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空間遮断結界


「凄まじい威力だな」


 隣の席で”ぽっぷこーん”を食べながらモニターを見ていた力也から、ぽっぷこーんを分けてもらいながら私は呟いた。


 ジャック・ド・モレー級を投入する必要はなかったかもしれないが、彼らに搭載した”反物質榴弾”のテストをする事ができた。データを手に入れるための役に立ってくれたのだから、周囲の海水もろとも完全に消滅したヴリシアの残党共には感謝しなければ。


 反物質榴弾は、あの秘匿区画に保管されていたコンテナの中から発掘された技術を使って製造された海軍の切り札だ。フィオナ博士とステラ博士曰く「内部に搭載した反物質をばら撒き、対消滅を利用して標的を完全消滅させる兵器」だという。原理はよく分からなかったが、要するに”敵を消滅させる恐るべき兵器”ということなのだろう。


 博士たちが製造した切り札の威力は、従来の砲弾の比ではなかった。敵艦隊を完全消滅させるどころか、その周囲の海水まで大量に消滅させてしまった事により、一時的にとはいえ海面に巨大なクレーターが形成されたのである。そこへと海水が流れ込んでいく事によってウィルバー海峡内部の海流が狂ってしまったらしく、単横陣を形成していたジャック・ド・モレー級たちの船体が揺れているのが分かる。


 まるで、海底に開いた大きな穴へと海水が飲み込まれているかのような光景だ。


 我々は、海原にすら大穴を開けてしまう力を手に入れてしまった。


「博士、あの砲弾の量産はできそうか?」


 問いかけると、一緒にそれを見ながらぽっぷこーん――――――カレー味らしい――――――を咀嚼していたステラ博士は、大量のぽっぷこーんを詰め込んだ口を膨らませながら首を横に振った。


「………量産は難しいかと。反物質の生成はできるようになりましたが、今の我々の技術力では砲弾に使えるほどの反物質の生成には時間がかかります。第一、破壊力が圧倒的過ぎるので、何度も使用するのは危険かと」


「海流を狂わせるほどだからな」


 量産できれば、あれの一斉砲撃ですぐに海戦を終わらせる事ができるのだがな………。”はんぶっしつ”とやらの生成には、予想以上に手間がかかるらしい。


 反転してエミリア・ゲートの方へと戻っていくジャック・ド・モレー級の大艦隊から映像が切り替わる。中央指令室に居座る巨大なモニターに映し出されたのは、枯れた花畑の上空を飛行しながらタンプル搭へと向かう爆撃機の群れだった。


 ヴリシア・フランセン帝国の残党共だ。


「同志団長、迎撃しますか」


「まだいい」


 タンプルソーダの栓を開けながら、問いかけてきたホムンクルスのオペレーターに手渡す。彼女は礼を言いながらそれを受け取り、「では、このまま放置するのですか?」と問いかけてくる。


「いや、結界を試す」


 工兵隊や技術者たちがやっと復旧させてくれたようだからな。


 団長の席にある伝声管へと手を伸ばし、蓋を開ける。中央指令室の奥にある団長の席には、あらゆる区画へと繋がる伝声管がずらりと並んでいる。もちろん無線機で指示を出すこともできるが、伝声管であれば無線機が使用できなくなった場合でも他の区画に指示を出す事ができるのだ。


 傍から見れば切り詰められたパイプオルガンのようにも見える伝声管へと、私は指示を出す。


「結界制御室、応答せよ。こちら中央指令室」


『こちら結界制御室』


「――――――出番だ。”空間遮断結界”を発動させよ」


『了解、空間遮断結界の発動準備に入ります。………結界制御室より動力区画、直ちに魔力圧力をレベル3へ』


『こちら動力区画、了解した。これよりレベル3に切り替える』


 動力区画は、タンプル搭内部へと機械を動かすために必要な電力や魔力を供給している重要な区画だ。艦艇の機関室を更に大きくしたような構造になっており、内部には魔力発電機やフィオナ機関が所狭しと並んでいる。


 災禍の紅月の際には、天城輪廻が派遣した無数のホムンクルス兵たちによって一時的に占領され、タンプル搭内部の動力が非常電源に切り替わったことがあるという。実際に、もし動力区画が機能を停止すれば非常電源に切り替わるようになっている。


『レベル3に切り替え完了。フィオナ機関の出力、全基連動を確認』


『切り替え確認。結界発生装置、起動』


 オペレーターが伝声管に向かってそう告げた瞬間だった。


 無数の要塞砲が屹立するタンプル搭が――――――純白の竜巻で包まれた。


 











 ヴリシア・フランセン帝国のエンブレムや、貴族の家紋がこれ見よがしに主翼に描かれた無数の複葉機の群れが、枯れた花畑の上空を飛んで行く。大半は小型の戦闘機だったが、その編隊の中心には胴体の左右に大型のプロペラを搭載し、主翼や胴体の下に爆弾をぶら下げた爆撃機たちも見受けられる。


 フェルデーニャ王国軍との戦闘に投入され、撃墜されずに済んだ爆撃機部隊だった。フェルデーニャ軍と交戦して大損害を被ったフランセン側の空軍は航空機の大半を撃墜されたり、飛行場もろとも爆撃されて使用不能になっているが、ウィルバー海峡の向こう側に鎮座するヴリシア本土はフェルデーニャ軍からの報復攻撃を免れており、国内には未だに無傷の航空機がいくつも残っている。


 クレイデリアの国境を我が物顔で飛び越え、タンプル搭へと向かって飛行するこの航空機たちも、その温存された航空隊であった。


 爆撃機の操縦桿を握るパイロットたちは、油断していた。


 クレイデリア連邦の国境を通過しているというのに、テンプル騎士団は未だに彼らを迎撃する気配がない。飛行場から大慌てで飛び立った航空隊が迎撃しにきたり、高射砲や対空砲で弾幕すら張らないのだ。クレイデリア連邦の奪還のために戦力の大半を使い果たし、迎撃する戦力すら残っていないのだろう、と思い込みながら、彼らはどんどんタンプル搭へと近付いていく。


 だから、気付いているパイロットは少なかった。


 迎撃できる戦力がないのではなく、”迎撃する必要がない”という事に。


 ヴリシア・フランセン帝国で採用されている爆撃機には、機体の上部に2基の機銃が搭載されている。陸軍が採用している重機関銃を水冷式から空冷式に変更し、連射速度を大幅に向上させた代物だ。それのチェックを終え、安全装置を解除する準備をしていた機銃の射手は、機体の前方に広がる光景を見つめながらコクピットへと繋がる伝声管の蓋を開けた。


『機長、あれは………?』


「ん?」


 爆撃機たちの前方に鎮座しているのは―――――――純白の雲で形成された、巨大な竜巻だった。


 ぎょっとしながら、機長は進行方向が合っていることを確認する。確かに、この方向へと飛んでいればタンプル搭の上空へと到達する筈だし、あの竜巻が居座っている場所には忌々しい蛮族共の本拠地がある筈である。


 だが、そのタンプル搭がある筈の場所には、巨大な雲で形成された純白の竜巻が、まるで柱のように居座っていたのだ。


「バカな………タンプル搭はあそこにある筈だ」


「機長、突入しますか」


「馬鹿者、この機体であんな竜巻に耐えられるわけないだろう」


 この世界で採用されている複葉機は、エンジンやコクピットの周囲以外の大半は木材で造られている。エンジンやコクピットは装甲で守られているが、他の部位は極めて脆いのだ。しかもそれほど高度を上げられるわけでもない上に速度も遅いため、地上部隊が使用する重機関銃の弾幕どころか、歩兵の持つボルトアクションライフルですら大きな脅威となる。


 そのため、竜巻に突っ込めばどうなるかは言うまでもないだろう。


 とんでもない提案をしてきた部下を機長が咎めた次の瞬間だった。コクピットの後方にある魔力観測装置で竜巻を調べていた乗組員が、目を見開きながら機長に報告した。


「機長、あの竜巻はただの竜巻ではありません。超高圧の魔力によって生成された結界の一種です」


「結界だと………?」


 そう、彼らの目の前に鎮座していたのは、雲で形成された竜巻などではなかった。


 地上に設置された強力な結界の発生装置によって形成された、超高圧魔力の塊だ。通常の圧力は熟練の魔術師でなければ見ることはできないが、魔力は加圧していくにつれて、蒸気のように段々と白濁していくのである。その魔力の塊が純白の柱のように天空へと伸び、周囲の大気を取り込んで巨大な竜巻を形成しているのだから、その濃度と圧力がどれほど強大なのかは言うまでもないだろう。


 突っ込むどころか、迂闊に接近すれば大型の爆撃機や空中戦艦だろうとあの中へ引きずり込まれ、空中分解させられてしまうに違いない。


「くそ、これでは爆撃ができないではないか!」


 爆弾は前方へと発射するものではなく、機体の真下へと”投下”するものだ。そのため、当然だが爆撃機は標的の頭上まで飛行し、そこから胴体にぶら下げた爆弾を敵へ落とさなければならない。


 だから、このように超高圧の魔力で形成された結界を展開されてしまうと、爆弾の投下ができなくなってしまうのだ。


 唇を噛み締めながら、機長はどうしてテンプル騎士団の連中が迎撃してこなかったのかを理解した。確かに爆撃機を迎撃するのに有効なのは対空砲や戦闘機で迎撃する事だが、このように結界で爆撃機が頭上に到達する事を防ぐ事ができるのであれば、わざわざ戦闘機に迎撃させたり、対空砲で大空へと砲撃する必要はない。


 それは合っている。


 だが――――――機長やヴリシアのパイロットたちは、その結界の役目がそれだけでない事まで見抜くことはできなかった。


「き、機長!」


「何だ?」


「前方の結界の魔力加圧係数が急激に増大! け、結界が………広がっています!」


「何だと………!?」


 その報告を聞いた直後、前方に屹立する純白の柱に異変が生じた。


 天空へと伸びる純白の渦が一瞬だけ崩れたかと思いきや、そのまま渦全体が歪み始め、ゆっくりと広がり始めたのである。


「いかん、巻き込まれるぞ! 全機反転! 急いで離脱だ!」


「了解!」


 爆撃機や戦闘機たちが、大慌てで進路を変更する。彼らが爆撃する予定だったタンプル搭を覆う巨大な雲の竜巻は、形を歪ませながら肥大化し、まるで彼らを飲み込もうとしているかのように急速に広がりつつあった。


 エンジンの音が響いていた機内に、機体が軋む音が響き始める。周囲を飛んでいた小型の戦闘機たちがよろめき始め、周囲がうっすらと雲に覆われていく。


 機体が大きい爆撃機はそれほど影響を受けていないが、護衛を担当する戦闘機たちは、あの竜巻のような結界が狂わせた乱気流によって深刻な影響を受けているようだった。中には隣を飛んでいた別の戦闘機と激突して爆発し、後方の竜巻へと吸い込まれていく味方の戦闘機もいる。


「くそ、ダメです! 魔力加圧係数上昇中! このままではあの結界に呑み込まれます!」


 コクピットに乗っていた機長は、冷や汗を拭い去りながら周囲の味方機を見渡した。先陣を切ろうとしていた機体や、反転が送れた爆撃機たちは、既に肥大化していく竜巻の結界に吸い込まれていた。濃密な乱気流と雲の中で空中分解していく味方機を見てぞっとした機長は、操縦桿を握りながら速度計を見下ろす。


 既に、速度計の針は一番右へと達していた。これ以上速度を出すことはできないというのに、後方の結界は容赦なく接近してくる。


 あの結界は拠点を守るためだけでなく、接近してくる敵の航空機や空中戦艦を呑み込んで、空中分解させるための兵器としても使用する事ができるのだ。だから対空砲や戦闘機が攻撃してくる事はなかったのである。


 彼らは、テンプル騎士団の眼中にすらなかった。


 全盛期の頃の力の片鱗を取り戻した彼らの、実験に使われたのだ。


 その事を悟った瞬間、コクピットのガラスが全て割れた。コクピットを保護していた装甲板が一気に剥がされ、巨大なプロペラとエンジンが搭載された右側の主翼が捥ぎ取られる。機体の上部にいた機銃の射手が対空機銃もろとも後方の結界へ吸い込まれ、叫び声を上げながら姿を消した。


 胴体を覆っていた木材が剥がれ落ち、胴体にぶら下がっていた爆弾が結界へと呑み込まれていく。


 他の爆撃機や戦闘機たちも、同じ運命を辿った。


 最高速度で離脱しようとしていた飛行機たちが、巨大な竜巻に呑み込まれ、空中分解しながら吸い込まれていく。機体から放り出されたパイロットたちが大空で絶叫するが、彼らの断末魔すらもあっという間に純白の乱流へと呑み込まれ、消えていった。













「敵航空隊、全滅を確認」


 淡々と報告するオペレーターの声を聴きながら、タンプルソーダの瓶の中身を飲み干した。


 哀れな航空隊を呑み込んだ空間遮断結界が段々と元のサイズへと戻っていったかと思いきや、純白の渦が薄れていき、段々と倒壊した状態のタンプル砲の残骸があらわになる。


 あの空間遮断結界は、全盛期のテンプル騎士団が古代文明の遺跡から発掘した技術を解析し、それをベースにして開発した代物だ。タクヤ・ハヤカワが団長を息子ユウヤに継承させた頃には、あの結界がクレイデリア国境付近にある防壁から発生させられており、クレイデリアへと足を踏み入れるためには許可を得て防壁の門から入国しなければならない状態だったらしい。


 もちろん、領空侵犯をしようとした哀れな飛行機や飛竜たちは、先ほどの航空隊と同じ運命を辿ることになった。


 9年前のタンプル搭陥落の際も使用されていたらしいが、勇者はテンプル騎士団の兵士になりすまして侵入し、結界の発生装置を破壊してしまったため、この強力な結界で侵入を阻止することはできなかったという。そのような戦法には脆いが、相手が物理的な攻撃を仕掛けてくるのであれば、この結界はこれ以上ないほど強力な防御装置と言えるだろう。


 守備隊を危険に晒す恐れもないのだから。


 現在はその結界を改良し、戦艦に搭載できるくらいのサイズに小型化するための実験が行われているという。あんな代物を戦艦に搭載すれば、海戦は我々が遥かに有利になるに違いない。


「………面白い”余興”だったな、ボス」


「ああ。同志諸君、ご苦労だった」


 戦闘は終わりだ。


 こちらの損害はゼロ。


 向こうは派遣した部隊や艦隊が全滅し、生存者はゼロ。


 まあ、いつも通りだ。



 


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