表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界で復讐者が現代兵器を使うとこうなる   作者: 往復ミサイル
第十一章 殺しの遺伝子、滅びの遺伝子
153/744

悪魔の嘘


 9年間もずっと放置されていた劇場の中は埃まみれだった。天井にぶら下がっている照明のフレームも錆び付いているし、中にはフレームが完全にボロボロになって、天井から繋がっているケーブルにぶら下がっている照明もある。ケーブルが完全に腐食したら下にいる観客を直撃するだろうな、と思いながら、すてーしの上に上がり、奥にある壁の近くに美海をそっと座らせる。


 そろそろ三原のバカが遊園地に到着する頃だろう。早く放送室に行って準備をしなければ。


「あ………」


 ステージの上に座らせた美海が、ゆっくりと目を開けた。すぐ近くに俺がいることに気付いてびくりとしたようだが、今まで自分を犯していたゴブリン共がいないことを確認して安堵した。


「喜べ。三原がここに向かってる」


「三原くんが………?」


「ああ。もうすぐここに助けに来るだろう。良かったな、彼氏と再会できるぞ」


 彼女にそう言ってから、義手で美海の頭を撫でた。


「………今まで酷いことをして悪かった。今度こそ幸せにな」


 そう言ってから彼女の頭から手を離し、ステージの上から飛び降りる。汚れた観客席の脇を通過して劇場の外に出てから、埃まみれの階段を駆け上がって放送室へと向かった。


 放送室は2階の廊下の真ん中にある部屋だ。9年間もメンテナンスされていなかったので動作しない機械も多かったが、完全にぶっ壊れた機械はここを三原への復讐に使うと決めた後から少しずつ新品に交換したり、自力で修理して辛うじて使えるようにしていたのだ。とはいっても、時間がなかったので清掃は二の次だったが。


 ドアを開け、埃まみれの放送室へと足を踏み入れる。新品のマイクのスイッチを入れ、先ほど持ってきた装置の中からケーブルを引っ張り出し、フィオナ機関を内蔵している左の義手のプラグへと接続する。フィオナ機関から放出される魔力によって稼働した装置が頭上に小型の魔法陣を展開し、その中に遊園地の外の様子を映し出した。













 でっかいライトを搭載したサイドカー付きのバイクが、遊園地の入り口で停車する。サイドカーに乗ったヴァルツ軍の軍服に身を包んだ三原がサイドカーから降り、運転していたヴァルツ兵と話を始めたのを見た俺は、肩をすくめてからエレナに無線機で命じる。


「やれ」


了解ダー


 ズドン、と彼女がモシンナガンを放った音が聞こえた。三原と話をしていた運転手の頭が大きく揺れ、頭蓋骨の一部や鮮血を周囲に撒き散らしながら崩れ落ちる。


 いきなり死亡した仲間を見て狼狽している三原を見ながら、目の前にあるマイクに向かって言った。


「………………1人で来いと言った筈だ」


『力也………!』


「忠告しておく。我が騎士団の優秀な狙撃手が、お前の彼女の眉間に照準を合わせている。命じるだけで、彼女の脳味噌は滅茶苦茶になるぞ」


『ふざけんじゃねえ! そんな事させてたまるか!』


「ああ、そうだろうな。だったら大人しくルールに従ってやがれ」


 従ってもらわなければ面白くないからな。


 新しい機材と一緒に持ってきた小型の冷蔵庫の中から、紅茶味のタンプルソーダの瓶を引っ張り出す。義手のナイフを展開して強引に栓を外し、紅茶の香りがする炭酸飲料を口へと運んだ。


「さて、ルールを説明しておく。俺はこの遊園地の北側にある劇場にいる。そこまで辿り着き、俺を倒したらお前に美海を監禁している部屋の鍵をプレゼントしよう。要するに、俺を倒せば美海は助かる。いいな?」


『望むところだ………無残にぶち殺してやる』


「ふん………修正用のモザイクは、自分の無残な死体を隠すためにとっておくんだな」


 彼を挑発してからタンプルソーダを一気に飲み、空になった瓶を机の上に置いた。


 机の上に置いてあるでっかい制御装置のボタンを次々に押し、あらゆる設備に電源を入れていく。照明が次々に灯りを発し始めたかと思うと、観覧車やメリーゴーランドが軋む音を響かせながらぐるぐると回り始める。


 ジェットコースターも勝手に動き始めたが、レールが千切れていたせいでそのまま飛び出し、劇場の3階の壁へと突っ込みやがった。堆積していた埃が落ちてくる天井を見上げて苦笑しながら、この復讐が終わったらここを隠れ家にしようと思ってたんだがな、と思いつつ、新しいタンプルソーダの瓶を冷蔵庫から取り出す。


「モリガン・パークにようこそ、三原くん。色々とボロボロだが、楽しんでくれたまえ」


 ニヤニヤ笑いながらそう言い、タンプルソーダを口へと運んだ。


 遊園地の敷地内に突撃した三原の目の前にあるマンホールから、人工スライムが躍り出る。フィオナ博士にお願いして用意してもらったものだ。タンプル搭を奪還して地下にある区画の設備を使えるようになってからは、博士は古代文明の技術の解析や新しい発明品の開発で大忙しの筈なんだが、なぜこの頼みを引き受けてくれたのだろうか。


「人工スライムだ。本物のスライムは貴重品でな」


『じ、人工スライム………!?』


「安心しろ、粘液はオリジナルと同じく強酸性だ。暇だったらリトマス紙でも入れてみると良い」


『バカにしやがって!』


 本物のスライムは絶滅危惧種――――――既に絶滅したという説もある――――――である。なので、エレナに捕獲を頼むよりも、博士に依頼して人工スライムを作ってもらう方が手っ取り早かった。元々スライムは高い知能を持っていないので、人工的に作り出すハードルはそれほど高くないという。強酸性の粘液を用意して、それを魔力を使って加工するだけで造れるらしい。


 三原が炎を纏った剣でスライムの群れを蒸発させながら、劇場へと接近してくる。入り口の扉へと接近してきたのを確認してから、近くにあるレバーを倒して入り口の扉を開放する。


 すると、入り口の所に待機させていたゾンビたちがふらつきながら外へと歩き出した。


 もちろん、このゾンビも博士に頼んで用意してもらったものだ。とはいっても、ゾンビを作るには人間(素材)が必要なので、人工スライムのように簡単に要できる代物ではない。第一、人間をゾンビにするなんて非人道的である。


 でも、幸運なことに素材はすぐに用意できた。


 いっぱいあったからな。タンプル搭を奪還した際に逃げ遅れた、ヴァルツ兵の家族や非戦闘員という丁度いいゾンビの素材が。


 そう、あそこにいるゾンビたちはテンプル騎士団の攻勢の際にタンプル搭から逃げ遅れたヴァルツ兵の家族や非戦闘員たちだ。元々は博士が人体実験に使う予定だったらしいが、その中から”使わない”非戦闘員を何人か確保しておいてもらい、ゾンビにしてもらったのである。


 非人道的だとは思うが、あいつらの夫や恋人はとっくに戦死している。こうすればあの世でまた再会できるだろう。


 ヴァルツ兵の家族だったゾンビたちを次々に焼き殺した三原が、劇場の中へと突入する。用意したゾンビはしっかりと皆殺しにしてくれたようだ。もしゾンビが遊園地の外に出ることがあれば、エレナに狙撃で駆除してもらう予定だったんだが、弾丸を消費する必要はないらしい。


 映像を切り替え、劇場の入り口に三原がいることを確認してから、”ある音声”のスイッチを入れた。


『………劇場へよ………こそ………。チケットは………でお買い求め………………さい』


 元々は劇場へとやってきた客に、チケットをどこで買うのか告げるための女性の声。けれども装置をメンテナンスしていなかったせいなのか、やけに大きなノイズも一緒に聞こえてくる。


 まあ、このノイズが大事な音声なんだがね。


 近くに置いていた袋の中から、タンプル搭の居住区で開店した売店で購入したハンバーガーを取り出して口へと運ぶ。


 ここから面白くなるぞ………。


 三原が劇場の扉を蹴破り、中へと入っていく。映像を切り替えてから制御装置へと手を伸ばし、照明のスイッチを入れた。


 すると、三原は唐突に”誰もいないステージの上”を睨みつけながら剣を構えた。


『足りねえよ、ボケ。俺を殺したきゃドラゴンでも用意しとけ』


 傍から見れば変な奴にしか見えないが、どうやら先ほどの音声はちゃんと効果があったらしい。フライドポテトも一緒に勝ってくれば良かったな、と思いながらハンバーガーを咀嚼していると、三原は急にステージに向かって突進しながら剣を振り回し始めた。


 目の前には誰もいないというのに。


 咀嚼していたハンバーガーを飲み込んでからタンプルソーダを口へと運び、魔法陣の向こうで誰もいない場所に向かって剣を振るいながら叫んでいる三原をニヤニヤしながら見つめる。


 多分、今のあいつには目の前に俺がいるように見えているのだろう。愛おしい彼女を連れ去り、ゴブリン共に犯させた憎たらしい悪魔が。


 でも、残念なことに本物の俺は放送室にいて、ハンバーガーを食いながらお前を監視している。お前は俺と死闘を繰り広げているつもりなのかもしれないが、こっちは誰もいない場所に向かって剣を振り回しながら罵倒しているお前を見てニヤニヤしているのだ。だから、目の前に見えている俺を剣で切り刻んだとしてもこっちは無傷である。


 残っていたハンバーガーを全部口の中へと突っ込んで咀嚼している内に、三原はステージの上へと上がった。そろそろ終わる頃だろうな、と思いながらハンバーガーを飲み込み、口の周りをハンカチで拭いてから、椅子の上から立ち上がって1階の劇場へと向かう。


 止めを刺すつもりなのだろう。今まで死闘を繰り広げていた”幻”に。


 でも、本当に止めを刺すべきなのか?


 よく見ろよ、三原。


 彼女を本当に愛しているというのなら。


 










「――――――お見事だった、三原くん」


 血まみれの剣を持っている三原に向かって拍手しながら、彼にそう言ってやった。


 三原の目の目に倒れているのは、もちろん俺ではない。あいつが死に物狂いで助け出そうとしていた筈の、恋人である美海の死体だった。


「ど、どういうことだ………お、俺はさっきまでお前と………………」


「俺はさっきまで、2階の放送室でハンバーガー食ってたんだがな」


 美味しかったよ、ハンバーガー。


「い、一体何が………た、確かにお前はステージの上で………ッ!」


「ここに入ってきた時のアナウンスの音声を覚えてるか?」


 そろそろ何があったのかを教えてやってもいいだろう。そうしなければこいつは混乱を続け、自分が美海を殺してしまったという事実を受け入れられない。それを受け入れられなければ、こいつはまだ絶望しないからだ。


 拷問で苦痛を与えてやるのもいいが、一番相手に苦痛を与えられるのは心を折る事だと思う。きっと、自分の恋人を自分自身が殺してしまったという事実は、三原にとっては最高の苦痛になるに違いない。


 だから、教えてやるのだ。本当の事を。


「ノイズも一緒に聞こえてきただろ? 実はな、あのノイズは聞いた人間に幻を見せるための特殊な音声だったんだ」


「ま、幻………?」


「そう。音を操る”音響魔術”の一種だ」


 音響魔術は大昔にエルフたちが生み出したと言われている。一度は廃れそうになってしまったものの、モリガンの傭兵の1人であるミラ・ハヤカワがそれを習得し、有効な魔術の1つであるということを実証した事により、爆発的に普及していった魔術だ。


 現代ではラジオや電話などに使われている魔術である。


 その術式の一部を変更することで、劇場の中に突入してきた三原に幻を見せていたのだ。


「とはいっても、本格的な幻を見せるにはあのような音声を長時間効かせる必要があった。だが、転生者同士の戦いならすぐに決着がつくからな。あれくらいで丁度良かっただろう?」


「ば、バカな………あれは………幻………!?」


「その通り。そして、その幻は美海の声を聴いた瞬間に効果が切れた」


 狼狽していた三原が、目を見開きながら美海の方を振り向いた。最愛の恋人の剣で胸を貫かれ、絶望しながら死んでいった彼女の両目からは、まだ血涙が流れ出ている。


 三原の傍らに立った俺は、彼の肩に義手をそっと置いた。


「お前はここに何をしに来た?」


「ち、違う………ッ!」


 ゆっくりと、傷口を抉る。


 皮膚に穿たれた傷口に、ナイフを少しずつ突き立てていくように。


「彼女を助けるためだろう?」


「お、俺が悪いんじゃない………ッ!」


 抵抗する筋肉繊維を、ナイフで切断していくように。


「なのに、彼女はどうなった?」


「わ、分かるわけがないだろ………………!」


 じりじりと。


「助からなかったよな?」


 じわじわと。


「や、やめろ………やめろぉ………ッ!」


「なぜ助からなかった?」


 単なる傷口が、致命傷へと変わっていく。


「お前が殺したからだ」


「――――――!」


 持っていた剣を床に落とす三原。涙を流しながら目を見開いていた彼が、ゆっくりと俺の方を振り向く。


 美海を殺したという事実が、ゆっくりと彼を飲み込んでいく。心の中に居座っていた混乱が全て取り除かれたことで、その事実はあっという間に彼の心の中へと浸透していって、心を壊していった。


 にっこりと笑いながら、彼の耳元で告げた。







「――――――気分はどうだ、”人殺し”?」







「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 三原の心が、壊れた。


 助けに来たはずの自分の恋人を、自分で殺してしまったという事を理解したのだ。


 血まみれの両手で頭を抱えながら叫んだ三原は、絶望したまま死んでいった美海の死体に駆け寄った。彼女の華奢な身体を何度も揺すりながら叫ぶ彼を見つめながら、俺は嗤う。


 これで少しは分かってくれたか、三原。


 それが俺の感じた絶望だ。


「ごめん………ごめん、美海ぃ………ッ! お前だって分からなかった………あの悪魔のせいなんだ………ッ! 俺は………………お前を助けるために………………!」


 泣き叫ぶ彼を見守っている内に、いつの間にか隣に血まみれの服を身に纏った明日花が立っていた。隣で一緒に三原を見つめながら楽しそうに嗤った彼女は、こっちを見上げながら微笑む。


 嬉しいのか、明日花。


 お前を苦しめた奴が、これ以上ないほどの苦痛と絶望を味わっているのだから嬉しいに違いない。


 待ってろ。もう少ししたら止めを刺してやるから。


 絶望している三原の肩に手を置きながら、彼に向かって囁く。


「………………これで俺は満足だ。少しは分かったか? 俺の絶望が」


「ふざけんな………てめえのせいで………!」


「ああ………………やり過ぎたと思ってる」


 いつも通りのやり方でいいだろう。


 心が壊れて絶望する相手に、希望をちらつかせて縋らせる。そして相手がその希望に縋ったところで止めを刺し、最高の絶望を与える。


 だから、いつも通りに希望をちらつかせてやるのだ。


「――――――我々の技術力なら、美海は生き返る」


「!」


 大切な人を失って絶望する人間は、こういう言葉に脆い。


 死んだ筈の人間が生き返る、という甘すぎる嘘に。


 絶望が大きければ大きいほど、嘘かもしれない、と警戒する事がない。甘すぎる嘘をそのまま受け入れて――――――更に破滅していく。


「ほ、本当か………………!?」


 血まみれの手で、三原は縋り付いてきた。


「本当に美海は生き返るのか!?」


「ああ。こっちにはフィオナ博士とステラ博士がいる。あの2人ならば、死者を蘇らせる方法を知っている」


 実際に蘇った死者は組織の中にいるからな。まあ、その方法は使ってやらないが。


 だって、そんな事をしたら三原と美海が幸せになっちまうじゃないか。


「その代わり、教えてほしいことがある。それを教えてくれたら、美海を生き返らせよう」


「な、何でも教える………っ! 頼む、美海を生き返らせてくれ………………!」


 ニヤリと笑ってから、彼に告げた。










「――――――明日花(俺の妹)を殺したのは、誰だ?」











※最後の方に出てきた明日花は幻です。生き返ったわけではありません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ