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ジャングオ潜入作戦 ブリーフィング


「よし、作戦を説明する」


 戦艦ネイリンゲンの艦内にある会議室に集まってくれたスペツナズの隊員たちや、原子炉回収の際に作業を行う技術者として同行してくれたステラ博士たちを見渡しながら、会議室のテーブルの上に置いてある資料を見下ろす。


 この艦の会議室には、タンプル搭の会議室のように立体映像投影装置は用意されていない。艦隊の総旗艦であるジャック・ド・モレーには搭載されているらしいが、ネイリンゲンはあくまでもジャック・ド・モレー級に搭載する装備のテストを行う準同型艦であり、艦隊の指揮はそれほど想定されていないらしいので、そういった設備はオミットされているらしいのだ。


「シュタージからの情報によると、ラジオ放送はジャングオ民国の首都『大京ターキン』からだ。大京ターキンは既に倭国軍の占領下にあり、倭国陸軍の主力部隊が駐留していると言われている」


 資料には、ネイリンゲンから発艦した偵察機が撮影した白黒写真も載っている。大京の南部は空爆や砲撃で瓦礫だらけになっており、残っている建物の大半も廃墟と化している。市民の大半は被害が殆どない北部へと避難したらしく、北部に並ぶ健在な建物の周囲には、瓦礫で造られた小屋やテントがびっしりと居座っているのが分かる。


 大通りを我が物顔で通過していくのは、歩兵部隊を引き連れた倭国軍の戦車や装甲車のようだ。


「要するに、敵の橋頭保のど真ん中に潜入する羽目になる。我々は少数精鋭の部隊だが、全員で潜入するわけにはいかん。それに、潜入するのであれば東洋出身の隊員や、東洋人の血が流れている奴が望ましい」


 そう言いながら説明を聞いている隊員たちの顔を見渡した。


 当たり前だが、ジャングオに住んでいる国民はほぼ全員東洋人である。西洋出身の住民もいるとは思うが、大半が東洋人である以上は西洋人が潜入すれば目立ってしまうので、出来るだけジャングオ人に顔つきが近い東洋人が潜入することが望ましい。


 俺は潜入しても問題はないだろう。ホムンクルス兵は日本人とオルトバルカ人――――――正確にはラトーニウス人である――――――のハーフであるタクヤがオリジナルとなっているが、顔つきがラトーニウス出身の母親に似ているのでジャングオへの潜入には適さないと言わざるを得ない。


「ということは、お前とエレナくらいか?」


「………そうみたいだな」


 スペツナズの隊員には、東洋出身の隊員が少ない。エレナは明日花に瓜二つなので、一緒に潜入しても問題はないだろう。


 4人くらいで潜入するのが望ましいだろうと思ってたんだが、目立たずに潜入できそうなのは俺とエレナだけか………。


「分かった、俺とエレナの2人で潜入する。第一分隊の他の隊員は建物の屋上から支援を頼む。第二分隊はネイリンゲンに残って無線で指示をくれ」


「了解だ」


「で、そのラジオ放送を行った場所は特定できていないのか? 現地のエージェントは?」


 腕を組みながら説明を聞いていたジェイコブが尋ねてくる。確かにラジオ放送を行った場所が特定できていれば、倭国軍にバレないようにそこに行くだけで済むので楽だろう。だが、彼の質問には首を横に振って答えなければならなかった。


「倭国軍の攻撃に巻き込まれる恐れがあるため、本部から一時的に撤退するように指示があったらしい。再び潜伏するように命令が下るのは来週からだそうだ」


「それまでエージェントの連中は休暇か。羨ましいもんだ」


「ああ、ハンバーガー食いながら映画でも見てくつろぎたいもんだ。………ちなみに、このジャングオ侵攻の件についてはオルトバルカやアナリアが倭国に抗議しているらしいぞ」


「連合国に近い立場の国なのにか?」


「ああ。おかげで倭国と連合国の関係も悪くなりつつあるらしい」


 多分、”次の世界大戦”が始まる頃には対立しているだろう。かつて日英同盟を結んでいたイギリスと日本が、第二次世界大戦の頃には敵対していたように。


 だが、関係が悪化しつつあるとはいっても倭国とオルトバルカには太いパイプがある。堂々と倭国の連中を攻撃すれば、下手をすれば連合国軍を敵に回す羽目になるからな。


「いいか、関係が悪化しているとはいっても攻撃は禁止だ。まあ、原子炉を奪われそうになったらぶち殺していいと命令されているから、そうなったら思い切りぶち殺すがな」


 むしろ、そうなってくれた方が手っ取り早い。いつも通りに殺すだけで済むからだ。


「なお、大京ターキンの沿岸部には倭国海軍の艦艇が確認されている。重巡洋艦『高雄』、『愛宕』、駆逐艦『暁』、『雷』、『電』の5隻だ」


 資料に記載されている倭国軍の艦艇の名前を読みながら、俺は目を細めた。


 この艦艇は倭国軍の艦艇ではなく――――――旧日本海軍に所属していた、日本の艦艇である。大京ターキンを撮影した白黒写真の隅にある海におそらく倭国海軍所属と思われる艦艇が停泊しているのが写っているんだが、主砲が搭載されている位置は高雄型重巡洋艦と全く同じだ。


 名前が同じというわけではなく、旧日本海軍の艦艇そのものだと言っていいだろう。


 ――――――おそらく、倭国軍には転生者がいる。


「確か………ヴェールヌイって倭国支部から供与された”響”っていう駆逐艦だったんですよね。そういえば、倭国支部ってどうなってるんです?」


「勇者に潰されてる。残党がいたらしいが、最近は倭国軍による掃討作戦で消息不明だ。それ以降の情報は一切ない」


 9年前のタンプル搭陥落後のテンプル騎士団残党の掃討作戦はかなり徹底的に行われたらしい。テンプル騎士団の生き残りだけでなく、彼らに手を貸した組織まで勇者の手によって殲滅されていたため、海を彷徨う事になった本部の残存兵力は部隊の再編成どころか組織の維持に大きな支障が出たという。


 辛うじて無事なのは、シベリスブルク山脈の麓にある”スオミ共和国”のスオミ支部だけだそうだ。


「倭国支部もか………あそこは防衛戦が得意だったらしいんだがな………」


「ああ、記録だと勇者も殲滅には手を焼いたそうだ」


「ただではやられなかったってことか」


 テンプル騎士団倭国支部があったのは、倭国の”エゾ”と呼ばれる場所だ。前世の世界の日本で言うと北海道である。


「敵艦隊はヴェールヌイの同型艦(姉妹)たちか………ヴェールヌイ(あいつ)は悲しむだろうな」


「ヴラジーミル、まだ倭国は”敵”じゃない」


 あいつらが原子炉を狙わない限り、戦闘は可能な限り避けるべきである。


「よし、潜入は俺とエレナの2人で行う。他のメンバーは悪いが支援を頼んだ。ネイリンゲンは沖に待機して倭国艦隊の動きを報告してくれ。もし倭国の連中が原子炉を狙っていることが明白になった場合は――――――」


 原子炉を狙っているのならば、倭国は”連合軍の身内”から”排除すべき敵”となる。もしそうなったら、テンプル騎士団が倭国軍と交戦したという真実はシュタージにもみ消してもらい、ジャングオ軍の攻勢で壊滅したという事にしてもらうことになりそうだ。


 そう思いながら、告げた。





「――――――やつらを沈めろ。一隻残らず」




















 苦笑いしながら、鏡を凝視する。


 ジャングオに潜入した後に目立たなくするため、潜入は顔つきがジャングオ人に似ている俺とエレナが行う事になったのだが、もちろんテンプル騎士団の黒い制服で潜入するわけにはいかない。東洋人の中に紛れ込んだとしても、テンプル騎士団のエンブレムがこれ見よがしに描かれた制服で潜入したら意味がないからだ。


 そこで、ジャングオ人に紛れ込むため、ステラ博士がジャングオの民族衣装を用意してくれた。もちろん、今の大京ターキンは倭国軍の占領下なので綺麗な服で潜入するわけにはいかない。いたるところが薄汚れているし、ボロボロになっている。


「あらあら。似合ってるじゃないですか、幼女に腹パンをするのが日課のリョナ河さん」


「………」


 俺が潜入するのは人選ミスなのではないだろうかと思いつつ、鏡をちらりと見た。


 いつも訓練をしているので、肩や胸板は非常にがっちりしている。情報では大京ターキンでは食料が不足しており、住民たちは痩せている人が多いらしいので、この体格ではほぼ確実に目立ってしまう。


「博士、これじゃバレるんじゃないですかね?」


「拳法の達人って事にすれば大丈夫じゃないですか?」


 達人にしては若すぎるだろ。まだ17歳だぞ俺。3ヶ月後に18歳になるが。


 義手で頭を掻いていると、ジェイコブやコレットたちもやってきた。スペツナズの隊員たちはジャングオの民族衣装に身を包んだ俺を見ると、笑いを堪えたり、持っていたカメラで写真を撮り始めやがった。


「お、おい、拳法の達人がいる」


「似合ってますよ隊長!」


 コラ、写真撮るな。ふざけんなお前ら。


 くそったれ、戻ってきたら覚えてろよ………。


 写真を撮っているマリウスからカメラを取り上げようとしていると、彼らの後ろから小柄な隊員がやってきた。普段は略帽と黒い制服に身を包んでいるんだが、今の彼女が見に纏っているのはチャイナドレスを思わせる民族衣装である。もちろん、よく見ると薄汚れていてボロボロになっているが。


「お、おお、エレナか」


「あらやだ、可愛いじゃないの! ねえ、戻ってきたら私の部屋に来なよ。可愛い服着させてあげるから!」


 潜入用に用意されたボロボロの服ではなく、綺麗な服であればきっと似合っていたに違いない。


 そう思いながら、前世の世界で明日花と2人で生活していた頃の事を思い出す。親戚にも引き取ってもらう事ができなかった俺たちは、クソ親父が刑務所に入れられた後は、母さんが残してくれたお金を使いつつ、バイト代を生活に使っていた。出来るだけ新しい服は買わずに古い服を縫い直したりしながら着ていたので、中学校の辺りに来ていた私服はボロボロだった。


 上級生との喧嘩でボロボロになった服を縫い直してくれたのは、いつも明日花だった。


「………どうでしょうか」


 戦闘用のホムンクルスとして生産されたエレナは、他のホムンクルスたちとは違って感情がオミットされている。なので、服が似合っているとか可愛いと言われても、顔を赤くすることは全くない。


 きっと、この服ならばジャングオ人だと思われると思うだろうかと質問しているのだろう。


「ああ、これなら目立たないだろうな」


「では問題ありませんね」


「おう。それに可愛いし」


「そうですか」


 淡々と言いながら、エレナは俺の服をまじまじと見つめた。


「………体格ががっちりし過ぎているのでは?」


「………仕方ないだろ」


 今すぐに痩せるなんて無理だ。もし倭国軍の兵士に問い詰められたら、本当に拳法の道場に通っていたと嘘をついて誤魔化すしかないかもしれない。


 まあ、この世界の先進国にはまだCQCという概念がないようなので、訓練で身に着けたCQCを披露してやれば拳法だと勘違いするだろうが。


《艦長より各員へ。現在、本艦は大京ターキン沖に到達した。潜入予定のスペツナズは、直ちに後部甲板のボートに向かうように》


 スピーカーからリョウの声が聞こえてくる。どうやら、大京ターキンの沖に到着したらしい。沿岸部には倭国艦隊も居座っているが、幸運なことに今の大京ターキンは霧で覆われているので、大型艦が沖に停泊していても発見されることはない筈である。


 潜入するには最高の環境と言えるだろう。


「行くぞ」


了解ダー


 一緒に潜入するエレナと共に、俺たちは後部甲板へと向かうのだった。

 









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