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ラウラの力


 相変わらず、フィオナ博士の研究室ラボはごちゃごちゃしている。機械や金属製の部品が所狭しと並べられているし、壁際に並んでいる本棚の中には分厚い魔術の教本がこれでもかというほど置かれている。オイルと金属の臭いに支配された部屋の壁にポスター代わりに張り付けられているのは、無数の線で描かれた図面だった。彼女の発明品なのだろうか。それとも、そういう図面を眺めるのが好きなのだろうか。


 ごちゃごちゃした部屋の中で、博士は図面を書いていた。傍から見れば発明品の図面を書いている科学者に見えるかもしれないけれど、白衣の下に身に着けているのは、整備兵たちが着るようなオレンジ色のツナギである。


 声をかけるべきだろうかと思っていると、博士は図面を書きながら俺を呼んだ。


「どうぞ、入ってください」


「あ、ああ」


 研究室ラボの床の上に転がっている発明品を見下ろしながら、真ん中にあるソファ―――――オイルで汚れており、来訪者をもてなすためのソファには見えない―――――に腰を下ろす。テーブルの代わりに置かれているでっかい工具箱の上にはクッキーと紅茶が置かれていた。博士はかなり集中して図面を書いているようだが、俺を呼びだしたことを忘れたわけではないらしい。


 忘れていたのならばそのまま自室に戻り、着替えを取ってシャワーを浴びに行けたのにな、と思いながら、クッキーへと手を伸ばす。あまり甘くないクッキーを噛み砕いていると、机の上で図面を書いていたフィオナ博士が唐突に「あー、違いますぅッ!!」と叫び、集中して書いていた図面を思い切り破いた。


 やっと用件を話してくれると思いながら博士マッドサイエンティストを見つめていると、博士は隣の棚の上から素早くガスマスクと火炎放射器を取り出し、今しがた破って台無しにした図面を火炎放射器で焼却しやがった。


 普通にゴミ箱に捨てればいいのに、と思いつつ、もう1つクッキーに義手を伸ばす。そんなに甘くはないが、歯応えが丁度いい。甘すぎるお菓子はあまり好きではないので、このくらいの甘さが丁度いいと思う。


「ふう………よしっ、これで機密情報は処分できましたね」


「博士、そこにあるゴミ箱に捨てた方が手っ取り早いと思うんだが」


 ゴミ箱を指差しながら指摘すると、博士はガスマスクを外してこっちにウインクする。


「機密情報はちゃんと処分しないとダメですよ☆」


「それ機密情報なのか」


「ええ、最新型の毒ガスです。体内に侵入して内臓を全部溶かす強烈なやつですので、敵に渡したら大変なことになりますよ♪」


「図面の処分に火炎放射器を使っても大変なことになると思うんだが」


 棚から消火器を取り出し、まだ燃えている炎をちゃんと消した博士は、消火に使った消火器を棚の近くにぶん投げてからこっちにやってきて、向かいにあるソファではなく、なぜか俺の隣に腰を下ろす。


 ちゃんと消火器を元の位置に戻せよ、博士マッドサイエンティスト


 この研究室ラボがごちゃごちゃしている理由を理解した俺は、溜息をついてから博士の方を見つめる。


「博士、なぜ俺を呼んだ?」


「ああ、すいません。その義手にこれを搭載しようと思いまして」


 白衣のポケットの中に真っ白な手を突っ込む博士。すると、博士はポケットの中から小さな金属の板を取り出した。表面には真紅の細い配線が何本も埋め込まれており、鉄板の側面から断面を晒している。義手の部品というよりは、電子機器の部品に見える代物である。


 博士が差し出した部品をまじまじと見つめていると、博士は微笑みながら発明品の説明を始めた。


「超小型のフィオナ機関です」


「これがフィオナ機関?」


 フィオナ機関が開発されたのは、今から100年以上前にオルトバルカで勃発した産業革命だという。燃料の代わりに魔力を使う画期的な動力機関は世界中で爆発的に普及し、多くの国がオルトバルカからモリガン・カンパニー製のフィオナ機関を購入したり、ライセンス生産されたらしい。


 現在でも、改良されたフィオナ機関が世界中で使用されている。自動車やウェーダンに向かう際に世話になった列車にも搭載されているのだ。更に、俺たちが乗っているこのキャメロットの動力も、通常の動力とフィオナ機関を組み合わせたものだという。


 フィオナ機関には様々な種類やサイズがあるが、セシリアの話では、小型化はバイクのエンジンくらいのサイズが限界らしい。しかし、博士が手にしている鉄板のサイズは一般的なカードと同等のサイズである。


 そう、博士は小型化の限界を平然と超えた代物を作り上げやがったのだ。


「博士、小型化はバイクのエンジンが限界なのでは?」


「ええ、”全ての属性に対応させる”ならばバイクのエンジンが限界ですよ」


 なるほど、このフィオナ機関は対応している属性をいくつかオミットして構造を単純にした”簡易型”って事か。だが、バイクのエンジンくらいの大きさが限界だったフィオナ機関から機能をオミットして単純にしたという事は、かなり機能がオミットされているに違いない。


「これを搭載すれば、力也さんも魔術が使えるようになります」


「魔術が?」


「ええ。魅力的でしょう?」


「………いや、正直に言うとそれほど魅力的とは思えん」


 魔術を使うよりも、銃を使って攻撃した方が効率的である。


 セシリアが貸してくれた魔術の教本を読んだんだが、魔術を発動するためには体内の魔力を圧縮してから放出する必要があるらしい。強力な魔術を使うためには、更に目の前に魔法陣を構築したり、長い詠唱を済ませる必要があるため、使う際にはかなり大きな隙ができてしまう。


 しかも、魔力を放出する時点で放出した魔力を敵に察知されてしまうので、隠密行動には向かない。この点が俺に魔力は合わないと判断した部分だ。他の転生者のようにステータスで身体能力が大幅に強化されることがなくなってしまった以上、真っ向から敵に戦いを挑むよりも、隠密行動を重視して不意打ちする方が遥かに効率的である。


 それに、破壊力ならば魔術の方が強烈だが、銃は詠唱する必要はないし、魔力で敵に攻撃を察知されることもない。さすがにマズルフラッシュや銃声でバレてしまうが、サプレッサーを装着すればその欠点を補えるし、敵が単独ならば銃声を聞く前に三途の川を目の当たりにすることになるだろう。


 というわけで、魔術よりも銃の方が遥かに合理的で優秀な凶器である。


 魔術を使えるようになってもあまり使うことはないだろうな、と思っていると、博士は肩をすくめながら言った。


「確かに銃の方が合理的かもしれません。でも、魔術があれば真っ向から戦う羽目になった時に役立ちますし、隠密行動にも活用できますよ」


「本当に?」


「ええ」


 だが、魔力を放出する時に敵に察知されてしまう以上、隠密行動には絶対に役に立たないと思う。


 そう思いながら博士を見ていたその時だった。


 ――――――何の前触れもなく、隣に座っていた博士が消えた。


「………!?」


 消えた!?


 ぎょっとしながら、博士が座っていた場所を凝視する。白衣とツナギを身に纏った白髪のマッドサイエンティストの姿はやっぱり見当たらないが、下の方を見てみると、彼女が座っていたソファが未だにへこんでいるのが分かる。


 移動したのではなく、ただ単に姿を消しただけなのだ。だが、どうやって姿を消したのだろうか。


 彼女が姿を消しただけだという事を見抜いたことに気付いたらしく、フィオナ博士は微笑みながらその魔術を解除した。またしても、何の前触れもなく目の前に白衣とツナギを身に纏った白髪のマッドサイエンティストが姿を現し、微笑みながら超小型フィオナ機関を差し出す。


「今のは魔術なのか?」


「ええ、そうです。氷の小さな粒子を身体の周囲に展開することで、疑似的な”光学迷彩”を発動させたんです」


「光学迷彩………!?」


「はい。使用する魔力の量は非常に少ないので、敵に察知される恐れもありません」


 氷の粒子を使用した、疑似的な光学迷彩。


 前言を撤回する必要がありそうだ。この光学迷彩は、確実に潜入や暗殺に利用できる。姿を消せば敵兵の目の前を堂々を通過できるし、標的に堂々と近付いて喉にナイフを突き立てる事も許されるのだ。しかも使用する魔力の量が少ないおかげで、敵に魔力で発見される危険性もない。


 理想的な魔術である。


「元々は、この技術は『ラウラ・ハヤカワ』という女性が編み出したものなんです」


「ラウラ………」


 その名前を聞いた途端に、赤毛の少女の姿がフラッシュバックする。いつも腹違いの弟(タクヤ・ハヤカワ)と一緒にいた腹違いの姉。母親であるエリス・ハヤカワから氷属性の魔力と才能を受け継いだ上に、父親から狙撃の技術まで受け継いだ世界最強の狙撃手。


 当たり前だが、俺は彼女に出会ったことは一度もない。この赤毛の美少女は、俺がこっちの世界に転生するよりもはるかに昔に活躍し、死んでいった人間なのだから。


 けれども、頭の中で次々に彼女と出会った記憶が産声をあげる。まだ幼かったラウラとタクヤを連れて、森の中へと鹿を狩りに行った記憶。17歳になった2人に、転生者を討伐するように命令した記憶。『メサイアの天秤』と呼ばれる魔法の天秤を手に入れるために、冒険者となった我が子たちと争奪戦を繰り広げた記憶。


 違う、これは俺の記憶ではない。


 端末の前の持ち主の記憶なのだ。


 飲み込まれるな。これは俺の身体だし、俺の脳味噌だ。


「………大丈夫ですか?」


「ああ………ちょっとフラッシュバックした」


「あまり前の持ち主の記憶を刺激するようなことは言わない方が良さそうですね」


 そう言いながら、工具箱の中からスパナやラチェットを取り出すフィオナ博士。羽織っていた白衣を脱ぎ捨てて机の方にぶん投げた彼女は、超小型フィオナ機関を一旦テーブルの上に置くと、ラチェットで義手のボルトを外し始める。


「あの光学迷彩は、私は”ラウラフィールド”と呼んでいます」


「生み出したラウラの名前が由来か」


「ええ。技術者や魔術師にとって、自分が生み出した法則や装置に自分の名前が冠されるのは非常に名誉なことですから。………少しでも、天国にいるラウラさんたちが喜んでくれればいいのですが」


「ところで、俺は魔力そのものを持っていないんだが、それでも魔術は使えるのか?」


「あ、ご安心ください。この簡易型フィオナ機関は少量の魔力を内蔵していますし、魔力を放出した際に生じる”魔力の残滓”を再利用できるように設計していますので」


 説明をしながら、右肩から生えている鋼鉄の右腕を取り外す博士。かつて忌々しい勇者に切り落とされた腕の代わりに与えられた機械の腕が切り離され、一時的にまた片腕の状態に逆戻りしてしまう。


 魔力の残滓とは、魔術を使用した際に発生する”魔力の残りカス”のようなものである。魔力と比べると密度が薄過ぎるため、再び吸収したとしても再利用は不可能と言われていた。けれども博士は、それを吸収して再び元の密度まで回復させる技術を持っているらしい。


 要するに、魔力の量は少しだけだが、残りカスを再利用することで何度でも魔力が使えるという事だ。魔術ではなく銃を使うのだから、魔術師クラスの魔力は必要ない。先ほどのラウラフィールドを維持できる程度の魔力があれば確かに十分だ。


「ちなみに、ラウラフィールドはどうすれば使える? ただ単に魔力を流し込むだけではダメなんだろ?」


「いえ、魔力を流し込むだけで十分ですよ。あらかじめ術式プログラムをフィオナ機関の内部にインプットしてありますので」


術式プログラム?」


「ええ、魔術の図面みたいなものですよ。簡単な魔術なら魔法陣の構築は不要ですけどね」


 あの魔法陣は外付けの図面のようなものなのだろうか。


 金属製のカバーを取り外し、内部に収まっている配線を素早く引っ張り出す博士。それを超小型フィオナ機関の側面に露出している配線の断面に差し込んで、次々に接続していく。義手の配線と断面が接続されていく度に、フィオナ機関の表面に浮かび上がっている真紅の模様が何度か点滅して、義手としっかり接続している事を告げる。


 何度か自分の魔力を流し込み、配線を接続する場所が間違っていないかチェックする博士。接続したばかりのフィオナ機関に異常がないか確認した彼女は、外していた義手のカバーを装着して小型のボルトとナットで固定し、再び断面へと手を伸ばす。


 魔術の使い方は後で少し練習しておくとしよう。


「便利そうだな、ラウラフィールドは」


「魔術って魅力的でしょう?」


「ああ、魅力的だ。どうやら俺の視野はかなり狭かったらしい」


 そう言いながら苦笑いしていると、義手を接続しようとしていたフィオナ博士がぴたりと手を止めた。異常でもあったのだろうかと思いながら断面を見下ろしてみると、義手から伸びている配線の先端部にあるコネクターを見下ろしながら顔をしかめている。


「あー………コネクターが割れてますね」


「え?」


 義手が破損しないように細心の注意を払って戦っていたつもりなんだが、破損させてしまったのだろうか。


 とはいっても、こいつは本来の腕ではなくて機械の腕だ。コストはかかってしまうが、新しい義手に交換すればすぐに復帰できるし、もう痛みも感じることはないのだから、むしろこの義手を盾にして戦っても問題はないだろう。博士は困るかもしれないが。


「多分、強度不足だったのかもしれません。別のコネクターを用意しますから、今日はこのまま過ごしてください」


「分かった」


 片腕での生活か………あの義手は結構重かったから、このまま立ち上がったらすぐに転倒する羽目になりそうだ。訓練はできそうにないな、と思っていると、研究室ラボの向こうからやってきた博士が松葉杖を近くにそっと立て掛けてくれた。


 苦笑いしながら松葉杖を掴もうとしたその時、研究室ラボの入り口の扉が開いた。マッドサイエンティストの研究室ラボにやってきたのは誰なのだろうかと思いながら入口の方を見ていると、黒い軍服の上にフード付きの黒いコートを羽織った黒髪の美少女が、不安そうな顔をしながら部屋の中へと入ってきた。


「よう、ボス」


「義手のメンテナンスか?」


「いや、改造してもらってたんだ。これで俺も魔術が使える」


「それはいい。魔術は便利だぞ」


 ああ、それを痛感したばかりですよ、セシリア(ボス)


 微笑みながら彼女はそう言ったが、またしても部屋に入ってきた時のような不安そうな顔になってしまう。


 普段の彼女は、一緒に戦う戦友たちの士気を底上げしてしまえるほど凛々しい雰囲気を放っている。もしテンプル騎士団の中で選挙で団長を決めることになったら、俺は全身全霊で彼女を推薦するに違いない。この騎士団の団長ボスに相応しいのは、間違いなく彼女である。


 なのに、なぜ不安そうな顔をしているのだろうか。


「は、博士………」


「どうかしたんですか?」


「………また、夢に姉さんが出てきた」


「………………カウンセリングの準備もしておきます。少しここで待っていてください」


 カウンセリング………?


 割れたコネクターの付いた義手を抱えたまま、研究室ラボを後にする博士。溜息をつきながら左手で頭を掻いていると、セシリアは不安そうな顔をしたまま俺の隣に腰を下ろした。


「はははっ、情けないよな………………すまない、力也」


「ボス、姉さんがいたのか?」


「ああ。1つ年上の姉と、5つ年下の弟がいた」


 彼女には、姉と弟が”いた”。


 俯いたまま、左手をそっと左目を覆っている黒い眼帯に触れるセシリア。その眼帯の縁からは剣で斬られたような古傷の端が覗いていて、その傷を負った際に彼女が左目を失ってしまった事を告げている。


 そう、彼女も失っているのだ。


 左目と家族を。


「………………私もお前と同じだよ、力也。私も報復のために戦っている」


「………………」


 溜息をついたセシリアは、話を始めた。


 彼女の心の中で復讐心が産声をあげることになった、惨劇の話を。



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