遊び相手
アスマン帝国は、クレイデリア連邦の複数の州が独立したことで建国された帝国である。
独立する際にクレイデリア連邦との紛争が勃発しそうになったが、テンプル騎士団の仲介と当時のクレイデリア大統領の尽力によって辛うじて”揺り籠の中の内戦”は回避され、9年前にクレイデリアが一度滅亡するまで、アスマン帝国はクレイデリア連邦の身内のような国であったと言われている。
テンプル騎士団が直接後ろ盾となっていたクレイデリアと異なり、アスマン帝国側には転生者がいなかったため、クレイデリアからテンプル騎士団が離脱した後は、歩兵に支給する装備などを用意する際はかなり苦労した事は想像に難くない。空軍の航空機や海軍の艦艇も、他の列強国で退役した旧型機や、建造中止になった未完成の艦艇を買い取り、自国の軍港で完成させていたらしい。
世界大戦が始まってからは同盟国となったヴァルツ帝国やヴリシア・フランセン帝国から兵器を輸入していたが、5日前の攻勢でテンプル騎士団に協力した挙句、帝国軍の増援部隊を”合法的に”足止めしてクレイデリア陥落を支援したため、実質的に帝国軍を離反した状態であった。
今まではヴァルツからライフルや戦闘機を輸入したり、ライセンス生産することで自国の軍隊を強化してきたが、帝国軍を離反してしまった以上は連合国軍と接触するか、自国で装備を開発するしかない。
だからこそ、軍港へとやってきたアスマン帝国の将校たちは目を丸くしたまま凍り付いていた。
――――――自分たちの軍港に、アスマン帝国の国旗を掲げた4隻のジャック・ド・モレー級が停泊していたのだから。
「そ、その………ハヤカワ団長、それは本当なのですか?」
「ああ、協力していただいたお礼だ。この4隻は差し上げよう」
セシリアは微笑みながら扇子を広げ、停泊している4隻のジャック・ド・モレー級を見つめた。
4隻のうちの2隻は前部甲板と後部甲板に巨大な4連装砲の砲塔を搭載した”戦艦型”で、残りの2隻は後部甲板にアングルドデッキを搭載した”航空戦艦型”だった。蒼と黒のテンプル騎士団仕様の洋上迷彩で塗装されているテンプル騎士団海軍の艦艇とは異なり、その4隻は他のアスマン帝国の艦艇と同じく黒と紅のスプリット迷彩で塗装されている。艦首には艦の番号と三日月のエンブレムが描かれており、その脇には艦の名前も書かれている。
停泊しているのは、戦艦型の『ヤウズ・スルタン・セリム』、『ミディッリ』、航空戦艦型の『レシャディエ』、『トゥルグート・レイス』の4隻だ。既に航空戦艦型の2隻の飛行甲板にはF4Uコルセアたちが待機しており、次々に格納庫の中へと収納されている。
今のところは、空母や航空戦艦を保有している海軍はテンプル騎士団海軍以外には存在しないため、航空戦艦を運用できるというのはアスマン帝国側からすれば大き過ぎるアドバンテージとなるだろう。
「ええと………これ、あのジャック・ド・モレー級ですよね? ほ、本当に4隻も頂いてよろしいのですか………?」
狼狽しながら確認する中年の将校に、セシリアは扇子を開いたまま首を縦に振った。
ジャック・ド・モレー級戦艦は、この世界で最も有名な戦艦と言われている。テンプル騎士団海軍が創設された頃から活躍し続けている超弩級戦艦であり、吸血鬼たちの春季攻勢や災禍の紅月でも、艦隊の先頭を航行して敵艦隊と死闘を繰り広げ、テンプル騎士団を勝利に導いた女傑だ。
それの同型艦を4隻も供与されれば、海軍の戦力がどれほど向上するかは言うまでもないだろう。
それに、今のアスマン帝国海軍は戦力が大幅に低下している。
供与されたばかりの戦艦ヤウズ・スルタン・セリムの艦橋を見上げていた俺は、頭を掻きながらちらりと別の艦艇の方を見つめた。向こうの防波堤の近くにも戦艦らしき艦艇が停泊しているが、前部甲板と後部甲板に1基ずつ連装砲を搭載した旧式の前弩級戦艦である。
その前弩級戦艦の周囲に停泊しているのも、旧式の装甲艦や駆逐艦ばかりだ。中には、信じ難い事に帆船や蒸気船まで停泊している。
そう、アスマン帝国海軍の艦艇は旧式の艦ばかりなのだ。
アスマン帝国が戦っている敵国は、今のところはオルトバルカ連合王国である。向こうは最新型の艦艇を次々に建造して大艦隊を編成しているため、もしオルトバルカ海軍がアスマン帝国へと攻め込んでくれば確実に惨敗する事だろう。
供与されたジャック・ド・モレー級戦艦を見上げて何故か涙を流している将校を見て苦笑いしている内に、セシリアは他の将校と話を始めた。
「教官としてこちらから海軍の人員も派遣するし、必要であれば巡洋艦、駆逐艦、空母、潜水艦も供与しよう」
「ありがとうございます。これでオルトバルカの野蛮人共を追い払えますな」
「ああ。………だが、出来ればこの艦を供与されたことは内密にしていて欲しい。オルトバルカは我々の同盟国”ということになっている”からな」
「ええ。では、我が国の独自開発ということにさせていただきます」
革命が始まれば、テンプル騎士団はオルトバルカの連中をすぐにぶっ潰すがな。
だが、革命が始まる前にオルトバルカへ牙を剥くことは許されない。そのため、ジャック・ド・モレー級戦艦を供与されたアスマン帝国に一足先にこの戦艦たちでオルトバルカのクソッタレ共に損害を与えてもらおうというわけだ。相手は絶対にテンプル騎士団が関与していると主張するだろうが、革命が始まるまでは『我が騎士団は無関係である』と全身全霊で否定していれば何とかなるだろう。
もちろん、供与されたこの4隻の主砲も全て55口径44cm4連装砲に換装されている。大和型戦艦の46cm砲と比べると破壊力はやや劣るが、貫通力ではこちらの方が上だし、装填装置を極限まで改良した事によって連射速度はこっちが遥かに上回っている。
それに、こっちの世界の戦艦は未だに前弩級戦艦のような艦ばかりだ。一発でも命中すれば簡単に船体をへし折れるだろう。
4隻のジャック・ド・モレー級戦艦を眺めていた俺は、将校たちとの話を終えたセシリアと共に踵を返した。
軍港の外には、就役してからすぐにアスマン帝国へと行くことになった同型艦たちを見送りに来た一番艦が、寂しそうに停泊していた。
彼女を放り込んでいた収容区画の部屋の中は、かなり強烈な臭いがした。
この部屋の中には、5日前に彼女を尋問した時から誰も足を踏み入れていないし。外にはSMGを持った警備兵がいるが、彼女たちも部屋の入り口の前に立って警備しているだけで、食事や水を部屋の中に運ぶことはない。
顔をしかめながら、椅子の上に座ってぐったりとしている美海を見下ろした。
部屋の中にはシャワーはないし、トイレもない。そんなところに人間を5日間も放置すればどうなるかは言うまでもないだろう。
「久しぶりだな。前に会ったのはいつだったか分かるか?」
問いかけると、美海はゆっくりと顔を上げた。窓がない上に時計もない部屋の中でずっと放置されていれば、そこに収容されて何日経ったのかも分からないだろう。
「1人にして悪かったな。今日はお前のために遊び相手を用意した」
「え………」
彼女の顔を見下ろしながら、扉の外にいるエレナに左手で合図を送る。エレナは首を縦に振ると、ドアの近くに置かれている大きな木箱の蓋を開け、その中へと小さな両手を突っ込んで何かを引っ張り上げる。
それを見ていた美海が絶句した。
エレナが木箱の中から引っ張り出したのは、小柄な肉体を緑色の皮膚で覆われたゴブリンだった。大昔は繁殖力が非常に強かったため、すぐに大規模な群れを形成して村や街を襲撃して人々を苦しめていたというが、強力な兵器が普及して魔物の掃討作戦が徹底的に行われたことにより、他の魔物たちと共に絶滅危惧種となっている。
なので、現代ではあまり目にする事はないだろう。エレナはこいつらの捕獲に苦労したに違いない。
木箱の中から3体のゴブリンを引っ張り出したエレナに「ありがとう、お疲れ様」と言うと、彼女は無表情のまま首を縦に振って俺の後ろに立った。
まだ麻酔薬のせいで眠っているゴブリンたちを見つめたまま目を見開いていた美海は、ぶるぶると震えながら俺の顔を見上げる。
「な、なによ、これ………どうすつるもり………?」
「そろそろ目を覚ますだろう」
懐中時計で時間を確認しながら答えた。
「………そろそろ春になる。知ってるか? 春はゴブリンたちの発情期のシーズンでもあるんだ」
「―――――え?」
ゴブリンたちの繁殖力が強かった理由は、発情期が長い事だけではない。同じゴブリンのメスがいなくても、”他の種族のメス”がいれば繁殖する事は可能だったからである。
頭の中に勝手にダウンロードされている前任者の記憶の中にも、彼がゴブリンの大規模な掃討作戦に参加した時の記憶が残っている。火炎放射器を持ってゴブリンの巣となっていた洞窟の中に突入した彼は、その中でゴブリンたちに連れ去られ、繁殖のために使われてしまった哀れな犠牲者を見ているようだ。
それを思い出しながら、俺はニヤリと笑う。
「ゴブリンのオスは、相手がゴブリンのメスじゃなくても繁殖できるという特徴がある。………だから、大昔はゴブリン共に犯されて、ゴブリンの赤子を生む羽目になった哀れな”人間やエルフの女性”が何人もいたらしい」
説明した途端、椅子に縛り付けられていた美海が凍り付いた。
なぜゴブリンを連れてきたのかを理解したのだ。しかも、よりにもよって発情期のシーズンに。
そう、こいつらがお前の”遊び相手”だ。
「い、嫌………やめてよ………!」
「こういうネタは霧島姉妹の時もやったんだが、あの時の遊び相手はこっちの兵士だったからなぁ。だから今回はちょっとアレンジしてみたんだ」
眠っていたゴブリンたちの華奢な腕が、ぴくりと動く。鋭い目がゆっくりと開き始め、牙が何本も生えた荒々しい口から涎を垂らしながら、ゆっくりと起き上がり始める。
「お、お願い………っ! な、何でも答えるからっ!!」
「多分、三原よりもこいつらが相手の方が楽しめると思うぞ? それじゃ、楽しんでくれ」
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
美海は叫びながら助けを求めてきたけど、俺はそれを無視してエレナと共に部屋を出た。部屋のドアに鍵を閉め、見張りの兵士に挨拶してから離れようとした直後、目を覚ましたゴブリンたちの唸り声や服が破ける音が部屋の中から聞こえてきた。
ゴブリンは人間よりも体格が華奢なくせに、筋力は何故か人間以上だ。だが、ゴブリンが全力で攻撃したとしても、あの部屋の扉や壁は破壊できないだろう。もちろん、人間も壁や扉を破壊して脱出することもできない。
次にあの部屋の扉を開けたら、部屋の中はもっとヤバい臭いになっているだろうな、と思いながらタラップを駆け上がると、後ろを歩いていたエレナが尋ねた。
「………憎い相手なら、あなたが犯せば良かったのでは?」
「嫌だよ。息子が腐っちまう」
収容区画から居住区へと上がり、まだ残っている自動販売機でタンプルソーダを2つ購入してから、片方をエレナに渡す。蓋を外して歩きながらタンプルソーダを飲み、タンプル搭の軍港に停泊しているキャメロットの甲板へと出てから、タラップを駆け下りて防波堤へと降りる。
「あら、大尉殿♪」
防波堤で、黒い制服と略帽を身に着けた金髪の美少女が待ち構えていた。腰にはルガーP08が入ったホルスターと真っ黒な鞭を下げているのが分かる。彼女は戦闘の際には鞭を使って戦うのだろうか。
まるで昔のドイツ軍の指揮官のような服装をしている彼女に敬礼すると、クラリッサもニコニコしながら敬礼した。
「あの子に会いに行ってたの?」
「はい、同志大佐。ちょっと”遊び相手”の相手を」
「うふふっ、敬語は使わなくていいわよ。同い年でしょ?」
「しかし我々は軍人です」
「いいのよ、私が許可するから。敬語を使わなくていいし、名前で呼んでも構わないわ」
「え?」
確かに、テンプル騎士団の規則はそれほど厳しくない。さすがに年上の上官には敬語を使って話す兵士は多いが、歳が近い上官とは普通に話をしている兵士も多いという。実際に俺も団長であるセシリアと話す時は、彼女の事を”ボス”と呼んでいるが敬語は使っていなかった。
ならば大丈夫だろうと思っていると、クラリッサはスカートの中から伸びている黄金の体毛で覆われた狼の尻尾を左右に振りながら、また俺の身体に寄り掛かってくる。
「それくらい君に興味があるって事よ♪」
「ど、どうも………。ところでクラリッサ、頼みがあるんだが」
「ああ、これでしょう?」
話を始めるよりも先に、クラリッサは制服の胸にあるポケットの中から1枚の小さな紙を取り出した。本当に頼もうとしていた事をもうやってくれていたのかと疑いながら紙を広げると、中にはどこかの電話番号と思われる番号が記載されていた。
「はい、ヴァルツ帝国軍総司令部の電話番号。ちゃんと調べといたわ」
「ま、まだ頼んだ覚えはなかったんだが………」
「あれ、そうだっけ? ふふふっ♪ でも、あの子の尋問に行ったって事はそろそろ必要だったんじゃない?」
本当に鋭い女だな、こいつ。個人情報どころかこっちが何をしようとしているかまで全部調べ上げているとは。
驚きながら電話番号を凝視していると、クラリッサは肉球のある真っ白な手で俺の頬を撫でながら耳元で言った。
「ミハラって男もそこにいるわ。電話する時は公衆電話を使ってね♪」
「分かってる。ありがとう、クラリッサ」
「どういたしまして♪」
調べてくれた彼女に礼を言ってから、俺はエレナと共に軍港を後にした。
さて、公衆電話を探すとしようか。




