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残党の悪足掻き


 転移が終わったらしく、艦橋の窓の向こうに海原が姿を現す。


 船体と一緒に転移する羽目になった海水が甲板に降り注ぎ、前部甲板に3つも搭載された55口径44cm4連装砲の砲塔を濡らした。濡れた砲塔を見下ろしていると、傍らにいる乗組員たちが「転移完了。各部署は異常を確認せよ」と伝声管に告げる。


 やがて、航行する戦艦『ネイリンゲン』の後方に、前方を航行するジャック・ド・モレーやユーグ・ド・パイヤンと同型の超弩級戦艦が続々と転移し始めた。どの艦も前部甲板に巨大な44cm4連装砲を搭載しており、中には後部甲板がアングルドデッキになっている航空戦艦もいる。


 ネイリンゲンの後方へと姿を現したのは、新たに増産されたジャック・ド・モレー級の同型艦たちだった。クレイデリアの奪還に成功したことで、団長と副団長が大量にポイントを手に入れたため、それを使って増産されたジャック・ド・モレーの”妹たち”である。


 現時点で、ネイリンゲンやキャメロットのような準同型艦を除けば、テンプル騎士団海軍はジャック・ド・モレー級戦艦を23隻も保有している。


 何だこの姉妹たちは。


「後方に”エミリア・ゲート”を確認。演習海域へ到達」


「総旗艦ジャック・ド・モレーより通達。12時方向に敵艦隊を捕捉。直ちに戦闘配置につけとのことです」


「了解。艦長より各員へ、2分以内に戦闘配置につけ。演習だと思って気を抜くな」


 そう、これから始まるのは、準同型艦2隻を含めたジャック・ド・モレー級戦艦25隻で構成された、贅沢な大艦隊の演習だ。新たに増産されたジャック・ド・モレー級の乗組員たちの育成を行うためである。


 ジャック・ド・モレー級が搭載している主砲は、55口径44cm4連装砲だ。破壊力では戦艦大和の46cm砲に劣るが、連射速度、射程距離、弾速ではこちらが上回っており、貫通力は――――――特殊な徹甲弾を使えば勝っている―――――――同等だという。


 つまり、この艦隊には大和型戦艦が25隻もいるのに等しいというわけだ。


 転移を終えたばかりのジャック・ド・モレー級たちが、素早く陣形を変更していくのを見守りながら、僕は目を細めた。


 かつて、テンプル騎士団残存艦隊はもっと規模が小さかったという。9年前のタンプル搭陥落から辛うじて生還した艦艇たちだけで構成されていた海軍は、現在では陸軍、空軍、海兵隊と共に急激な軍拡を続けており、戦艦だけでなく空母、巡洋艦、駆逐艦、潜水艦もすさまじい勢いで増産されているという。半年前まで風前の灯火だった残存艦は、今では列強国の大艦隊と真っ向から戦えるほどの大艦隊に成長している。


 普通の軍隊であれば、壊滅寸前だった海軍をここまで再編成するのに何年もかかるだろう。だが、テンプル騎士団は数年どころか半年で全軍の兵力を回復させている。


 たった半年で艦隊の再編成ができたのは、組織内に転生者がいるからだ。


 転生者の能力や端末を使えば、兵器だけならばたった数秒でいくらでも用意できる。もちろん、その兵器を使う乗組員や兵士たちも用意する必要があるが、それはテンプル騎士団が得意とするホムンクルスの大量生産によって補うこともできる。兵器の大量生産とホムンクルス兵の大量生産を組み合わせることによって、短期間で戦力を一気に回復させてしまったのだ。


 転生者の戦闘力は圧倒的だが、彼らは戦闘だけでなく、こういった組織の部隊の再編成や軍拡の際にも真価を発揮するというわけだ。大勢の作業員が最新の設備がある工場で兵器を作るよりも、たった1人の転生者が端末をタッチするだけで兵器を作る方が遥かに早いのである。


『全砲塔、砲撃準備完了!』


 伝声管から砲手たちの報告が聞こえてくる。ちらりと懐中時計で時間を確認してみると、転移を終えてから4分も時間が経過していた。この艦の艦長を任されたばかりの頃と比べると時間は一気に短くなったけれど、ジャック・ド・モレーやユーグ・ド・パイヤンはとっくに砲撃準備を終えている。このままでは、ベテランたちの足を引っ張ってしまう。


 増産された新しいジャック・ド・モレー級たちは、まだ砲撃準備を終えていないようだった。中には、砲撃準備どころか陣形の変更すら済んでいない艦もいるらしく、桜海に構築されている戦艦たちの輪形陣は随分と歪になっている。


 僕たちもまだ錬度不足だが、増産されたジャック・ド・モレー級の乗組員たちもまだまだ錬度不足だ。このまま実戦投入すれば、間違いなく他の艦の足を引っ張ることになるに違いない。


「艦長、2時方向に敵艦隊を確認」


 双眼鏡を覗き込んでいた見張り員が報告する。首に下げていた双眼鏡を覗き込むと、桜色の海水が徐々に本来の蒼い海原へと戻っていくグラデーションの境目に、数隻の戦艦が浮かんでいた。


 ジャック・ド・モレー級よりも船体はかなり小さい。艦首には古めかしい衝角が取り付けられていて、前部甲板と後部甲板には大型の連装砲が居座っている。船体の側面にずらりと並んでいるのは副砲だろう。艦橋の後部には細い煙突が3本ほど並んでいるけれど、そこから煙が噴き上がっている様子はない。


 あそこに浮かんでいるのは、タンプル搭奪還の際に軍港の中に残っていたヴァルツ軍の戦艦や駆逐艦たちだった。タンプル搭を制圧した際に、軍港の中に停泊していた艦艇を接収したものである。


 接収したとは言っても、こっちの艦艇の方が遥かに高性能だし、使われている技術もこちらの艦艇の技術よりも劣っており、特に使い道はなかったので演習で標的として沈める事にしたのだ。


「ジャック・ド・モレーより砲撃目標の指示、来ました。全砲塔へ送ります」


『全砲塔、照準連動!』


「砲撃目標、単縦陣先頭の敵戦艦。総旗艦からの砲撃命令があるまで待機せよ」


 44cm4連装砲の砲塔がゆっくりと旋回し、巨大な砲身の仰角が緩やかに上がっていく。装填されているのは対艦攻撃用の徹甲弾だけど、タンプル搭の研究区画では、大和型戦艦との交戦も想定し、戦艦大和の装甲も貫通できるようなより強力な徹甲弾の開発も行っているという。


 まあ、前弩級戦艦が標的ならば徹甲弾でも十分だ。いや、船体を貫通する恐れがあるから、いっそのこと榴弾でもいいかもしれない。


 けれども、砲撃命令はなかなか発せられることはなかった。まだ砲撃準備を終えていない艦でもいるのだろうかと思いながら双眼鏡で他の艦たちを確認した僕は、目を見開いた。


 桜海に鎮座するエミリア・ゲートの周囲に、クレイデリア国防海軍の艦艇が集まっているのだ。戦艦、海防戦艦、巡洋艦、駆逐艦が、まるで攻め込んでくる敵を迎え撃つ準備をしているかのように海上要塞の周囲に展開しているのが見える。


 完成したエミリア・ゲートの上に鎮座する10基の44cm4連装砲も旋回を始め、砲撃準備を始めていた。


「何だ………? 一体何が………」


「艦長、ジャック・ド・モレーより緊急通達です」


「なに?」


「『全艦ただちに演習を中止し、タンプル搭へ帰還せよ』とのことです」


「………了解だ。各員、演習は中止する。反転し、タンプル搭へ帰還しよう」


「了解!」


 前を進む他の艦と共に反転しながら、僕は艦長の席に腰を下ろした。


 一体、何が起きたのだ………?












「同志諸君、緊急事態だ」


 会議室の円卓の上にクレイデリアの世界地図を立体映像で構築させながら、セシリアは説明を始めた。


「ヴリシア・フランセン帝国が連合国軍に降伏したというニュースを聞いた同志たちは多いだろう。大半のヴリシア・フランセン帝国軍は武装解除して投降したが、一部の部隊は戦闘停止命令を無視し、未だに戦闘を継続しているという。その戦闘を継続している大馬鹿者共が、よりにもよって我々に牙を剥いた」


 立体映像の中に、赤い矢印がいくつか姿を現した。侵攻中の敵を意味しているのだろうか。ウィルバー海峡には敵艦隊が接近しているらしく、ヴリシア大陸側からは大規模な航空機の編隊が接近しているようだ。


 やがて、世界地図の方が小さくなり、その矢印を構成するヴリシア・フランセン軍の残党の兵力が映し出された。海上に映っているのは無数の前弩級戦艦や装甲艦で、空から接近している航空隊の大半は複葉機や大型の爆撃機で構成されているようだった。


「既に、二重帝国からは排除する許可を貰っているわ。出来るならば殺さずに本国へ送り返すように言われてるけど、テンプル騎士団(私たち)に反撃の許可を下した以上、どういう結果になるかは分かってるでしょう」


「というわけだ、同志諸君。我らに牙を剥いた愚か者共を蹂躙し、全滅させよ。なお、今回の作戦では秘匿区画で発掘された異世界の技術を使用した兵器や、復旧した結界も使用する。9年前の戦いと比べれば状況は遥かに楽だろう」


 おそらく、俺たちの出番はないだろうな。


 確信しながら、立体映像に映っているウィルバー海峡を凝視する。ウィルバー海峡にある入り口には、エミリア・ゲートとエリス・ゲートという強力な海上要塞が配備されている。更に、その海上要塞はクレイデリア国防海軍の拠点となっており、常に海防戦艦や巡洋艦が巡回しているため、大艦隊を派遣しても突破する事は難しいだろう。場合によっては、要塞と国防海軍の艦隊だけで撃滅することもできるかもしれない。


 仮に撃滅できなかったとしても、すぐにタンプル搭から出撃したジャック・ド・モレー級の大艦隊が急行して殲滅する筈である。しかも、ジャック・ド・モレー級には秘匿区画で発掘された”ある兵器”が搭載される予定らしく、この海戦で実戦投入するという。


 彼らよりも間違いなく悲惨な運命を辿ることになるのは、空軍の方だろう。


 タンプル搭には、かつては『空爆など夢物語』と空軍の将校たちが言うほど堅牢な防空システムがあった。これでもかというほど設置されたレーダーサイトや大量の地対空ミサイルで航空機をすぐに迎撃できるし、飛行場も多かったので戦闘機で迎撃するのも容易かったという。現在では装備が弱体化しているものの、無数の高射砲や対空砲が設置されているし、飛行場も増設されているので簡単には侵入できないだろう。


 まあ、稼働を始めた”あれ”があれば、その防空システムの出番はなくなるんだがな………。


「力也、残念だが今回はお前たちの出番はないぞ」


「承知している」


 分かってるさ。


 兵器の性能で勝っている上に、戦力差は7対1らしいからな。拠点を攻め落とすのであればもっと兵力が必要なのだが、肝心な本隊が武装解除して投降してしまっている以上は増援も要請できないだろう。ありったけの戦力を投入してきたのは正解だが、たったそれだけの戦力でここを責めることを選んだのは不正解である。


 0点だ、バカ野郎共。補習でも受けてこい。


 セシリアは楽しそうに微笑みながら扇子を広げた。


「退屈かもしれないが、”ぽっぷこーん”とやらでも食いながら戦いを見ているがいい」


「だそうだ、同志諸君。各自、ポップコーンとタンプルソーダを用意して中央指令室ここに集合せよ」


 すると、サクヤさんは円卓の向こうで腕を組みながら座っているウラルに尋ねた。


「教官、タンプル砲の復旧は?」


「アーサー1のやつが随分と徹底的に破壊したせいで復旧は不可能だ。造り直すべきかもしれん」


「安心してくれ、教官。ポイントにはまだ余裕がある」


 タンプル砲は、この異世界の技術で独自開発した兵器ではなく、転生者が端末を使って製造した巨大な要塞砲である。ドイツ軍が第二次世界大戦で使用していた複数の兵器を組み合わせたような代物であり、その気になればこの世界の技術でも複製することは可能だと言うが、そうするよりも転生者が端末や能力で作り出した方が速いのは言うまでもないだろう。


「まあ、今回はタンプル砲の出番もないさ」


「ああ、すぐ終わるだろうな」


 どの味のタンプルソーダを飲みながら観戦しようか、と思いながら、俺は首を縦に振った。













 エミリア・ゲートは、戦艦を踏み潰してしまえそうなほど太いコンクリート製の支柱の上に巨大な円盤を乗せたような形状をしている。円盤の上にはジャック・ド・モレー級の主砲である55口径44cm4連装砲を10基も搭載しており、航空機を叩き落すための高角砲や対空機銃も所狭しと並んでいる。無数の砲塔の中心部に鎮座するのは、旧日本海軍の扶桑型戦艦を彷彿とさせる高い司令塔だ。


 元々は、海上にタンプル搭を配備するためのプラットフォームとして建造された要塞であったが、搭載する事は可能でも、砲撃時の反動で支柱が破損し崩落する恐れがあることが判明したため、計画を変更してジャック・ド・モレー級の主砲をどっさりと搭載する事になったのである。


 火力は一気に下がったが、ジャック・ド・モレー級戦艦の2.5倍の火力を誇るため、この海峡を突破する事は難しいだろう。


 更に、この海上要塞の周囲にも小型の円盤型の海上要塞を建造し、その要塞群を橋で繋ぐことでより防御力を強固にするという計画もあり、予算も確保されているという。


 その完成したばかりのエミリア・ゲートの支柱の隙間から姿を現したのは、1隻のガングート級戦艦に率いられた無数の『スヴァリイェ級海防戦艦』たちだった。船体は小ぢんまりとしているものの、前部甲板と後部甲板には戦艦の主砲が1基ずつ搭載されているため、侵攻してきた敵戦艦に大きなダメージを与える事ができるだろう。


『国防海軍総旗艦”ガングート”より、全艦へ』


 クレイデリア国防海軍総旗艦『ガングート』の艦橋で指揮を執る提督が、無線機で全ての艦隊に呼び掛けた。


『ここは我らの国だ。野蛮な侵略者共を一隻たりとも通すな! 全艦、砲撃用意!』


 提督がそう告げた直後、全ての艦の主砲の砲身が上がり始めた。

 


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