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極東からの招待状


「ボス。悪かったって」


「ふんっ」


 リビングにある椅子に腰を下ろしながら、いつもは凛とした雰囲気を放つセシリアは不機嫌そうに腕を組んでいた。


 キッチンでうどんの上に特大の油揚げとネギを乗せながら、ちらりと彼女の方を見る。どうやら許してくれるつもりはないらしく、腕を組んだままこっちを睨んでくる。


 彼女の機嫌が悪い原因は分かっている。昨日、一日中クラリッサと一緒に行動していたからだ。俺は1人でフィオナ博士の所に行って端末を受け取ったり、午後の訓練に参加する予定だったんだが、結局昨日の昼食にシュニッツェルを食べた後もクラリッサは俺についてきた。幸運なことに訓練の邪魔はされなかったが、彼女がじっとこっちを見ているのが気になってしまい、あろうことかCQCの訓練中にジェイコブに背負い投げで投げ飛ばされちまった。


 特大の油揚げが乗ったきつねうどんの皿を掴み、セシリアの前にそっと置く。腕を組みながら不機嫌そうにしていたセシリアは、自分の大好物をちらりと見下ろしてから真っ白な手でよだれを拭い去り、こっちを見上げてきた。


「………ふ、ふんっ、私が食べ物なんぞで機嫌を良くすると思ったか」


「いや、そんなに簡単な女だとは思ってないさ。………さあ、ご飯にしよう。サクヤさん、うどん出来ましたよ」


「あら、早いわね」


 ベッドに横になりながら雑誌を読んでいたサクヤさんは、ラノベ用の栞を読んでいたページに挟んでから雑誌をベッドの上に置き、リビングのテーブルへとやってきた。


 箸を手に取り、「いただきまーす♪」と言ってからうどんを食べ始めるサクヤさん。セシリアはもう一度よだれを拭い去りながらちらりと隣の姉を見て、自分も箸へと手を伸ばす。


「力也、言っておくがな………わっ、私は大好物を出された程度で………」


「ほら、ボスも一緒に食べよう」


「う、うむ………いただきます」


 ちらりとセシリアの尻尾を見てから、彼女の尻尾が左右に揺れているのを確認してニヤリと笑う。ハヤカワ家の人の癖なのか、ハヤカワ家のキメラはみんな機嫌がいい時は尻尾を横に振る癖があるらしい。機嫌が悪い時は、逆に縦に振る。


 いつの間にか、セシリアは嬉しそうに微笑みながらきつねうどんを食べていた。


「ボス、おかわり食べる?」


「うんっ、食べるー♪」


 よし、これで機嫌は良くなった筈だ。


 早くもうどんを食べ終えたセシリアから皿を受け取り、キッチンへと戻る。鍋の中にあるうどんを空になったセシリアの皿へとぶち込んで、特大の油揚げ―――――――倭国の商人から購入したものだ―――――――をたっぷりと乗せてから、リビングで待つ彼女の前にそっと置いた。


 
















「同志諸君、これより作戦を説明する」


 ギャップがすげえ。


 先ほどまで昼食のきつねうどんを嬉しそうに食べていた彼女は、いつものように凛とした雰囲気を放ちながらサクヤさんに目配せする。彼女は頷いてから円卓にある装置を操作して、中央にあるレンズから蒼い六角形で形成された立体映像を出現させた。


 真ん中にでっかい円卓が置かれた会議室の中にいるのは、いつもここで会議を行う円卓の騎士たちではなく、黒い制服とバラクラバ帽を身に纏い、真っ赤なベレー帽をかぶったスペツナズの兵士たちばかりだった。しかも、しっかりと作戦行動記録が残る第一部隊ではなく、シュタージが保管する作戦行動記録以外は一切破棄され、存在しなかったことになる第零部隊(赤き雷雨)のメンバーのみである。


「先ほど、シュタージがジャングオ民国であるラジオ放送を傍受した」


「ラジオ放送?」


「ああ。”ラジオ・タンプル”と周波数が同じだったらしい」


 ラジオ・タンプルとは、テンプル騎士団が創設された頃から内戦が勃発するまで放送されていた人気番組である。出演者はナタリア・ブラスベルグと、クラリッサの祖先である『クラウディア・ルーデンシュタイン』の2人で、水曜日の夜に放送していたという。


 非常に人気の高い番組だったらしく、クレイデリア以外の国でも放送されていたらしい。内戦が勃発したことでラジオ・タンプルがプロパガンダ放送へと変わり、内戦が終わった後もテンプル騎士団の名誉回復と軍拡が優先されたため、それ以降は放送されることはなかったらしいが。


 その放送をわざわざシュタージが傍受できるように送信した奴は、テンプル騎士団の関係者だという事は分かる。だが、そんなラジオ放送程度で虎の子のスペツナズ第零部隊『赤き雷雨クラースヌイ・グローザ』を動かすのだろうか。


 俺たちが投入されるのは、一般の部隊では対処しきれないほど強力な転生者を暗殺することになった場合や、作戦行動記録を明るみに出す事ができないような政治的な理由がある場合である。テンプル騎士団の関係者と思われる何者かの放送を受信した程度で動かすべき部隊ではないと思うのだが、なぜ俺たちが投入されたのだろうか。


 その疑問の答えを考えるよりも先に、サクヤさんが答えを教えてくれた。


「送信されたのは――――――旧”殲虎公司ジェンフーコンスー”の拠点の1つよ」


「「「!」」」


 殲虎公司ジェンフーコンスーは、テンプル騎士団の同盟組織である。中国出身の転生者である『張李風チャン・リーフェン』が結成した異世界のPMC(民間軍事会社)であり、中国製の兵器を支給された強力な軍隊を保有していた。


 しかも、その組織は原子炉と核燃料を製造できるほどの極めて高い技術力を持っていたという。その殲虎公司ジェンフーコンスーから大量の原子炉と核燃料を購入したテンプル騎士団は、それをジャック・ド・モレー級戦艦や空母に搭載して強力な艦隊を編成し、最強の軍隊へと成長していった。


 簡単に言うと、殲虎公司ジェンフーコンスーはテンプル騎士団を最強の軍隊へと成長させてくれた最高の商人たちなのである。だが、9年前にタンプル搭が陥落した後に、勇者たちはジャングオ民国まで襲撃して殲虎公司ジェンフーコンスーを壊滅させてしまったらしく、現在はジャングオ民国に拠点の廃墟しか残っていない。


 シュタージがエージェントをジャングオ民国へと派遣し、残党がいないか確認していたらしいが、残党が活動していた形跡が一切発見できなかったため、今まで殲虎公司ジェンフーコンスーは全滅した可能性が高いと判断されていた。


 だが――――――もし残党がいるというのならば、彼らに手を貸してもらう事ができるかもしれない。


「このラジオ放送を送信したのは、おそらく殲虎公司ジェンフーコンスーの残党だろう。彼らに生き残りがいた可能性が高い。そこで、同志諸君はジャングオ民国に潜入し、その残党と接触して保護してもらいたい」


「だが、なぜ俺たちなんだ?」


 そう、残党を保護するだけならば”第一部隊”でも十分な筈だ。入隊試験の基準が緩和され、兵士の質が低下したとはいえ、あいつらも各部隊から選抜されてきた優秀な兵士たちである。潜入して残党を保護するならば容易いだろう。


 しかし、セシリアは首を横に振ってから立体映像の制御装置を操作した。ジャングオ民国を形成していた結晶の一部が剥離して、すぐ近くに小さな島国を形成する。すると、その島国が赤く点滅し始め、1つの大きな矢印がジャングオへと伸び始めた。


「現在、ジャングオ民国は倭国軍による攻撃を受けているのだ」


「倭国軍と? 何故だ?」


「私が説明するわ」


 制御装置から手を離したサクヤさんは、制服のポケットからメガネを取り出した。


「倭国は産業革命の頃から、オルトバルカ連合王国と密接な関係になったの。オルトバルカ製の先進的な武装を輸入し、合理的な戦術を学ぶことで、彼らは極東の国々の中で最も急速に近代化された軍隊を手に入れたのよ。倭国と積極的な貿易を行っていたジャングオは倭国が極東を支配することを恐れて抑え込もうとしたけれど、軍隊の近代化で後れを取っていたジャングオはあっさりと惨敗し、逆に国内に倭国軍の侵入を許してしまっているの」


 要するに昔の日本と中国みたいな状態になってるって事か。


「だから、今のジャングオには倭国軍も駐留しているというわけだ」


「そいつらを皆殺しにすればいいってことか?」


 隣にいるジェイコブがそう言うと、ハヤカワ姉妹は同時に首を横に振った。


「いえ、今でも倭国とオルトバルカは親密な関係で太いパイプがあるわ。倭国の立場は連合国軍に近いわね」


「………友軍ってか」


「そういう事だ、力也。しかも我が騎士団が宣戦布告をしているのは帝国軍だけだ。倭国軍への攻撃は許されない」


 なるほど、だから赤き雷雨クラースヌイ・グローザが選ばれたってわけか。


 俺たちの目的はジャングオ民国へ潜入し、殲虎公司ジェンフーコンスーの生き残りを保護する事。だが、侵攻している倭国軍からすればジャングオ民国は敵国であるため、殲虎公司ジェンフーコンスーも攻撃の対象となる。しかし、俺たちからすれば彼らは保護すべき味方であるため、必然的に倭国軍とは敵対関係となるが、倭国軍は敵国ではなく味方に近い立場だから衝突は好ましくない。


 かなり複雑だな。


「同志諸君の目的は、”殲虎公司ジェンフーコンスー残党の保護”と――――――彼らが開発した”原子炉及び核燃料の回収”だ」


 やはり、それも目的か。


 殲虎公司ジェンフーコンスーはすでに壊滅しているが、彼らも強力な武装集団だったから抵抗せずに全滅したとは考えにくい。味方が抵抗している隙に原子炉の図面を持ってどこかへと逃げるか、処分した筈である。


 もしかすると、その生き残りが原子炉や核燃料をまだ持っている可能性が高い。仮にそれらを持っていなかったとしても、技術者を保護出来ればこっちで原子炉を製造してもらう事ができるというわけだ。


 倭国軍はそれを知っていてジャングオ国内まで攻め込んだのだろうか、と考えていると、セシリアが目を細めながら扇子を開いた。


「先ほど倭国兵は攻撃するなと言ったが――――――万が一原子炉や図面が奴らの手に渡りそうな場合は、手段は考えるな」


「………了解ダー


 いつも通りってわけか。


 倭国の連中がそのまま侵攻するだけならば見逃す。だが、もし殲虎公司ジェンフーコンスーが作り上げた原子炉を欲しているというのならばぶち殺せ、という事だろう。


 てっきり今回は麻酔銃とかスタンガンくらいしか携行できないと思ってたんだが、そっちの方がありがたい。生け捕りよりも皆殺しの方が性に合う。


「なお、原子炉の回収は歩兵のみでは難しいため、今回は特務艦として戦艦ネイリンゲンも同行させる。同志諸君たちはネイリンゲンと共にジャングオへと向かい、残党の保護と原子炉の回収を行え。以上だ」


 戦艦ネイリンゲンか………。確か、あの艦の艦長はリョウだったな。


 まあ、親友との船旅も悪くない。思い出話でもしながらお世話になるとしますか。
















「ネイリンゲンにようこそ、リッキー」


「世話になる、リョウ」


 戦艦ネイリンゲンの艦橋は思ったよりも広かった。艦橋の中には伝声管や機器だけでなく、魔法陣も所狭しと並んでいる。前世の世界の技術だけでなく、こっちの世界の技術も使って建造された艦なのだ。


 艦橋の窓の向こうには、ジャック・ド・モレー級の主砲である55口径44cm4連装砲のでっかい砲塔が3つも並んでいる。第二砲塔と第三砲塔の上にはボフォース40mm機関砲が2基ずつ搭載されていて、その周囲ではホムンクルスの砲手たちがチェックをしているところだった。


 このネイリンゲンは、ジャック・ド・モレー級の同型艦(姉妹)たちの中で一番最初に55口径44cm4連装砲を搭載した戦艦である。新型の主砲を使ってテストを行い、強力な主砲だという事を証明した事によって、他のジャック・ド・モレー級の主砲もあれに換装されたのだ。つまり、ネイリンゲンはジャック・ド・モレー級の中で一番最初に44cm砲を搭載した艦という事になる。


 戦艦ネイリンゲンは、ジャック・ド・モレー級の同型艦ではなく”準同型艦”に分類される。他の艦は前部甲板と後部甲板に2基ずつ主砲を搭載しているが、こいつはイギリスのネルソン級のように前部甲板に3基の砲塔を搭載しているため、他の艦と比べると外見や構造が随分と異なる。


 ネルソン級の主砲を一回りでかくして、4連装砲にしたような外見だ。なので、他の同型艦とは簡単に見分けられる。


「原子炉か………」


「はははっ。多分、改修したらネイリンゲンでテストされるんじゃない? この艦、そういう新しい装備のテストをよくやらされるから」


 44cm砲のテストを行った実績があるからなのだろうか。それとも、ただ単に手が空いているからなのだろうか。


 苦笑いしながら艦橋の周囲を見渡す。窓の向こうでは他のジャック・ド・モレー級の同型艦たちが停泊していて、乗組員たちが忙しそうに物資や弾薬を艦内へと運んでいた。航空戦艦型のジャック・ド・モレー級の飛行甲板では、艦載機たちがずらりと並んでいて、整備兵たちの整備を受けているのが見える。


 隅の方にある防波堤の近くにもジャック・ド・モレー級らしき艦艇が並んでいるが、そいつらは他のジャック・ド・モレー級と形状が異なっているのが分かる。砲塔の数が戦艦型のジャック・ド・モレー級よりも多かったり、艦首に大剣みたいにでっかい衝角を搭載しているのだ。


 あいつらも準同型艦なのだろうか。


 あんなにでっかい衝角は邪魔になるのではないかと思いながらその準同型艦を眺めていると、伝声管の蓋を閉じた副長がリョウに敬礼しながら報告した。


「同志艦長、出港準備が整いました。ウィルバー海峡までは駆逐艦ヴェールヌイが誘導するそうです」


「分かった」


 席に座っていたリョウは、軍帽をかぶり直しながらゆっくりと立ち上がった。


 ネイリンゲンの目の前を、一足先に出港した駆逐艦が横切っていく。ロシアの艦艇ばかり採用されているテンプル騎士団海軍が保有している、唯一の日本製の駆逐艦だ。


「――――――抜錨!」


「両舷前進微速。魔力の圧力を、202メガメルフから250メガメルフへ」


「フィオナ機関、順調に加圧中。まもなく250メガメルフ」


 戦艦大和よりも巨大なジャック・ド・モレー級の304mの船体が、ゆっくりと動き始めた。甲板の上にいる乗組員たちが、周囲に停泊している同型艦の乗組員たちへと手を振っている。


 やがて、海峡までの誘導を担当するヴェールヌイの艦尾が艦首の向こうに見えてきた。軍港となっている洞窟の出口から溢れ出す日光が、テンプル騎士団で採用されているダークブルーと黒の洋上迷彩で塗装されたネイリンゲンの船体を照らし出す。


 しばらくすると、河が徐々に桜色に変わり始めた。ダークブルーとピンクのグラデーションの中間地点を通過してから、艦長の席に座るリョウが「面舵一杯、エリス・ゲートを通過する」と指示を出すと、すぐに乗組員たちが復唱を始める。


 ネイリンゲンが進路を変えている内に、ヴェールヌイがゆっくりと速度を落とし、ネイリンゲンに道を譲った。かつては”響”という名前だった日本の駆逐艦の甲板では、乗組員たちが大きく帽子を振ったり、ラッパを吹いてネイリンゲンを見送ってくれている。


 甲板の上にいる乗組員や見張り員たちも、海峡まで見送ってくれた駆逐艦に手を振り始めた。


 さて、船旅でも楽しむとしようか。


 リョウを助けた時にヴェールヌイに世話になった時の事を思い出しながら、俺は桜色の海原を見つめた。



 


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