秘匿区画
「では、説明を開始するわ」
会議室にある装置のスイッチを入れ、円卓に埋め込まれた装置から立体映像を出現させながらサクヤさんが言った。円卓の中心にあるレンズから溢れ出た小さな蒼い六角形の結晶たちが、空中で甲高い音を十重二十重に奏でながら、タンプル搭の地下にある区画の構造をあっという間に再現していく。
最下層にあるのは、古代文明の技術の解析などを行う研究区画だ。かつてステラ博士が仕事をしていた区画であり、テンプル騎士団の軍事力をさらに強固にした様々な技術に関する資料が保管されている最重要区画の1つでもある。
機密情報を扱っている区画であるため、当然ながら警備は極めて厳重だ。常に警備兵が配置されているし、もし拠点が敵の攻撃を受けて放棄せざるを得なくなった場合、非常に分厚い区画が十重二十重に展開して研究区画を完全封鎖するようになっている。
過剰としか言いようがないほどのセキュリティを用意しておいたのが功を奏したらしく、奪還後に研究区画を調査した調査隊の報告では、『9年間も敵に占拠されていたにもかかわらず、区画に人が入った様子はなかった』という。機密情報がヴァルツ軍の手に渡ることはなかったようだ。
「研究区画の復旧作業中だった作業員が、その更に下の区画へと繋がる通路を発見したらしいのよ」
「更に下の区画?」
「副団長、最下層は研究区画では?」
説明を聞いたジェイコブが尋ねると、サクヤさんは首を縦に振りながら映像を切り替えた。
「ええ、構造の図面ではそうなっているわ。でも、その区画はどの図面にも記載されていないのよ」
「おそらく、存在を秘匿された区画なのだろう」
団長の席に座りながら腕を組んでいたセシリアが言った。
存在を秘匿された区画だと? 一体何が保管されていると言うんだ?
テンプル騎士団が保有する情報の8割は普通の兵士にも開示されているが、上層部にしか開示されていない情報や、上層部どころか団長くらいにしか開示されていない情報も非常に多い。こういった情報の秘匿には、間違いなくシュタージが関わっている。
情報の秘匿や情報収集はシュタージのお家芸だからな。兵士のように銃で戦うのではなく、あいつらは情報で戦うのだ。
「そこで、スペツナズにこの区画の調査を頼みたい。この秘匿区画へと向かい、どのような区画なのか調査してくれ」
「了解だ」
「もしかしたらトラップやセキュリティシステムが配置されている可能性もある。念のため、武装も許可する」
トラップか………敵のトラップではなく、味方のトラップで命は落としたくないものだ。
ジェイコブと共に敬礼をした俺は、踵を返し、訓練区画で射撃訓練をしている仲間たちの所へと向かう事にした。
冒険者たちの全盛期は、産業革命の頃だと言われている。
フィオナ博士が勃発させた産業革命により、さらに強力な兵器が製造されるようになったことで、魔物と戦う騎士たちの生存率は飛躍的に向上した。そこで各国は資金を出し合って冒険者管理局と呼ばれる組織を作り上げ、世界各地にあるダンジョンの調査に本腰を入れ始めたのだ。
ダンジョンとは、生息している魔物や環境が危険すぎるせいで調査が行われていない地域の事だ。その中に入ってどのような場所なのか調査できていないせいで、大昔の世界地図には空白の部分が多かったと言われている。
冒険者の役目は、その危険なダンジョンを調査して管理局に報告することだった。報酬の金額は非常に多かったが、危険地帯に足を踏み入れることになるため、産業革命でより強力な武器が造られるようになってからも冒険者の死亡率は非常に高かったという。
彼らの活躍のおかげで、現代では全てのダンジョンが調査されており、世界地図から空白の地域は消え去っている。
「なんだか冒険者になった気分ですね」
弾薬が連なるベルトを胸に巻きながらマリウスが言うと、仲間たちが笑った。確かに、発見された秘匿区画はテンプル騎士団の”空白の場所”だ。これからそこを調査しに行くのだから、役目は大昔の冒険者と同じである。
ガゴン、と金属音を響かせながらエレベーターが止まった。鉄格子を彷彿とさせる扉が開くと、既に研究区画に配属された警備兵たちが、モシンナガンを抱えながら俺たちに敬礼してくる。
彼らに敬礼しながら奥へと進んでいく。いくつかの研究室は復旧を終えているのか、研究室の中では白衣を身に纏った研究者たちが何かの研究をしているところだった。中にはパンジャンドラムみたいな模型を組み立て、空軍の将校と話し合っている研究者もいるが、まさかパンジャンドラムの改良中というわけではないよな………?
苦笑いしながら奥へと向かうと、数名の警備兵が通路の隔壁を見つめながら話をしていた。
「お疲れ様であります、同志少佐」
「お疲れ様。これか?」
「はい、ここです」
目の前にある隔壁には、『Zs-1798』と書かれている。他の区画にある隔壁と同じデザインなんだが、テンプル騎士団のエンブレムが描かれている他の隔壁と違って記載されているのはそれだけであるため、少しばかり不気味である。
隔壁の近くに表示されている魔法陣をタッチしていたホムンクルスの研究員が、「復旧しました、開きます」と報告した次の瞬間、その隔壁が鳴動して埃が舞った。金属音を奏でながら隔壁が上へと開いていき、照明すらない真っ暗な通路があらわになる。
腰に下げていたライトのスイッチを入れ、ホルスターから引き抜いたトカレフTT-33を持って突入しようとしたその時だった。
「待って、私たちも行くわ」
「え?」
後ろから、ドラムマガジンとフォアグリップ付きのトンプソンM1928を持ったサクヤさんと、銃剣を装着した一〇〇式機関短銃を抱えたセシリアが走ってきたのである。
サクヤさんが着ているドレスと軍服を融合させたようなデザインの制服の腰にはコルトM1911のホルスターやドラムマガジンの入った大型のポーチがあり、その傍らには大太刀も下げてある。
セシリアの制服の腰にも、刀、拳銃のホルスター、マガジンが入ったポーチがある。
「おお、団長と副団長が来て下さるとは」
「たまには私も前線で戦わないとね」
そう言いながらサクヤさんがウインクした直後、スペツナズの男性の隊員や周囲の警備兵たちがちょっとだけ顔を赤くした。何やってんだお前ら。
「さあ、行きましょう」
「よし、突入する。俺に続け」
確かに、サクヤさんはどちらかと言うと後方で指揮を執ったり、セシリアの補佐をする事が多いからな。最前線にやってくるのは珍しい事なのかもしれない。
テンプル騎士団製のライトで真っ暗な通路を照らし、トラップらしき物がない事を確認してから、後方にいる仲間たちに合図を送る。存在を秘匿する事を優先して、トラップは配置しなかったのだろうか?
だが、油断するわけにはいかない。ここを作り上げたのは全盛期のテンプル騎士団なのだから。
「暗いわねぇ………」
「だからライトを持った方が良いと言ったのだ、姉さん」
「ライト持って来てなかったんですか」
「だって、照明くらいあると思ったんだもん」
おいおい………。
しっかりしてくれ、副団長。
持っていたライトをサクヤさんに渡し、尻尾にあるスイッチを入れた。先端部に埋め込まれているレンズから青白い光が放射され、暗闇を照らし始める。今回の作戦は暗い場所での調査になる可能性が高かったため、出撃前にフィオナ博士に頼んで尻尾のパーツをライトに換装してもらったのだ。機械の身体はこういう時に本当に便利である。
とはいっても、サクヤさんに渡したライトほど光が強いわけではないので、少し見辛くなった。
「あら、悪いわね」
「お気になさらず」
「あっ、力也くん」
「何でしょう」
「誠実な君なら心配はないと思うけど………この暗闇を利用して私のお尻とか触ったら粛清するわよ?」
「同志、それはジェイコブに言ってください。我が隊の問題児です」
「はぁ!?」
仲間と一緒に笑いながら、暗い通路をライトで照らしながら先へと進んでいく。足元にトラップのワイヤーがないかチェックしながら進んでいるんだが、トラップが設置されている気配が全くない。
何なんだ、この区画は。
この区画が造られたのはかなり昔らしく、壁の一部は剥がれ落ち、腐食したケーブルがあらわになっている。存在そのものを秘匿するためだったからなのか、メンテナンスのために作業員が出入りした形跡すらない。
しばらく先へと進んでいくと、奥に下へと続く階段らしきものが見えてきた。ブーツで踏みしめる度に軋む音を上げる階段を下り、その下にある通路へと向かう。
階段の下にある通路の構造は居住区に似ていた。少し広めの通路と個室で構成されているんだが、通路の側面にあるのは個室ではなく、何かを保管しておくための大きな保管庫のようだった。
「………力也、開けられそうか?」
「ちょっと待ってくれ、ボス」
扉の脇にある装置を尻尾に内蔵されたライトで照らしつつ、右の義手のフレームを展開させ、中からケーブルを引っ張り出す。それを扉の脇の装置にあるコネクターに接続してから魔力を注入すると、扉の上部にあるライトが一瞬だけ蒼く光り、錆び付いていた扉が金属音を響かせながらゆっくりと開き始める。
中から漏れ出たカビの臭いを嗅ぐ羽目になりながら、部屋の中を素早くライトで照らしながらトカレフTT-33を構えた。
やはり、ここは何かの保管庫らしい。学校の体育館くらいの広さの部屋の中に、巨大な金属製の棚がいくつも置かれている。その棚の中に所狭しと並んでいるのは、表面に奇妙な文字が書かれた無数のコンテナだった。テンプル騎士団のエンブレムも描かれているため、大昔のテンプル騎士団が所有していた代物だということが分かる。
コンテナをまじまじと見つめていた俺は、その奇妙な文字を見て気付いた。
転生者が持つ端末には、異世界の言語を翻訳する機能がある。例えば、俺はセシリアやサクヤさんに向かって日本語で話しているつもりだが、彼女たちには俺がオルトバルカ語を話しているように聞こえるらしい。言葉だけでなく文字も同じだ。日本語で文章を書いたとしても相手にはそれが自分の母語で書かれた文章のように見えるらしいし、俺も相手の母語で書かれた文章が日本語に見える。
だが――――――そこにあるコンテナに書かれている文字は、読めなかった。
「力也、どうした?」
「………あの文字、俺の母語に翻訳されない」
「なに?」
「翻訳………端末の翻訳機能のこと?」
「ええ。故障したんですかね………」
あの文字は何て書いてあるのだろうか。
首を傾げながら、コンテナの近くに駆け寄った。かつてここを管理していた団員たちもさすがにあの文字は読めなかったからなのか、コンテナの表面にはボロボロの紙が貼りつけられており、そこにはしっかりとオルトバルカ語が書かれていた。
《パラレルワールドQKM-288より》
パラレルワールド………?
ぎょっとしながら、他のコンテナにも張り付けられているボロボロの紙をチェックした。どの紙にも”パラレルワールド”と書かれており、その隣には番号がいくつか記載されているのが分かる。
「パラレルワールドだと?」
「嘘だろ? 全盛期のテンプル騎士団は、パラレルワールドにも行ってたっていうのかよ」
コンコン、とコンテナの表面を外殻で覆った手で軽く叩きながらジェイコブが言うと、コンテナを眺めていたサクヤさんが言った。
「………父上から聞いたことがあるわ。ご先祖様は軍拡のため、極秘裏にホムンクルス部隊をパラレルワールドへと派遣し、異世界の技術まで集めていたって」
「異世界の技術………!?」
「ということは、このコンテナの中身は………」
「――――――ホムンクルス部隊がパラレルワールドから持ち帰った、”この世界にはない技術”って事か」
テンプル騎士団の技術力が異常としか言いようがないほど高いのは、端末で作り出せる現代兵器を解析し、ある程度それを模倣したものを独自開発していただけではない。”輪廻の大災厄”の直後から古代文明の遺跡を積極的に調査し、そこに保管されている技術を回収して解析することで、技術力を飛躍的に向上させていたのである。
だが、それだけではなかった。
古代文明の高い技術力だけでなく――――――別の世界にしか存在しない筈の技術まで集め、この組織は成長していたのだ。
おそらく、コンテナに書かれている文字はそのパラレルワールドの公用語なのだろう。端末で翻訳できなかったのは、この端末の翻訳機能が対応しているのがあくまでもこの世界の言語のみで、パラレルワールドの言語は対象外だったからなのだろうか。
「同志副団長、初代団長はなぜパラレルワールドの技術まで欲しがったのですか?」
「分からないわ。でも………”デルペリア文明”の遺跡の中で何かを見てから、必死に軍拡を始めたらしいの」
「………エレナ、とりあえずCPに連絡して回収部隊の派遣を要請してくれ」
「了解。………CP、こちらアクーラ5。応答願います」
ここにあるのが本当にパラレルワールドの技術だというのならば、今の俺たちの役に立つ筈だ。
タクヤ・ハヤカワたちの遺産は、この戦争に勝利するために有効活用させてもらうとしよう………。
秘匿区画編はもう少し続きます。




