秘匿区画の怪物たち
「銃声………?」
力也たちが落ちていった穴の中から銃声が聞こえたのを聞いた仲間たちが、一斉にぞっとした。ここはタンプル搭の区画の中であり、訓練区画以外で銃声が聞こえてくる事などありえない。
だが、穴の底からは銃声や轟音の反響が轟いてくるし、うっすらとマズルフラッシュらしき閃光も見える。底に落ちた力也や団長たちが、穴の底にいた何かと戦っている証拠であった。
「ジェイコブ大尉、ここからロープで降下して救援に行きましょう」
腰に下げていたロープを取り出しながらコレットが提案したが、俺は首を横に振った。
穴はそれなりに深い。コレットが持っているロープでは長さが足りない恐れがあるし、マズルフラッシュがうっすらと見えるとはいえ、どこに力也たちがいて、どっちに向かって撃っているのかも分からない。もし仮にロープの長さが十分で降下に成功したとしても、味方の射線上に降り、射撃の邪魔をしたり、誤射されてしまう恐れがある。
確かにここから降りるのが最短距離だが、危険すぎるし成功率が低すぎる。
「ここもタンプル搭の区画の中だ。どこかにエレベーターとか階段があるだろ。そっちから行くぞ」
まあ、照明がついていないのでエレベーターが動いている可能性は九分九厘0%だろうがな。
だが、あいつらは何と戦っている? 穴の底に何がいるんだ?
別の通路へと向かって仲間と共に突っ走り、背負っていたStG44のセレクターレバーをフルオートに切り替えながら考える。ここは研究区画よりも地下にある最下層の区画で、テンプル騎士団が創設された頃からずっと秘匿されていた区画だ。敵兵がいるわけがないし、魔物が入り込んでいる可能性も極めて低い。
人間でも魔物でもない、正体不明の敵が穴の底にいる。
せめて銃弾で倒せる敵でありますように、と祈りながら、俺たちは通路の奥にあった階段を駆け下り、下の階へと向かって行った。
弾丸で貫かれた化け物が、紫色の体液を周囲に撒き散らしながら崩れ落ちていく。崩れ落ちたにも関わらず触手を痙攣させている化け物を踏みつけて突っ込んでくる後続の化け物へと向かって投げナイフを投擲し、やたらと肥大化している胸板をナイフで穿ってから、マガジンを交換してセレクターレバーをセミオートに切り替えた。
幸運なことに、襲い掛かってきた化け物共は銃弾でも殺せる相手だった。
『ギュギュギュギュギュッ』
金属が軋むような声を発しながら、化け物たちが両腕の代わりに生えている粘液まみれの触手をセシリアへと向かって伸ばしてくる。別の化け物を一〇〇式機関短銃で蜂の巣にしていた彼女は、銃剣付きの一〇〇式機関短銃を薙ぎ払って触手を何本か切り落とし、紫色の体液を噴き上げながら反対側の触手を伸ばそうとする化け物の胸板に弾丸を叩き込む。
それほど強い相手ではない。数発の弾丸で殺せるし、動きは人間の兵士よりも遅い。ゾンビと同じような速度なので、距離をとりながら触手に警戒していれば無傷で殲滅することもできるだろう。
弾薬を節約するため、射撃を中断して肩のホルダーから投げナイフを取り出す。義手の指と指の間にナイフのグリップを挟みながら投擲し、化け物の肥大化した胸板に黒いナイフを突き立てる。
おそらく、あの肥大化している胸があいつらの”頭”なのだろう。胸板を狙って攻撃すれば、簡単にぶち殺せるという事か。
その事はもうハヤカワ姉妹は察しているらしく、セシリアとサクヤさんは正確に胸板を狙って攻撃していた。
胸板をトンプソンM1928に撃ち抜かれて苦しんでいる化け物に投げナイフを投擲したサクヤさんは、別の化け物が伸ばした触手を右へとジャンプして回避しつつ、触手もろとも化け物を.45ACP弾で撃ち抜いた。彼女の持つSMGにはドラムマガジンが付いているので、俺のStG44やセシリアの一〇〇式機関短銃よりも大量の弾丸を装填することが可能だ。さすがにアサルトライフル用の弾薬よりも威力は低いものの、使用されている.45ACP弾は現代でもアメリカ軍で採用され続けている強烈な弾薬である。それを近距離の敵に大量にばら撒く事ができるのだから、あの銃がどれほど強力な代物かは言うまでもないだろう。
投げナイフを投擲しつつ、トカレフTT-33で化け物の胸板を射撃しながら、俺は気付いた。
この化け物共は――――――なぜかセシリアとサクヤさんだけを狙っている。
2人を支援しつつ、戦闘を始めた時の事を思い出す。確かに、こいつらは俺には全く攻撃してこない。俺よりも先にハヤカワ姉妹を抹殺すると言わんばかりに、あの2人ばかりを攻撃している。
何故だ?
試しに投げナイフの投擲と射撃をやめ、まだ健在な義手の指からナイフを展開して突撃する。すぐ近くに俺が接近してきているというのに、やはりこの化け物共はこっちを無視してサクヤさんとセシリアに向かって触手を伸ばしている。
左手の”爪”を肥大化した胸板に向かって突き立て、中に収まっている脳味噌のような形状の臓器を引き裂く。紫色の返り血を浴びながらそいつを蹴り倒し、後続の化け物にトカレフTT-33のマガジンに残っている弾丸を全部叩き込んでぶち殺す。
マガジンを交換してコッキングした頃には、地下通路の中は静かになっていた。先ほどまで響いていた銃声の残響がどんどん小さくなっていき、崩れ落ちた化け物共の呻き声がはっきりと聞こえるようになる。
「ボス、副団長、お怪我は?」
義足からブレードを展開し、まだ痙攣している化け物をそのまま踏みつけて止めを刺しながら2人に尋ねた。どうやら2人とも負傷はしていないらしく、マガジンを交換しながら首を横に振っている。
「大丈夫よ。それより、この化け物は何なのかしら」
「魔物ではないようだな」
傍らでまだ動いている化け物に刀を突き立てて止めを刺しながら言うセシリア。確かに、こいつらは魔物ではないようだ。それに、魔物が100年以上も秘匿されていたこの区画の中に入り込んでいるとは思えない。
実験のサンプルに使うために捕獲してきた奴らが逃げ出していた可能性もあるが、仮にこいつらが何かの実験に使われていた魔物なのであれば、今まで何を食べて生き延びていたのだろうか。それに、実験に使うのであればこんなにたっぷりとサンプルを用意する必要はない筈である。
サンプルにしては数が多過ぎる。
侵入者からこの区画にある技術を守るための番人である可能性もあるが、もしそうならばテンプル騎士団に所属する人間には攻撃できないようにしておくべきだろう。なのに、この化け物共は攻撃してはならない筈のハヤカワ家の子孫たちを攻撃し、俺を無視していたのである。
ならば、こいつらはなんだ?
動かなくなった死体を義手で掴みながらまじまじと見つめていたその時だった。
「――――――きゃあっ!?」
「!?」
唐突に、サクヤさんのやけに恥ずかしそうな叫び声が聞こえてきた。まだ生き残っていた化け物がいたのかと思いつつ、先ほど再装填を終えたばかりのトカレフTT-33を彼女の方へと向ける。
だが、照準を合わせるよりも先に目を見開いてしまった。
「え………」
辛うじて生きていた化け物が伸ばした触手が、サクヤさんの身体に絡みついていたのである。彼女は外殻で覆った腕で触手を殴りつけたり、尻尾で小太刀を引き抜いて触手を斬りつけていたが、粘液まみれの触手で尻尾や両腕を押さえつけられてしまう。
やがて、その粘液だらけの触手がサクヤさんの腹や胸に絡みつき始めた。触手たちは抵抗できなくなったサクヤさんの服の中へとするすると入っていく。
彼女は抵抗しようとするけれど、死にかけている化け物の力は意外と強いのか、それとも触手が粘液でぬるぬるしているせいで力をかけにくいのか、振り払う事ができずに恥ずかしそうに絶叫する事しかできないようだった。
「いやっ、ど、どこ触ってんのよ………んんっ、や、やめなさいっ! ちょ、ちょっと2人とも、早く助けてよ!」
「は、はい………」
何なのこの化け物。
苦笑いしつつ、彼女に向かって触手を伸ばし、服の中に触手を突っ込んでいる化け物へと歩み寄る。左足を上げて脹脛に内蔵されているブレードを展開し、そのまま化け物を踏みつけて止めを刺す。
『ギュギュウ………』
紫色の体液を吐き出しながら、化け物は動かなくなった。サクヤさんの身体に巻き付いていた触手たちからも力が抜けたらしく、無数の触手に絡みつかれたり、服の中に触手を突っ込まれていたサクヤさんがまだ巻き付いている触手たちを引き千切り始めた。
「なんなのよ、こいつ………。魚みたいな臭いするし、粘液で身体がベタベタするわ。早く戻ってシャワー浴びたい………」
「ね、姉さん、服が………」
「えっ?」
あの化け物は、ただ単に触手を絡ませていただけではなかった。
多分、あの粘液のせいなのだろう。触手に絡みつかれていた部分の服が、どういうわけかゆっくりと溶け始めているのが見える。軍服とドレスを融合させたようなサクヤさんの制服が溶け、段々とワイシャツや下着があらわになり始める。
これは見ておくべきなのだろうか。それとも、念のために目を逸らしておくべきなのだろうか。
「い、嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁっ! なにこれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
「拙い! 服がどんどん溶けてるぞ、姉さん!」
あ、これは目を逸らしてる場合じゃないね。
自分の上着を脱ぎ、弾薬の入ってるポーチや回復アイテム入りのホルダーを外してから、顔を真っ赤にしつつ両手で必死に胸を隠しているサクヤさんの方を優しく叩く。
「な、何よっ!」
「これ。ちょっとサイズでかいけど」
「え………」
サクヤさんとセシリアの体格は華奢だから、俺の服は大き過ぎるかもしれない。でも、下着があらわになった状態の溶けかけの服を身に纏いながら戦うよりははるかにマシだろう。
真っ白な手で上着を受け取ったサクヤさんは、まだ顔を赤くしながらそっと上着を身に纏った。案の定、華奢な体格のサクヤさんには大きかったらしく、彼女の白い手は袖の中に完全に隠れてしまっている。傍から見れば大昔の魔術師のようだ。
大きい制服を身に纏った彼女は、顔を赤くしたままこっちをちらりと見てから俯き、小さな声で言った。
「あ………ありがと………っ」
「どういたしまして」
どうやら、サクヤさんもセシリアと同じ癖があるらしい。
セシリアは、機嫌が良かったり喜んでいる時は尻尾を横に振る癖がある。逆に、機嫌が悪い時は尻尾を縦に振っているので、彼女の気持ちを理解するためには尻尾を見ればいい。
サクヤさんも、尻尾を左右に振っていた。
この癖は誰の遺伝なんだろうなと思いながら微笑んでいた俺は、彼女の尻尾の付け根を見てぎょっとした。
なんと、まだ彼女の腰の辺りに触手の残滓がへばりついていたのである。サクヤさんはまだ気付いていないし、セシリアも気付いていないようなので取ってあげようかと思ったんだが、その触手の残滓の先端部は、よりにもよってサクヤさんの辛うじて残っているスカートの中へと入り込んでいるようだった。
教えてあげるべきだろうかと思ったが、その触手に残っている粘液のせいで、辛うじて残っているスカートの一部が溶け始めている。パンツまで溶けてしまったらとんでもないことになるので、早く取ってあげた方が良いだろう。
彼女にぶん殴られる覚悟で、義手を触手へと伸ばす。ぬるぬるしている触手をしっかりと掴んでから、その触手を思い切り引っ張った。
「――――――ひぃんっ!?」
びくんっ、と身体を揺らしながら、サクヤさんがこっちを睨みつけてくる。義手で掴んだ触手の残滓を無造作に通路へと投げ捨てた俺は、既にぶん殴る準備を始めたサクヤさんに向かって苦笑いしながら言い訳する事にした。
無駄だとは思うがな。
「い、いや、まだ触手が残ってたし、早くしないとスカートとかパンツが溶けそうだったので――――――」
「―――――――この、ド変態ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
「いさかっ!?」
恥ずかしさと怒りを叩きつけるかのように、真っ黒な鱗で覆われた右ストレートをぶちかます。堅牢な外殻で覆われたその一撃は、まるで対戦車砲の徹甲弾みたいな速度で飛来すると、ゴギン、と装甲を貫通するような音を奏でながら俺の顔面を直撃した。
まるで鉄板で顔面をぶん殴られたような激痛と衝撃を感じながら、身長180cmの身体が宙を舞う。俺の体重は80kgくらいなんだが、サクヤさんの右ストレートは鍛え上げられた兵士だろうと吹き飛ばしてしまう破壊力があるらしい。
それを痛感しながら天井へと叩きつけられた俺は、跳弾する弾丸のように床を直撃し、気を失う羽目になった。
※イサカM37は、アメリカ製のショットガンです。




