2人の覚悟
タクヤ・ハヤカワとラウラ・ハヤカワは、冒険者の中で最も有名な者たちと言えるだろう。
産業革命の頃に活躍した冒険者たちであり、それまでは実在しないと言われていた”メサイアの天秤”を発見したのだから。
テンプル騎士団からすれば、組織を作り上げ、積極的な軍拡を行って世界最強の軍隊へと成長させた創設者の1人である。彼―――――”彼女”だろうか――――――が提唱した『クレイドル計画』によってクレイデリアが建国され、圧倒的な軍事力によって守られた小さな楽園が、この世界に生まれることになったのだ。
しかし――――――その偉大な創設者は、もう100年以上前にこの世を去っている筈だった。
ウラルのように寿命の長い種族であれば、当時から存命中の団員がいてもおかしくはない。だが、タクヤ・ハヤカワは寿命が短いキメラのうちの1人であり、最愛の姉であるラウラと共に50歳で亡くなっている筈だった。
なのに、タクヤは20代のような若々しい姿で、俺たちの目の前に姿を現したのである。
「まさか………ご先祖様………?」
「そんなバカな」
ぎょっとする子孫を見つめながら、タクヤはにっこりと微笑んだ。
『この立体映像が再生されているという事は、誰かがこの”眠りの間”を発見し、中へ足を踏み入れたという事なのだろう。ここへとやってきた者たちが、人々を虐げるクズ共でないことを祈る』
「立体映像………」
タンプル搭の中にある装置で生成される立体映像よりも、遥かに正確にタクヤ・ハヤカワの姿を再現している。これを映し出す装置にも、古代文明の高い技術力を使っているのだろうか。
立体映像だと断言されたにも関わらず、本人が自分は立体映像だと嘘をつきながら話しているようにも思えてしまう。すると、立体映像のタクヤはゆっくりとこっちへ歩きながら、話を始めた。
『ここへ来たという事は、データベースに保管された記録を見たのだろう。我々が隠し続けた”罪”の記録を』
ああ、全て見た。
大半はあんたの子孫たちの部下がやっちまった事だが、中にはあんたの時代に起こったスキャンダルもあった。タクヤの姉のラウラが、”レナ”という何の罪もない少女を殺したという記録も残っていた。とはいっても、その少女は後に過激派の吸血鬼の仲間となってテンプル騎士団に牙を剥いたため、お咎めなしということになっているが。
もしこれが全て開示されれば、怒り狂って反乱を起こす兵士たちもいるだろう。
隠すように命じたのは、あんたなのか? それとも組織の崩壊を危惧した当時のシュタージの指揮官なのか?
『………そこにある剣は、この世界から消え去る筈だった”魔剣”だ。今では全ての汚染された魔力は浄化されているが、元々は全てを破壊する恐るべき兵器だった。内部にある魔力が浄化されていると言っても、全てを破壊できる兵器から変わったわけではない。………これを担うことが許されるのは、罪を償う覚悟を決めた者たちのみ』
彼がなぜこんな地下に、自分が使っていた切り札を隠したのかを理解した。
他の当主たちは、あの罪の記録をこの秘匿区画に隠しておくことを選んだのだ。公にしてしまえば、兵士たちは確実に怒り狂う。父や祖父が作り上げた組織を守ることを優先し、あの情報をこの秘匿区画のデータベースに保管している内に、自分たちの世代で起こってしまったスキャンダルの記録も、ここに隠して隠蔽するようになってしまったのだ。
元老院のデータベースは、そのような記録の隠し場所となってしまったのである。
確かに、自分たちの祖先が作り上げた繁栄を壊してしまう事は恐ろしい事だろう。だが、揺り籠を壊すことを恐れ続けたせいで罪は肥大化し、次の世代の子孫たちが償うことが難しくなってしまうほど重くなってしまったのだ。
だから、タクヤは自分がかつて振るった星剣を子供たちや孫たちに託さなかったのだ。
罪を隠そうとする者たちに、この恐るべき兵器を託すのは危険だったからだ。
『あの罪を、償う覚悟はあるか』
大昔に活躍した冒険者の亡霊が、蒼い桜が鎮座する広間へとやってきた俺たちを見渡しながら問いかける。
『我らの子供たちが蓄積させてしまったあの罪を、認める事ができるか』
正直に言うと、あの罪は重すぎる。罪が罪を喰らって肥大化し、人間の心を容易く押し潰す怪物と化してしまっているのだ。そんなものを償おうとすれば、罪悪感で心が壊れてしまう。
だが、彼の血を受け継いだ2人の姉妹は、もう覚悟を決めているようだった。
『――――――覚悟があるというのなら、あの剣を引き抜け。無事に抜ければ、君たちはその剣を扱う者として認められたという事だ。幸運を祈る』
祖先の亡霊に向かって頷き、セシリアとサクヤさんは桜の木の根に刺さっている2つの剣を振り向いた。
2人の祖先は、自分の子孫をアーサー王にでもするつもりなのだろうか。
覚悟を決めた2人は、錆び付いた金属片が浮かび、いたるところから変色した配管が覗く浸水した床を踏みしめながら、ゆっくりと桜の木の根に近づいていく。蒼い桜の木に突き刺さっていた剣と短剣が、覚悟を決めた2人を威嚇するかのように一瞬だけ蒼い光を発したが、2人は躊躇せずに伝説の剣へと手を伸ばす。
セシリアは蒼い剣を掴み、サクヤさんは蒼い短剣の柄を握る。
あの2人の覚悟は、ここで眠っていた剣に認められるのか。
それとも、拒絶されるのか。
いや、きっと大丈夫だ。
あの2人は、勇者に全てを奪われて復讐を誓った。復讐を果たすために今まで敵兵を何人も惨殺し、最前線で返り血を浴び続けた。けれども、まだあの2人は人間だ。悪魔になってしまった俺とは違う。
彼女たちには、まだ立派な覚悟が残っているのだから。
やがて、蒼い刀身があらわになった。
木の根に突き刺さっていた星剣スターライトの刀身が、少しずつあらわになっていく。すらりとした刀身に浮かび上がった白い模様が煌いたかと思うと、星剣スターライトを握っていたセシリアの髪の色が、一瞬だけ黒から蒼へと変色する。
それを目の当たりにした瞬間、前任者の妻の姿がフラッシュバックした。
「エミリア………」
確かに、髪の色が同じであれば瓜二つだ。
彼女が発する凛とした雰囲気は、祖先から受け継いだものだったのか。
隣にいるサクヤさんも、星剣スーパーノヴァを木の根から引き抜いた。星剣スターライトよりも小さいとはいえ、テンプル騎士団で採用されているナイフよりは大きい。ボルトアクションライフル用の銃剣に使えそうなサイズである。
彼女の髪も、セシリアと同じように剣を引き抜いた瞬間に一瞬だけ蒼くなった。
またしても、前任者の記憶がフラッシュバックし、もう1人の妻が姿を現す。
フラッシュバックした光景が完全に消え去った頃には、2人は剣を木の根から完全に引き抜いていた。巨大なサファイアの塊で作り上げたかのような蒼い刀身が光を発し、”眠りの間”を蒼い光で照らし出している。
『見事だ』
立体映像のタクヤが微笑みながら頷くと、彼の身体が蒼い光と化して崩れ始めた。
『君たちの覚悟、見せてもらった。…………その強靭な意思ならば、確実に世界は救われる』
「………」
『後は頼んだ』
そう告げた直後、タクヤを構成していた立体映像が完全に崩壊した。無数の蒼い六角形の結晶が、撃墜された戦闘機がばら撒く金属片のように水面へと散っていき、消滅していく。
あれは立体映像だった筈だが、見えていたのだろうか。
復讐を誓った自分の子孫たちが、伝説の剣を抜いてアーサー王になった瞬間を。
「何だ、この魔力は…………!」
自分が引き抜いた蒼い剣をまじまじと見つめながら、目を見開くセシリア。隣にいるサクヤさんも同じように短剣を見つめながら、真っ白な指で刀身に静かに触れている。
俺は体内に魔力を持つこの世界の人間ではないので魔力の反応はよく分からないのだが、そう言った魔力の反応が検知できていたのならば驚いていたのかもしれない。あのタクヤ・ハヤカワの切り札だった剣なのだから、普通の剣どころか現代兵器すら凌駕する凄まじい兵器だったのだろう。
それを手にしたのだから、テンプル騎士団の戦力は爆発的に向上した筈だ。
「さて、脱出しよう」
そう言いながら背負っていたStG44を取り出し、セレクターレバーをセミオートにした瞬間だった。
2人が握っていた伝説の剣が、先ほど消えたタクヤの立体映像のように六角形の蒼い結晶と化し、消滅してしまったのである。
せっかく手に入れた切り札が消滅してしまったのかと思ってぎょっとしたが、それを手にしていた2人は驚いている様子はなかった。消滅していく蒼い光を見つめながら微笑み、2人は驚愕している俺の近くへとやってくる。
「………あの剣を抜いた瞬間、理解してしまったようだ」
「理解………?」
「使い方よ」
俺がこの端末を手にし、前任者の記憶をダウンロードしてしまったように、彼女たちにもあの剣を使っていたタクヤの記憶がダウンロードされてしまったのだろうか。
どうやらあの剣は消滅してしまったわけではなく、端末で製造した武器を装備から解除して消しておく事ができるように、召喚を解除してどこかへと収納しただけらしい。確かに、あんな強烈な魔力を放つ剣を持ち歩いていたら確実に隠密行動の妨げになるし、常に腰に下げていたら他の武器を携行する時に邪魔になってしまう。どこかへと収納し、切り札を使う時だけ召喚できるという機能は非常にありがたい。
広間の奥にあるタラップへと向かって歩き出した2人の後を歩きながら、ちらりと後ろを振り向いた。
眠っていた伝説の剣が無くなってしまった広間の中で、蒼い桜の木が蒼い花弁を散らし続けていた。
錆び付いたタラップは、広間のかなり上まで続いていた。下手したら地下の秘匿区画どころか地上まで繋がっているのではないかと思ってしまうほど長いタラップを登りながら息を呑む。
タラップの表面は錆だらけだった。手で掴んだり、ブーツで踏みしめる度に変色した表面が剥がれ落ちたり、軋むような音が聞こえてくる。壁面と固定している太めのボルトもいくつかが抜け落ちているのが当たり前で、タラップを壁面に固定するという役目を果たしているボルトですら、錆び付いているせいでいつ千切れるか分からない。
こんな高さから落下したら間違いなく即死だ。でも、俺が息を呑んだ理由はそれよりもヤバい。
「………」
下ではなく、上を見てはならない。
俺は高所恐怖症ではないので、別に高い場所に上って真下を見ても何とも思わない。いい景色だな、と思うだけである。
ぺちん、と後頭部に当たるサクヤさんの尻尾を睨みつけようと思ったが、我慢しながらそのまま上った。
タラップを登っている順番は、セシリア、サクヤさん、俺の順番である。セシリアは制服の上着とズボンなので別に問題はないのだが、サクヤさんはドレスのような軍服を溶かされてしまったので、下着の上に俺が貸した制服の上着を身に着けているだけだ。
つまり、上を見上げるとサクヤさんのパンツが見えてしまうというわけである。
見たくないわけじゃないけど、見たら殺されるので見れない。好奇心や欲望よりも、殺される恐怖の方が上なのである。
まあ、上着を貸した時にちらりと見えたけどね。紫色の下着が。
その時の事を思い出していることがバレたのか、バチン、と彼女の尻尾が後頭部に強めに当たった。
やがて、タラップの一番上へと辿り着いた。もう蒼い桜は暗闇のせいで見えなくなっており、あの桜が発していた甘い香りも漂ってくる気配はない。再び鼻腔の中へと侵入し始めたカビの臭いを嗅いで顔をしかめつつ、アサルトライフルを構えてセシリアの前に立つ。
それにしても、さっきのタラップはあんなにボロボロだったのによく外れなかったものだ。
狭い通路を進み、奥にあった扉のドアノブへと手を伸ばす。相変わらず扉の表面やドアノブは錆び付いていて、少し押すだけで軋む音がしたが、強引に突き飛ばせば簡単に開きそうだ。
だが、それよりも大きな問題がこの扉の向こうで待ち受けているようだった。
『ギュギュギュギュ………』
「………」
――――――扉の向こうに、あの魔物共がいる。
俺たちの魔力の反応を察知して待ち伏せしていたのだろうか。それとも、ただ単にこの近くを徘徊していただけなのだろうか。
セレクターレバーをそっとフルオートに切り替えつつ、後ろにいる2人を振り向いた。残念なことに強行突破をする必要があるらしい。出来るならば迅速に突破したいところだが、場合によっては2人が手に入れた切り札をここで試すことになるだろう。
2人が準備を済ませたのを確認してから扉を蹴破ろうとしたその時だった。
一瞬だけ燃料の臭いがしたかと思うと――――――扉の隙間から、紅蓮の光が漏れ出したのである。その光は熱と陽炎で扉の向こう側を包み込んだらしく、錆び付いた扉があっという間に加熱された鉄板と化した。
魔物たちの苦しむ声を聴きながら、義足で扉を蹴破る。錆び付いた扉が通路の中へと吹っ飛んだ途端、カビの臭いすら消し去ってしまうほど濃密な肉の焼ける臭いが、焼死体だらけの通路を満たしている。
触手に纏っていた粘液を蒸発させられ、黒焦げの肉の塊と化しているのは、異世界から連れて来られた魔物たちだった。
「隊長、大丈夫かニャ?」
「ジュリア………」
そこに立っていたのは、防火性の制服とガスマスクを身に着けたジュリアだった。背中には燃料タンクを背負い、手にはアメリカ軍が採用していたM2火炎放射器を持っている。ここにいた魔物共を、それで焼き尽くしてくれたらしい。
「隊長、ご無事だったんですね!?」
「心配しましたよ!」
彼女の後ろには、マリウスやコレットもいた。穴の底に落下してしまった俺たちを探していたのだろうか。
心配をかけてしまった同志たちに謝罪しようとしていると、なぜかジェイコブが片手で胸元を隠しながらこっちにやってきた。よく見ると胸の部分や制服のズボンの一部が溶けているのが分かる。
「………何で俺がこんな目に遭うんだ」
お、女と勘違いされたのか………。
あの魔物たちの目的は、繁殖のためのメスの確保である。ジェイコブはれっきとした男の娘なんだが、容姿のせいで間違われたらしい。
あ、危なかったじゃないか………。
「………部屋に戻ったら、触手が出てくる薄い本全部捨ててやる」
「ふざけんな、捨てるなら全部よこせ」
「さ、最低………」
合流したコレットが顔をしかめながらそう言ったのを聞きながら、俺たちは苦笑いした。




