ルーデンシュタイン家
新しい武器を生産するためには、博士が用意した”サブミッション”と呼ばれるミッションをクリアし、ポイントを手に入れなければならない。サブミッションの種類は色々と多く、1つのサブミッションをクリアすると条件が変わった別のサブミッションが生まれる仕組みになっているので、簡単そうなやつを矢継ぎ早にクリアしていくと効率がいい。
ミッションと言っても、そんなに難しいわけじゃない。例えば”敵兵を3人ヘッドショットで倒す”とか、”気付かれずに敵兵を5人倒す”という事がクリア条件になっている物が多いので、少し意識すれば簡単にポイントは増える。下手をすればレベルを上げるよりもポイントが溜まるのは早いかもしれない。
武器の一部にもサブミッションをクリアしないとアンロックされない武器があるので、ちょっとばかり不便だがな。
でも、喜ばしい事にスキルは最初から全てアンロックされているようだった。まあ、武器とかは前任者の端末のデータを強引に再構築したせいで色々と制限されているが、こっちは後付けでフィオナ博士が追加してくれたプログラムだから、影響はなかったのだろう。
「へぇ、いっぱいあるじゃない」
肉球のある手で俺の頬を撫で回しながら、クラリッサが端末を覗き込む。寄りかかってくるのはきっとわざとなんだろう。
「この”クリティカルヒット”って何かしら?」
「さっき説明文を読んだが、どうやらこれが発動すると攻撃力が50%アップするらしい」
「便利じゃない」
「でも運だぞ?」
「面白いじゃないの」
そうか?
でも、発動すれば攻撃力アップよりもダメージは高くなりそうだ。しかも、クリティカルヒットの倍率を上げるスキルもあるらしい。
とりあえず、足音を消す事ができる”足音削除”を生産して装備しておく。スペツナズは敵陣へ潜入することも多いので、足音を消す事ができるのはかなり便利だ。敵の見張りに見つかる可能性が減るし、こっそり忍び寄って首をへし折る時も敵に気付かれないからな。
これで残った空欄は4つか。スキルには色んな種類があるが、俺のステータスは初期ステータスから上がることはないので、色んな種類のスキルを装備して弱点を減らすよりも、1つに特化させてその得意分野で勝負するべきだろう。弱点を減らして敵を迎え撃つのは、ステータスのバランスが良いオールラウンダーにだけ許された権利だ。
「ちょ、ちょっと、何してるの?」
「面白い事をするのさ」
そう言いながら画面を素早くタッチし、”クリティカルヒット倍率アップ(レベル2)”を2つ生産する。80ポイントのスキルを2つ装備したので160ポイント払う羽目になったが、一般的なボルトアクションライフルの生産で300ポイントかかるので、それほど問題はないだろう。
レベル2のクリティカルヒット倍率アップは、攻撃力が――――――何%の確率かは分からん―――――――150%アップする。それを2つ装備したので、俺の攻撃力は運が良ければ300%アップすることになる。
「あら、クリティカルヒットに特化させたの?」
「ああ」
「ふふっ、確かに面白いかもね」
クリティカルヒットが発動したとしても、元々の俺の攻撃力は100しかないのでレベルの高い転生者にはそれほど大きなダメージにはならないかもしれない。だが、こっちには相手の防御のステータスを無視できる”問答無用”という便利なスキルが最初から装備されているので、格上の相手にもそれなりにダメージは与えられる筈だ。
クラリッサと一緒にエレベーターに乗り、研究区画を後にする。壁面のボタンを押してから端末をポケットにしまうと、クラリッサが懐中時計をちらりと見た。
「あら、そろそろお昼じゃない」
「もうそんな時間か」
「ねえ、食堂行かない? あそこのシュニッツェル美味しいのよ?」
シュニッツェルか………悪くないかもしれないな。最近は魚とか野菜ばっかり食ってたから、たまには肉料理も食いたいものだ。
他の列強国では兵士たちにはパンとかスープくらいしか支給されていないらしいが、テンプル騎士団の拠点にある食堂では、戦時中とは思えないほど豪華な飯が食える。連合国軍の他の兵士が、塹壕の中で肉や野菜がたっぷりと入ったシチューを食ってるテンプル騎士団兵を羨ましそうに見つめているのは珍しい事ではないらしい。
しかも食堂で注文できるメニューの種類が滅茶苦茶多いのだ。洋食、和食、中華料理だけでなく、色んな国の料理が注文できる。
種類が多い理由は、クレイデリアは元々は色んな国から保護されてきた奴隷たちやカルガニスタンの先住民たちによって建国された多民族国家だからである。自分たちが生まれ育った国の文化や技術を持ち寄ったことで形成されているので、様々な種類の文化が揺り籠の中にある。
要するに、ちょっとしたアメリカってことだ。
エレベーターがぴたりと止まり、鉄格子を思わせる扉が開く。クラリッサが俺の手を引きながら外に出ようとすると、通路を歩いていた団員の肩にぶつかった。
「あっ、ごめんなさい」
彼女がぶつかってしまったのは、黒い制服と軍帽を身に纏った初老の男性だった。短い金髪の中からはよく見ると狼の耳らしきものが生えているので、獣人だということが分かる。組織が創設された当時から生き残っておるベテランの兵士と同じく目つきは非常に鋭くなっており、様々な激戦を経験してきたベテランが発する威圧感を纏っている。
肩にあるワッペンには、複葉機に乗ったドラゴンのエンブレムが描かれている。空軍のエンブレムだ。その下にも別のワッペンがあり、そちらには岩に刺さったエクスカリバーと2つの翼が描かれている。
確か、あのエンブレムはアーサー隊のエンブレムだった筈だ。
「む、大丈夫か?」
彼の声を聞いた途端、ぎょっとした。
聞き覚えのある声だ。この人と、俺は無線機で話をしたことがある。隔壁はこっちで制御するから、あんたはトンネルから突入してタンプル砲へ接近し、残ったロケット弾をぶちまけろ、と。
――――――アーサー1だ。
真っ赤に塗装された機体で変幻自在に空を舞い、当たり前のように大量の敵機を撃ち落とすテンプル騎士団空軍のエースパイロット。噂では、敵機の撃墜数は700機を超えていて、共同撃墜数を除いたとしても300機は超えているという。
こいつがアーサー1なのか。初めて会ったよ。
クラリッサは、よりにもよってそのエースパイロットに体当たりをぶちかましてしまったらしい。だが、彼女は自分がぶつかってしまった相手の顔を見上げると、ニッコリと微笑みながら信じられない事を言った。
「………あれ? ヘルムート叔父さん?」
「………え、叔父さん?」
み、身内なの?
「あら、知らなかった? この人はアーサー隊の隊長の『ヘルムート・フリードリヒ・ルーデンシュタイン』大将。私の叔父さんよ?」
ちょっと待て、大将? 戦闘機に乗って最前線で戦う階級じゃねえぞ………?
敵機を撃ち落としまくって階級を上げたという事なのか。確かに700機以上も敵機を撃墜していればそれくらいの階級になっていてもおかしくないが、何で最前線で戦ってるんだろうか。
「気を付けなさい、クラリッサ」
「ふふふっ、ごめんなさいね叔父さん。あ、彼が速河力也よ。叔父さんにトンネルの中に突っ込めって命令した張本人」
「ほう、彼が………」
さすがに無茶な命令だったと思いながら、素早くルーデンシュタイン大将に敬礼する。ヘルムートは微笑みながら敬礼をすると、「あの時は久しぶりに楽しかった。礼を言う」と言った。
「た、退屈していたのですか」
「ああ。たまにはああいう場所を飛ぶのも悪くない」
すると、通路の向こうから4人の団員が歩いてくるのが見えた。よく見ると全員左肩にアーサー隊のエンブレムが描かれたワッペンを付けているので、ヘルムートの部下だということが分かる。
その4人の中に、彼に顔つきがそっくりな少年がいた。若き日のヘルムートもあのような顔つきの若者だったのだろうかと思ってしまうほど瓜二つで、同じく短い金髪の中からは狼の耳が生えている。
というか、クラリッサの叔父さんという事はヘルムートや彼も獣人ではなくキメラなのだろうか。
「叔父さん、早く飯食いに行こうよ」
「ああ、すまんな”クルト”」
「あ、兄さん」
「!?」
に、兄さん?
ヘルムートに顔つきがそっくりなキメラの少年を指差しながらクラリッサがそう言うと、クルトはぎょっとしながらクラリッサの方を見た。
「く、クラリッサ!?」
「………兄妹なの?」
「そう。カッコいい叔父さんと違ってヘタレっぽいのが兄の『クルト・ルーデンシュタイン』。戦闘機から降りると正真正銘のヘタレと化す筋金入りのヘタレだから覚えといてね。忘れてもいいけど」
「な、何だとぉ!? 2つ年上の兄だぞ、俺は!」
「でも私より階級下でしょ? クルト”大尉”」
あ、この人俺よりも階級下だわ。
「う、うるさい! 第一、お前もルーデンシュタイン家の人間なんだったら戦闘機に乗って正々堂々と――――――」
「ルーデンシュタイン家は元々諜報組織を率いてきた家系よ。ご先祖様の代からね。私の方が正統な後継者と言えるんじゃない?」
「うっ………だ、だが、舞台裏でコソコソしてる諜報組織なんかに入隊したお前より、戦闘機に乗ってる俺の方が――――――」
「へぇ、敵の情報は誰が集めてると思ってるのかしらねぇ?」
「うぐっ………」
「やめておきなさいクルト。お前、クラリッサに口喧嘩で勝ったことないだろう?」
「お、叔父さんまで………」
妹に負けてるのかよ、この人。もうちょい頑張れ………。
でも、アーサー隊に入隊できるのは選抜されたエースパイロットだけだと聞いている。その精鋭部隊のエンブレムが描かれたワッペンを身に着けているという事は、この人もれっきとしたエースなのだろう。地上ではヘタレみたいだが。
「というか、隣にいるその男は誰だ? 彼氏か?」
「あら、ヘタレにしては察しが良いわね。彼は私の婚約者よ?」
「………はい?」
あの、セシリアに聞かれたら切腹を命じられそうなんですけど。クラリッサさん、あまり変な嘘流さないでくださいね?
冷や汗を流しながら否定する準備をしていると、ヘルムートさんは何故か腕を組んだまま嬉しそうに微笑み始めた。
「ふむ、そうかそうか。クラリッサも大人になったなぁ………小さい頃は素手でトカゲを掴み、泣き喚くクルトを追いかけ回していたあのクラリッサが」
「お、叔父さんったら………昔の話よ、それは」
何やってんのお前。
つーか、当時からお兄さん虐められてたのかよ。大変だなあの人。
「い、いや、ルーデンシュタイン大将。彼女と自分は婚約者ではなく、まだ知り合ったばかりでして………」
「くそったれ、俺まだ彼女いないのに………結婚まで妹に先越されるのかよぉ!」
「あ、あの、お兄さん?」
「うるせえ! 俺の事をまだお兄さんって呼ぶんじゃねえ!」
あ、呼び方間違えた………。
「つーかお前俺より階級上じゃねえか! どういうことだコラぁ! ちょっと格納庫の裏まで来いこの野郎!!」
落ち着けヘタレ。つーか俺の方が上官だろうが。
「ほら、さっさと昼食を食べに行くぞ。今日は15時から新型機を使った訓練を行うから早く済ませるように」
他の隊員が「ほら、大尉。早くご飯食べに行きましょう」と言いながら泣き喚くクルトを引っ張っていく。苦笑いしながらそれを見ていると、ヘルムートはニコニコしながら肉球のある手を俺の肩に置いた。
「クラリッサの事を頼んだぞ、”リキヤ・ルーデンシュタイン”君」
勝手にファミリーネーム変えないでくれます?
冷や汗を流しながらクラリッサの方を見ると、彼女は楽しそうにニヤニヤ笑いながらこっちを見上げていた。
「あら、どうしたのダーリン?」
「お前の嘘のせいでとんでもないことになったじゃないか」
「うふふっ、楽しくなったわね♪」
どこがやねん。
溜息をついてから、俺は彼女に言った。
「あのね………身内は卑怯だよ」
力也(第一部)=攻撃力特化
タクヤ(第二部)=攻撃、スピード特化
力也(第三部)=クリティカル特化
歴代の主人公たちの特徴はこうなりました。




