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残党の指導者

 進水式が行われたのは9年ぶりだろう。


 海軍の兵士たちやタンプル搭の住民たちの歓声が、軍港として使われている巨大な洞窟の中で荒れ狂う。海軍の将校たちやクレイデリアの国民たちに祝福された巨大な空母は、全長420mの巨体をゆっくりと後進させると、既に反対側の防波堤の周囲に停泊している他の同型艦(姉妹)たちの方へと移動していく。


 陥落したタンプル搭から脱出した私たちは、残存艦隊を率いて海原を彷徨う事になった。だから新しい艦艇が生産されても、その艦の進水式を行う余裕はなかったのである。


 組織の戦力が回復していることを実感しながら、私は隣にいる姉さんと共に、同型艦たちの傍らへと向かう新しい空母へと向けて拍手を続けた。


 今しがた進水式を終えたのは、ナタリア・ブラスベルグ級空母の四番艦『ノエル・ハヤカワ』。ジャック・ド・モレー級をベースにして空母に改造したナタリア・ブラスベルグ級の同型艦だが、一番最初に建造された長女(ネームシップ)と比べると船体が非常に大型化しているのが分かる。


 長女(ネームシップ)が304mだったのに対し、ノエル・ハヤカワの船体は420mである。艦首には巨大なスキージャンプ甲板があり、船体の右斜め後方から左斜め前方にかけて、爆撃機ですら着艦できそうなほど巨大なアングルドデッキが用意されている。船体の右側面には巨大な艦橋が用意されており、船体の左右には対空砲を搭載するためのスポンソンも用意されている。


 しかし―――――その空母の飛行甲板は、従来の空母と比べると異様としか言いようがなかった。


 なんと、艦尾から船体の中央部にかけて、もう1つの巨大な飛行甲板とアングルドデッキが乗っているのだ。


 防波堤の向こうに停泊する他の3隻のナタリア・ブラスベルグ級空母にも既に同じような改造が施されており、ノエル・ハヤカワよりも先に就役していた同型艦()たちの船体も420mに大型化されている。


 ノエル・ハヤカワにはまだ武装や艦載機は搭載されていない。向こうの防波堤に停泊してから、武装の搭載や機関部の最終調整などが行われる。海軍に所属している知り合いのホムンクルスの話では、新しい艦が就役する度に行う機関部の最終調整が一番の難関だという。


 テンプル騎士団海軍の艦艇の動力機関は、艦艇用の高出力型フィオナ機関だ。だが、採用している艦艇は元々は魔力で動くことを全く想定していないため、機関部の調整は欠かせないという。


 他の同型艦(姉妹)たちと共に輪形陣を形成し、海原を航行することになるのはいつ頃になるのだろうか、と思いながら拍手をしていると、黒い制服とシュタージのエンブレムが描かれた紅い腕章を身に着けたホムンクルス兵が、「同志団長、失礼いたします」と言ってから、私の耳元で小声で報告した。


「………帝国軍に動きが?」


「ええ。春季攻勢の予兆かと」


 予測よりも早いな………。


 目を細めながら、隣にいる姉さんをちらりと見る。シュタージの予測では春季攻勢カイザーシュラハトは来月に実施される可能性が高いという事になっていた筈だが、もしかしたらそれはフェイントだったのかもしれない。


 念のため、いつでも救援を派遣できるように準備をしておいた方が良いだろう。


「………ヴィンスキー提督に連絡し、演習中の艦艇を全て呼び戻すように伝えろ」


「了解しました、同志」


「それと、ジャングオに向かった特務艦ネイリンゲンはどうなっている?」


「スペツナズが殲虎公司ジェンフーコンスーの残党との接触に成功したそうです」


「うむ、さすがだ」


 やはり、彼を行かせたのは正解だったな。さすが私の兵士だ。


 だが、もし本当に帝国軍がすぐに春季攻勢を始めたとしたら、彼らは遅れることになるだろう。出来るならばシュタージの予測通りに攻勢を始めて欲しいものだ。


 彼らが無事に戻ってきてくれることを祈りながら、私は姉さんと共に踵を返し、進水式が終わった軍港を後にした。












 災禍の紅月の最中に、当時のテンプル騎士団は数体のホムンクルス兵の鹵獲に成功した。天城輪廻が作り出したホムンクルス兵は、敵に鹵獲される恐れがある場合や、手持ちの装備で敵を倒すことが難しい場合には自爆するように調整されていたらしいが、おそらくその自爆能力が戦闘の影響で動作不良を起こしてしまったのだろう。


 その鹵獲したホムンクルス兵たちに再び調整を施して自我と感覚を与えたテンプル騎士団は、ホムンクルスたちと共に天城輪廻の大災厄を打ち払い、戦いに勝利した。


 俺たちの前に姿を現した白髪のホムンクルス兵は、その時に彼らが交戦した戦時型ホムンクルスと同じモデルのようだった。ホムンクルスは調整を施せば施すほど遺伝子が不安定になり、オリジナルとなった人物の容姿から遠ざかっていくという。確かに、顔つきはオリジナルとなったタクヤ・ハヤカワに瓜二つだが、頭髪の色や瞳の色が全く違う。肌の色も、先天性色素欠乏症アルビノなのではないかと思ってしまうほど真っ白である。


 けれども、頭髪の中から伸びた2つの角と、腰の後ろから生えた尻尾はオリジナルと同じ形状である。色は異なるが、オリジナルとなったタクヤ・ハヤカワの遺伝子をしっかりと継承しているようだ。


「その………そっちの状況はどうなってる?」


「倭国軍との戦闘は極力避けています。我々の役目は敵を滅ぼすことではなく、技術を次の世代へと継承させる事。敵を滅ぼすのはテンプル騎士団(あなた方)の役目ですから」


 案内してくれているホムンクルス兵は、淡々とそう言った。


 サクヤさんから聞いたんだが、戦時型のホムンクルス兵には生殖能力がないという。製造装置でいくらでも作り出せるので、個体に生殖能力を与えて繁殖させるよりも、装置を使って管理しながら計画的に増産する方が合理的と判断されたためだという。


 当時の錬金術師たちは生殖能力の追加を試みたそうだが、それの調整は非常に難しかったらしく、戦時型ホムンクルスに生殖能力を与えることは不可能だったそうだ。


 災禍の紅月が終結して解放されたホムンクルスたちを保護したテンプル騎士団と同じく、殲虎公司ジェンフーコンスーも大勢のホムンクルス兵を保護した。テンプル騎士団によって、普通の人間と殆ど変わらない戦後型ホムンクルス――――――ジェイコブもこのモデルだ―――――――が製造されて普及した後も、彼女たちは戦後型ホムンクルスの子供たちを母親代わりに育てながら、自分たちの技術を次の世代のホムンクルスたちに継承させてきた。


 彼女たちにとって、技術こそが”我が子”なのだろう。


 何かを後世に残そうとするのは、人類の本能なのかもしれない。


 強烈な悪臭に満たされている下水道には照明が用意されているが、倭国軍の攻撃で動力源が破壊されたのか、光源としては機能していない。しかも、錆び付いた手すりの向こうを流れる下水の中には、よく見るとゴミだけではなく、人間の死体も一緒に浮かんでいるのが分かる。ボロボロの服に身を包んだジャングオ人の死体だけでなく、カーキ色の軍服に身を包んだ倭国兵の死体も見受けられる。


 やけに悪臭が強烈なのは、死体の腐臭も混じっているからなのだろう。


 多分、前世の世界にいた頃の俺だったらトラウマになるか吐いているに違いない。今はこういう光景は当たり前のように目にしているので何とも思わないが。


 しばらく下水道を進んでいると、案内してくれていたホムンクルス兵が左側にあるハッチに手を伸ばした。真っ白な両手を純白の外殻で覆い、錆び付いたハンドルを強引に回し始める。ハッチの向こうは別の下水道に繋がっているらしく、開いたハッチの向こうからも腐臭が溢れ出してくる。


 汚水に浮かんでいる死体から一斉に飛び上がる蠅の群れを義手で振り払いながら、一緒に下水道を進んでいく。


「………やけに死体が多いな」


「ええ、大勢死にましたから」


 このホムンクルス兵にも感情がないのだろうかと思ったが、彼女は自分の同胞(ホムンクルス)の死体も一緒に汚水の中に浮かび、腐敗して蠅に覆われているのを見た瞬間に悲しそうな目をした。


「仇を取ろうとは思わないのか?」


「………私たちにも、怒りや憎しみのような感情はあります」


 歩きながら、戦時型のホムンクルス兵は答えた。口調はさっきと同じく淡々としていたが、今しがた悲しそうな目をしていたのを見てしまったからなのか、悲しそうな声に聞こえる。


「ですが、私たちはあくまでも造られた存在です。素材となるオリジナルの細胞が無事であればいくらでも造り直せる。もっと技術を発達させれば、記憶を次の世代のホムンクルスに継承させることもできるようになるでしょう。そうなれば、”私”という存在に意味はなくなる。私が蓄積させてきた記憶と同志たちの技術さえ後世に残るなら、私が無残に殺されても問題はありません」


「………そういうものなのか」


「ええ。………私たちは、母親の子宮から生まれたわけではありませんから」


 きっと、否定するべきなのだろう。


 それは違う、と。


 造られた存在でも命は尊いのだ、と。


 でも、首を横に振ることはできなかった。その価値観が、元々はテンプル騎士団と戦うための兵器として造られた戦時型ホムンクルスにとっては当たり前なのだ。俺には、それを否定して、彼女たちの存在意義を奪う資格はない。


 存在意義を奪われる痛みは、理解している。


 俺だって奪われたのだ。


 最愛の妹を守り抜き、必ず幸せにするという唯一の存在意義を。


「ここです」


 錆び付いた梯子の前で、ホムンクルス兵は立ち止まった。梯子の高さは10mくらいだろうか。コンクリートの壁に固定してある金具やボルトはすっかり錆び付いていて、橙色に変色してしまっている。登っている最中に外れ、汚水に落下する羽目にならないだろうかと思いながら、先にエレナを登らせる。念のために通路に敵がいないか確認したが、こんなところまで倭国兵が追跡してくるとは思えない。


 俺も梯子を素早く登った。訓練で鍛えた肉体の体重のせいなのか、それとも金属製の義手と義足の重量のせいなのか、上へ上がる度に梯子は軋む音を奏でた。


 博士に義手と義足の軽量化を依頼しておかないとな。この義手と義足が重いせいで、これを装着している時の体重は120kgくらいになっているのだから。


 マンホールから顔を出し、周囲を見渡す。どうやら建物の中らしく、大京ターキンの市街地と比べると随分温かい。周囲には大きな機械がいくつも置かれており、天井には大型のクレーンがぶら下がっている。機械の傍らには組み立てる途中で放置されたライフルがいくつも並んでいるので、ここは兵器の工場だということが分かる。


 だが、放置されている未完成のライフルたちは錆び付いているし、周囲にある機械もメンテナンスされている様子がない。放棄された工場なのだろうか。


「こちらへどうぞ。我々の指導者がお待ちかねです」


「指導者………?」


 工場の中を見渡していると、案内してくれたホムンクルス兵が奥にある扉を開けながらそう言った。


 彼女たちの指導者は何者なのだろうか。彼女たちと同じく、ホムンクルスなのだろうか。


 テンプル騎士団では、ホムンクルスの製造はホムンクルスが行っている。錬金術を習得したホムンクルスたちが、製造区画の中で自分たちの同胞を造っているのだ。


 そうすることで、もし仮にテンプル騎士団がまた壊滅し、ホムンクルス以外の団員が全員戦死してしまったとしても、ホムンクルスの団員たちだけで組織を維持することはできるからである。


 ここでもそういう仕組みなのだろう。もし組織が滅んでしまったとしても、殲虎公司ジェンフーコンスーの高い技術力だけは絶対に廃れさせないために。


 扉の向こうは、更に巨大な工場になっていた。


 こちらでは先ほどの放置されていた工場とは違い、ホムンクルス兵たちによってボルトアクションライフルがいくつも組み立てられている。奥ではSMGサブマシンガンLMG(軽機関銃)も組み立てられているのが分かる。


 どうやら、ここで製造されているのはヴリシア・フランセン製の”ゲーヴァ93”というボルトアクションライフルのようだった。入手したものを複製しているのだろうか。


「………おそらく、コピーした銃でしょう。でも、オリジナルよりこちらの方が美しいですね」


 完成したライフルをまじまじと見つめていたエレナがそう言った。


「ヴリシア・フランセン製の銃の方が美しいですよ。最初の頃は」


 戦争で劣勢になったり、武器を作るための資源が足りなくなれば、品質が落ちたり構造が簡略化されるのは珍しい事ではない。ヴリシア・フランセン帝国もテンプル騎士団とゴダレッド高地で交戦した時点で劣勢だったようだからな。


 彼女と一緒にライフルを眺めていると、案内してくれたホムンクルス兵が唐突に跪いた。


「同志、テンプル騎士団の同志たちをお連れしました」


「よくやった、同志。大儀である」


 どうやら残党の指導者がやってきたらしい。


 工場の奥から姿を現したのは、赤いチャイナドレスに身を包んだ赤毛の女性だった。戦時型ホムンクルスほどではないけれど、肌の色は真っ白だ。炎を彷彿とさせる赤毛の中からは真っ黒な角が伸びていて、チャイナドレスの後ろからは黒い鱗に覆われた尻尾が伸びているのが見える。キメラの女性なのだろうか。


 右手に持っているのは黒い鉄扇だ。場合によっては武器としても機能するようになっているらしく、先端部にはダガーのような刀身が付いているのが分かる。顔つきはオルトバルカ人やラトーニウス人を思わせるが、東洋人にも近い。


 その女性を見た途端、端末の前の持ち主の記憶がフラッシュバックした。


 赤毛の幼い少女と、タクヤ・ハヤカワと一緒に冒険者になったラウラ・ハヤカワの姿がフラッシュバックする。そう、俺たちの前に姿を現した女性は、ラウラ・ハヤカワに瓜二つだったのだ。


「ラウラ………?」


 いや、彼女であるわけがない。


 ラウラ・ハヤカワは産業革命の頃の人間だ。寿命が短いキメラが生きているわけがない。


「こちらのお2人がテンプル騎士団の同志でございます、同志『ガルゴニス』」


「ガルゴニス…………」


 知っている。


 前任者リキヤと一緒に戦った、モリガンの傭兵の1人だ。


 伝説の吸血鬼『レリエル・クロフォード』と相討ちになった前任者リキヤの最期を見届け、彼を生き返らせるために”メサイアの天秤”を探し求めた最古の竜。


 彼女が殲虎公司ジェンフーコンスーの残党の指導者なのか。


 そう思った瞬間、ガルゴニスと目が合った。


 凛としていた赤毛の女性が目を見開く。真っ赤な瞳が段々と涙で満たされていったかと思いきや、戦時型ホムンクルスを率いる凛とした指導者が、その雰囲気をかなぐり捨てて涙を流し始めた。


「リキヤ………? お主、まさか………り、リキヤなのか………!?」


「え? い、いや、俺は――――――」


 いかん、前任者リキヤと間違われてる。


 俺は別人だという事を教えるべきなのだろうが、言う前に彼女に押し倒される羽目になった。


「リキヤぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 会いたかったのじゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「すてあー!?」


 なんだか、前任者リキヤのせいでいつも酷い目に遭っているような気がする。ふざけんな前任者リキヤ


 いきなり俺を押し倒して抱き着いている指導者を見下ろしながら目を見開いているホムンクルスたちを見渡しながら、苦笑いするのだった。





※ステアーは銃を製造しているオーストリアのメーカーです。

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