………?」


 父上に何の用事なのだろうか。


 女王陛下が父上をお茶会に招待したのだろうかと思ったけれど、招待された父上を呼びに来る憲兵はあんなに武装していない。腰に剣を下げて、拳銃の入ったホルスターを装備している程度の軽装である。


 けれども、あの兵士たちはライフルだけでなく手榴弾まで装備していた。


 違和感を感じながら、私とサクヤ姉さんは下から聞こえてくる声に耳を傾ける。できるならばいつも通りにお茶会に招待されただけで済みますようにと祈ったが―――――――私たちが感じていた違和感が、絶望と化して牙を剥くことになった。


『何の用です?』


『カズヤ・ハヤカワ、貴様に国家反逆罪の容疑がかけられている。憲兵隊本部まで来てもらおう』


 


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