帝国の損害、騎士団の軍拡
今回は十二章のエピローグとなります。
「独断でタンプル搭を攻めた残党が全滅したようです」
執務室でコーヒーを飲みながら書類をチェックしていた勇者に、ローラント中将は淡々と報告した。
ヴリシアの残党が独断でテンプル騎士団へ攻撃を仕掛けるという事は予想通りであった。ヴリシア兵は貴族出身が多く、非常にプライドが高い。しかも、実際にテンプル騎士団と何度も抗戦し、大損害を出してやっと彼らが危険な相手だと認識し始めたヴァルツ軍とは異なり、彼らは未だにテンプル騎士団を技術力の劣る蛮族と決めつけて見下し、侮っていたのである。
幸運なことに、その独断での攻撃に参加しようとしていた部隊の一部は説得に成功し、極秘裏にヴァルツ軍へ合流させることに成功していた。兵力が若干増えたのは喜ばしい事ではあるが、彼らの錬度はヴァルツ軍よりも低い上に、クレイデリア陥落の影響でヴァルツ軍の兵力は一気に減少しているため、それほど変わらない。
むしろ、足を引っ張る危険性のあるヴリシア兵を合流させたのは間違いだったかもしれない、とローラント中将が考えていると、コーヒーを飲んでいた勇者は腕を組みながら「生存者は?」と尋ねた。
「テンプル騎士団と交戦したのですよ」
「………それじゃあゼロか」
珍しい事ではない。
テンプル騎士団は捕虜を受け入れず、敵兵を皆殺しにするのが当たり前だ。辛うじて生存者がいるのは海軍くらいであり、テンプル騎士団の艦艇が食料を水を乗せて流してくれたボートのおかげで生き延びたという。
徹底的に兵士の命を奪わないのは、テンプル騎士団海軍くらいということである。
「野蛮だな、そこだけは」
「それほど我らが憎いのでしょう」
「ふん………。ところで、攻勢の準備は?」
「投入する兵力の確保はできました。転生者部隊も訓練を終了していますし、砲兵隊にも昔の友人がいるので支援は問題ありません」
春季攻勢は、ヴァルツ帝国の命運を左右する作戦と言っても過言ではない。それゆえに、ウェーダンの攻勢に失敗して大損害を出した転生者部隊を切り札にするという意見に反発する将校は非常に多かったため、ローラント中将は彼らの説得にかなり手を焼いていた。
「指揮は誰が執る?」
「………私が執ります」
古参の将校たちが最も反発したのが、経験豊富な陸軍の将校ではなく、まだ経験不足としか言いようがない若手の将校に、帝国の命運を左右する春季攻勢の指揮を執らせることであった。もちろん、普通であれば経験を積んだ古参の将校が指揮を執るべきではあるが、そう言った将校の中には弱体化していた頃のテンプル騎士団と交戦した経験しかない者も多く、未だに彼らを見下している。
そのような将校よりも、テンプル騎士団の今の強大さをよく知っている将校の方が適任と言えるだろう。春季攻勢が始まれば、間違いなくテンプル騎士団と戦う事になるのだから。
「君が?」
「ええ。慢心している老害よりもマシでしょう」
「………最高の指揮官ではないか」
ウェーダンの戦いでテンプル騎士団が帝国軍に圧勝した段階で、ローラント中将だけはテンプル騎士団が脅威になるという事を見抜いていた。最初の頃は彼の事を『蛮族なんぞに怯える臆病者』と酷評する将校も多かったが、彼の予測通りにテンプル騎士団が帝国の脅威になってからは、彼を支持する将校も多い。
実際に、彼の判断力は非常に優秀と言える。テンプル騎士団の作戦の殆どを見抜いていたのだから、もし彼が他の将校に邪魔されることのない立場であったのならば、テンプル騎士団の快進撃はもっと早い段階で止まっていた筈だ。
「それと、テンプル騎士団の”弱点”も見抜きました」
「ほう?」
「ご期待ください。奴らが得意とする攻勢は、早い段階で頓挫させてみせましょう」
「楽しみにしている」
もう、ローラント中将を邪魔する他の将校はいない。
彼の判断力と、訓練を受けて鍛え上げられた転生者部隊が組み合わされれば、連合軍が大損害を被ることは確定したと言ってもいいだろう。
テンプル騎士団にとっての大きな脅威が、帝国の中であらわになりつつあった。
軍拡は予定通りに進んでいるようだった。
ウラル教官から渡された報告書を確認しながら、私はニヤリと笑う。
歩兵部隊にも新しい装備が支給されているし、空軍のパイロットたちにも、まだ少数だが”ジェット機”が支給され始めた。今頃は訓練のためにタンプル搭上空を飛び回っているに違いない。海軍の艦隊も大規模になっており、ジャック・ド・モレー級の準同型艦が続々と建造されている。役目を終えたキャメロットや、空母であるナタリア・ブラスベルグ級の改修も進んでおり、帝国軍の春季攻勢にも間に合うだろうとのことだった。
ホムンクルス兵の新兵も訓練を受け始めているようだし、各部隊から選抜された兵士たちによってスペツナズの規模も大きくなっている。まあ、スペツナズは入隊試験があまりにも厳しすぎてなかなか規模が大きくならなかったので、私が力也に基準を緩和するように命じたのだが。
そのせいで、あいつはいつも「兵士の質が下がった」と文句を言っているが、その点はスペツナズの訓練で何とか補ってもらいたい。
「諜報部隊からの報告では、春季攻勢は4月だそうだ」
「む、延期されたのか?」
「どうやらクレイデリア陥落が予想以上に痛手になったらしい」
「ふふっ、それは喜ばしい事だ」
元々は3月だったらしいからな。
時間が経てば相手の損害は修復されるが、その分こちらもより強力になる。相対的には何も変わらない。
この攻勢を頓挫させれば、帝国軍は間違いなく総崩れになるだろう。春季攻勢に失敗してしまえば、アナリア合衆国が参戦することで帝国軍の敗北は確定する。
この戦争が終われば、今度はオルトバルカ革命だ。そして、その革命が終わればいつか必ず”第二次世界大戦”が始まる。勇者のクソ野郎に復讐を果たすのはその時だ。
まあ、その前に復讐を果たさなければならない相手がいるがな。
是が非でも、この復讐は果たして見せよう。
そう思いながら、私は扇子を広げた。
第十二章『揺り籠の闇』 完
第十三章『女傑の心臓』へ続く




